2025 年 42 巻 2 号 p. 74-78
日本では海外に比べより普及しているmagnetic resonance imaging(MRI)を客観的評価法として推奨した独自の指針として「バセドウ病悪性眼球突出症(甲状腺眼症)の診断基準と治療指針」や「甲状腺眼症診療の手引き」が示されてきた。これにより,MRIを用いて活動性の有無や局在を評価し,活動性甲状腺眼症に対するステロイド(グルココルチコイド)のパルス療法や局所注射による抗炎症治療を中心に,必要な治療を組み合わせてきめ細やかな診療が行われてきた。しかしながら,ステロイド治療は消炎効果がある程度得られるものの,眼球突出の改善が乏しく複視の改善は中等度で,再燃がしばしば認められること,最重症の視神経症に対する効果は不十分であることなど課題が残されていた。甲状腺眼症に対するこれまでの治療と課題を理解し,新規薬剤の臨床使用が展開されたこれからの甲状腺眼症の至適治療に結び付けることが必要である。
これまでに「バセドウ病悪性眼球突出症(甲状腺眼症)の診断基準と治療指針」が2011年,2018年および2023年に公開され,「甲状腺眼症診療の手引き」が2020年に発刊された。これらは海外に比べ日本においてより普及しているmagnetic resonance imaging(MRI)を客観的評価法として推奨した日本独自の指針であり病態に合わせたきめ細やかな治療が実施されてきたと考えられる。そして,2024年11月に日本においてIGF-1受容体阻害剤Teprotumumab(TEP)が活動性の甲状腺眼症を適応症として薬価収載され,甲状腺眼症の治療は新しい時代を迎え更なる発展が期待されている。本稿では日本における甲状腺眼症の治療指針について解説し,TEP導入前のこれまでの甲状腺眼症の治療について近年行われた大規模研究を引用して述べる。
甲状腺眼症では活動性と重症度が時間とともに変化する。抗炎症治療の効果は活動期で大きく非活動期では乏しい。このため活動期を逃さず抗炎症治療を行うことが重要である。重症度(表1)と活動性を評価し個々の病態にあった治療を選択する(図1)[1]。Clinical Activity Score(CAS)は,①球窩部の痛みや違和感,②上方視,下方視時の痛み,③眼瞼の発赤,④眼瞼の腫脹,⑤結膜の充血,⑥結膜の浮腫,⑦涙丘の発赤・腫脹を各1点とし7点尺度中3点以上を活動性とする簡便な指標である。日本人ではCASが3点未満でもMRIで活動性を認めることが多く,軽症,中等症~重症,最重症のいずれの場合もMRIにより活動性を評価することが推奨されている[1]。
甲状腺眼症の重症度分類
甲状腺眼症の管理チャート
文献[1]より引用。CAS, Clinical activity score;SCTA, Subcutaneous triamcinolone acetonide injection(トリアムシノロン皮下注射);STTA, Sub-Tenonʼs triamcinolone acetonide injection(トリアムシノロンテノン囊下注射);*,上眼瞼ヘの局所投与は保険未収載であり施設の倫理委員会の承認が必要。
1)重症度別治療方針(図1)
①軽症:甲状腺眼症には自然軽快があり軽症では経過観察が選択肢となる。自然経過の報告では軽症~中等症では明らかな改善が22%,軽度改善が42%,不変が22%,悪化が14%[2],軽症では2.3%で中等症~重症へ進展した[3]とされている。片眼性の場合やQOLの低下がみられる場合,増悪・進行する場合は精査の上,治療の要否を検討する。上眼瞼後退をみとめ,上眼瞼挙筋に炎症性所見をみとめない場合は機能回復手術やボツリヌス毒素の眼瞼局所注射(保険適用外),上眼瞼の後退や腫脹をみとめ上眼瞼挙筋に炎症性肥大を認める場合はトリアムシノロンの眼瞼局所注射が行われる場合がある。
②中等症~重症:活動性では抗炎症治療としてステロイド(グルココルチコイド)・パルス療法が主に行われ,放射線外照射はステロイド・パルス治療と併用,またはステロイド・パルス療法が適応外の場合などに単独で行われる。外眼筋一筋の炎症性肥大にはトリアムシノロンのテノン囊下局所注射,斜視に対してはボツリヌス毒素局所注射が選択肢となりうる。
