日本内分泌外科学会雑誌
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特集1
甲状腺眼症に対するこれからの治療(新規薬剤を中心に)
三村 真士
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2025 年 42 巻 2 号 p. 79-82

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抄録

甲状腺眼症は,眼球突出や複視など多彩な症状を呈し,機能面と精神面の両面でQOLを著しく低下させる疾患である。30~60代女性に多く発症し,社会的影響も大きい。多彩な病態表現と専門医不足により,診療の遅れや治療へのアクセスが課題とされてきたが,近年は眼形成再建外科の発展や新規分子標的薬テプロツムマブの登場により,低侵襲かつ効果的な治療が可能となった。今後は従来治療と新規治療を組み合わせた個別化治療の推進と,啓発の充実が求められる。

はじめに

甲状腺眼症は,眼球突出,眼瞼後退,眼瞼浮腫,複視,など多彩な眼症状を呈し,quality of life(QOL)を低下させる。この変化は,視機能Quality of visionの障害という機能面と,醜形(disfigurement)という精神面の双方から,患者のQOLに大きな影響を与える。さらに本疾患は,30~60代の女性優位に発症しやすいという特徴があり,国を支える人々の社会活動を抑圧し,人口動態や社会生産性を低下させかねない。

しかし,本疾患を取り扱う甲状腺内科と眼科では,甲状腺眼症専門家が全国的に少ないこと,特に本邦の眼科では海外に比べて眼球内の治療に傾倒する眼科医が大多数であるため,甲状腺眼症に対して積極的な治療を行う専門家が極端に少ないこともあり,これまで甲状腺眼症について大々的な議論が行われてこなかった。

ようやく2010年代に入って,甲状腺眼症に関する診療の質向上や標準化を目指して,一部の専門家が講演会や学会における教育セミナーなどを開催して問題提起を始めた。さらに近年,新たな治療法が世界で開発され,本邦でも加速度的に本疾患に対する注目度が上がってきている。

本稿では,このような特徴的な甲状腺眼症に対するこれからの治療について述べたい。

甲状腺眼症におけるClinical question

1)多彩な疾患の表現型

甲状腺眼症は,主にIGF1-RとTSH-Rを介した抗原抗体反応によって,眼窩線維芽細胞が活性化され,眼窩軟部組織の炎症が惹起されることで発症する。その結果,眼窩内に収まる筋(外眼筋,眼瞼挙筋,ミューラー筋)と脂肪,さらには眼窩周囲の線維性脂肪組織も肥大し[],眼球突出,眼瞼後退,眼瞼浮腫,眼位異常,結膜充血などが起こる。これらの形態的変化は顔面の醜形をもたらし,顔貌が発症前と比べて大きく変化してしまう結果,約9割の患者が不安神経症に陥るとされている[]。さらに機能面においては,眼球突出と眼瞼後退が進行すると閉瞼できない状態(兎眼症)となり,角膜が障害されて視力低下を引き起こし,最悪の場合には角膜が穿孔すると失明に至ることもある。また,眼位異常が進行するとものがダブって見えること(複視)となり,読書,料理,運転などの日常生活に大きな支障をきたす。さらに,外眼筋を主とした眼窩軟部組織の肥大による眼窩内圧上昇と炎症の波及により,視神経が障害を受けた場合,視野欠損から始まり,閾値を超えると最終的に圧迫性視神経症により失明に至ることがある(甲状腺眼症の約3~7%[])。

加えて,これらの形態的変化は,線維芽細胞の分布と抗原抗体反応の強度に左右されるため,それぞれの変化の程度に個人差があり,表現型が非常に多彩となることが本疾患の特徴でもある。これらの変化を客観的に評価するために,Clinical activity score(CAS)やVISA classificationをはじめとした炎症の程度と重症度を客観的に数値化するさまざまな試みが1970年代から始められている[,]が,いずれも眼球後部の眼窩内に起こる変化を表面から間接的に評価しているため完璧でない。

このような疾患の多彩性は,医療者のみならず患者本人にとっても,疾患自体を把握しがたい原因となり,正確な診療への妨げとなっている。たとえば,軽症な甲状腺眼症は軽度の醜形のみであるため医療者により軽視される傾向があるが,営業職など社会の現場で活動を行う患者本人にとっては社会生活が脅かされる一大事である場合も多い。逆に,圧迫性視神経症のような準緊急で対応しなければ失明してしまう病態であっても,表面上は炎症性変化が乏しいこともあり(white eye expansion[],図1),患者の医療機関受診のみならず医療者の診断が遅れてしまい,不可逆的な視機能損失につながることもある。この多彩な表現型を把握し,甲状腺眼症を見逃さず,的確な治療につなげていくことが,これからの甲状腺眼症診療に必要なポイントである。

図1.

