日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
接合上皮の解析
山本 松男氷室 沙羅西井 浩介塚本 康己林 庸以相澤 怜関 辰明田中 準一美島 健二
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2015 年 57 巻 1 号 p. 11-17

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はじめに

歯という硬組織は,口腔粘膜を貫いて口腔内に存在している。上皮を貫く構造があるのは歯周組織だけで特殊な構造である。古くからこのように説明をされてきた。健康な状態で歯肉溝の深さは約0.4 mm程度(臨床的には2 mm以下)とされ,歯肉溝底部では非角化の上皮層がエナメル質にハーフデスモゾーム構造により付着している。口腔上皮が錯角化により物理的な生体防御の役割を担っていることは想像に難くない。接合上皮の特徴として非角化であること,同時に物質の透過性が高く,血清成分が歯肉溝(あるいは歯周ポケット)に向かって通過していくことが知られている。歯肉溝滲出液には補体や抗体,複数種類のサイトカイン,抗菌ペプチドなどが含まれ,また,好中球やマクロファージも通過して歯肉溝に移動していくことが古くから知られている1,2)。つまり,歯肉溝に存在する口腔微生物の侵入を防ぐことが,接合上皮の生体機能の一つとして理解されている。これらの多くの性質は,古くから生理学的手法や解剖組織学的な手法により研究成果が蓄積し,特に電子顕微鏡によるミクロ構造が明らかにされたことによってさらに深く理解が進んだ3)。一方で,多数の免疫組織化学的解析や口腔上皮初代培養細胞の研究により,人や動物における口腔上皮や接合上皮の性質は遺伝子やタンパク質発現のレベルでも解析が進んでいるといえる4,5)

しかし,接合上皮研究については,大きな未解決の課題が残されている。それは,接合上皮の性質をよく代表する細胞株が存在しないことである。少し乱暴に言い換えれば,接合上皮の特異的なマーカーが確定していないという問題である。歯周病領域の他の部位について,例えば歯根膜や歯肉ではプライマリカルチャーが可能で,それらの一部は不死化されて,in vitro実験が盛んにおこなわれている。それらによって,大変多くの知識が集積されてきている。しかし,特に歯周組織の上皮について接合上皮の特徴を掘り下げるときには,解剖学的な位置情報を残した手法,すなわち,組織学的なアプローチをメインにするスタイルが多く見受けられる。特異的マーカーが確立されていないために,エナメル質の傍らに存在する状態で,例えば特異的な抗体による染色をおこなって接合上皮の性状を明らかにするという手法である6-8)。それらは大変貴重な情報であるが,被検体の数を多くしにくいことや複数回の検証に多くの時間を要するという理由で,それを補完する手段の確立が切望されている。そのうちの一つが細胞生物学的なアプローチで,分子生物学的実験手法が大変広く普及した現在においては,接合上皮の性質をもつ細胞株が樹立されれば,上記の研究手法などと組み合わせて,さらに多様で詳細な研究が進むものと思われる。しかし未だにそのような細胞株が樹立されていないために,別の方法を模索しなければいけないのが現状である。

本稿においては,当研究室でおこなってきた接合上皮特異的に発現をする分子の検索について,それらの成果を紹介する9-11)。また,天然歯胚を出発材料に再構成した人工歯胚の萌出を観察することで,接合上皮のオリジンについて考察を加えてみたい。