③最重症:失明の危険性がある。至急,ステロイド・パルス療法を開始し頻回に診察し改善が認められない場合は,眼窩減圧術を行う。活動性の残存があればステロイド・パルス療法と放射線外照射療法を併用する。
2)手術(詳細は「甲状腺眼症の眼科的治療」を参照)
残存する機能障害に対して非活動期をまって眼瞼手術,外眼筋手術(斜視手術),眼窩減圧術を行う(機能回復術)。最重症の視神経症では必要時には緊急で減圧目的に眼窩減圧術を行う。
3)保存的治療
甲状腺眼症では,眼球突出や上眼瞼後退により眼球表面が露出されやすく角結膜障害がみられる。人工涙液や角膜保護薬,ステロイド点眼薬などや,閉眼困難を生じている場合は眼軟膏が用いられる。
1)日本におけるこれまでの治療-レセプトビッグデータ解析[4]より-
この研究は2012年4月から2021年3月までの日本のJMDC社の約1400万人の全国保険請求データをもとにメディカルデータビジョン社の病院保険請求データベースと全国人口統計を用いて調整し,日本における成人甲状腺眼症の発症率と全国有病率の推定値を算出したものである。甲状腺眼症には様々な病名がつけられている可能性から,厳格定義(甲状腺眼症),拡張定義(甲状腺眼症,バセドウ眼症および甲状腺中毒性眼球突出),広義(甲状腺機能亢進症,甲状腺機能低下症,慢性甲状腺炎,バセドウ病と診断され,複視,眼球突出,視神経炎,視神経症の1つ以上を有する患者)の3つの定義が用いられれた。10万人年あたりの発生率は,厳格定義~広義で7.3~11.1人だった。 2020年度の有病率は10万人あたり24.65~37.58人で有病者数は25,383~38,697人に相当した。2020年度に特定された患者の特性を厳格定義~広義の3つの定義に分けて集計したところ概ね同様の傾向であったため,臨床的特徴について厳格定義の結果を示す。
①重症度と活動性:診断時の年齢は平均44.7歳,中央値45.5(範囲19~73)歳で男性26.7%,女性73.3%であった。保険請求データベースから得られる情報より推計したところ,軽症:83.9%,中等症から重症:13.1%,最重症:3.0%(図2A)で,活動性:27.2%,非活動性:72.8%だった(図2B)。
保険請求データベース研究:甲状腺眼症の重症度(A)と活動性(B)
文献[4]より著者作成。インデックス日を甲状腺眼症診断時としその後の2年間および前1年間の臨床的特徴が集計された(保険加入から1年未満の場合は除外された)。軽症:経口またはグルココルチコイド静脈内投与および/または眼科手術/処置を受けていない患者。トリアムシノロンの皮下注射またはテノン囊下注射のみを受けた患者。中等症から重症:経口または静脈内グルココルチコイド,眼科手術(眼窩減圧術,斜視手術,眼筋移動術,兎眼矯正術など),眼窩放射線療法のいずれかまたは複数を受けた患者。最重症:視神経症または視神経炎と新たに診断された患者。活動性:メチルプレドニゾロン(注射剤),プレドニゾン(経口剤),トリアムシノロン,放射線外照射,および/または眼科手術(例:眼窩減圧術,斜視手術,眼筋移動術,兎眼矯正術)のうち1つ以上を実施した患者。
②治療内容:甲状腺治療薬は66.6%で処方されていた。その他,頻度が高い治療には,点眼などの眼科用製剤,ドライアイ治療薬,トリアムシノロンだった。13.4%が経口グルココルチコイド,9.9%が静脈内グルココルチコイド治療としてメチルプレドニゾロンの投与を受け,静脈内グルココルチコイド治療を受けた患者のうち,およそ80%で経口グルココルチコイド治療を受けていた。放射線外照射は2.9%と少なかった。抗炎症治療の中心はステロイド治療でありトリアムシノロンが最多だった。眼窩減圧手術は1%,斜視手術および眼瞼手術は最も少なく1%未満だった(図3)。
保険請求データベース研究における甲状腺眼症への治療
