日本歯周病学会会誌
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症例報告
包括的歯周治療を行った広汎型重度慢性歯周炎患者の19年の治療経過
齋藤 政一
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2016 年 58 巻 3 号 p. 137-147

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要旨

広汎型重度慢性歯周炎患者に歯周基本治療,歯周外科治療,口腔機能回復治療およびサポーティブぺリオドンタルセラピー(SPT)を含む包括的歯周治療を行い,19年間にわたり良好に顎口腔機能を維持した症例について報告する。本症例から顎口腔機能を長期的に維持・安定させるためには動的歯周治療後,SPTに入ってからも注意深く口腔の変化を観察し炎症と力のコントロールのしっかりとした対応が必要であること,さらにSPT中に問題が生じた場合は必要に応じて積極的に治療介入していくことが重要であることが示された。

緒言

包括的歯周治療の結果として得られた顎口腔の機能と審美性を長期に維持・安定させるためには,炎症(歯周炎)と力(咬合の安定化,咬合力の分散,異常習癖の抑制)をコントロールすることが不可欠である。そのために,歯周環境を整備し清掃性の向上を図り,咬合に問題がある場合には,適切に改善することも少なくない。そして症例に応じた合目的な間隔のもとでサポーティブぺリオドンタルセラピー(SPT)を継続して行い良好な状態を維持していくことが重要となる。包括的歯周治療の視点で臨床に取り組んでみると,歯や歯列,咬合(顎位),顔面単位で総合的に診査,診断し予後を判定しながら動的歯周治療やSPT中に現れる徴候や病的変化を観察する目を持つことが大切であることを経験する。今回,広汎型重度慢性歯周炎に罹患し,炎症と力の破綻により臼歯部の咬合支持の低下を起こしてアンテリアガイダンスが変化し,咬合の崩壊を伴った女性患者に対して包括的歯周治療を行った。歯周治療の目標を以下の4点,すなわち①徹底した炎症の抑制,②歯周環境の整備,③適正なアンテリアガイダンスの確立,④臼歯部の咬合支持の確立とした。その後,SPT中に問題が生じた場合は,速やかに,かつ積極的に治療介入を行い19年間良好に維持した症例について報告する。

1. 症例

患者:51歳,女性

初診:1995年9月11日

主訴:歯が動くので気になる。歯の無いところに歯を入れて全体的に治したい。

全身的既往歴

特記事項なし

現病歴

これまで口腔に問題が起きるたびに他院にて治療を受けていた。その後26のブリッジのポンティックが破折した。46,47は約20年前に抜歯し,欠損部には可撤式部分床義歯を装着したが,適合が悪く使用していなかった。

家族歴

特記事項なし

生活習慣および習癖

喫煙歴,異常習癖なし

現症

歯列・咬合所見:全顎にわたり歯列と咬合の破壊は高度で,歯の病的移動により41,42間に歯間離開が見られ,16,17,21には歯の挺出が認められた。アーチインテグリティーは不良でアーチフォームは左右非対称であった。ガイディングトゥースは前方運動においては11,21,31,41,右側方運動では14,43が,左側方運動では23,22であった。また,バランシングコンタクト,早期接触,異常習癖,顎関節機能障害は特に認められず,咬合支持はアイヒナーの分類B1であった(図1)。

歯周組織所見:歯間乳頭や歯肉辺縁に発赤,腫脹が散在的に認められ,PCRは12.5%,BOPは67.4%,PPDは1-3 mmが63%,4-5 mmが19.6%,6 mm以上が17.4%であった。歯の病的移動が16,17,21,32に認められた。動揺度はMillerの分類I度が22,23,24,31,41,44,45,II度が17,III度が11,14,15に認められた。

頬小帯付着異常,付着歯肉の欠如は37,44に,根分岐部病変はLindheの分類I度が27,II度が17であった(図2)。

エックス線所見:全顎的に中等度~重度の骨吸収が見られ,ほぼすべての根面に多量の歯石沈着が観察された。14,15,17,21は根尖付近まで骨吸収があり,24,25,33,34,35,37には垂直性骨欠損が認められた。

初診時の顔貌所見:左右非対称で下顎がわずかに左側に偏位しており,左側の咬筋の緊張が認められた。

図1

初診時口腔内写真(1995.9.11)

図2

初診時歯周組織検査・X線写真(1995.9.11)

2. 臨床診断

広汎型重度慢性歯周炎,二次性咬合性外傷(14,15,21)

