日本内分泌外科学会雑誌
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症例報告
神経線維腫症1型に乳癌を合併した2症例とサーベイランスの重要性
佐藤 璃子坂東 裕子岡﨑 舞澤 文井口 研子原 尚人
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2023 年 40 巻 3 号 p. 184-188

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抄録

神経線維腫症1型(Neurofibromatosis 1:NF1)は,von Recklinghausen病とも呼ばれ,皮膚の色素斑と神経線維腫を特徴とする常染色体顕性遺伝疾患である。われわれは,NF1に乳癌を合併した2症例を報告する。症例1は49歳女性。左乳房腫瘤を自覚し,左乳房化生癌cT3N1M0 cStage ⅢAと診断された。症例2は64歳女性。左乳房腫瘤を自覚し,左浸潤性乳管癌cT2N2M1(骨転移)cStage Ⅳ,右非浸潤性乳管癌と診断された。症例1,2ともに,全身性の皮膚所見を認め,NF1と診断された。NF1症例では悪性腫瘍罹患リスクが高く,内分泌外科領域では乳癌や神経内分泌腫瘍のリスクが報告されているが,患者教育や啓発は十分ではない可能性がある。遺伝カウンセリングの活用,診療科横断的な診療体制の構築により継続的な患者教育および積極的なサーベイランスの実施が求められる。

はじめに

神経線維腫症1型(Neurofibromatosis 1:NF1)は,約3,000人に1人の割合で発症する常染色体顕性遺伝疾患である。NF1症例では悪性腫瘍を合併する割合が高く,乳癌では若年発症例が多いことが知られている[]。われわれは,NF1に乳癌を合併した2症例を報告する。

症 例

症例1:49歳,女性。

現病歴:乳癌検診受診歴なし。2年前に左乳房腫瘤を自覚するも放置しており,健診の胸部レントゲンで要精査となり,2021年7月に当院を受診した。

現 症:左乳房中央に10cm大の腫瘤を触知した。全身にびまん性のカフェオレ斑と雀卵斑様色素斑,乳輪を中心に多発する常色で弾性軟の神経線維腫を考える腫瘤を認めた(図1a)。

図1.

身体所見

a.左乳房中央に10cm大の腫瘤を触知。びまん性の雀卵斑様色素斑が多発,乳頭周囲に弾性軟の神経線維腫を考える腫瘤を認める。

b.左乳房上外側に8cm大の腫瘤を触知。全身に雀卵斑様色素斑と弾性軟の神経線維腫を考える腫瘤を認める。

既往歴:特記なし。

家族歴:乳癌なし。母親,姉に同様の皮膚所見あり。

血液検査所見:血算,生化学,腫瘍マーカー(CEA,CA15-3)は正常範囲内であった。

胸部レントゲン所見:側彎を認めず,その他に特筆すべき異常所見なし。

マンモグラフィ所見:左乳房を占める境界一部不明瞭な高濃度腫瘤を認め,カテゴリー4と診断した。両側乳頭を中心に境界明瞭な円形腫瘤が多発し,皮膚所見に一致していた(図2a)。

図2.

マンモグラフィ(a)および超音波検査所見(b,c)

a.左乳房を占める境界一部不明瞭な高濃度腫瘤。両側乳頭を中心に境界明瞭な円形腫瘤が多発。

b.8cm大の混合性低エコー腫瘤。内部はのう胞成分が主体で一部に血流のある充実性成分を伴う。

c.左腋窩レベル1リンパ節は皮質が肥厚し転移性腫大を疑う。

超音波検査所見:左乳房中央に8cm大の混合性低エコー腫瘤を認め,内部はのう胞成分が主体で一部に血流のある充実性成分を伴っていた(図2b)。左腋窩Level Ⅰに皮質が厚く転移を否定できないリンパ節を認めた(図2c)。

PET-CT所見:左乳房の原発巣のほか,左腋窩Level Ⅰ,Ⅱに転移を疑うFDG集積を認めた。遠隔転移を疑う所見は認めなかった。

針生検による病理所見:化生癌,組織学的異型度3,ER陰性(Allred score0),PgR陰性(Allred score0),HER2陰性(score 0),Ki-67 labeling index 60%と診断された。臨床病期は,cT3N1M0 cStage ⅢAであった。

手 術:左胸筋温存乳房全切除術および腋窩郭清術を施行した。

病理所見:化生癌,組織学的異型度3,ER陰性(Allred score0),PgR陰性(Allred score 0),HER2陰性(score 0),Ki-67 labeling index 50-60%であった。腫瘍の皮膚浸潤を認め,腫瘍径は84mm,切除断端は陰性であった。最終病期診断は,pT4bN0(0/20)M0 pStage ⅢBであった。

