日本考古学
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弥生時代中部高地における黒曜石石材流通の復元
馬場 伸一郎
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2007 年 14 巻 24 号 p. 51-73

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抄録

弥生時代の石器生産・流通論はその開始からその後の変化に分析の視角が集中する一方で,生産・流通出現前段階にある物資の流通との関連性については必ずしも充分な研究がなされているとは言えない。本稿の分析地域とした中部高地(長野・山梨県域)の特に長野盆地南部では弥生中期後葉以後,特定遺跡において労働力を集約化した石器生産と流通と,日本海沿岸地域からの玉類の流通が明瞭である。一方,縄文時代から弥生時代中期後葉の間には黒曜石石材の流通が認められる。それ故,異種の物資流通を比較検討するのに中部高地は格好の地域である。しかし,弥生時代の黒曜石研究では,原産地の利用実態,石材中継集落の有無,原産地遺跡と消費地遺跡の石材流通上の関係等,多くの事柄が未解明であり,石材流通の実態を復元することがまず必要である。それを本稿の目的とした。
分析の結果,(1)弥生中期後葉栗林期に原産地組成に明瞭な変化があり,諏訪星ケ台系の石材に加え,和田和田峠系の石材が一定量組成すること,(2)弥生中期後葉は原産地組成が変化する時期であると同時に,佐久盆地の例が示すように原産地組成が遺跡単位で多様化する時期であること,(3)弥生中期後葉の消費地遺跡では諏訪星ケ台系・和田和田系の双方の石材が搬入され,その大半は集落内の石器製作で消費されていること,(4)弥生中期後葉には,屋外石材集積例の欠落,石材の小形化,石材出土量の減少が認められること,(5)弥生中期後葉には原産地遺跡と消費地遺跡の間に石材中継集落が認められないことが判明した。
このように変化の画期の多くは弥生中期後葉に集中し,当該期は原産地での石材採掘活動を含む「集団組織的石材獲得・流通システム」が欠落しているとした。弥生中期後葉の栗林期は水田稲作を基幹生業とする社会変動期であり,大規模集落の形成・遺跡数増加・特定遺跡で労働力を集約した手工業生産にそれは象徴される。そうした社会変動と黒曜石石材の流通の変化は無関係ではなく,管玉・勾玉・磨製石斧といった交換財が新たに登場したことで,互酬性的な集団関係維持のための交換財であった黒曜石石材はその役目を終えたと考えた。

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