2012 年 61 巻 3 号 p. 2-13
地方の「底辺」と呼ばれる高校に勤めながら、生徒が活き活きと楽しく自主的に取り組みつつ真の力となる国語の授業とは何かを模索し続けている。二年前、日本文学協会国語部会に出会い、「正解到達主義」と「正解到達主義批判」の両者を斥け、一旦言語論的転回を受け止めた上で「第三項」に向かい、「語り」を読むことにかすかな希望を見出し、教室での文学教育のあり方を考えるようになった。
私の「山月記」の実践では、生徒同士、教員との〈読み〉のコミュニケーションを目指して努力はしていたが、その分、生徒の興味がある部分に関しては活発な意見交換がなされ、身近な問題ではない「李徴の漢詩」についての授業ではなかなか読みが広がってはいかないような感覚があった。そのことと日本文学協会国語部会が目指してきた「語り」を意識した〈読み〉を目指すこととの整理がつかないでいるのが原因である。困難の原因を探るため、田中実氏の「二つの文脈」問題を踏まえた小山千登世氏の実践を取り上げ、真の「友情」を求める生徒達との「相互承認」としての授業の限界性について考察する。またいかなる「語り」も特権化しない高木信氏による「山月記」の先行論文と田中氏との語り論との差異を検討していく。
作中での「李徴」と李徴を語る「語り手」の「語り」が共に抱える問題点を中心に「山月記」の語りを読み、「小説」と「物語」の峻別、人間の「語り」「表現行為」とは何かを考える。そして自分の授業、山月記の〈読み〉を超える可能性を考えていきたい。