術後経過:術後は化学療法(EC療法4コース,Docetaxel療法4コース)を施行し,現在無再発生存中である。皮膚所見(6個以上のカフェオレ斑,2個以上の神経線維腫,雀卵斑様色素斑)を有することより,臨床的診断基準に基づきNF1と診断された。

症例2:64歳,女性。

現病歴:乳癌検診受診歴なし。2021年7月,左乳房腫瘤を自覚し,当院を受診した。

現 症:左乳房上外側に8×5cm大の硬い腫瘤を触知し,左腋窩に2cm大の腫大リンパ節を触知した。右乳房内と右腋窩に特記所見なし。全身の皮膚に大小不同の雀卵斑様色素斑,常色で弾性軟の神経線維腫を考える腫瘤を認めた(図1b)。

既往歴:64歳時に肺炎に対し入院加療歴あり。

家族歴:母方叔母が乳癌(59歳時),母が膵癌,父方叔母が子宮癌,大腸癌,甲状腺癌(罹患年齢不明)。家系内にNF1に特徴的な臨床所見を有する者なし。

血液検査所見:CA15-3 39.9IU/mlと上昇を認めた。血算,生化学,CEAは正常範囲内であった。

胸部レントゲン所見:側彎を認めず,その他に特筆すべき異常所見なし。

マンモグラフィ所見:左乳房全体に多形性~微細分枝状石灰化を区域性に認め,構築の乱れを伴い,カテゴリー5と診断した。右乳房は,RMOに20mm大の構築の乱れを伴う局所的非対称陰影を認め,カテゴリー4と診断した。両側に境界明瞭平滑な等濃度の円形腫瘤を複数認め,皮膚所見に一致していた(図3a)。

図3.

マンモグラフィ(a)および超音波検査所見(b)

a.左乳房に多形性石灰化を区域性に認め,構築の乱れを伴う。R-MOに20mm大の構築の乱れを伴う局所的非対称陰影を認める。両側乳房に境界明瞭な円形腫瘤が多発。

b.左乳房上外側に37mm大の不整形低エコー腫瘤。右乳房9時方向に21mm大の低エコー域。

超音波検査所見:左乳房上外側に37mm大の不整形低エコー腫瘤を認めた。 前方境界線は断裂し,浸潤癌に矛盾しない所見であった。右乳房9時方向にも21mm大の不整形腫瘤を認めた(図3b)。

PET-CT所見:左乳房原発巣,左腋窩の腫大リンパ節,胸骨と椎体にFDG集積を認め,左乳癌,左腋窩リンパ節転移,多発骨転移と考えられた。右乳房内に有意なFDG集積は認めなかった。

針生検による病理所見(左):浸潤性乳管癌,組織学的異型度2,ER陽性(Allred score7),PgR陰性(Allred score0),HER2陽性(score 3+),Ki-67 labeling index 40%と診断された。

針生検による病理所見(右):非浸潤性乳管癌,ER陽性(Allred score8),PgR陽性(Allred score3)と診断された。

治療経過:臨床病期診断は,左:cT2N2aM1 cStage Ⅳ,右:cTisN0M0 cStage 0と診断された。BRCA1/2遺伝学的検査では病的バリアント陰性であった。皮膚所見(2個以上の神経線維腫,雀卵斑様色素斑)から,NF1と診断された。Trastuzumab+Pertuzumab+Docetaxel療法を開始し,乳房病変と骨転移病変はCRとなったが,治療開始後8カ月で多発脳転移を来し,全脳照射(40Gy/20Fr)を施行した後に,ベストサポーティブケアへ移行した。

考 察

NF1は,2,600~3,000人に1人の割合で発症する比較的稀な疾患である[]。本邦の推定患者は約4万人で,指定難病に規定されている[]。NF1遺伝子の病的バリアントに起因する常染色体顕性遺伝疾患であるが,約半数は孤発性に発症する[]。NF1遺伝子は腫瘍発現抑制因子として機能し,発現形態が非常に多様であるため,NF1症例に特異的な症状の程度は家族間でも異なる[,]。典型的な皮膚の臨床症状はカフェオレ斑,神経線維腫,腋窩や鼠径部の雀卵斑様色素斑である。日本皮膚科学会が定めた診断基準により通常は臨床症状から診断され,遺伝学的検査は必須ではない[]。本症例では2症例ともに臨床症状からNF1と診断された。症例2は明らかな家族歴はなく,孤発例の可能性が高い。

