日本内分泌外科学会雑誌
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特集2
甲状腺癌の遺伝子異常
光武 範吏
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2023 年 40 巻 1 号 p. 24-28

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抄録

甲状腺分化癌の発生・進展に重要なシグナル伝達経路としてMAPK経路とPI3K-AKT経路がある。乳頭癌ではMAPK経路が,濾胞癌ではPI3K-AKT経路が遺伝子異常によって活性化されていることが多い。乳頭癌でよくみられるBRAF変異,RET融合遺伝子,NTRK融合遺伝子は,近年いずれも特異的分子標的薬が開発され,すでに利用可能,もしくは可能となりつつあり,そのために遺伝子変異を適切に検出する必要がある。大きな問題とはならないと思われるが,稀な変異には検出感度に注意が必要である。濾胞癌でよくみられるRAS変異に対しては,阻害剤の開発が遅れている。低分化癌,未分化癌でも分化癌にみられる変異が認められる腫瘍があり,これらも適切な遺伝子検査によって薬剤を選択する必要がある。髄様癌では,遺伝性・散発性ともRET変異が多く,こちらもRET阻害剤が有効であるものが多い。

はじめに

甲状腺癌に対する分子標的治療として,まずは多数のキナーゼを標的とするマルチキナーゼ阻害剤(ソラフェニブ,レンバチニブ,バンデタニブなど)が使用開始された。これらの作用の主体は血管新生阻害と考えられており,従来の治療に耐性を示す癌に使用されている。そして近年,次世代シークエンサーを始めとするゲノム解析技術の進歩により,癌の発生・進展に重要な役割を果たす,いわゆるドライバー遺伝子変異が同定され,癌ゲノムの全容が明らかになってきた。そして現在,ドライバー変異を対象とする,特異的な分子標的薬の使用が開始された。一般的に,症例によってドライバー変異は異なっており,そのため,その腫瘍のドライバー変異を遺伝子検査によって確認し,使用する薬剤を選択する必要がある。本稿では,一般的に甲状腺癌によくみられる代表的なドライバー変異を中心に概説する。また現在,新規分子標的薬の対象となる融合癌遺伝子(fusion oncogene)については検出法も含め多少詳しく,そして治療の対象とならない(治療薬が現在のところないもの)が,重要なものについても簡単に触れることとする。

分化癌に重要な細胞内シグナル伝達経路

甲状腺癌の主要な組織分類としては,甲状腺濾胞細胞から発生するとされるものに,乳頭癌(papillary thyroid carcinoma:PTC),濾胞癌(follicular thyroid carcinoma:FTC),低分化癌(poorly differentiated thyroid carcinoma:PDTC),未分化癌(anaplastic thyroid carcinoma:ATC)があり,傍濾胞細胞(C細胞)から発生するとされるものに髄様癌(medullary thyroid carcinoma:MTC)がある。PTCとFTCをあわせて分化癌(differentiated thyroid carcinoma:DTC)ともする。我が国では甲状腺癌の約9割近くはPTCである。まず,このPTCを含むDTCの発生・進展に重要であると考えられる細胞内シグナル伝達経路について解説する。

DTCの発生・進展に重要な細胞内シグナル伝達経路は,mitogen-activated protein kinase(MAPK)経路とPI3K-AKT経路である(図1)[]。どちらも,基本的にはレセプター型チロシンキナーゼ(Receptor Tyrosine Kinase:RTK)から始まる細胞の増殖や生存に関わるもので,レセプターに何らかのリガンドが結合することによって活性化される。通常,シグナルの活性化状態は,厳密にONとOFFが制御されているが,遺伝子変異により,構成分子の一つが恒常的に活性化した状態となると,上流からのシグナルなしに,常に下流の分子を活性化し続ける。上記のシグナル経路のうち,遺伝子異変によりMAPK経路が活性化するとPTCの発生に,PI3K-AKT経路が活性化するとFTCの発生につながると考えられている。表1に主な組織型と,頻度の高い主要な遺伝子変異を列挙した。PTCのデータは日本人症例におけるわれわれの解析結果であるが,他の組織型のものは,報告によってそれなりに違いがあり,大凡の数字である。上記の経路を活性化する変異は相互排他的にみられ,通常,一つの腫瘍には一つの変異のみがみられる。以下で,組織型別に主な遺伝子変異を解説する。

図1.

