日本財団パラリンピックサポートセンターパラリンピック研究会紀要
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2012年ロンドン・パラリンピック大会のレガシーに関する批判的観点からの考察
イアン ブリテン
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2016 年 5 巻 p. 23-42

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抄録
パラリンピック大会は,実際のところレガシーを前提として創設されたものである。 パラリンピック運動の創始者ルートヴィヒ・グッドマンは,スポーツへの参加は障害者 に利益をもたらすとして,次の3つの側面を指摘した。すなわち,①治療的要素として のスポーツ,②スポーツのレクリエーション的・心理的価値,および③社会的再統合の手段としてのスポーツである。とりわけ3つ目は今もなお,国際パラリンピック委員会 が掲げる主な目標のひとつ「パラスポーツを通じて,障害のある人々にとってよりイン クルーシブな社会を実現していくこと」の基盤となるものである(IPC 戦略計画2015− 2018)。しかしながら,こうした目標を批判する研究者は多い。そして批判者は,期せ ずしてパラリンピックのメダリストである。

本稿の目的は,英国政府と2012年ロンドン大会組織委員会,そして英国の障害者団体 の2つの異なる視点から,2012年ロンドン・パラリンピック大会がもたらしたと考えら れる影響について検証することにある。同時に,そこから得た知見をよりグローバルな 状況,すなわち当時発生した世界金融危機やそれに続く緊縮政策との関係において位置 付けすることも試みた。結果として,英国政府と2012年ロンドン大会組織委員会が主張する2012年ロンドン・パラリンピック大会がもたらした影響と,一部障害者団体が伝え る英国に住む障害者の実際の体験と比べると,大きな相違が認められた。

検証結果から総体的に言えることは,メガスポーツイベントが他の社会事象と無関係 に行われることはないということである。メガスポーツイベントは,成果の意図を持って開催に携わる人々のコントロールがまったく及ばない世界的な出来事に左右されるこ とが多い。したがってイベントがもたらすレガシーについて,的確かつ効果的な計画を 策定することはきわめて難しい。加えて,レガシーのプロセスは複雑であり,なおかつ 多くの場合予期しない数々の形で,政治的,経済的および文化的特異性からプラスとマイナス両方の影響を受けやすい。全般的に見て,パラリンピック大会の開催および関連報道から実際に利益を享受するのは障害のある競技者,そしておそらくはスポーツや運動に参加する障害者であって,諸般の理由からスポーツや運動に参加しない多数を占める障害者は利益を享受しないということが,明らかになってきた。とは言え,パラリンピック大会が世界的にメディアで取り上げられることで,障害をめぐる広範な課題に関する議論のきっかけとなる貴重な機会がもたらされることも,忘れてはならない。
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