White eye expansionの一例

一見炎症もなく正常に見えるが,左の求心性対光反応が減弱しており,圧迫性視神経症である。CTで,外眼筋の高度肥大が見られ,視神経を圧迫している所見が見て取れる。

2)治療家へのアクセス

前述の通り,甲状腺眼症への関心は最近10年で加速度的に上がっているが,それまでは注目度が低く,積極的に治療できる医療機関が少なかった。海外では,眼形成再建外科という眼付属器治療専門の眼科subspecialtyが50年以上前から確立されており,甲状腺眼症はひとつの大きなトピックスとして,長年学会で議論されてきたが,本邦の眼形成再建外科学会は約10年の歴史しかない。そのような背景もあり,甲状腺眼症に対する治療を積極的に行う治療家へのアクセスは非常に限られてきた。特に,重症の甲状腺眼症に対しては手術治療が必要となる場合が多く,眼窩減圧術,斜視手術,兎眼矯正術といった,眼形成再建外科手術や外眼筋手術に対する手術技術が必須となるため,正確な診断に至ったとしても,世界標準の治療を受けられる場所が少ないという環境であった。

しかし,近年では日本眼形成再建外科学会の設立とともに,眼形成再建外科医と神経眼科医が共同して治療に当たれるようになり,手術技術の発展向上が達成されてきた。また,後述する新しい分子標的薬の登場により,特殊な技術がなくても治療が可能な場合が増え,全国でも治療家へのアクセスがしやすくなってきている。これを期に,眼科と甲状腺内科との多診療科間の連携がさらに進み,全国における治療家へのアクセスが改善されることが,今後の甲状腺眼症診療に期待される。

新しい甲状腺眼症治療

1)従来の治療コンセプト

甲状腺眼症治療のコンセプトは,1.可逆的な炎症の沈静化と,2.炎症によって起こった不可逆的な形態変化の復元,である。前者は活動的な炎症がある時期(活動期)であるため抗炎症療法を,後者は炎症が落ち着いた時期(非活動期)であるため外科治療が主に選択される。従来の治療においては,前者はステロイドの全身/局所投与および放射線療法が選択され,後者の治療には,眼窩減圧術,斜視手術,眼瞼手術が選択される。多彩な表現型をもつ本疾患において,それぞれの治療法を適宜組み合わせて,最終的には発症前にできるだけ近づけることが目標である。

このような治療を考えるうえで,最も重要なことは活動期の早期にどれだけ抗炎症治療を投入できるかになる。つまりは,眼窩内軟部組織が可逆的形態変化でとどまっているうちに抗炎症治療で元に戻すことで,その後の手術を含めた侵襲的な治療を回避できる可能性がでてくる。従来の抗炎症療法の有効性はRCTなどで証明されており,ステロイドパルス点滴療法の奏効率は83%(VS 11%:コントロール群)[],同じく15~20Gyを分割照射で行う放射線療法で52%(vs 27%:コントロール群)の奏効率[10]と,いずれも優位に抗炎症作用を示すため,世界中で基本プロトコールとして採用されているが,ステロイドや放射線療法は,好中球やリンパ球の活動性を抑制し,おもに炎症性サイトカインの放出抑制を介して炎症を沈静化するつまり,発生している炎症に対して火消しをするコンセプトである。その結果,効果が十分であるとはいい切れず,組織に対する可逆的変化を達成するまでに至らず,眼球突出を改善することは難しいことが多い[11]。

