2024 年 41 巻 2 号 p. 100-104
甲状腺腫瘍診療ガイドラインが大幅に改訂され2024年版が発刊された。薬物療法については近年のがんゲノム医療の普及に伴い甲状腺がんの領域ではドライバー遺伝子異常に紐づいた複数の選択的チロシンキナーゼ阻害薬が使用可能となり,再発・転移甲状腺がん患者の治療選択肢は増加している。一方で,複数のコンパニオン診断薬とがん遺伝子パネル検査(comprehensive genome profile:CGP)が存在することで臨床の現場では混乱が予想される。本稿では,再発・転移甲状腺がんに対する薬物療法におけるガイドラインの改訂の目的と補足すべき点について概説した。
今回,甲状腺腫瘍診療ガイドラインが大幅に改訂され2024年版が発刊された。特に薬物療法については近年のがんゲノム医療の普及に伴い甲状腺がんの領域においてもドライバー遺伝子異常に紐づいた複数の選択的チロシンキナーゼ阻害薬が使用可能となり,再発・転移甲状腺がん患者の治療選択肢が増えたことは非常に喜ばしいことである。その一方で,治療選択肢を決めるために複数のコンパニオン診断薬とがん遺伝子パネル検査(comprehensive genome profile:CGP)が存在することは臨床の現場で混乱を生じる可能性があり適切な情報提供および収集が重要である。本稿では,再発・転移甲状腺がんに対する薬物療法におけるガイドラインの改訂内容と補足すべき内容について概説する。
薬物療法に関しては以下のような構成となっている。
A)コラム:甲状腺がんと免疫チェックポイント阻害薬
B)解説:がんゲノム医療
C)甲状腺がんに対する分子標的薬についてのCQ
詳細な内容については,「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」を精読頂きたい。本稿ではこのような構成にした意図と概略,そして補足すべき内容について述べる。
A)コラム:甲状腺がんと免疫チェックポイント阻害薬コラムで免疫チェックポイント阻害薬を取り上げた理由は,他のがん種でも広く用いられている免疫チェックポイント阻害薬について甲状腺がん領域ではどのような状況にあるのかを,甲状腺がん診療に関わる医師には把握して頂きたいからである。また,これは解説で詳細に述べている「がんゲノム医療」とも密接な関係がある。次世代シーケンサー(NGS)の普及に伴い網羅的遺伝子解析が可能となり,本邦でも複数の「がん遺伝子パネル検査(CGP)(表1)」が利用可能となっている。再発・転移甲状腺がん患者においても,CGPを行い腫瘍遺伝子変異量(tumor mutational burden:TMB)が10変異/Mgb以上であれば抗PD-1抗体のペムブロリズマブは臓器横断的にその効果が期待されるため保険診療で使用可能である[1]。このように甲状腺がん患者の治療に携わる医師は,臓器横断的に有効性が期待できる治療薬を患者に提案できる可能性についても把握しておく必要がある。このため,CGPを実施可能ながんゲノム医療指定医療機関と連携をとり,適切なタイミングで検査を依頼し治療を患者に提供することが求められている。
がん遺伝子パネル検査
上述のように腫瘍細胞に生じている遺伝子異常を調べることにより特定の遺伝子変異や遺伝子プロファイルに対応する分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を患者に提案できるがんゲノム医療の恩恵は甲状腺がんの領域にも急速に普及している。その中で臨床の現場で直面している問題は,「コンパニオン診断薬とCGPの違いと使い分け」と「複数のコンパニオン診断薬の使い分け」である。前者については,「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024,解説10-1,がんゲノム医療」を参考にされたい。一方,後者については,ガイドライン作成時よりも更に状況は複雑化しているため本稿で補足しておきたい。まず,コンパニオン診断薬は「特定の治療薬に紐づいた遺伝子異常を見出すための検査」であり,甲状腺がんにおける代表的なコンパニオン診断薬は「オンコマインDx Target Test マルチ CDxシステム(ODxTT)」,「MEBGENTMBRAF3キット」,および2024年3月に製造販売承認取得した「MEBGENTMBRAF2キット」である。