日本内分泌外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8785
Print ISSN : 2434-6535
特集2
遺伝性腫瘍症候群に対する包括的診療:信州大学医学部附属病院における取り組み
古庄 知己
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 40 巻 4 号 p. 237-240

詳細
抄録

内分泌外科学領域の遺伝性腫瘍症候群の包括的診療について,遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer syndrome;HBOC)を中心に,信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センターでの取り組みを含めて概説した。HBOCの頻度・症状・診断・治療,遺伝学的検査の実際・利点・留意点,院内・地域HBOC診療体制,信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センターで留意している遺伝カウンセリング上のポイントや未発症 at risk 若年者へのアプローチのあり方を述べた。HBOCを含めた遺伝性腫瘍症候群の診療においては,得られた遺伝・遺伝情報を「最大の武器」として活用することが重要である。自身の遺伝・遺伝情報を受け止め,それを健康管理や人生設計に積極的にいかしていく姿勢“Gene Awareness”が求められている。

はじめに

信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センターの紹介

信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センター(当センター)は,遺伝医療を推進するための診療部門として,1996(平成8)年5月に院内措置で設立され,2000(平成12)年4月に文部科学省の認可を得た(当時は遺伝子診療部)。2016(平成28)年10月,先端解析部門(クリニカル・シークエンスを実施)を立ち上げ,「遺伝子医療研究センター」として生まれ変わった。病院診療における役割は,(1)遺伝カウンセリングを行うことによる貢献(診断告知,出生前診断,発症前診断),(2)正確な診断,適切な遺伝学的検査を通じた貢献,(3)遺伝性・先天性疾患患者の健康管理ステーションとしての貢献である。私が入職した20年前は遺伝カウンセリング中心の“待つ姿勢”であったが,その後遺伝学的検査による正確な診断が診療に役立てられるようになり,当センターは遺伝性・先天性疾患の診療連携の軸として積極的・有機的に各診療科と関わるようになっている。受診者数も増加の一途をたどり,最近では初診は約500人,再診は約2,000人を数えるようになった。

信州大学医学部附属病院(当院)では,様々な遺伝性・先天性疾患に関して特色ある外来・チーム医療プロジェクトが動いている。県内唯一の大学病院であり中規模の地域中核病院であるという特性を背景に,診療科の垣根が低く,信頼関係を持って対応することで,機動力のある共同診療体制が展開されている。

遺伝性腫瘍症候群

一般にがんの発症には,遺伝要因,環境要因の両方が関与するが,一部のがんでは,遺伝要因が非常に大きく関与し,高い家族集積性を示す。臨床には,一般的な発症年齢より若年で発症,同じがんを発症した血縁者が複数,複数回がんを発症(転移,再発ではなく),発症するがんの組み合わせが特殊であるといった特徴を有する。こうした疾患を遺伝性腫瘍症候群と呼び,全がん患者の5%未満とされており,多くは常染色体顕性遺伝である。遺伝性乳癌卵巣癌症候群(原因遺伝子:BRCA1,BRCA2),Lynch症候群(MLH1,MSH2など),神経線維腫症1型(NF1),Li-Fraumeni症候群(TP53),網膜芽細胞腫(RB1),家族性大腸ポリポーシス(APC),多発性内分泌腫瘍症1型(MEN)などがん抑制遺伝子の不活性化に起因するものが多い。他方,多発性内分泌腫瘍症2型(RET)などがん原遺伝子の機能亢進に起因するものは少ない。