レーザーマイクロダイセクションによる網羅的遺伝子発現

レーザーの組織学的解析への応用により,光学顕微鏡下において目的とする細胞群を,レーザーを用いてモニタで確認しながら採取することが可能になってきた12)。あたかも,未来物語に出てくるようにレーザー銃で鋼鉄製の扉を切り抜くようなイメージである。微少な領域を目視下で確認して切り出すことができるので,口腔がんなどでは,切片上の微少な集団の遺伝子発現などを解析することができる13,14)。そこで我々は昭和大学歯学部口腔病理学部門との共同研究とし,硬組織近傍に存在する接合上皮を薄切切片上から切り出し,培養が困難な接合上皮での遺伝子発現を同じ切片上の口腔上皮と比較することとした。接合上皮に特徴的な発現をする遺伝子を探索することを目的とした。生後28日目のJcl:ICR Mouseの頭部を切断し凍結包埋した。前頭断にて凍結薄切を行い,薄切標本は-40℃で保存した。薄切切片から波長337 nmの紫外線窒素レーザーLaser Microdissection(PALM MBIV:Carl Zeiss)を用いて接合上皮,口腔上皮の各細胞を含む領域を切り出し,エッペンドルフチューブに回収した(図1)。Rneasy Micro Kit(QIAGEN)を用いてRNAを抽出し,Agilent 2100 Bioanalyser and RNA 6000 Pico LabChip Kit(Agilent)によりTotal RNAの品質・純度の確認をおこなった。抽出したRNAはRampUPTMand RampUP PlusTM RNA Amplification Kits(Genis phere)を用いて増幅後,マイクロアレイにより網羅的に解析をおこなった。解析にはWhole Mouse Genome Oligo DNA Micro array 4×44 k(Agilent)を用いた。またHigh Capacity RNA to cDNA Master Mix(Applied Biosystems)を用いてcDNAに逆転写し,cDNAライブラリとした。ABI PRISM 7000 Sequence Detection Systemを用いてReal time PCRにて遺伝子発現を半定量的に解析した。さらに,接合上皮でのタンパク質の局在を免疫組織化学的染色により確認した。上記の手法により解析を進め,口腔上皮に対して遺伝子発現が高まっている遺伝子として,Slpi(Secretary leukocyte protease inhibitor,NM_011414)が107.6倍,Myl6(NM_010860)が104.3倍,Krt-17(NM_010663)が93.6倍などを検出した。最も発現量の差の大きかったSlpiについては免疫染色をおこない,接合上皮の外側基底板から内側基底板にかけて広く陽性細胞の存在を確認することができた(図2)。接合上皮には健康な状況下においても好中球の遊走が観察される。好中球は異物を貪食し分解するために種々のタンパク質溶解酵素(プロテアーゼ)を産生・分泌しているが,それにより宿主組織もダメージを受ける。SLPIが接合上皮に特に高いレベルで発現していることは,外部から侵入する異物を排除しつつ自己の組織を保護する機構が存在することを示している9)

図1 下顎臼歯前頭断の薄切切片よりレーザーマイクロダイセクション法により接合上皮組織の部分を切り出し採取する(イメージ図)。Jcl:TCRマウス4週齢,凍結切片。
図2 接合上皮におけるSLPIの発現

常在菌の有無による接合上皮組織の反応

接合上皮での遺伝子発現の網羅的解析の次に,同種同胞のマウスの接合上皮における,無菌的飼育および通常環境での遺伝子発現の差を,レーザーダイセクション法を応用して解析することにした。つまり常在菌の有無で接合上皮における遺伝子発現がどの様な違いを見せるのかを観察した。免疫組織化学的な染色によりタンパク質発現の位置情報を詳細に得ることができるが,定量的な検討は困難である。免疫染色と同時に,接合上皮領域での遺伝子発現の量的解析をおこなった。安定した歯周組織を維持するため,すなわちホメオスタシスの維持のために軽度な炎症が必要である。生理的な範囲の中で,感染に対抗し,新陳代謝を促す必要がある。細胞自身も増殖し,炎症のスイッチを入れて防御機能を発揮する。さらに上皮のバリア機能だけでは十分でない部分は好中球やマクロファージといった免疫系細胞の局所へ遊走が不可欠である。小腸上皮ではこのような防御機構が報告されている15)。常在菌が存在する通常飼育の環境では接合上皮には炎症サイトカインIL-1β,好中球などの局所への遊走を促すケモカインのCXCL1(KC-1)やCXCL2(MIP-2)の発現が亢進していることが確認された。大変興味深いこととして,無菌環境においても,通常の飼育環境下に比較して程度は低いもののこれらの遺伝子発現が確認されたことである(表110)。肝臓の類洞におけるマクロファージ系細胞はクッパー細胞と呼ばれるが,異物が存在しなくても肝組織に常在し貪食をおこなっている。接合上皮は通常の環境において微生物やその代謝産物の絶えることのない侵入をくい止める必要があることから,炎症を引き起こす感染源としての口腔常在菌が存在しなくとも,好中球やマクロファージといった免疫担当細胞の遊走を促しホメオスタシスの維持をする仕組みの一つであるとも解釈される。

