日本内分泌外科学会雑誌
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症例報告
ミノサイクリン内服による黒色気管輪を伴った黒色甲状腺の1例
大石 一行吉岡 遼澁谷 祐一柿﨑 元恒松本 学岩田 純
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2023 年 40 巻 3 号 p. 178-183

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抄録

症例は71歳女性。X年バセドウ病を背景とする甲状腺微小乳頭癌と診断され,経過観察となっていた。X+3年より人工膝関節置換術後の感染症に対してミノサイクリン200mg/日内服開始となり,X+11年乳頭癌の手術目的に当科紹介となった。顔面と四肢に黒色の色素沈着を認めており,術前より黒色甲状腺を疑った。手術は甲状腺右葉切除術・片側気管周囲リンパ節郭清(D1uni)を施行したが,黒色甲状腺と黒色気管輪を認めた。病理では非腫瘍部,腫瘍部ともに黒褐色顆粒の沈着を認めた。黒色甲状腺はミノサイクリン投与が原因となることが知られているが,多くは手術や剖検時に偶然発見されることが多い。ミノサイクリンの内服既往歴を詳細に聴取することで,術前に黒色甲状腺を予測することが可能である。黒色甲状腺に対して特別な対処は必要ない。黒色気管輪を伴うことは稀であり文献的考察を含めて報告する。

はじめに

ミノサイクリン(以下,MINO)により甲状腺組織に黒褐色顆粒が沈着する黒色甲状腺は稀である。黒色甲状腺は手術時や剖検時に偶然発見されることが多いが,術中特別な対処が必要となることはない[,]。今回術前に黒色甲状腺を疑い,術中に確認するとともに,気管輪にも色素沈着を伴っていた症例を経験した。黒色気管輪の報告は非常に稀であり,貴重な症例と考えられたため文献的考察を含めて報告する。

症 例

症 例:71歳,女性。

主 訴:特記すべき事項なし。

現病歴:X年バセドウ病を背景とする甲状腺微小乳頭癌を認めていたが経過観察としていた。X+2年人工膝関節置換術を施行し,術後感染に対して加療を行ったが,X+3年よりMINO200mg/日内服開始となった。MINO開始後数年で爪や四肢の色素沈着を認めるようになっていた。X+11年乳頭癌に対して手術目的に当科を紹介受診した。

既往歴:バセドウ病(寛解),高血圧,キャッスルマン病,悪性貧血,大動脈弓部置換術後,両側人工膝関節置換術後。

内服薬:メルカゾール,チラーヂンS,ランソプラゾール,ワソラン,エリキュース,アムロジピン,酸化マグネシウム,ミノサイクリン(8年8カ月内服,総投与量636g)

血液検査所見:FT3 2.77pg/ml,FT4 1.08ng/ml,TSH 1.362μIU/ml,Tg 83.6ng/dl,TgAb 3.37IU/ml,TPOAb 1.33IU/ml,TRAb 1.3IU/l,TSAb 135%。

身体所見:顔面,眼球結膜,口唇,四肢,爪に広範な黒色色素沈着を認めた(図1)。

図1.

身体所見:顔面,眼球結膜,四肢,爪に広範な黒色色素沈着を認めた。

頸部超音波検査所見:右葉上極に1.2×1.1×1.1cm大(11年前0.7×0.9×1.0cm)の形状不整,境界不明瞭,内部は低~高エコーで不均質な腫瘤を認め,乳頭癌として矛盾せず,以前よりも増大傾向であった(図2)。明らかな頸部リンパ節腫大は認めなかった。

図2.

頸部超音波所見:右葉上極の右反回神経入口部付近に1.2×1.1×1.1cm大の形状不整,境界不明瞭,内部は低~高エコーで不均質な腫瘤を認めた。

穿刺吸引細胞診:11年前に施行されており,今回は施行せず。

経 過:当科受診時は微小乳頭癌ではなく,手術適応と判断した。ミノサイクリンの内服歴は長く,総投与量も多く,全身に黒色色素沈着を認めていたため黒色甲状腺の存在を強く疑った。

術中所見:甲状腺乳頭癌に対して右葉切除術(D1uni)を施行した(手術時間134分,出血45ml)。前頸筋群を正中で切開し,両側に剥離すると黒色甲状腺を認めた(図3A, B)。峡部を切断し,気管と甲状腺の境界を鋭的に剥離すると気管輪の黒色化も確認することができた(図3C)。右葉摘出後,縦隔側の気管輪を確認したが,全て黒色化していた。ただし,輪状軟骨の色素沈着は認めなかった。甲状腺の滲出液は黒色ではなく,黄色透明であった。右上副甲状腺は正常な褐色調であり,甲状腺右葉に付着して摘出されたため,迅速病理診断で確認後に右胸鎖乳突筋内に自家移植した。

図3.

術中所見:前頸筋群を正中切開し(A),甲状腺峡部を露出すると黒色甲状腺を確認することができた(B)。甲状腺峡部を切断し気管を露出すると黒色気管輪を認めた(C)。

病理組織学的検査:肉眼的に甲状腺はびまん性に黒色であり,腫瘍は白色であったが一部黒色化が確認された(図4)。腫瘍は乳頭癌(pT1bN0M0 pStageⅠ)で,非腫瘍部の濾胞上皮内とコロイド内に主に黒褐色顆粒が沈着していたが,腫瘍部にも同様の沈着を確認することができた。また,郭清したリンパ節および自家移植のために一部を迅速病理診断に提出した副甲状腺については沈着物を確認することはできなかった(図5)。

図4.