例えば,ODxTTはNGSの技術を用いて46遺伝子を測定可能であるが,甲状腺がんにおいては選択的RET阻害薬であるセルペルカチニブの適応を判断するためのコンパニオン診断薬であり,甲状腺髄様癌におけるRET遺伝子変異や甲状腺乳頭癌を中心に認めるRET融合遺伝子の有無を検査する。それに加えて2024年2月には,国内で行われた第Ⅱ相試験結果[2]に基づき承認事項一部変更承認申請中(執筆時点)のBRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用療法であるエンコラフェニブ・ビニメチニブの適応を判断するためのBRAF-V600E遺伝子変異についてもODxTTは先行して製造販売承認事項一部変更承認を取得している。さらに,甲状腺未分化癌36例を含むBRAF-V600E陽性進行固形がんを対象とするROAR試験の結果などに基づいて,2023年11月にはダブラフェニブ・トラメチニブ療法が「標準的な治療が困難なBRAF遺伝子変異を有する進行・再発の固形腫瘍」に対して追加承認を得ており,これに対応するBRAF-V600E遺伝子変異のみを測定するコンパニオン診断薬はMEBGENTMBRAF3キットである。これに加えて,現在申請中のエンコラフェニブ・ビニメチニブの適応を判断するためのBRAF-V600遺伝子変異(V600E,V600K,V600D,V600RおよびV600M)を測定するためのコンパニオン診断薬であるMEBGENTMBRAF2キットが2024年2月に製造販売承認取得している。つまり,ダブラフェニブ・トラメチニブの適応判断するためのコンパニオン診断薬が1種類(MEBGENTMBRAF3キット),現在申請中のエンコラフェニブ・ビニメチニブの適応を判断するためのコンパニオン診断薬が2種類(ODxTT,MEBGENTMBRAF2キット)存在し,それぞれに互換性はない(表2)。このため,ODxTTやMEBGENTMBRAF2キットでBRAF-V600E遺伝子変異が検出されてもダブラフェニブ・トラメチニブ療法を行うことはできない。ダブラフェニブ・トラメチニブ療法を行うためには,コンパニオン診断薬であるMEBGENTMBRAF3キットにてBRAF-V600Eを検出する必要がある。このように,同じBRAF阻害薬/MEK阻害薬併用療法の適応判断をするためのBRAF-V600遺伝子変異を検出するためのコンパニオン診断薬が複数あり互換使用ができない状態は患者にとっても医療者にとっても何のメリットもなく現場に混乱を生じさせるだけである。申請する側の企業も承認する側の規制当局も,現状を解決するための方策を治験企画時から慎重に計画すべきである。また,既承認のコンパニオン診断薬間では同等性試験が円滑に行われ,医薬品横断的コンパニオン診断薬の該当性評価と申請が円滑に進む仕組みを考えるべきであろう(参考:独立行政法人医薬品医療機器総合機構:医薬品横断的コンパニオン診断薬等に関するガイダンス等について)。
甲状腺がんにおいて使用可能なコンパニオン診断薬
甲状腺がんに対する分子標的薬についてのCQは,主に甲状腺がんに認められるドライバー遺伝子変異/融合遺伝子が陽性の場合に,選択的チロシンキナーゼ阻害薬と既存の多標的分子標的薬(MKI)をどのように使用していくかに焦点を当てて作成した。そして,ガイドライン委員会とシステマティックレビューチームの協力の下に,網羅的文献検索・システマティックレビューおよびエビデンスの評価を行い,最終的な推奨文はGRADEグリッドによる合意形成フォームを用いた投票を行い作成した[3]。