今まで述べてきたように,接合上皮は自然免疫の最前線である。様々な異物の侵入に抵抗しなければいけない。微生物の存在の有無により発現差を認めた遺伝子の中にはS100A8,A9が見いだされた。無菌マウスでは口腔上皮に比較して接合上皮での発現が約4.6倍上昇し, 通常の飼育環境下では13.8倍上昇していた。S100A8およびS100A9はヘテロダイマーを形成し,抗菌ペプチドであるカルプロテクチンとして血液中や歯肉溝滲出液中に存在することが知られている。カルプロテクチンは好中球やマクロファージが産生することが知られており,また好中球やマクロファージは接合上皮に遊走するために,接合上皮組織でのS100A8およびA9の発現を組織学的に解析した。接合上皮中の好中球はGr-1タンパク質をマーカーとして区別をした。大変興味深いことに,無菌環境下ではS100A8に陽性の接合上皮細胞と好中球が認められたが,S100A9陽性細胞は好中球だけであった。しかし,通常飼育の環境では,S100A8とS100A9の両方に陽性な接合上皮が,主として内側基底板付近に観察された。Gr-1陽性の好中球もS100A8とS100A9の両方に陽性であり,接合上皮組織内に散見された。接合上皮でのS100A9は炎症反応性に発現していることが明らかになった(図3)。歯肉溝滲出液中に存在するカルプロテクチンは主として血漿由来であったり好中球やマクロファージが産生するものと考えられているが,接合上皮もその産生に関わっている可能性が考えられた。カルプロテクチンは抗菌ペプチドであるが,好中球などの走化性因子としても知られ,常在菌が存在する環境下でのみ接合上皮がS100A9を発現していることは,組織恒常性の維持機構の点から大変興味深いものであった11)

今回は接合上皮と口腔上皮との間で遺伝子発現の差に着目して解析をおこなっているために,以前より発現が報告されているα-ディフェンシン,β-ディフェンシン,LL-37などの発現はとらえられていない。一方で,以前に接合上皮での発現が報告されているodontogenic ameloblast associated(ODAM),claudin 7,integrin α6,β4,laminin α3,β3の発現は上昇している事が確認された。

表1 接合上皮における各遺伝子の発現レベル(GAPDHをコントロールにした)。
図3 通常飼育マウス接合上皮でのS100A9の発現通常の環境で飼育されたマウスの接合上皮のみにS100A9の発現が認められた(矢頭)。

接合上皮特異的発現分子と発生上の由来

レーザーマイクロダイセクション法とマイクロアレイによる網羅的遺伝子解析,免疫組織化学的染色法を組み合わせて,接合上皮に特徴的な遺伝子発現や機能を探ることができたが,それらの手法の特性に注意をする必要がある。レーザーマイクロダイセクション法はデジタルカメラにより取得した組織イメージ上で目的の組織を慎重に切り出すことができるが,しかし,例えば遊走してきた接合上皮中の好中球を確実に排除できるとは限らない。すなわち,存在比率は小さいものの遺伝子増幅を伴うマイクロアレイ解析では,好中球をはじめとする上皮以外の細胞で発現している遺伝子を検出している可能性が否定できない。また,増幅の過程を経るために,解析実験ごとの遺伝子発現量のバラツキは決して小さいとはいえない背景を認めざるを得ない。発現したタンパク質の存在を確認する目的で免疫染色は不可欠であるが,非特異的な発色(バックグランド)の可能性も慎重に考察しなければならない。さらに,当初の目的であった接合上皮に特異的なマーカーについては,周囲の組織と比較した際に特徴的に発現している遺伝子を捉えることができただけで,接合上皮にしか発現していない特異的な分子を特定するには至らなかった。これまでに主にマウス切歯のアメロブラストで強く発現されているODAMが接合上皮でも強く染まるという報告があり,接合上皮のマーカーの有力候補のひとつであろう16-18)。我々の解析でも発現上昇を確認している。

接合上皮に特異的なマーカーは,その組織の発生上の由来に深く関わっている場合がある。ODAMはアメロブラストで強く発現しているが,これは歯原性上皮である。接合上皮は,形成された歯冠周囲に残存する歯原性上皮が,歯の萌出の過程で口腔上皮と癒合し,歯冠萌出後に歯頚部を取り巻くように残存すると考えられてきた19-21)。詳細な組織学的観察により広く理解されているが,歯冠を形成する段階から細胞を追跡した直接的な研究はおこなわれていなかった。我々は接合上皮の由来を明らかにする方法の一つとして,歯原性上皮に何らかのマーカーを付与する方法を模索していた。一方で,再生医学の一分野として臓器の再生研究が盛んであるが,歯をバラバラにした細胞から作り出そうという試みがなされ,GFP陽性細胞により作られた蛍光を発する歯がマウスの口腔に萌出したという成功が報告された22,23)。歯原性上皮塊およびその直下にある間葉系組織塊を採取して酵素処理をおこない,バラバラになった細胞を改めて上皮細胞群と間葉細胞群が相対するようにコラーゲンゲル内に配置して培養をおこなうと,歯胚の再構成ができる。これを同系マウス成獣の臼歯の位置に埋入して歯冠歯根の発生と萌出までを成功させたものである。成獣由来の歯周組織が残存しないように,臼歯を抜歯後,創傷治癒を待ち,移植前に歯内治療用リーマー等で移植窩をつくる。この術式を応用して,人工性歯胚を作る過程で,GFPマウスから歯原性上皮を採取し,間葉組織細胞は同系ノーマルマウスから採取したものを用いて,移植実験をおこなった(図4)。萌出中や萌出した歯では,接合上皮の部分がGFP陽性の細胞で構成されていることが明らかとなった(図524)。移植後30日後に歯冠が萌出を始めるが,歯原性上皮と口腔上皮の癒合した部分ではアポトーシスが起こっていた。これは天然歯も人工再生歯でも同様であった。萌出した歯と歯周組織を観察したところ,基本的な解剖上の特徴は天然歯と変わりがなかった。これは,接合上皮組織で観察されるlaminin 5及びintegrin β4の組織染色によって確認をした。GFP陽性細胞は萌出後3ヶ月の時点でも存在することを確認している。