2)新しい分子標的薬の登場

一方,2020年にIGF1-R(インスリン様成長因子-1 Insulin-like Growth Factor -1)をブロックする分子標的薬テプロツムマブが登場した[12]。この治療薬は,甲状腺眼症における炎症主座である眼窩線維芽細胞の活性化を,IGF1-Rを抑制することで,火元から炎症を止めるコンセプトである。その結果,ステロイドや放射線療法よりも強い消炎効果と,組織形態変化の回復が達成され,眼球突出も有意に減少させることが示された。その結果,現時点でアメリカFDAの認証から約5年が経過し,眼窩減圧術の件数が国レベルで37%減少したと報告されている[13]。その後,本邦でも同様の治験phase3が行われ,眼球突出が平均で2.36mm減少,CAS,複視(完全複視改善率),QOLスコアともにプラセボよりも有意に改善したと報告された[14]。その結果をもって本邦でも承認され,2024年11月より使用可能となっている。具体的には,体重1kgあたり10~20mgのテプロツムマブを,3週間に1回,合計8回点滴することで,この強力な抗炎症作用と形態変化の回復が約78%の患者で得られる。このように,従来の治療法に比べて低侵襲かつ効率よく,甲状腺眼症治療の目標を達成できる新たなツールとして,テプロツムマブによる分子標的療法が登場した。

同様に,トシリズマブやリツキシマブといった既存の分子標的薬の流用も試みられていたが,現時点ではこれらの薬剤がテプロツムマブを上回る結果を報告する論文はな い[1516]。

この分子標的療法の最も有意義な点は,甲状腺眼症治療施設でなくとも,甲状腺眼症の初期治療を十分行えることになることである。つまり,治療家へのアクセスが改善されることは,甲状腺診療において大きな進歩である。その一方で,副作用に注意が必要である。本邦におけるテプロツムマブの治験において確認された副作用で重要なものは,聴覚異常が出る可能性が14.8%(プラセボ3.7%),高血糖22.2%(プラセボ3.7%)とされている[14]。聴覚異常については,耳鳴りなどの軽症の場合が多い中で,高齢者などの元来聴覚障害がある場合に感音性聴覚障害が発生する可能性があるとされているため,事前の聴力検査を行い,場合によってはリスク回避を行う注意が必要である。一方,高血糖はコントロール可能な場合がほとんどであるが,治療期の血糖モニターは必要となる。ステロイドパルス療法の副作用は,肝機能異常による致死例や胃粘膜障害,重篤な骨粗鬆症など,枚挙にいとまがないことは自明であるが,使用経験が豊富でない新薬に対しては,新たな副作用などに十分注意しながら使用する必要がある。また,分子標的療法全般にいえることであるが,高薬価もネックとなる。このように,新しい分子治療薬は大きく甲状腺眼症の治療プロトコールを変える可能性が高いが,患者の負担なども含めて,総合的にリスクベネフィットを考慮したうえで使用する必要がある。

これからの甲状腺眼症治療

国内外でこのテプロツムマブによる甲状腺眼症の治療が脚光を浴びたことで火付け役となり,現在複数の分子標的療法を用いた臨床治験が進行中である。このように,甲状腺眼症に対する治療は大きな変革の時期を迎えている。ただし,分子標的薬のみで治療が完結するほど,本疾患は単純ではない。患者のニーズである,“発症前にできるだけ近づける”,という命題を達成するには,新しい治療と,手術を含めた従来の治療とのハイブリッドが必要である。しかも,手術の低侵襲化[17](図2),用量を抑えたステロイド/放射線との効率的な組み合わせ,など,従来治療のカスタムこれからまたさまざまな議論が進み,甲状腺眼症の治療が前進することは間違いない。そこでやはり,甲状腺眼症の難しさである,疾患の多彩性に注目する必要がある。つまり,患者のSOSに如何に反応し,治療の選択肢を示せるか?,という,甲状腺眼症に対する理解と啓蒙が,これからの甲状腺眼症治療を前進させる原動力として必須条件であろう。

図2.

低侵襲眼窩減圧術

従来一般的な眼窩減圧術は,眼窩を構成する眼窩骨を切除し,眼窩腔を拡大することで減圧効果を得るが,肥大した眼窩脂肪を直接切除して減量する方法が近年脚光を浴びている。

写真は,眼球の下耳側および下鼻側後方から眼窩脂肪を切除している。

【文 献】
 
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