NF1症例では悪性腫瘍を発症するリスクが健常人の1.7倍と高い。内分泌外科学の分野では,神経内分泌腫瘍や褐色細胞腫のリスクが上昇することが知られている[,]。Landryらによる1985年から2020年までの1,607人のNF1 症例におけるコホート研究では,乳癌の発症率は2.9%で,これは悪性末梢神経鞘腫瘍(15%),グリオーマ(16%)に次いで3番目に多かった。NF1症例では,乳癌罹患年齢が平均46.61歳と若く[],50歳未満では健常人の約4倍の乳癌発症リスクがあるとされる[,]。本邦では1983年から2014年10月までの間に,NF1合併乳癌は40例の症例報告があり,Stage Ⅲ/Ⅳ期の症例は29%で,一般乳癌における割合(12.5%)に比較し高い[]。今回われわれが経験した2症例も進行病期症例であり,その要因として乳癌検診受診歴がなく,症例1では腫瘤自覚後2年間未受診であったことが挙げられる。背景にはNF1に特徴的な皮膚病変に対する羞恥心,神経線維腫により腫瘤が触知しにくいことが関与していると考える。また,NF1では30~60%に何らかの知的障害を伴うと報告がある[10]。本症例では明らかな知的障害を認めなかったが,精神発達遅滞の影響で医療機関受診が遅れることも進行病期症例が多い一因と考える。

NF1合併乳癌に疾患特異的治療法はなく,サブタイプ別の標準治療が適応となる。サブタイプについては報告によりばらつきがあるが,Landryらによれば,ER陽性が61.7%,PgR陽性が46.8%,HER2陽性が25.5%,トリプルネガティブが8.5%と一般乳癌の集団と同様であった[]。組織型では浸潤性乳管癌が最も多いが,化生癌との関連も指摘されている。化生癌は全乳癌の1%と稀で予後不良な組織型であり,NF1症例では化生癌のような希少で侵襲的な組織型の乳癌を発症する遺伝的素因があると報告されている[11]。症例1の超音波検査画像は,化生癌に特徴的な囊胞成分を伴う混合性腫瘤像を呈している。NF1症例では一般患者に比べ化生癌である可能性が高いことを念頭に,適切な診断を行い,速やかな治療介入をより一層意識する必要がある。また,NF1症例では放射線照射による二次癌のリスクを考慮する必要がある。視神経膠腫に対して放射線照射を受けたNF1患者では,放射線治療後の二次癌発症相対リスクが3.04倍であったことが報告されている[12]。NF1症例における乳癌術後の放射線照射についての明確な知見は得られていないが,in vitroの研究でも,NF1遺伝子変異があるマウスに対する放射線照射によって多様な固形腫瘍を発症することが報告されている[13]。放射線照射療法は可能な限り避けるべきと考え,症例1では術後の胸壁照射を回避した。

成人期のNF1症例では,悪性腫瘍の合併により予後が左右される[]。未分化多形肉腫や悪性末梢神経鞘腫,膠芽腫,卵巣癌,メラノーマなどの癌種では,NF1合併症例で一般集団と比較し有意に疾患特異的生存率が低い[]。乳癌領域では,NCCNガイドラインで30歳からのマンモグラフィと乳房造影MRIが推奨されている[14]が,現時点では乳癌サーベイランスについてのエビデンスは不十分である。また,対側乳癌の累積リスクは,NF1症例で26.5%に及ぶとの報告があるが[15],リスク低減乳房切除術に関しても科学的根拠は十分ではない[16]。本症例では2症例とも自身がNF1であることや,乳癌合併リスクが高いことを知らなかった。本邦においてもNF1合併乳癌の症例報告は散見されており,乳癌早期発見に努めることの重要性が提唱されている[,]。NF1の診断は皮膚所見の発症時期により小児科や皮膚科が窓口となると考えられるが,NF1症例に対する悪性腫瘍合併リスクに関する教育や悪性腫瘍のサーベイランスの機会提供などに関する継続的支援は不十分な可能性がある。遺伝性腫瘍のマネジメントにおいて,遺伝カウンセリングはサーベイランスを含めた医学的な情報提供および心理社会的支援を行う重要な機会である。しかしNF1の診断には遺伝学的検査は必須ではなく,遺伝カウンセリングに至らない場合も多いと考えられる。小児期から成人期まで,また臓器横断的な支援にむけ,遺伝カウンセリングの活用が期待される。西田らはNF1症例が年齢に関係なく,遺伝カウンセリングや専門医による集学的治療を受けることができる院内診療ネットワークを立ち上げた[17]。こうした体制の構築や地域における多診療科,多施設連携の普及による継続的な患者教育,さらなるエビデンスの蓄積およびサーベイランスの実施が求められる。

おわりに

神経線維腫症1型に乳癌を合併した2症例を経験した。NF1症例に対する悪性腫瘍合併リスクに関する教育や悪性腫瘍のサーベイランスの機会提供などに関する継続的支援は不十分な可能性がある。診療科横断的な診療体制の構築による継続的支援が期待される。

本稿の要旨は第17回日本乳癌学会関東地方会(2021年12月,横浜市)において発表した。

【文 献】
 
© 2023 一般社団法人日本内分泌外科学会

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