遺伝性乳癌卵巣癌症候群

遺伝性乳癌卵巣癌症候群とは

遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer syndrome;HBOC)の有病率は1/200~500人であり,最も患者数の多い遺伝性腫瘍症候群である。症状は,まず乳癌を発症しやすいことであり,日本人女性の有病率が10.6%であるのに対して,BRCA1変異保有女性では46~87%,BRCA2変異保有女性では38~84%である。40歳未満の若年で発症しやすく,異所性(両側,片側であるが同時に複数箇所で発症),異時性(転移・再発ではなく時間をあけて発症)発症がありうる。男性乳癌は稀である(欧米人で0.1%)が,BRCA1変異を保有すると1.2%,BRCA2変異を保有すると最大8.9%に上昇する。次に卵巣癌を発症しやすいことがあり,日本人女性の有病率が1.6%であるのに対して,BRCA1変異保有女性では39~63%,BRCA2変異保有女性では16.5~27%である。男性では前立腺癌を発症しやすく,日本人男性の有病率が10.8%であるのに対して,BRCA1変異を保有すると~29%,BRCA2変異を保有すると~60%に上昇する。また,両性ともに膵癌を発症しやすい。なお,各癌におけるHBOCの割合は,女性乳癌で4%,女性卵巣で10~15%,男性前立腺癌で1.1%,膵癌で3.4%とされる。世代をこえたマネジメントが有効であり,遺伝学的検査・遺伝カウンセリングを活用して血縁者全体の健康を支える診療を行っていくことが求められる。最適なサーベイランスは,乳癌に対しては,18歳から自己触診,25歳からMRI,30~75歳ではMRI+マンモグラフィを行う。エビデンスに基づく治療戦略として,乳癌発症時の手術様式は,部分摘出よりも乳房全摘が推奨される。リスク低減乳房切除術(risk reducing mastectomy;RRM)については,乳癌発症者に対する対側手術または卵巣癌発症者に対する両側手術が保険適用される。乳癌発症者に対するリスク低減卵管卵巣切除術(risk reducing salpingo-oophorectomy;RRSO)も保険適用される。さらに,PARP阻害薬オラパリブ(リムパーザ®)の使用が保険適用される。

HBOCの遺伝学的検査

HBOCの診断にはBRCA1,BRCA2に病的バリアント(変異)がないかを調べる遺伝学的検査が必須である。家系で1人目の場合,採血し,末梢血よりゲノムDNAを抽出した後,2遺伝子の全エクソンの塩基配列(直接シークエンス,次世代シークエンス)および2遺伝子の全エクソンのコピー数(欠失,重複の有無)(MLPA法,次世代シークエンス)を解析する。家系で2人目以降の場合(1人目で遺伝学的診断済み),直接シークエンス法(1人目がMLPAで診断されている場合にはMLPA)で解析する。乳癌または卵巣癌を発症し,かつ家族歴からHBOCが疑われる場合,PARP阻害薬オラパリブ(リムパーザ®)の適応を決めるコンパニオン診断として使用する場合(乳がん:転移性,再発,卵巣がん:初発,進行性,治癒切除不能な膵がん,転移性去勢抵抗性前立腺がん)の遺伝学的検査は保険適用されている(20,200点+結果説明時の遺伝カウンセリング加算1,000点であり,3割負担の人で63,600円の自己負担)。乳がん,卵巣がん未発症のat risk者に実施する場合,臨床的有用性は高いが,現時点では非保険(自費)の扱いである。費用は各社で異なる(当院で採用している検査会社では,1か所の変異確認で約4万円であり,これに自費の遺伝カウンセリング料約6,000円が加わる)。

遺伝学的検査の利点は,血液で解析できること,本人の納得につながること(どうして家族に集積するのか,どうしてこんなに若くして発症したのか,などに対する医学的説明になる),本人にとっての最適な医療にいかすこと(最初の治療~術式は,HBOCなら部分摘出・放射線ではなく全摘を推奨,早期発見のためのサーベイランス,リスク低減卵管卵巣切除術/乳房切除術による予防,リムパーザによる薬物療法),次世代含め家族にとっての最適な医療にいかすこと(早期遺伝学的診断に基づくサーベイランス,RRSO/RRMによる予防)にまとめられる。

遺伝学的検査の留意点は,病的バリアント(変異)が検出されれば確定するが,濃厚な家族歴があっても変異が検出されない可能性があること(HBOC以外にも,乳がんに「なりやすい」体質を持っている可能性を考慮する),時に検出された塩基配列変化が,病的かどうか判定困難なことがあること(variant of uncertain significance;VUS),自身の今後の発症に関する悩みが生じうること(発症前診断の場合の乳癌・卵巣癌,乳癌既往者の卵巣癌など),次世代の発症に関する悩みが生じうること(「遺伝」に関する悩み,自身でどう整理し,そしてどう伝えるかに関する葛藤),保険加入上の問題など社会的なこと(本来,未発症者が遺伝情報で差別されることはあってはならず,この趣旨は2023年6月16日に公布・施行されたゲノム医療法にも反映されている)にまとめられる。

