日本内分泌外科学会雑誌
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特集1
低分化癌と高異型度分化癌
中島 正洋
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2024 年 41 巻 1 号 p. 23-25

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抄録

低分化癌と高異型度分化癌は,甲状腺腫瘍WHO病理分類第5版の組織学的分類の中で,高異型度濾胞細胞由来非未分化癌(High-grade follicular cell-derived non-anaplastic thyroid carcinoma)の範疇に含まれる。甲状腺癌取扱い規約第9版(新規約)では,低分化癌は従前どおり濾胞癌や乳頭癌と並列に分類されたが,本邦では頻度の低い高異型度分化癌は低分化癌に付記されて説明されている。この亜型は高分化癌(乳頭癌,濾胞癌,膨大細胞癌)と未分化癌との中間の予後を示す甲状腺癌の一群で,組織学的に分裂像の亢進や腫瘍壊死を示す未分化癌成分を含まない濾胞細胞起源の癌と定義される。分子病理学的には高分化癌からの多段階発癌が示唆され,driver変異として,低分化癌は濾胞癌からの進展を反映するRAS系が,高異型度分化癌は乳頭癌からの進展を反映するBRAF系の頻度が高い。後期イベントとしてTERT promoter変異やTP53変異が知られ,さらに未分化転化や放射性ヨード治療耐性と関連する。個々のゲノム変化を標的とした新規治療戦略が必要とされていて,臨床医と病理医の十分なコミュニケーションにより,この新しい組織分類の正確な理解が求められる。

はじめに

甲状腺癌取扱い規約第9版(新規約)には甲状腺悪性腫瘍の組織亜型として,低分化癌に付記する形で,高異型度分化癌(High−grade differentiated carcinoma)が追加された。この組織型は甲状腺腫瘍WHO病理分類第5版(新WHO分類)で新たに記載された分化型高異型度癌(Differentiated high−grade carcinoma)に相当する。新WHO分類では高異型度濾胞細胞由来非未分化癌(High-grade follicular cell-derived non-anaplastic thyroid carcinoma)のひとつであり,低分化癌とともに分類されている。通常の高分化癌よりも予後不良な非未分化癌として臨床的に注意が必要な組織型である。本稿では,低分化癌と高異型度分化癌の病理組織像と遺伝子異常の特徴について紹介する。

低分化癌(Poorly differentiated carcinoma)について

坂本らが1983年に提唱した疾患概念で[],臨床病理学的に高分化癌(濾胞癌,乳頭癌,膨大細胞癌)と未分化癌の中間的な形質を示す濾胞上皮由来の悪性腫瘍である。新規約での低分化癌の診断基準は甲状腺癌取扱い規約第8版(前規約)と基本的に同じである。肉眼的に多くは広範浸潤性であるが,部分的な被包化結節としてみられることもある。組織学的にも多くの症例で血管浸潤や甲状腺外組織への浸潤を伴う。組織像の定義には変遷があり,それに応じて頻度や予後にも違いがみられる。甲状腺腫瘍WHO病理分類第3版(2004年)において独立亜型として分類され,本邦では甲状腺癌取扱い規約第6版(2005年)に初めて採用されたが,乳頭癌核所見の扱いについてWHO分類との違いがあった。取扱い規約第7版(2016年)の改訂により,WHO分類の基準と一致することになり,前規約から新規約にまでそれを踏襲している。すなわち組織学的低分化形質である充実状(Solid)・索状(Trabecular)・島状(Insular)のSTIパターンが優位(50%以上)な,浸潤性で高異型度の濾胞細胞起源の癌で,乳頭癌の核所見を欠くことが必須条件である。すなわち,核型は乳頭癌の楕円形と比して円形で,クロマチンは淡明ではなく濃染し,多形性はあっても軽度であり,核内細胞質封入体や典型的核溝はみられない。

新規約では「核分裂像が散見され,腫瘍の凝固壊死をしばしば伴う。分化癌に比べると細胞異型がより高度で核分裂像も多い(3個/2mm2以上)が,未分化癌ほどではない。腫瘍壊死やねじれ核convoluted nucleusがみられることが多い」という組織学的特徴についての記載が追加された。これは,新WHO分類では低分化癌の診断はTurin criteria[]に準じていて,上記の必須条件に加えて,convoluted nucleiと呼ばれるレーズン様のねじれ核,分裂像3個/2mm2以上,腫瘍性凝固壊死の3所見のうち一つ以上をとること,とされているためである。従って,新規約の基準では新WHO分類の基準と比較して,低分化癌の頻度は高くなる(0.8% vs,0.3%)[]。一方予後については,Turin criteriaの採用により,5年のcause-specific survival (CSS)は100%から97%に,disease-free survival (DFS) は88%から44%に悪化すると報告されている[]。予後をより反映させた分類にするためには,新WHO分類の基準の方が適していて,将来的には本邦の規約にも採用されていくものと思われる。