病因

1)全身的因子:特記事項なし

2)局所因子:プラーク,外傷性咬合

3. 治療計画

①歯周基本治療

ブラッシング指導(TBI),スケーリング,スケーリング・ルートプレーニング(SRP),抜歯(14,15,17,21),暫間補綴処置による顎位の修正

②再評価

③MTM(41,42間の空隙の閉鎖,21の稔転の改善)

④歯周外科治療(37,44遊離歯肉移植術)

⑤インプラント治療(46,47)

⑥再評価

⑦口腔機能回復治療

⑧再評価

⑨SPT

4. 治療経過

① 歯周基本治療(1995年9月~1996年1月)

TBI,スケーリング,SRP,14,15,17,21抜歯,13,14,15,16暫間補綴処置。

患者へのモチベーションおよびTBIを歯科衛生士とともに徹底的に行った結果,口腔清掃状態は顕著に改善した。14,15,17,21は根尖付近まで歯槽骨吸収が進行していたため抜歯し欠損部は暫間補綴処置により咬合の安定を図った。その他の部位はスケーリング,SRP,側方運動時での咬合干渉を除去し炎症と力のコントロールを行った(図3)。

図3

歯周基本治療終了後の再評価検査・口腔内写真(1996.1.8)

② 再評価(1996年8月)

初診より3ヵ月後の歯周基本治療終了後の再評価検査で16,24,35,37,44を除いてプロービング値は3 mm以下に,PCRは9.2%,BOPは4.4%に改善された。プロービング値4 mm以上の5部位においては,排膿はなくプラークコントロールが良好なため,再SRPで対応することとした(図3)。

③ MTM(1996年3月~1996年4月)

41,42の病的移動によりできた空隙を閉鎖,21の稔転を修正して歯列を改善するために歯の移動を行った(図4)。

図4

MTM(1996.3,21)・46,47インプラント埋入

④ インプラント治療(1996年4月)

46,47欠損部に確実な咬合支持を獲得すること,および45の歯根が短いことから可撤式部分床義歯の鈎歯には適さないと診断しインプラントを埋入した(図4)。

⑤ 歯周外科治療(37:1996年5月,44:1996年8月)

37は「痛くて磨きにくい」という訴えがあり,原因として頬小帯の位置異常と付着歯肉幅が小さいことが考えられ,遊離歯肉移植を行った(図5)。44は頬小帯の位置異常と歯肉退縮が認められたため,根面被覆と審美性を配慮して結合組織遊離歯肉移植術を行った(図6)。

図5

37遊離歯肉移植術(1996.5.22)

図6

44小帯切除・遊離歯肉移植術(1996.8.7)

⑥ 口腔機能回復治療(1996年8月~1996年10月)

上顎:⑯15 14⑬⑫⑪21㉒㉓㉔㉕26㉗クロスアーチスプリント

下顎:㊺㊹㊸㊷ ㊶㉛ ㉜ ㉝ ㉞㉟ 36 ㊲クロスアーチスプリント

47 46連結冠(インプラント)

歯周外科治療後の歯肉の治癒を待つ間にプロビジョナルレストレーションを用いて臼歯部での垂直顎間距離の挙上量を検討し2 mmとした。歯冠形態も注意深く観察,修正しアンテリアガイダンス,歯列の連続性や左右対称性も十分に検討した。咬合は顆頭安定位で犬歯誘導とした。最終支台歯形成を行いシリコーンラバーで印象採得を行った(図7)。その後メタル試適,ポーセレン素焼き試適,形態修正,咬合調整を行った後に最終補綴物を仮着し,1ヵ月後に最終装着を行った。エックス線所見も初診時と比較すると,歯槽骨の白線の連続性が明瞭になった(図8)。

図7

プロビジョナルレストレーション(1996.8.2)

支台歯最終形成(1996.10.7)

図8

最終補綴物装着時・X線写真(1996.10.16)

⑦ SPT移行前の再評価(1996年10月)

37のみPD4 mmが残ったがPCRは2.9%,BOPは0%と極めて良好になったため,SPTに移行した(図9)。

図9

SPT移行時歯周組織検査(1996.10.16)

⑧ i:SPT中の歯周外科治療(2002年3月)

状況に応じて3~6ヵ月毎のSPTを施行した。SPTに入って6年後に37に頬側8 mm,舌側6 mmの歯周ポケットが再発し歯周病変の悪化が認められたが,乳がんを発症した時期と一致する。エックス線所見にて深い垂直性骨欠損が存在したため,自家骨移植を行った(図10)。

ii:SPT中の歯周外科治療(2005年5月)

SPT9年後に27頬側に顕著な歯肉退縮が認められ「磨くと痛い」という訴えがあったため,口蓋より採取した上皮を含む遊離歯肉移植術を行った(図11)。

図10

37 SPT6年後自家骨移植術(2002.3,29)

図11

27 SPT9年後遊離歯肉移植術(2005.5.16)

⑨ SPT(2006年6月~2014年5月)

