2024 年 2 巻 論文ID: 2024-002
当院リハビリテーション部では,患者及び外部からの希望者(認知症を除く)を対象として,作業療法士(OT)が年間約100件の自動車運転評価を実施している.評価項目は神経心理学的検査及びドライビングシミュレーターであり,それらを総合的に判断して医師に結果報告を行っている.本稿では,当院での活動紹介と,自動車運転評価終了後の一定の条件下にある10名に追跡調査を実施し,その結果を考察した.全員運転を再開しており,運転頻度は職業や目的により異なる結果となった.安全運転に配慮している発言もあり,運転評価の際に実施する助言の有効性が考えられた.一方,職業運転者においてはヒヤリとする場面があった者もおり,脳卒中罹患後の運転再開において,運転時間が長く,長時間勤務となる労働環境は事故のリスクを高めてしまう可能性がある事が示唆された.
今後,継続した追跡調査の実施に加え,より自動車運転評価の精度を高めるためにも,実車評価も含めた自動車運転評価を行い,よりよい支援ができるよう,多職種・多機関と連携を行っていきたいと考える.
Occupational therapists (OTs) in our rehabilitation department annually evaluate about 100 cases targeting resumption of automobile driving among patients and outside applicants after cerebral stroke (with exclusion of those with dementia). Comprehensive results from neuropsychological examinations and a driving simulator are reported to physicians. In this study, several activities were introduced in our hospital and a follow-up survey was implemented for 10 subjects under certain conditions after completion of evaluation of their automobile driving. All subjects had resumed driving and their frequency of driving differed according to their occupations and purposes. Some subjects stated that considerations for safe driving and advice for evaluation of driving were effective. Some occupational drivers had phases of fear, suggesting that long working hours with long driving may increase the risk of accidents after resumption of driving after cerebral stroke. Hereafter, we will continue to use follow-up surveys to obtain more accurate evaluations of resumption of automobile driving, including actual vehicle evaluation, and we will collaborate with other occupations and organizations to provide better support.
近年,高齢者や運転に支障のある病気を持つ者が引き起こす交通事故が社会的に注目を集め,道路交通法の改正や自動車の安全運転を支援するシステムの開発といった様々な対策が行われている.2019年に世界作業療法士連盟(WFOT:World Federation of Occupational Therapists)は運転と地域医療に関する立場を述べており,「コミュニティモビリティは個人が社会に参加するために不可欠であり,健康や幸福を促進し参加を可能にする」「WFOTは作業療法士(以下OT)が運転と地域移動の両方の実践分野に取り組むことを支援する」1)と述べている.また,日本OT協会や各都道府県OT会においても自動車運転や地域移動の支援に従事するOTへの支援が確立されてきており,報告事例や研修会・学会も増加している.
当院での活動を報告するとともに,自動車運転評価終了後の追跡調査を行い,その結果を考察することで,自動車運転評価の活動をより有益なものにしたいと考えた.
当院は回復期リハビリテーション病棟を有する急性期の総合病院である.運転評価においては,自動車運転再開希望の当院患者や外部からの希望者を対象に自動車運転評価を実施している.対象疾患としては脳血管疾患,脳挫傷を罹患した者を中心に年間約100件の評価を行っており,評価件数の多さと患者に応じて評価時期を急性期から生活期に幅を持たせている点は当院の特徴と言える.運転評価を目的に,2012年にドライビングシミュレーター(以下DS)を導入し,OTが中心となって神経心理学的検査と合わせて運転支援を行ってきた.2018年にOTグループで『運転チーム』を立ち上げて活動を開始し,2020年からは神経心理学的検査の統一化やカンファレンスを実施することによって,担当OTの技量に影響されることなく,客観的な評価ができるように支援を行っている.
神経心理学的検査(表1)に関しては,運転能力を評価する有用なスクリーニング検査を複数の文献2),4),5)からピックアップし,2021年度からは日本高次脳機能学会で挙げられている『脳卒中,脳外傷等により高次脳機能障害が疑われる場合の自動車運転に関する神経心理学的検査法の適応と判断』のフローチャート2)も参考に総合的に評価を行っている.