我々は天然歯と再構成歯とは同一の構造を有すると考え,さらに接合上皮が歯原性上皮由来であることを示した。もともとは接合上皮に特異的なマーカーを検索することが目的であったが,歯原性上皮を発生の過程で追跡することが困難であったために人工再構成歯を用いて研究をおこなうこととした。このことは,接合上皮になる細胞群に予めマーカーを付与したと拡大解釈をする事ができる。すなわち,本来マウスが持っていないGFPをコードする遺伝子を接合上皮に入れる手段を確立したということで,別の遺伝子改変動物から歯原性上皮を採取して人工再構成歯胚を作成し萌出させれば,その遺伝子の接合上皮における機能を明らかにすることができるということである。例えば,接合上皮自体がグラム陰性菌を認識するかどうかは,TLR4のノックアウトマウスからの歯原性上皮を用いた歯胚を作成すれば理論上可能になると考えられる。

図4 GFPマウス歯原性上皮と正常マウス間葉細胞を再構成し,器官培養を行った。歯冠部のみGFP陽性であることがわかる。
図5 マウス人工再構成歯胚移植後40日萌出途中のμCT画像および口腔内写真。接合上皮部でGFPの緑色蛍光が観察される。μCT撮影と口腔内写真撮影は別個体で行われた。薄切切片上でも接合上皮部はGFPの緑色蛍光が観察される。青色はDAPI染色した細胞核。文献24)よりNature Pubilishing GroupのAuthor’s Guidelinesにもとづき,一部引用。

まとめ

歯周病による組織破壊のはじまりの一つは接合上皮の付着の喪失である。ここでは絶えず体外から異物の侵入に曝されており,自然免疫・獲得免疫による防御を幾重にも重ねた仕組みを持っている。通常環境のマウス歯周組織では無菌状態に比較して炎症性サイトカインの発現が上昇し,健康に見える部位でも,それを維持するためにIL-1βやTNFα等の内因性リガンドの発現が維持され,接合上皮での細胞増殖が上昇し,同時に免疫担当細胞である好中球やマクロファージのリクルートメントが維持されている。それらは,程度は低いものの無菌状態でも観察をする事ができ,自動車のエンジンに例えればいつでもアイドリング状態の低回転でまわっていて,微生物の侵入があった時にはアクセルを踏んですぐに対応するというようなイメージである。恒常性の維持のために炎症の仕組みが必須であるということはホメオスタティック・インフラメーションと呼ばれるが,これは小腸上皮にも見られる仕組みであり,消化管上部構造である口腔の非角化組織である接合上皮細胞でも同様の仕組みが存在すると考えることができる。

接合上皮はダイナミックに環境に反応しているが,これは裏を返せば体の代謝そのものであり,すなわち,歯周病と体の疾患との関連を研究するペリオドンタルメディシンの研究対象とすべき組織の一つである。現在我々は,接合上皮細胞の不死化に取り組んでおり,詳細な組織学的な観察に加えて,人工歯胚や遺伝子改変動物の応用などのアプローチとあわせて,接合上皮の性質の解明に努力をしていきたいと考えている。

謝辞

硬組織薄切切片におけるレーザーマイクロダイセクション法の実施にあたり昭和大学名誉教授立川哲彦先生,山本 剛元講師,人工性歯胚作成について理化学研究所多細胞システム形成研究センター辻 孝博士,小川美帆博士,岡山大学大学院医歯薬学総合研究科インプラント再生補綴学分野大島正充先生に懇切丁寧なご指導を賜りました。ここに深く感謝を申し上げます。本研究の成果の一部は,日本歯周病学会第51回秋季学術大会(2008年10月19日),第53回春季学術大会(2010年5月14日,15日),第54回秋季学術大会(2011年9月24日),第56回春季学術大会(2013年5月31日,6月1日)において発表した。本研究の一部は,文部科学省研究補助金基盤研究(C)No.21592634および私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(H20-24)(日本私学振興共済事業団)分子的理解に基づいた口腔癌の先端的研究で行われた。

References
 
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