日本内分泌外科学会雑誌
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症例報告
待機手術を行った甲状腺良性腫瘍による急性反回神経麻痺を発症した高齢女性の1例
西塔 誠幸坂野 福奈伊藤 由季絵井戸 美来後藤 真奈美安藤 孝人毛利 有佳子高阪 絢子藤井 公人今井 常夫中野 正吾都築 豊徳
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2024 年 41 巻 1 号 p. 70-75

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抄録

症例は70代後半の女性。3年前から腺腫様甲状腺腫を指摘されていたが腫瘤の増大あり紹介。最大径45mmあり2カ月後の手術を予定したが,待機中に腫瘤の急速増大,疼痛,嗄声,誤嚥を発症した。喉頭ファイバーで右声帯麻痺を認めた。とろみを加えるなどで経口摂取は可能だった。誤嚥が軽快した4週後に甲状腺右葉切除術を施行。右反回神経の腫瘍中枢測神経刺激で声帯運動は認めなかったが甲状軟骨下角の腫瘍末梢測刺激では声帯の動きを認めた。神経は腫瘍に密着していたが温存できた。術後は誤嚥など合併症なく経過し1カ月後の喉頭ファイバーで声帯麻痺は回復していた。周術期合併症が懸念される高齢者の甲状腺良性結節に起因する急性反回神経麻痺に対しては,誤嚥を防止する対策を取りつつ準緊急手術を行う選択が有効と考えられた。

はじめに

甲状腺癌において,反回神経麻痺による誤嚥や嗄声を契機として疾患が発見されることは時折ある。甲状腺に結節性病変が存在する場合,反回神経麻痺が急性に発症したときは,まず悪性腫瘍の存在を疑う。一方で甲状腺良性腫瘍においても反回神経麻痺をきたすことが報告されているが,その頻度は非常に稀である[]。右良性甲状腺腫として経過観察中に囊胞内出血をきたし,腫瘤増大・疼痛に加え右反回神経麻痺が急性発症し嗄声・誤嚥の状態となった症例を経験した。画像所見では悪性を疑う所見は認められず,反回神経麻痺発症から4週後誤嚥を防止する対処を継続しつつ手術を実施したところ,術後は誤嚥などの合併症なく良好な経過を辿った。術後1カ月に反回神経麻痺の回復も確認できた症例を報告する。

症 例

患 者:70歳代後半,女性

主 訴:右頸部腫瘤

現病歴:X-3年より最大径23mmの甲状腺右葉腫瘤を認め,穿刺吸引細胞診にて腺腫様甲状腺腫が疑われ紹介元病院で経過観察されていた。X年7月腫瘤の増大を認め手術目的に当科紹介受診となった。

初診時現症:右頸部に約45mmの弾性硬,可動性良好な腫瘤性病変を認めた。

既往歴:高血圧,脂質異常症,左耳Ramsay-Hunt症候群,変形性膝関節症。

血液生化学内分泌検査:F-T3 2.30pg/dL,F-T4 1.56ng/mL,TSH 1.698µIU/L,サイログロブリン 1127.0ng/dL,TPO抗体 7.7IU/L,TSH受容体抗体 2.6%,TSAb 116%,補正Ca 9.7mg/mL,intact-PTH 73pg/mL。

画像所見:頸部超音波検査では甲状腺右葉に辺縁明瞭,大部分が囊胞構造で一部に充実性成分を伴う腫瘤性病変を認めた。悪性を疑う所見はなかった。

経 過:初診日から2カ月後に甲状腺右葉切除術を予定した。初診日の2日後に自宅で誘因なく右甲状腺腫が増大し自発痛と高度の嗄声,誤嚥を認めた。高齢・独居であり電話で入院を勧めたが,別居の長女が医師であり,長女は甲状腺腫や反回神経麻痺の病態を良く理解されており,長女のサポートで食事にとろみをつけるなどしながら自宅待機で経過観察していくこととした。嗄声発症2日後に受診し,甲状腺囊胞穿刺にて約42mlの暗赤色の液体を排液した。排液後疼痛は軽減したが嗄声・誤嚥は持続した。頸部X線で気管の左方偏位を認め,CTで甲状腺右葉は最大径52mmで球形に緊満し,気管・食道の左方への圧排を認めた(図1a, b)。囊胞内出血による腫瘤急速増大で生じた右反回神経麻痺が原因ではないかと考えた。食事や水分にとろみをつけることなどで誤嚥なく嚥下できており,誤嚥による肺炎などの合併症は発症していないことをCTでも確認できた。引き続き自宅待機で外来での経過観察の方針とした。発症5日後の喉頭ファイバーで右声帯は傍正中固定,喉頭麻痺(気息性麻痺)を認めた(図2a)。発症2週間後に腫瘤は最大径34mmと縮小を認め,嗄声はかなり改善したが嚥下障害は軽度残存していた(図1c, d)。甲状腺腫瘤急速増大および右反回神経麻痺発症から3週間後にはとろみなしで誤嚥しなくなったことが確認されたので,翌週に甲状腺右葉切除術を施行する方針とした。反回神経の同定,温存のため,術中神経刺激装置を用いた。手術所見は,甲状腺囊胞は周囲組織と癒着しており剝離に難渋したが,右反回神経は同定できた。迷走神経や反回神経を腫瘍より中枢側で刺激しても声帯運動は認めなかったが,甲状軟骨下角部の腫瘍の末梢では神経刺激で声帯運動が認められた。右反回神経は甲状腺に接した部分で浮腫状・桃色となっていたが肉眼的に温存できた。病理所見は,被膜を有し内腔に変性や出血の目立つ囊胞性病変を認め,囊胞辺縁に大小不同の濾胞構造を認めた。腺腫様甲状腺腫の診断であった(図3a~c)。