当院で実施している神経心理学的検査
機能 | 評価法 |
---|---|
知能・記憶検査 | MMSE,S-PA,ROCF再生,(MoCA-J) |
注意機能 反応時間検査 | TMT-J,(CAT) |
視空間認知機能・視覚構成能力検査 | ROCF模写,コース立方体組み合わせテスト |
遂行機能検査 | FAB |
運転シミュレーター検査 | 危険予測教習,運転適性検査,運転操作能力検査 |
その他 | SDSA |
MMSE: Mini-Mental State Examination, S-PA: Standard verbal Paired-Associate learning test, ROCF: Rey-Osterrieth Complex Figure, MoCA-J: Montoreal Cognitive Assessment, TMT: Trail Making Test, CAT: Clinical Assessment for Attention, FAB: Frontal Assessment Battery, SDSA: Stroke Drivers’ Screening Assessment (Japanese Version)
DSは,三菱プレシジョン株式会社DS-7000R(図1)を使用しており,主に運転適性検査や危険予測教習といった評価項目によって評価を実施している(表2).DSの検査結果及び神経心理学的評価を総合的に判断したのち,医師にその結果報告を行っている.また,評価結果から予測される運転特性やリスクをもとにリハビリテーション指導を行っている.DS評価は直近2年間で延べ331回実施し,神経心理学的検査を含む運転評価においては延べ161件実施した.
三菱プレシジョン株式会社 DS-7000R
DSの評価項目
検査名 | 下位項目 |
---|---|
運転適性検査 | 単純反応検査 選択反応検査 ハンドル操作検査 注意配分/複数作業検査 |
危険予測講習 | |
運転操作能力検査 | 視覚検査(瞬時視検査/移動視検査) 操作範囲検査(踏みかえ検査/ハンドル検査等) 間隔判断力検査 |
自動車運転評価実施後の対象者に対し,追跡調査を実施した.
対象2021年4月から2022年8月に当院で自動車運転評価を実施し,自動車運転が再開可能となった対象者のうち,一部基準値を下回る,もしくはDSにおいて反応速度の低下や予測不十分,衝突事故,確認不十分等がみられた者(以下グレーゾーン群)を対象とした.この群は,いずれも運動麻痺症状はみられず,認知症および半側空間無視の症状はない者であり,疾患・年齢・性別問わず無作為に抽出した.なお,聴取対象は運転評価後4か月以上経過した者とした.
著者らが電話にて本人もしくは家族に対して直接,聴取を行った.調査内容としては①運転再開の有無,②運転目的,③運転頻度,④事故・ヒヤリ経験の有無,⑤家族や周囲の反応の5点についてである.
著者の所属する倫理委員会に審査を依頼し,許可番号「2024-35」の承認を得た.
脳梗塞6名,脳出血2名,くも膜下出血1名,蘇生後脳症1名の計11名に協力を得た.評価終了から追跡調査までの期間は平均で8.3か月だった.今回はそのうち10名において聴取内容をまとめた(表3).性別はいずれも男性であり,平均年齢は61.8歳であった.全員運転を再開しており,家族や周囲からみた運転の様子としては全員病前と変わらなかった.運転目的は買い物が3名,通院1名,車両配送やバス・タクシー運転といった職業運転が4名,運転頻度は一番少ない者で「月に2回」と答えた者が1名,多い者で「毎日」と答えた者が2名だった.「事故・ヒヤリハット経験がある」と答えた者は2名だった.