甲状腺分化癌の発生・進展に重要なシグナル伝達経路

レセプター型チロシンキナーゼ(RTK)から始まるMAPK経路とPI3K-AKT経路。RTKのうち,RET,NTRK,ALKとの融合遺伝子はPTCによくみられるが,変異RASは,FTCでの頻度が高い。

表1.

各組織型における主要なドライバー変異の頻度(%)

PTC

PTCで最も頻度の高い遺伝子変異はBRAF変異である。成人日本人症例では,60~80%に検出される。BRAF変異は,PTCが甲状腺癌の多くを占めることもあり,甲状腺癌全体でも最も頻度の高い変異である。欧米の成人症例における頻度は50~60%とやや低い。日本人の高いヨウ素摂取量やPTCと診断する基準が欧米と日本とで異なっているとされること(欧米では軽微な乳頭癌の核所見を採用しており,日本では濾胞性腫瘍と診断されているものが含まれている)が頻度の違いを生じさせている可能性がある。PTCでみられるBRAF変異は,そのほとんどがc.1799T>A(p.V600E)変異であるが,稀にc.1801A>G (p.K601E)やc.1798delinsTACA(p.V600delinsYM)などの異なる変異も検出される。BRAFV600E変異は,MAPK経路を恒常的に活性化する重要なドライバー変異であり,以下に述べる他の変異に比べ,MAPK経路を強く活性化し,これが甲状腺細胞の脱分化を引き起こし,臨床的には放射性ヨウ素治療抵抗性との関連を示唆する報告もある。欧米では,この変異を持ったPTCは,それ以外と比較して悪性度が高く,予後不良であるとする報告が多い[,]。しかし本邦では,上で述べたようにこの変異の頻度は高く,悪性度との関連を否定する報告が多い[]。筆者らの解析でも,BRAF変異の有無で臨床病理学的悪性度や再発などの指標では全く差がみられなかった[,]。近年,BRAF,そしてそのすぐ下流のMEKに対する阻害剤が開発され,日本でも臨床現場に導入されつつある。上述したように,甲状腺癌におけるBRAF変異はp.V600Eが圧倒的に多く,大きな問題とはならないと思われるが,稀な他の変異に対しては,BRAF阻害剤によっては効果を発揮できない可能性があり,情報の確認が必要であろう。その場合でも,MEK阻害剤の方は効果があると考えられる。また,BRAF変異の検出方法について,シークエンシングを行うものは稀な変異でも同定できるが,蛍光プローブを用いたPCRベースの方法では,目的の変異以外(この場合はp.V600E以外)は検出できない可能性が高い。また,p.V600Eタンパクには特異的な抗体があり,この変異は古い組織でも免疫染色で検出可能である。

