2024 年 41 巻 2 号 p. 84-89
今回の「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2024」は,前回に比べてかなり大きく改訂されている。とくに乳頭癌については1)リスク分類に年齢が加わった,2)超低リスク乳頭癌の経過観察についてさらに詳述した,3)乳頭癌に対する全摘や予防的中央区域郭清の意義について,コラムでかなり踏み込んで取り上げた,4)動的予後因子やTSH抑制といった術後のマネージメントについて解説で詳しく取り上げたなどの特徴がある。一つ前の版のようにエビデンスに強く拘るのではなく,たとえそれが多少不十分であったとしても,リアルワールドでどうすればよいのかという指診を与えることを重視した結果である。本稿では乳頭癌の診療について,ガイドラインの内容をかいつまんで述べる。
今回,甲状腺腫瘍診療ガイドラインが改訂され,内容もかなり大きく変更された[1]。その中でも乳頭癌における記述は,もっとも大きく変わったといえる。本稿では,乳頭癌のClinical question(CQ)と主立った解説およびコラムについて述べていきたい。
前のガイドラインでは,乳頭癌のリスク分類を超低,低,中,高リスクの4段階に分類した。その後の研究で,Itoらは55歳以上の高リスク症例の予後は他よりも有意に不良であり,55歳未満の高リスク症例の予後は中リスク症例の予後と変わらないと報告している[2]。この研究でとくに高リスク症例の予後が大きく年齢に左右されることがわかったため,今回は高リスク症例を55歳以上と未満の二群に分類した。そして我が国の代表四施設(隈病院,がん研有明病院/日本医科大学,伊藤病院,東京女子医科大学)から提供されたデータを参考に,各群の予測される遠隔再発率および疾患関連生存率を併記した。
なお,超低リスクと低リスク症例の予後は,実は変わらない[3]。しかし前者は積極的経過観察の適応となりうることから,敢えて超低リスクを低リスクから独立させている。
表1に今回のリスク分類と予後との関係を記す。なお,各分類に属する乳頭癌に対する至適術式や後治療についてのアルゴリズムは,本稿の最後に示す。

乳頭癌のリスク分類と予後
CQ3-1は「超低リスク乳頭癌に積極的経過観察は推奨されるか?」である。これに対する推奨文は,「成人の超低リスク乳頭癌には積極的経過観察が推奨される(エビデンスの確実性B 推奨度強)」となっている。
超低リスク乳頭癌の経過観察は1993年に隈病院で,1995年には当時の癌研病院で前向き研究として開始され,当初は日本のこれら2施設から,アメリカ甲状腺学会のガイドラインで取り上げられてからは海外からもよい結果が報告されている。従って本法は適切に施行すれば安全なマネージメント法であり,患者のアウトカムもよく,QOLを大きく損ねないことはすでに自明である。しかしそもそもの話であるが,微小癌の経過観察を安全に施行するには,超音波検査によって腫瘍やリンパ節の評価を正確に行い,個々の症例が経過観察に適しているかどうかを見極める必要がある。さらに経過観察中に腫瘍が進行増大しているかどうか,新たに転移を疑うリンパ節が出現しているかどうかを経時的に,そして正確に評価していく必要がある。こういった体制が整っていない施設においては,超低リスク乳頭癌の経過観察を施行すべきではなく,体制が整った施設へ依頼すべきである。超低リスク乳頭癌経過観察のノウハウについては,日本甲状腺学会からのposition paper[4]や,日本内分泌外科学会のconsensus statements[5]に詳細に記載されているので,是非参照されたい。
以下に,超低リスク乳頭癌に関してガイドラインで取り上げられたテーマを簡潔に述べる。