図1.

画像所見。

a,b:嗄声出現時のCT所見(水平断:a,冠状断:b)。嗄声出現時腫瘤は最大径52mmと拡大を認め,気管,食道の圧排を認めた。

c,d:嗄声出現から2週間後の頸部CT所見(水平断:c,冠状断:d)。腫瘤は最大径34mmと縮小を認め,嗄声はかなり改善したが嚥下障害は軽度残存していた。

図2.

喉頭ファイバー所見。

a:嗄声発症5日後の発声時の喉頭ファイバー所見。左声帯が正中位の時,右声帯は傍正中に固定し,喉頭麻痺(気息性麻痺)を認めた(矢印)。

b:術後1カ月の発声時喉頭ファイバー所見。右声帯は発生時に正中まで動いて声門は閉鎖されており,右反回神経麻痺の回復を確認した。

図3.

病理所見。

a:切除標本のマクロ所見。

b:切除標本に割面を加えた。被膜を有し,内腔には変性や出血の目立つ囊胞性病変を認めた。一部に充実性成分を認めた。

c:病理組織所見。囊胞辺縁に大小不同の濾胞構造を認め腺腫様甲状腺腫の診断であった。

術後経過:手術直後から誤嚥を認めず経過は良好であり,術後3日で退院となった。術後1カ月の喉頭ファイバーで右声帯が発声時に正中まで動いており右反回神経麻痺の回復を確認した(図2b)。現在は外来で定期的に経過観察を行っている。

考 察

甲状腺良性疾患において術前に反回神経麻痺をきたしている症例の頻度は複数報告されている。1970年頃Ruegerは12,330例中88例(約0.71%)[],Holl-Allenは1,156例中8例(約0.69%)[]と報告し,1993年にはRowe-Jonesらは2,321例中22例(約0.95%)[]と報告している。最近の報告ではLiらは5,371症例中18症例(約0.35%)[]と,以前の報告よりさらに低い頻度となっている。これらの報告例から良性甲状腺腫による術前反回神経麻痺の頻度は非常に稀であると考えられる。

甲状腺腫瘍による反回神経麻痺の原因としては腫瘍や転移巣の反回神経浸潤によるもの,腫瘍による反回神経の圧迫,牽引,炎症などが挙げられる。良性疾患による神経麻痺の場合,神経麻痺の機序としては①神経の圧迫,②神経の牽引や伸展,③神経に波及する炎症が挙げられる[,]。本例は囊胞内出血による甲状腺腫瘤急速増大で右反回神経が牽引され硬い気管壁や椎骨に圧迫され生じた右反回神経麻痺と考えられた。手術所見で反回神経が浮腫状,桃色となっており圧迫や牽引に加え,炎症も伴っていたと推測された。これらのことから,本例においては神経麻痺の原因として①から③の機序をすべて満たしていたと考えられた。神経と周囲組織との癒着を認めたが,これは排液後の穿刺部からもれた囊胞内液により生じた癒着と考えられた。

片側性反回神経麻痺による誤嚥はほとんどが1カ月以内に症状が消失する[]。藤本は嚥下障害の治療として,呼吸機能・体幹機能の改善,栄養状態の改善,環境の改善,社会資源の活用などを述べている[]。一側性反回神経麻痺に対して,頸部回旋嚥下や顎引き嚥下法などの嚥下訓練を行えば安全に嚥下できるようになる。さらに軽症例では食事中の環境整備や食器の工夫,口腔衛生状況の改善などの環境改善指導により誤嚥性肺炎の発症リスクを減らすことができるため,高齢者の場合は家族と一緒に指導することや介護施設や介護職の協力,連携が有用としている。日本摂食嚥下リハビリテーション学会から嚥下訓練についてまとめた報告がある[]。一側性反回神経麻痺に有用なものとして,麻痺側を向いた横向き嚥下と呼ばれる方法がある。頸部回旋により回旋側の梨状窩は狭くなり,非回旋側の梨状窩は広くなるという咽頭腔の形態変化が生じる。さらに非回旋側の食道入口部の静止圧が低下する。嚥下前,嚥下後に患側に頸部を回旋し嚥下することで誤嚥や咽頭残留を防止し,梨状窩の食塊を除去することが目的である。本例は右反回神経麻痺発症時に入院を勧めたが,結果的に自宅で手術までの期間を待機できた。長女が医師で摂食嚥下に関して理解および知識があり,近親者からの繰り返しの適切な指導があったことが肺炎などの合併症をきたさずに待機できた大きな要因であったと考えられる。若年であれば,一側性反回神経麻痺が急性に発症しても咳嗽反射も強くできるため肺炎などを発症することは稀であるが,本例のような高齢患者では慎重な経過観察が必要である。