文献[4]より著者作成。*1,兎眼矯正術;*2,斜視手術に眼筋移動術を含めた;*3,メチルプレドニゾロン;*4,点眼薬などの眼科用製剤。抗感染薬,グルココルチコイドが多く処方され,それぞれ約20%を占めた。ボツリヌス毒素は集計されていない。
2)甲状腺眼症専門病院におけるこれまでの治療と予後[5]
実際の症例では,様々な所見が様々な重症度で併存するため病態にあわせ各治療を組み合わせて行うことになる。神前らは甲状腺眼症初診患者11,123例において,各眼所見別に用いた治療,重症度別の治療予後の詳細を報告した(図4)。上眼瞼後退はトリアムシノロン眼瞼局所注射による消炎が有効で眼瞼手術となる症例は1%未満だった。複視はステロイド・パルス治療,放射線外照射,トリアムシノロンテノン囊下局所注射による消炎が図られ,斜視手術に至る症例は17%であった。眼球突出では原因となる病態ごとに治療が選択され希望も加味し,眼窩減圧術が実施されたのは3%のみだった。視神経症ではすべての症例でステロイド・パルス治療が行われ,22%で眼窩減圧術を要した。抗炎症治療後の手術は,甲状腺眼症診断時の重症度が高いほど頻度が高く早期診断・治療が重要であることがわかる。
甲状腺眼症専門病院における甲状腺眼症への治療と予後
文献[5]より著者作成。SCTA, Subcutaneous triamcinolone acetonide injection(トリアムシノロン皮下注射);STTA, Sub-Tenonʼs triamcinolone acetonide injection(トリアムシノロンテノン囊下注射)
*1有所見症例の内の抗炎症治療数
*2重複あり
[ ]重症度別
このようにこれまでの治療では活動性甲状腺眼症への抗炎症治療が主体だった。上眼瞼後退へのトリアムシノロン局所注射は93%で効果をみとめた[6]との報告の一方,放射線治療単独44%,ステロイド・パルスと放射線治療の併用66%[7],外眼筋肥大に対するトリアムシノロン局所注射54%の効果[8]と報告され十分とはいえない。中等症以上の活動性甲状腺眼症に対してはこれまでステロイド・パルス治療がゴールドスタンダードであり消炎効果は75%に認めるとの報告があるものの[5],眼球突出の改善が乏しく複視の改善は中等度で,再燃が30%と比較的高頻度[9]であることが課題であった。近年のメタ解析において,ステロイド・パルス治療による複視の改善は50%(95%信頼区間:38%~63%),眼球突出度の減少は0.80mm(95%信頼区間:-1.37~-0.23mm)とわずかで一般的な有意減少である2mmの減少は得られがたいことが改めて示された[10]。眼球突出は心理的QOLを低下させうるといわれており課題である。ステロイド・パルス療法は,海外において古典的パルス療法(1g/日×3日×3コース,総量9g)で0.8%に肝不全,0.3%に死亡例が報告されたことから,総量8g未満とすることが推奨された。中等症から重症では一般的にメチルプレドニゾロンを用いた総量4.5gのDaily法(入院)やWeekly法(外来)が行われている。HBVの再活性化のリスクを評価し,糖尿病,消化性潰瘍や骨粗鬆症などの副作用に配慮が必要である。リスクベネフィットを考慮した上で最重症の視神経症などで高用量の古典的パルス療法を選択せざるを得ない場合には,特に注意を要する。視神経症ではステロイド・パルス治療後に眼窩減圧術を施行してもなお視力回復が十分得られない症例もある。視神経症に至る前に早期に診断・治療することを含め,最重症例の管理戦略にも課題がある。
これまでは活動性甲状腺眼症に対するステロイドによる抗炎症治療を主体とし,MRI検査により活動性の有無やその局在を評価した上で必要な治療を組み合わせ,きめ細やかな治療が行われてきた。一方で多くの課題も残されている。眼球突出はステロイド治療におけるアンメットニーズの一つであるが,最近臨床使用が開始となったTEPは眼球突出に対しても優れた効果があり有用性が期待されている。本稿のテーマ「甲状腺眼症に対するこれまでの治療」への理解が,新規薬剤の臨床使用が展開されたこれからの甲状腺眼症の至適治療に結び付けば幸いである。