1)経過観察の成績過去の前向き研究すべてにおいて非常によい結果が報告されており,これらについては本編を参照されたい。しかし当初安定していた超低リスク乳頭癌が急速に増大し,手術を行ったところ低分化成分を含むBRAF遺伝子変異陽性の乳頭癌であったという報告や[6],経過観察を受けた3,222例中1例が患者希望で移行手術を受けた後に(その時点では進行していなかった),リンパ節再発および肺へ遠隔再発を起こしたという報告がある[7]。しかしこのシリーズでは即時手術を施行した2,424例の中にも,術後に肺へ再発した症例が1例ある。従ってこのデータは,超低リスク乳頭癌に対する経過観察の妥当性を否定する根拠にはなりえない。
2)即時手術と移行手術の比較経過観察後に理由を問わず移行手術を受けた症例と即時手術を受けた症例の予後に,有意な差はなかった[8]。また,経過観察中に進行増大したために移行手術を受けた症例と即時手術の症例の予後にも,統計学的な有意差はなかった[8]。これらは超低リスク乳頭癌に対する経過観察が,マネージメント戦略として成立する根拠の一つであると考えられる。
3)超低リスク乳頭癌増大の評価法日本では伝統的に最大径で評価し,診断時よりも3ミリ増大すれば増大と診断するのが通常である[9,10]。海外からは体積50%増加をもって増大と判断する方が進行症例を早く発見できる報告もあるが[11],実際には手技が煩雑であり,多忙な外来診察中に評価するのは困難である。さらに超低リスク乳頭癌の増大速度は,いったん増大と判定されて以降の方が有意に遅くなるという報告もある[12]。従って少し増大したからといって直ちに手術に踏み切るというのは,早計といわざるを得ない。筆者の施設では増大と判定されても患者が希望すれば,最大径が13ミリ程度になるまで経過観察を続行している。
4)有害事象声帯麻痺,甲状腺および副甲状腺機能低下症などの有害事象は,当然ながら即時手術症例の方が経過観察症例よりも多い。なお,即時手術症例と移行手術症例を比較しても,有害事象の発現率に差はなかった[13]。
5)Quality of life(QOL)に与える影響当然ではあるが身体的QOLは,経過観察の方が即時手術よりも優れているという報告が多い。精神的QOLについては報告によって異なるが,患者の元々の性格に影響される可能性が示唆されている。詳しくは本編を参照されたい。
CQ3-2 病変が片側にとどまる低リスク乳頭癌に葉切除は推奨されるか?
推奨文は「病変が片側にとどまる低リスク乳頭癌には葉切除を推奨する(エビデンスの確実性C 推奨度強)」である。
乳頭癌に対して甲状腺をどこまで切除するかは,重要な命題である。かつての欧米においては,乳頭癌に対する甲状腺切除は基本的に全摘/準全摘であった。そして術後,ほぼルーチンに放射性ヨウ素(RAI)内用療法が施行されてきた。反面,日本の場合は長きにわたって,甲状腺亜全摘が標準術式とされてきた。全摘には1)サイログロブリン(Tg)抗体陰性症例に限るが,Tgが鋭敏な腫瘍マーカーとなる,2)遠隔再発を来たしたときに,ただちにRAI内用療法を施行できるなどのメリットがある反面,1)術後に甲状腺ホルモン剤投与が必ず必要になる,2)永続性副甲状腺機能低下症や両側声帯麻痺のリスクが生じるといった問題点もある。最近になって欧米では,予後不良を示唆する因子のない症例に全摘を回避するようになり,日本は転移再発および癌死のリスクがある程度見込まれる症例に対しては,全摘を勧めるようになった。双方がよい感じで歩み寄ったと,筆者は考えている。以下にガイドラインに引用されている日本の論文を簡単に解説する。
2010年に当院から発表された論文では,1)低リスク/超低リスク乳頭癌に対する全摘群1,037例の無再発生存率は,非全摘群1,601例よりも有意に良好であった,2)しかし非全摘群のうち17例(1.1%)は残存甲状腺に再発している,3)それらを除外すれば,両群間の無再発生存率に有意差はなかったことを示している[3]。また,遠隔再発は4例,癌死はわずかに2例であり,低リスク/超低リスク乳頭癌で片葉に限局した症例に対し,全摘はovertreatmentであると考えられる。