Ruegerは囊胞内出血による甲状腺結節の急速な拡大も反回神経麻痺の原因となりうると報告している[]。Wangらは反回神経麻痺をきたした良性甲状腺腫8例の術前画像を分析し,全例が大きさ5cm以上であり,8症例中7症例に囊胞変性を認め,8症例中6症例において気管偏位と胸骨後方伸展を認めたと報告している[]。本例は上述したように囊胞内出血により生じた反回神経麻痺が原因の喉頭麻痺と考えられた。画像所見では,初診時より囊胞変性を認め,反回神経麻痺発症時大きさは5cm以上であり,気管偏位を認めていた。胸骨後方伸展は認められなかった。

原因で片側性反回神経麻痺を生じ手術を施行した症例を検索し比較検討した(表1)[18]。本例を含め15例で,年齢は32~81歳,男2例,女13例,右8例,左7例であった。片側性反回神経麻痺を急性発症した症例は5例あり,手術は早い症例では翌日に施行されており,多くが2カ月以内に施行されていた。病理結果は腺腫様甲状腺腫が12例ともっとも多く,甲状腺血管腫,Riedel甲状腺炎の報告もみられた。反回神経麻痺は15例中9例(60%)に神経麻痺の回復が認められた。1カ月以内に手術が施行された症例では4例中3例(75%),2カ月以内に手術が施行された症例は7例中5例(約71%),3カ月以内に手術が施行された例は8例中6例(75%)に麻痺の回復が確認されていた。回復をファイバーで確認した時期は術後1~6カ月で,多くは2カ月以内だった。

表1.

甲状腺良性疾患による反回神経麻痺を生じ手術を施行した症例(本例を含む)。M;月,W;週,D;日,Y;年,LO;甲状腺片葉切除術,TT;甲状腺全摘術,EN;甲状腺腫瘤核出術,D1;気管周囲リンパ節郭清

良性甲状腺疾患による反回神経麻痺発症例の手術時期に関して明確なコンセンサスは得られていない。Ruegerは反回神経麻痺の回復の可能性は麻痺の持続期間に相関すると報告し[],都築らは約2年間改善傾向を認めなかった良性甲状腺腫瘤による反回神経麻痺症例を報告し[17],麻痺の改善を認めない症例に関して早期手術を推奨している。これらのことから長期間待機後の手術は推奨されず,緊急手術か短期間の待機手術(準緊急手術)が検討される。緊急手術の利点として発症早期に反回神経麻痺の原因を除去することで回復までの期間が短くなりうることや永続性麻痺を回避できる可能性があることが挙げられる。欠点としては誤嚥が生じている状態で手術を施行することで術後早期に誤嚥性肺炎を発症する可能性があることが挙げられる。一方,片側性反回神経麻痺による誤嚥はほとんどが1カ月以内に消失すると報告されており[],短期間の待機手術の利点は手術の際に誤嚥が消失している可能性があることである。欠点としては術前に誤嚥性肺炎を発症しうることや嚥下障害による低栄養となりうることである。これらの緊急手術,短期間の待機手術の利点,欠点に加え,患者の年齢や症状,同居家族や術式など症例毎にこれらの特性も加味して手術時期を検討していくこととなり,いずれの場合も周術期の誤嚥性肺炎発症には細心の注意を払う必要がある。本例は高齢であり周術期の誤嚥による合併症の重症化が懸念されたこと,長女が医師であり嚥下に関しての理解や知識があったため食事の工夫などで誤嚥の予防が行えたこと,甲状腺良性疾患による症状であり右葉切除が検討されたことから短期間の待機手術を選択した。結果として周術期の誤嚥性肺炎の発症はなく,さらに術後1カ月の時点で右反回神経麻痺の回復も確認することができた。

おわりに

囊胞内出血による急性反回神経麻痺を発症したが,誤嚥を防止する慎重な対処を行いつつ短期間の待機手術を施行し周術期に誤嚥性肺炎を発症せず術後反回神経麻痺の回復を確認できた高齢女性の症例を報告した。

謝 辞

この論文の要旨は第33回日本内分泌外科学会学術総会(2021年6月3日,4日,軽井沢市)にて発表した。

【文 献】
 
© 2024 一般社団法人日本内分泌外科学会

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