SPTに入って数回の歯周ポケットの再発があり,やや不安定な状態を繰り返したがその後,SPTに移行してからの8年間,初診から19年の経過ではほぼ安定している(図12)。PCRは4.8%,BOPは0%でPPDも正常範囲内に保たれていること,エックス線所見でも歯槽骨頂部の白線が連続して見られるなどの改善が認められた。全顎的に極めて良好なプラークコントロールが維持されたことは,患者自身のセルフケアーと歯科医療従事者のプロフェッショナルケアー(TBI,PMTC,生活指導など)の相乗効果の結果と思われる(図13)。

図12

初診より19年経過時の口腔内写真(2014.5.8)

図13

初診より19年経過時の歯周組織検査・X線検査(2014.5.8)

考察

咬合崩壊を伴った広汎型重度歯周炎患者は,口腔内に多くの問題を有しており,適切な診査・診断とそれに基づく合理的な治療計画の立案が不可欠である。炎症のコントロールに関しては,まず歯科衛生士と共に時間をかけて患者に歯周病の現在の状態,原因,治療法,予防法などを説明することによってモチベーションが向上された結果,患者が積極的に取り組む気持ちになり,長期に渡り大変良好なプラークコントロールを継続して実践したことが挙げられる。PCRが10~20%台の場合,歯肉に炎症は認められず,ポケットの再発がなかったという報告1)からPCRを20%以下にすること,BOPは全顎で16%またはそれ以上の出血部位を持つ患者は付着の喪失の可能性が高いという報告2)からBOPを16%以下とすることを目標とした。さらに歯周環境の改善,すなわち頬小帯の付着異常を修正し,付着歯肉が無い部位に遊離歯肉移植術を行ったことでよりプラークコントロールがしやすくなったことも功を奏したと思われる3,4)。本症例においてほとんどの部位が歯周基本治療にて歯周ポケットの改善が見られた。SPTの結果に影響する要因として①歯周ポケットの深さ,②術者の経験(技術),③使用する器具などが挙げられている5)。①については4~5 mmを超えると歯石の取り残しの可能性があり6,7),単根歯より複根歯の方がさらに多くなるという報告8)がある。これらの知見は,歯石の触知,探索,器具操作,歯根形態,歯槽骨の欠損形態の熟知,スケーラーのシャープニングの能力などのレベルに起因すると考える。SPTに入ってからの再歯周治療は,2 mm以上の付着の喪失,BOPの持続,動揺度の増加,エックス線写真上での歯槽骨吸収の進行がある場合に行っている。これらの条件に合致した37に歯周組織再生療法を行った。3壁性骨欠損であったため,アタッチメントゲインの量はあまり変わらないが骨の添加量についてはエナメルマトリックスデリバティブ(EMD)と骨移植を併用した方が期待できるという報告9)からEMDと骨補填材の併用療法の適用を検討したが,EMDが動物製剤であることから患者の同意が得られなかった。そこで骨形成能,骨伝導能,骨誘導能に優れた自家骨移植術を行うこととし,採取部位は上顎結節とした。力のコントロールの観点からは,MTMにより41,42の病的移動による歯間離開の閉鎖と21の稔転を修正し歯列の改善を行った。その結果,側方運動は犬歯誘導を付与することができた。アンテリアガイダンスが確立されて咬合の力の方向が適切となりまた臼歯部の咬合支持が確保され,力のコントロールが良好に保たれるようになったと考えられる。特に45の歯根長が短いことから46,47に可撤式部分床義歯ではなく,インプラントを選択したことは適切であったと考える。さらに補綴装置の形態は歯周組織のより良い維持安定のために上下顎クロスアーチスプリントを選択した10)。術後19年の現在BOPは0%と安定した状態が保たれており11,12)本症例で行った包括的歯周治療が咬合崩壊を伴った広汎型重度慢性歯周炎患者の顎口腔の機能と審美性の獲得に有効であるのみならず長期にわたり改善された歯周組織の維持に有効であることが再認識できた13)。今後は,患者の年齢を考慮し,さらにエイジング,生活習慣,全身疾患の変化に注意を払いながらSPTを継続して経過観察を行っていく予定である。

謝辞

稿を終えるにあたり,ご指導頂きました日本大学伊藤公一特任教授に深く感謝申し上げます。

本論文の要旨は,日本歯周病学会第58回春季学術大会(2015年5月16日 千葉市)において発表した。

利益相反

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

なお,本症例報告に際し口頭と文書にて患者の同意を得た。

References
 
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