HBOCの診療体制

HBOCの診療体制は,一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構=Japanese Organization of Hereditary Breast and Ovarian Cancer(JOHBOC)(http://johboc.jp)により全国規模で整備が図られている。遺伝性乳癌卵巣癌総合診療基幹施設,同連携施設,同協力施設の3種類に分類され,それぞれ64施設,26施設,90施設が認定されている(2023年6月13日更新)。長野県では,唯一の基幹施設である信州大学医学部附属病院(診療責任者:古庄)に2つの連携施設(社会医療法人財団慈泉会 相澤病院,諏訪赤十字病院),6つの協力施設(長野赤十字病院,長野市民病院,伊那中央病院,国立病院機構 信州上田医療センター,長野厚生連 北信総合病院,医療法人 増田医院)が紐付いている。信州大学医学部附属病院では,遺伝子医療研究センター(臨床遺伝専門医,認定遺伝カウンセラー®),乳腺・内分泌外科,産科婦人科,泌尿器科,消化器外科,病理診断科,信州がんセンター(腫瘍内科),形成外科,麻酔科による診療科横断的な体制を構築しており,認定遺伝カウンセラー®がコーディネートして,3カ月毎に院内のHBOC全症例の確認・問題点の共有,国内最新情報の共有,診療方針の更新などを行っている(信州HBOCワーキング)[1]。連携施設,協力施設を含め県内でBRCA1/2遺伝学的検査を行う際には信州大学医学部附属病院で作成した共通の説明・同意文書を用いることで,県内で統一感を持った診療を維持できるように心掛けている。

HBOCの遺伝カウンセリング

信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センターで気をつけている遺伝カウンセリング上のポイントは,一人一人の人生を尊重すること(初診時,病歴以外のライフ・ストーリーを傾聴し大事にしている),納得の上エビデンスのある医療を選択できるようにすること(遺伝学的検査,サーベイランス,リスク低減手術を含めて),世代をこえて診療科をこえて関わること(小児から高齢者まで全人生を見通し,早期診断を提案する勇気を持つことが重要),緩和ケアの心を持つこと(患者の治療状況・それに伴う思いを共有し,次世代への責任を持つことで,治癒できない患者に対して「救い」をもたらすことができるように心掛けている)にまとめられる。

未発症at risk若年者へのアプローチに関しては,変異保有者の最適なサーベイランス(前述)にスムーズにつなげるよう逆算して,最善な遺伝カウンセリング方針を提案している。高校卒業後,比較的余裕があり,かつ丁寧な親の見守りが可能な時期(大学・短大在学中または新社会人の時期)に本格的な遺伝カウンセリング(自費)を複数回,その後遺伝学的検査(自費)を行うのを理想的な形としている。そのためには,高校時代に本人のIDを作成し,本人主体に遺伝カウンセリング(自費)を行っておくとスムーズである。中学時代には罹患者(母親など)の遺伝カウンセリングに陪席するなどして病院の雰囲気に慣れておくとよいだろう。そして,そもそも罹患者が発症した時点から,本人が小学生であったとしても家族で隠し事なく何でも語り合えるオープンな関係だとよいだろう。

おわりに

内分泌外科学領域の遺伝性腫瘍症候群の包括的診療について,HBOCを中心に概観した。HBOCの基本事項,遺伝学的検査の実際・利点・留意点,院内・地域HBOC診療体制,遺伝カウンセリング上のポイント,信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センターにおける未発症 at risk 若年者へのアプローチのあり方を述べた。

以前は,家庭でも癌診療の場面でも,遺伝・遺伝情報を「避けるべきものとし,特別扱いする」ことがあったことだろう。しかし,現在,癌という相手の本丸を知るための「最大の武器」として活用するパラダイム転換が起きている。すなわち自身の遺伝・遺伝情報を受け止め,それを健康管理や人生設計に積極的にいかしていく姿勢であり,これを“Gene Awareness”と称する。

謝 辞

講演また総説執筆の機会をいただきました第35回日本内分泌外科学会総会大会長・伊藤研一先生,原尚人理事長,藤田知之先生はじめ関係者の皆様に深謝いたします。共に信州HBOCワーキングにたずさわっている信州大学医学部附属病院の関係者全てに,心より感謝申し上げます。

【文 献】
  • 1.   家里 明日美, 黄瀬 恵美子, 石川 真澄他:遺伝性乳がん卵巣がん症候群における遺伝カウンセリング受診者の臨床的特徴 信州大学医学部附属病院における20年間の取り組みから.日本遺伝カウンセリング学会誌 30:53-59,2018
 
© 2023 一般社団法人日本内分泌外科学会

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top