例えば,CQ10-3-1は「ドライバー遺伝子変異/融合遺伝子陽性のRAI不応分化癌に対する初回薬物療法として選択的チロシンキナーゼ阻害薬は推奨されるか?」であるが,推奨文は「ドライバー遺伝子変異/融合遺伝子陽性のRAI不応分化癌に対する初回薬物療法として選択的チロシンキナーゼ阻害薬を提案する。」となっている。そして,エビデンスの確実性はC(低)で,推奨度弱(一致率7/8=88%)である。これは,BRAF-V600E遺伝子変異陽性のRAI不応分化癌に対しては,既存のソラフェニブやレンバチニブのようなMKIはランダム化第Ⅲ相試験に基づき有効性と安全性が確認されているのに対して[4,5],ダブラフェニブ・トラメチニブ療法であればROAR試験ではBRAF-V600E陽性甲状腺未分化癌のみが対象となっていたこと[6],BRAF-V600E陽性分化癌については小規模なランダム化第Ⅱ相試験(N=53)の中の27例においてダブラフェニブ・トラメチニブ療法の有効性(奏効割合,modified RECIST 48%,RECIST v1.1 30%)と安全性が[7],エンコラフェニブ・ビニメチニブ療法についても小規模な第Ⅱ相試験(N=22)において17例のBRAF-V600E陽性分化癌において有効性(奏効割合,RECIST v1.1 47%)と安全性が確認されているに過ぎないため[2],エビデンスの確実性は低く,初回薬物療法としての推奨度も弱くなっている。
これに対して,CQ10-3-2は「RET遺伝子変異陽性の進行/再発/転移性髄様癌に対する初回薬物療法としてRET阻害薬は推奨されるか?」であり,推奨文は「RET遺伝子変異陽性の進行/再発髄様癌に対する初回薬物療法としてRET阻害薬を推奨する。」となっている。エビデンスの確実性はB(中)で,推奨度強(一致率8/8=100%)である。これは,進行/再発髄様癌についてもバンデタニブやカボザンチニブのようなMKIはランダム化第Ⅲ相試験に基づき有効性と安全性が確認されているが[8,9],未治療のRET遺伝子変異陽性髄様癌においては,RET阻害薬であるセルペルカチニブとMKI(バンデタニブ/カボザンチニブ)とを比較するランダム化第Ⅲ相試験が行われ,セルペルカチニブが有意に無増悪生存期間(PFS)を延長することが示されたことに基づいている[10]。
一方で,CQ10-4は「切除不能未分化癌に対する分子標的治療は推奨されるか?」であり,推奨文は3つに分けられている。推奨文1は,「BRAF-V600E陽性の切除不能未分化癌に対してBRAF阻害薬/MEK阻害薬併用療法を推奨する。」であり,エビデンスの確実性はB(中)で,推奨度強(一致率8/8=100%)となっている。これは希少がんである甲状腺未分化癌において,少数ながらも複数の第Ⅱ相試験のBRAF-V600遺伝子変異陽性未分化癌コホートにおいてBRAF阻害薬もしくはMEK阻害薬との併用療法において一定の有効性と安全性が示されてきたことに基づいている[2,6,11~13]。これに対して,推奨文2は,「BRAF-V600E以外のドライバー遺伝子変異/融合遺伝子陽性の切除不能未分化癌に対してRET阻害薬やTRK阻害薬などの選択的チロシンキナーゼ阻害薬を提案する。」であり,エビデンスの確実性はC(低)で,推奨度強(一致率5/8=63%)となっている。甲状腺未分化癌ではBRAF-V600E遺伝子変異以外のドライバー遺伝子異常を稀に伴うことがある。実際にRET阻害薬であるセルペルカチニブの第Ⅰ/Ⅱ相試験(LIBRETTO-001)では,RET融合遺伝子陽性甲状腺癌コホートに2例の未分化癌が登録されており,1例に奏効を認めた[14]。またNTRK融合遺伝子を伴う進行固形がんに対するラロトレクチニブの統合解析においては,甲状腺がんコホート29例中7例が未分化癌で,2例に奏効を認めた[15]。このように非常に少数のデータに基づく結果であり,エビデンスの確実性も推奨度も低く評価されている。尚,日本では未分化癌に対して使用可能なレンバチニブについては,国内外の追試験結果によって当初の報告よりも有効性が低いことが示されており,他のMKIにおいても前向き試験では奏効例を認めていない。このため,推奨文3は「ドライバー遺伝子変異/融合遺伝子陰性の切除不能未分化癌に対してレンバチニブを提案する。」となっており,エビデンスの確実性はCで推奨度も弱(一致率8/8=100%)にとどまっている[16~21]。
以上,甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024年版の再発・転移甲状腺がんに対する薬物療法における改訂内容を概説した。改訂版のガイドラインと共に本稿が明日からの甲状腺がん診療の一助になれば幸いである。