追跡調査結果
年齢 性別 |
診断名 | ①運転再開の有無 | ②目的・職業 | ③頻度 | ④事故・ヒヤリハット経験の有無 | ⑤家族・周囲の反応 |
---|---|---|---|---|---|---|
69歳 男性 |
脳梗塞 | 〇 | レジャー,買い物 | 1/W | 特になし 長距離運転もできている |
病前と著変なし |
73歳 男性 |
脳梗塞 | 〇 | たまに | 特になし | おかしなこともあれ?と思うこともない | |
72歳 男性 |
脳梗塞 | 〇 | 2/M | 特になし 天気の良い昼間に運転するようにしている |
どうもない.危ない場面もない | |
75歳 男性 |
心原性脳塞栓症 | 〇 | 買い物,通院 | 1/W | 特になし 自宅近辺を妻同乗のもと走行している |
病前と著変なし |
77歳 男性 |
脳出血 | 〇 | 買い物 | 2~3/W | 特になし | 病前と著変なし |
55歳 男性 |
脳梗塞 | 〇 | 車両配送 | 毎日 | 特になし | 運転は確かだと思う |
49歳 男性 |
脳梗塞 | 〇 | バス運転手 自家用車 |
毎日 | 特になし | 病前と著変なし |
55歳 男性 |
心筋梗塞後蘇生後脳症 | 〇 | タクシー運転手 | ほぼ毎日 | 特になし | 病前と著変なし |
49歳 男性 |
くも膜下出血 | 〇 | 介護職員 | 土日中心 | 特になし | 病前と著変なし |
44歳 男性 |
脳梗塞 | 〇 | バス運転手 (2連休できない) |
ほぼ毎日 | 仕事でヒヤリが時々,集中が途切れる事がある | 病前と著変なし |
※1名,自動車運転再開,復職を果たしたが,相手側の過失による事故により免許停止中であった.
今回は事故のなかった10名の詳細について追跡調査を実施した.
10名全員が運転を再開し無事故だったが,中には天候や時間帯,運転範囲や家族の同乗等,安全運転を心がけた対応を行っている者もいた.このことから,自動車運転評価から導き出された運転特性が自動車運転に及ぼす影響を予測し,フィードバックを行っていたことが,自動車運転再開後の意識づけに結びついている可能性があると考え,運転支援の効果があったと考えた.
4名は職業運転者であり,うち1名は,「ヒヤリとする場面が時々みられる.集中が途切れる事があるみたいだ.」と家族から聴取した.脳卒中を罹患したことに加え,勤務地が京都市内エリアで観光シーズンという事もあり週6日勤務で仕事に従事していたことも要因と考えた.
事業用自動車の運転者は,業務上運転時間が長いことに加え,夜間の運転を含む長時間勤務による緊張や疲労及び予定業務の遂行に伴う精神的なストレスが大きいと言われている3).このように,自身の体調に合わせたこまめな休憩を取ることが難しい環境に加え,脳卒中を罹患することで,より疲労による注意・集中力の低下が生じてしまう可能性があると考えられた.このことから,職業運転者に関しては,労働時間,労働時間帯,エリア,休憩場所等の聴取をより詳細に行うとともに,環境に応じたリハビリテーションの実施や支援を行っていく必要があると思われる.
今回の調査を通して,例えば神経心理学的検査のSDSAが不合格であり,かつDS評価での運動や処理速度の遅延がみられた者であっても,安全運転に配慮しながら病前と変わらず運転ができていた事を聴取できたことは大変有益であった.
一方で,我々の評価基準が厳しかった可能性も考えられた.神経心理学的検査やDSによって,運転に必要な認知や予測・判断について推察し,評価を行うことはできるものの,机上やDSの画面等限られた視空間上での評価では車両感覚や速度感覚を認識しながら作業を行う事は困難であり,評価の精度に限界があると感じている.そのためには,追跡調査も含めた運転支援を今後も継続していくと共に,教習所と連携し実車運転も含めて評価していくことが必要不可欠である.
なお,2023年4月より運転評価に停止車両評価を適宜追加した.また近隣の教習所と連携を開始し,必要な対象者に対し実車評価を行っている.
今回,当院の自動車運転評価の実情と追跡調査をまとめるに至り,評価に留まることなく自動車運転再開後の聴取及びフォローを行う事が,対象者一人一人の社会生活の支援に繋がること実感することができた.今後もより良い支援が行えるよう,継続した追跡調査の実施に加え,多職種・多機関との連携においても尽力していきたいと考える.
本報告の追跡調査にご協力を賜った対象者の皆様に感謝を申し上げる.
本論文の要旨の一部は京都岡本記念病院研究発表会(2023年1月)において発表を行った.
本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない.