近世後期, 蘭学の興隆とともに多数の翻訳語が作成されたが, 翻訳語のなかには腺, 膵のように現代に残る造字もある。本稿では, 造字を多用した海上随鷗(稲村三伯, 1758-1811)の解剖学書『八譜』にみられる筋肉名を例に, 造字とオランダ語との対応関係を分析した。結果として, 原語の複合語を構成する語または形態素を, 漢字の構成要素に対応させる造字の様式が観察された。これは, 他の蘭学者が原語を二字以上の漢語に訳した場合(模借法)と類比的な関係にあり, 造字行為自体に「翻訳」の一面があることを意味する。原語の語または形態素と漢字の構成要素が対応しているという観点を導入すると, 腺, 膵, 腟などの漢字一字の翻訳語の翻訳メカニズムを相対化することができる。こうした翻訳の背景には, 偏旁冠脚などの構成要素からなる漢字を複合語相当とみて, 漢字一字の中に複合語を把握するあり方が存在していると考えられる。