同年,Sugitaniらは超低リスク乳頭癌を除く癌研分類の低癌死危険度乳頭癌(50歳未満で遠隔転移のない症例および50歳以上で遠隔転移,高度の腺外浸潤,3cm以上のリンパ節転移のない症例=本ガイドラインの中リスク群および高リスク群の一部を含む)において,非全摘群451例および全摘群47例の無再発生存率および疾患関連生存率は両群で差がなかったことを示した[14]。さらにEbinaらは低危険度症例967例の前向きコホート研究で,非全摘群の再発予後や疾患関連予後は全摘群と変わらなかったことを示した。また,両群で手術における有害事象の出現率に差はなかった[15]。海外からもメタアナリシスを含めていくつか論文が出ているが,いずれも予後に差はなく,これらについては本編を参照されたい。
以上のことから,病変が片側にとどまる低リスク乳頭癌に対しては,葉切除が妥当であると結論づけられる。
CQ3-3は「cN0またはcN1aの乳頭癌に予防的外側区域郭清は推奨されるか?」で,それに対する推奨文は「大きな腫瘍径,甲状腺外浸潤といった予後不良因子のないcN0またはcN1a乳頭癌に対しては,予防的外側区域郭清を行わないことを推奨する(エビデンスの確実性B,推奨度弱)」である。
先に日本は乳頭癌の手術で全摘を施行しないことが多かったと記載したが,その背景にはRAI内用療法が容易に施行できなかったという事情がある。それ故に局所をきちんと制御する目的で,日本の外科医はリンパ節郭清を広範囲に行ってきた。具体的には中央区域および患側の外側区域の予防的郭清である。確かに画像検査で転移を疑うリンパ節はないと診断されても,下記の通り,実際にそこを郭清するとかなりな確率で転移が認められる。ただ,それが将来増大進行して予後に影響するかどうかは,また別問題である。
エコーなどの画像検査で外側区域に転移を疑うリンパ節が認められなかったとしても,実際に郭清すれば高率に転移が発見される。Itoらの報告では,最大径10ミリ以下の症例でも40.5%,40ミリを超える症例では86.5%に達する[16]。それだけ見れば,予防的な外側区域郭清は再発リスクを低下させ,患者にとってベネフィットがあると考えがちである。しかし筆者の施設では2006年に治療方針が変更され,予防的外側区域郭清の頻度が大きく低下したが,リンパ節無再発生存率はむしろ改善されている[17]。これはおそらく1)腫瘍径が大きい,あるいは浸潤性の強い症例が以前に比べて減少していること,そして2)以前に比べて超音波などの画像検査の精度が向上していることが原因ではないかと考えられる。さらに後方視研究のため症例に多少のバイアスがかかっているとはいえ,外側区域郭清を施行した症例としていない症例のリンパ節再発率に有意差は見られなかった。また,SugitaniらはcN0/N1a症例には中央区域郭清のみ,cN1b症例には治療的外側区域郭清を行う前向き研究の結果,前者の10年リンパ節無再発生存率は91%と良好であった。また,診断時遠隔転移の存在と4cm以上の原発巣がリンパ節再発のリスク因子であった[18]。
外側区域郭清には頻度は低いものの,乳糜癆,リンパ瘻,横隔神経麻痺,顔面神経麻痺,副神経麻痺,ホルネル症候群,気胸など様々な有害事象が出現しうる。さらに外側区域郭清を施行するためには創の延長が不可欠であり,それによって頸部痛や不快感が増強されることも考慮するべきである。よってcN0/N1a乳頭癌に対しては,予後不良を示唆する因子がなければ,予防的外側区域郭清は行わないことを推奨する。
CQ以外にも,乳頭癌には多くの解説やコラムが設けられている。その中からいくつかを取り上げて,簡単に解説する。
過去の我が国の研究でも,甲状腺の術式は直接予後に影響しないという結果になっている[19]。それでは全摘のメリットは何かといえば,血中Tgが術後の鋭敏な腫瘍マーカーとして使えることである。経時的に上昇すれば,RAI投与やPET-CTなどで全身検索を行い,転移再発巣を早い時期に発見,治療ができる。すなわち全摘の意義は直接的な予後改善よりも,術後のマネージメントの便宜性を高めることである。ただ,両側声帯麻痺や永続性副甲状腺機能低下症のリスクもあり,今後の治療の変遷により,その意義はさらに変化する可能性がある。