甲状腺右葉マクロ像:甲状腺は一様に黒色で,白色腫瘍内にも一部黒色化を確認することができた。

図5.

病理組織学的所見:濾胞上皮内に多くの黒褐色顆粒が沈着し(非腫瘍部>腫瘍部),コロイド内にも同様の顆粒の集団,またはそれを貪食したマクロファージや異物型多核巨細胞が散在ないし集簇していた。副甲状腺には沈着なし。

考 察

MINOの副作用として頭痛,めまい,悪心,嘔吐,肝腎機能障害,歯牙色素沈着などの他に,甲状腺組織に黒褐色顆粒が沈着する黒色甲状腺があるが稀である。黒色甲状腺は1967年Benitzらが動物で,1976年Attwoodらがヒトの剖検例で初めて報告した[,]。

黒色甲状腺の原因としてはMINOが最も知られているが,その他にも抗精神病薬,出血,ヘモクロマトーシス,組織褐変症(ochronosis),囊胞性線維腫,メラニン産生髄様癌なども挙げられる[]。MINOによる色素沈着の場合,甲状腺以外にも皮膚,爪,骨,歯牙,口腔粘膜,強膜,結膜,心臓弁膜なども黒褐色化するとされている[,]。特に黒色甲状腺については臨床所見はなく,術中や剖検時に偶然発見されることが多いとされており,予測できていなかった場合対応に苦慮することもある。しかしながら実際には特別な対応は必要なく,そのことを十分に熟知しておく必要がある。また,黒色甲状腺で甲状腺癌の有病率が高いとする報告もあるが,報告症例のほとんどが手術症例であることが原因であると考えられている[]。

病理組織学的には甲状腺濾胞上皮細胞やコロイド内に黒褐色顆粒が存在し,顆粒はリポフスチン様物質,メラニン様物質,その両者などであるという報告があるが未だに結論は出ていない[,10]。腫瘍は黒色化しない報告が多く,その理由は2つ考えられる。1つは腫瘍において甲状腺ホルモン合成の最初でかつ律速段階であるナトリウム・ヨウ素共輸送体(NIS)に変化が起こっているためであり,結果としてヨードの取り込みを減少させることとなる。もう1つは腫瘍でTPOの発現異常が起こっているためであり,結果としてヨウ素の有機化障害となっている[11]。MINOの甲状腺への取り込みにはヨードの取り込みが必要であると考えられているため[12],この2つが同時に起こることで腫瘍へMINOが取り込まれず黒色化しないと考えられる。MINOによる色素沈着の総投与量は100g以上で発現しやすいとされているが,2.8gの少量で発現している報告もあり明確な関係は不明である[13]。また,色素沈着は薬剤投与中止後も長期間継続することが知られており注意が必要である[]。

医学中央雑誌において1984年から2022年までの期間で「黒色甲状腺」,「black thyroid」を検索すると(会議録を除く),本症例を含めて28例が報告されている(表1)[,,101325]。これらをまとめると,発見契機は剖検19例,手術9例,甲状腺機能は半数が正常,穿刺吸引細胞診による診断は1例のみ可能であった[18]。黒色気管輪を認めた報告は本症例以外に1例認め,その症例では甲状軟骨,輪状軟骨への色素沈着も伴っていた[25]。腫瘍細胞への沈着は本症例を含めて2例のみで[18],MINOの平均投与期間は約29.2カ月(0.9~240カ月),平均総投与量は130.0g(2.8~1,250)であった。MINO内服の契機となった基礎疾患は多岐にわたっていた。

表1.

本邦における黒色甲状腺報告例のまとめ

気管輪は気管軟骨と同義であり,気管輪の間隙は輪状靱帯である。本症例で気管輪のみ黒色化した原因として,MINOの総投与量が非常に多く,黒色化骨(black bone)の機序と同様に,カルシウムとMINOのキレート物質が気管輪にのみ沈着し,輪状靱帯は平滑筋であるため沈着しなかったからと考えられる[26]。実際,皮膚色素沈着を認めた場合は大腿骨,脛骨,上腕骨の黒色化を念頭におく必要があるとされている[27]。一方,副甲状腺ではヨードの取り込みがないため,色素が確認されなかったものと推察される。

MINOによる全身の黒褐色化は顕著であるため,気づいた時点で感染状況を確認し,MINOによる継続投与が必要でなければ中止もしくは薬剤変更を考慮することは可能である。黒色甲状腺の報告例で皮膚疾患がなく皮膚色素沈着をきたしたのは本症例を含めて2例のみと少ないが[16],MINOを処方する主治医はMINOが全身の黒褐色化の原因となることを知っておくことが望ましい。

おわりに

ミノサイクリン内服による黒色気管輪を伴った黒色甲状腺の1例を経験した。病歴聴取時にMINOの投与歴があり,身体所見で全身の色素沈着を確認することができれば黒色甲状腺や黒色気管輪の可能性を推測でき,術中に落ち着いて対処できる。

本論文の要旨は第84回日本臨床外科学会総会(2022年11月25日,福岡)において発表した。

【文 献】
 
© 2023 一般社団法人日本内分泌外科学会

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