次に,fusion oncogeneについて述べる。Fusion oncogeneは,RTKのチロシンキナーゼドメインをコードする部分を含む3’末端側の領域が,他の全く別の遺伝子(いわゆるパートナー遺伝子)の5’末端側と融合したキメラ遺伝子である。別々,もしくは同一の染色体上の2箇所が切断され,誤った方と再接合し作られる。PTCで最も頻度の高いfusion oncogeneであるRET/PTC1を例として図示した(図2)。通常,これらRTKは,リガンドが受容体に結合すると2量体を形成し,お互いをリン酸化して活性化する(図1)。しかしfusionでは,パートナー遺伝子の部分にcoiled-coilドメインなど,二量体化を促進するものが含まれていることが多く,そのため細胞質内で二量体を形成し,恒常的に活性化する(図1, 2)。これらRTKは,MAPK,PI3K-AKT経路のどちらも活性化するとされるが,これらfusionはPTCでのみみられることより,MAPK経路の方をより強く活性化している可能性が高い。PTCでの頻度は,RET/PTC1CCDC6-RET)が多く,少数にETV6-NTRK3RET/PTC3ELE1-RET),TPM3-NTRK1TPR-NTRK1などがみられる。成人PTCでの頻度は,あわせて10~20%程度と考えられる。小児PTCでは,これらfusionの頻度が高くなる。ちなみにRET/PTCとは,PTCにみられるRET fusion oncogeneという意味で,パートナー遺伝子の違いで数字がつき,少なくとも15種類以上同定されているが(筆者らもいくつか新規RET fusionを同定している[]),上記RET/PTC1で9割以上を占める。このように,RTK側はRET,NTRK1~3,ALKなどそう種類が多くはないが,パートナー遺伝子の方は頻度が少ないものもあわせると,かなりバリエーションが多い。まだ同定されていないものもそれなりにあると思われる。さらに,これらfusion oncogeneの融合部位は,イントロンからエクソン上まで様々な部位にあることが多い。含まれるエクソンが多少違っていても,主要なドメインが含まれればドライバー遺伝子としての機能は同様であるし,同じイントロン上で融合している場合は,位置がずれていても,タンパク質としては同じものが出来ることがほとんどである。最近,RETとNTRKに対する選択的分子標的薬が開発され,日本でも利用可能となった。それに合わせ,これらfusion oncogeneを検出する必要がある。その場合,多彩な融合部位を持つfusionの同定には,用いる材料,手法によって,fusionによっては検出力に差があると考えられる[]。例えば,RNAをスタートとすれば,イントロンを含まないため,その点では検出力は比較的高いと考えられる。手法に関しては,PCRを用いるアンプリコンシークエンシングだと,パートナー遺伝子が対象に含まれていないと増幅できないが,キャプチャーを用いる場合は,新規パートナー遺伝子でも検出できる可能性がある(図3)。キャプチャーとは,目的とするDNA領域に相補的な配列を持つプローブ(ベイト)を用い,その領域DNAをプローブに結合させることによって抽出する方法である。この方法を用いると,キャプチャーに用いるプローブが,パートナー遺伝子側の部分まで含まれるDNA断片を結合できる可能性があり,その場合,DNA断片の配列を調べると,パートナー遺伝子がわかることがある。甲状腺癌では,ドライバー変異の種類自体はそう多くはないので,頻度的にはそう大きな問題とはならないかもしれないが,稀なfusionの存在と使う材料・手法,検出力の問題には一定の留意が必要だろう。例えば,ETV6/NTRK3がある手法で検出されなかったとして,本当は稀なエクソンを用いたものが存在する,または別のパートナー遺伝子とのNTRK3 fusionが存在する可能性があるということである。

図2.

RET/PTC1

10番染色体の逆位によって作られるCCDC6とRETの融合遺伝子。CC:coild-coil domain,EC:extracellular domain,TM:trans-membrane,TK:tyrosine kinase domain。

図3.

Amplicon sequencingとcapture sequencingでの融合遺伝子の検出力の違い

Amplicon sequencingでは,新規パートナー遺伝子に対してはプライマーの設定がないので検出できない。Capture法では検出できる可能性がある。

RAS変異もPTCで検出されることがある。ただし,本邦の成人PTCでの頻度は5%程度である。欧米では10~20%であるが,これにはすでに述べたように,診断の傾向が異なっているためである可能性が高い。RASも,一般的にMAPK経路,PI3K-AKT経路の両方を活性化するとされるが,甲状腺細胞における変異RASは,PI3K-AKT経路を強く活性化するようで,甲状腺癌では濾胞癌に多い(図1)。次の濾胞癌の欄で述べる。