免疫組織化学的には濾胞上皮細胞由来であることを反映して,TTF1,PAX8,CK7,Thyroglobulinといったマーカーが陽性となるが,一方で,低分化であることを反映してThyroglobulinの発現は部分的で減弱することが多い[]。増殖活性は高く,Ki67陽性細胞数は10から30%と高率である。遺伝子変異の特徴としてRAS系変異が44%にみられる。濾胞癌や濾胞亜型乳頭癌といった高分化癌とdriver変異が共通で,多段階発癌的に進展発生すると考えられる。後期イベントとして最も重要な変異はTERT promoter変異(C228TまたはC250T)であり,約40%の症例でみられ,遠隔転移リスクと有意に相関することが知られている[]。他にもTP53変異やPI3K/PTEN/AKT系の活性型変異を認めることがある[]。

高異型度分化癌(High-grade differentiated carcinoma)について

新WHO分類の改訂で初めて記載された。乳頭癌の構造や核所見または濾胞癌の濾胞状構造といった組織学的高分化形質を残す浸潤性で高異型度の濾胞細胞由来の癌である。低頻度の亜型で全甲状腺がんの1%未満から6.7%の頻度と報告されている[]。日本ではさらに稀であり1%未満とされるが,正確には今後の症例集積が必須である。本邦ではごく稀と考えられることより,新規約では亜型として独立させずに,低分化癌に付記する形で説明がなされている。

増殖パターンは乳頭状や濾胞状の他,膨大細胞状の高分化型形質が優位で,濾胞上皮への分化が明瞭な高分化癌の中で,通常より予後不良な一群である[]。低分化癌と同様,臨床的に高齢者の大きな(4cm以上)孤在性結節として発見され,数カ月の経過で増大する傾向があり,甲状腺外の大きな血管や軟部組織,神経周囲性に癒着や浸潤を示す。診断時,30から50%にリンパ節転移を,20から25%には遠隔転移を認め,最終的には40から70%の症例が肺や骨などに遠隔転移すると報告されている[,]。組織学的に高分化癌(乳頭癌,濾胞癌,膨大細胞癌)の中で,分裂像が5個/2mm2以上または腫瘍性凝固壊死を確認することで診断される。

基本組織像は乳頭癌であることが多く,しばしば予後不良形質として知られる,hobnail亜型,高細胞亜型や円柱細胞(columnar cell)亜型が混在する。頻度は低いが,広範浸潤型濾胞癌の基本像で診断される例もあり,その場合,低分化癌成分(STIパターン)を伴うことがある。Wonらは,高異型度形質を示す乳頭癌は低分化癌より,有意に高齢発症で,核分裂像が多く,pT4や診断時リンパ節転移の頻度が高く,非治癒切除が多くて無再発生存率の成績が悪いと報告している[]。乳頭癌からの進展を反映してBRAF系の変異シグネチャーが高頻度(81%)で,RAS系の多い低分化癌とは対照的である。TERT promoter変異は低分化癌と同様高頻度で,Chromosome 1q gainは進行した高異型度乳頭癌で高率に見出され,予後不良と関連する[]。

おわりに

新WHO分類に追加された高異型度濾胞細胞由来非未分化癌は,高分化癌と未分化癌との中間の予後を示す甲状腺癌の一群で,組織学的に分裂像の亢進や腫瘍壊死を示す未分化癌成分を含まない濾胞細胞起源の癌と定義されている[]。この範疇に低分化癌の他,新たに高異型度分化癌が包含された。約50%の症例は放射性ヨード治療に耐性であり,driver変異を含む癌細胞の分子病理的特徴に応じた新規治療戦略が必要とされている[]。本邦の新規約では,低分化癌は従前どおり濾胞癌や乳頭癌と並列に分類され,頻度の低い高異型度分化癌は低分化癌に付記された。臨床医と病理医の十分なコミュニケーションによる,この新しい病理分類の正確な理解が望まれる。

【文 献】
 
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