乳頭癌の手術に際して予防的中央区域郭清は,ほとんどの施設で行われている。しかしそれが予後を改善するかどうかについてのエビデンスは乏しい。Carlingらの試算では,cN0乳頭癌に対する予防的中央区域郭清の意義を前向きランダム化試験で少なくとも80%の統計検出力を達成するには,5,840例のエントリーが必要ということである[20]。海外からはいくつか前向きランダム化試験が施行されているが,症例数は60~257例と少なくエビデンスレベルが高いとはいえない。しかしこれらの結果がすべてnegative dataであることや,中央区域郭清を施行することによって有害事象が増加する可能性があることをふまえれば,予防的中央区域郭清を一律に推奨するのは適切ではないと考えられる。ガイドラインでは「cN0乳頭癌に対する予防的中央区域郭清は必須ではなく,患者の背景(年齢,体格など)や術者の技量に鑑みて個別に検討すべきである」と記載されている。
ガイドラインではTgAb陰性症例におけるTg倍加時間と倍加率,腫瘍体積(TV)倍加時間と倍加率,そして好中球/リンパ球比(NLR)の推移を取り上げている。前二者については計算が煩雑ではあるが,隈病院のHPから計算ソフトを無料でダウンロードでき,数値を代入するだけで簡単に計算ができるので,是非利用されたい( https://www.kuma-h.or.jp/kumapedia/kuma-medical/detail/?id=59)。Tg倍加率およびTV倍加率が>1/年の症例は,予後不良と報告されている[21,22]。
またNLRについては経時的に追っていくことが大切であり,3を超えた時点からの生命予後は不良であることが報告されている。NLRは病状進行とともに上昇することが多く,分子標的薬による薬物療法の効果を判定する一つの基準ともなりうる[22]。
本邦からランダム化比較研究が出ており,TSH抑制群と対照群の無再発生存率と疾患関連生存率に有意差はなかった[23]。ただしこの報告ではAMES分類による高リスク症例は全体の11.5%であり,全摘を施行した症例も15%にとどまっている。海外からの報告ではTSH抑制の予後への影響についての結果は,一様ではなかった。TSH抑制には骨粗鬆症や心血管系疾患を誘発するという有害事象がある反面,全摘後にTSHを軽度抑制した症例のFT3値は正常範囲になるが,TSHが正常値の場合はFT3値が有意に低くなり,機能低下症と同じ状態になるという報告がある[24]。従ってガイドラインでは全摘を施行した症例において,1)低リスク症例におけるTSH抑制は予後改善には貢献しないが,FT3を正常範囲に保つためにTSHを正常下限かごく軽度抑制する意義はあると考えられる,2)高リスク症例の全摘後は転移・再発を抑制するためにTSHを抑制することが勧められるが,感度以下に抑制するのは予後を改善しないばかりか,有害事象を誘発することになるので行うべきではない,3)中リスク症例の全摘後のTSH抑制の程度については,術中所見や病理所見,患者の年齢や全身状態を鑑みて個別に決定する必要があると結論づけている。
図1にリスク分類別の初期治療と,術後モニタリングのアルゴリズムを示す。超低リスクは経過観察の適応となるが,何らかの事情で手術をする際は葉切除でよい。低リスクも片葉に病変が限局していれば,葉切除で十分である。一方で高リスク症例は再発症例に対してRAI内用療法,さらには分子標的薬治療を施行することを見越して全摘が望ましいが,高齢あるいはプアリスクの症例は片葉切除にとどめる選択枝もあり得る。中リスク症例の場合は,症例ごとに色々な要素を考慮して術式を決定すべきである。全摘後はTgだけではなく,TgAb陽性症例に対してはそれも定期的にモニターし,上昇するようであればRAI内用療法を考慮すべきである。

乳頭癌のリスク分類に基づく初期治療と術後モニタリングのアルゴリズム
今回のガイドラインにおける乳頭癌の項は,とくにコラムや解説で手術や術後のマネージメントに対してかなり踏み込んだ内容になっている。臨床諸家におかれては,内容をよく理解され,以後の診療に役立てていただきたい。