もう一つ,現時点で治療にはつながらないが,重要な遺伝子変異としてTERTプロモーター変異がある。TERT遺伝子は,染色体末端のテロメア構造を伸長させる酵素をコードしており,細胞の無限増殖能に関わっている。このプロモーター領域に2箇所hotspotがあり,変異によって転写因子ETSファミリーの結合領域が形成され,TERTの転写を亢進させると考えられている。このTERTプロモーター変異は,PTC全体での頻度は10~15%であるが,非常に強い年齢相関性があり,45歳未満ではかなり稀,70歳以上では半数近くとなる。このTERTプロモーター変異は,PTCの悪性度・予後と強い相関があり,現在,最も強力な分子マーカーである。BRAF変異と違い,国や地域による差はなく,その意義は日本人症例でも明らかである[,]。

FTC

FTCで最も頻度の高い遺伝子変異はRAS変異である。RASにはNRAS,KRAS,HRASのアイソフォームがあるが,甲状腺癌ではNRASコドン61の変異が多い。FTCでの頻度は20~40%とされる。このRAS変異は,頻度はより低いが濾胞腺腫でも検出されることがある。RASに対する創薬は難しいとされてきたが,近年はKRASコドン12など特定の変異のみだが活性を持つ阻害剤が開発され,海外では肺癌などに用いられているものもある。

その他,PI3Kの触媒サブユニットをコードしているPIK3CA遺伝子の変異やPTENの変異(PTENでみられるのは機能喪失型の変異でPI3K経路を活性化する)もみられる。

PTC同様,FTCでもTERTプロモーター変異は,悪性度・予後と強く相関するといわれている[10]。FTCにおける頻度は10~15%とされる。

PDTC,ATC

基本的には,頻度は異なるがBRAF変異やRAS変異のようにDTCでみられるドライバー変異がPDTC,ATCでも検出される[1112]。DTCでは,これらMAPK経路やPI3K経路にみられる変異の重複はないが,ATCでは複数検出される腫瘍がある。TERTプロモーター変異は,PDTCで40%,ATCで70%と悪性度に従ってその頻度が上昇する。また,DTCではTP53の変異はほとんどみられないが,これもPDTCからATCへと頻度が急上昇する(表1)。Fusion oncogeneは,これら悪性度の高い腫瘍での頻度はそう高くない。BRAF変異は,最も重要な治療標的であると考えられる。

MTC

MTCではRET遺伝子の点突然変異が多い(表1)。多発性内分泌腫瘍(MEN)2型,家族性髄様癌(FMTC)などでは,RETのgermline mutationによる家族性・遺伝性のMTCが発生する。散発性MTCにおけるRET変異はsomatic mutationである。よって,検体取得部位には注意が必要である。主要な変異は,M918T,C634R/Wだが,それ以外にも多彩な変異が生じる。RETに対する選択的分子標的薬は,主なRET変異には阻害活性を持つとされるが,こちらも稀な変異には注意が必要だろう。

散発性MTCでは,RAS変異が検出されることもある。MTCでのRAS変異は,HRASが多いといわれている。散発性MTCでは,RET変異を持つものの方が予後が悪いとする報告がある[13]。

おわりに

甲状腺癌にみられる主要な遺伝子異常を,遺伝子検査や分子標的薬の視点も加えながら概説した。特に融合遺伝子に対する薬剤が利用可能となったこともあり,多少詳しく解説した。甲状腺癌は,実はドライバー変異の種類もそう多くはなく,検査で変異を確定できる確率が高い癌腫であり,期待が持てる。さらに甲状腺癌の9割程度を占めるPTCにおいてBRAF変異が7割程度と高いため,医療費の節約には,個人的にはまずBRAF変異の検出を行い,不明な症例に遺伝子パネル検査を行うようなスキームが好ましいのではないかと感じている。

【文 献】
 
© 2023 一般社団法人日本内分泌外科学会

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