日本歯周病学会会誌
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症例報告
広汎型重度慢性歯周炎患者へ固定性補綴治療を行った21年経過症例
永井 省二
著者情報
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2017 年 59 巻 4 号 p. 215-229

詳細
要旨

広汎型重度慢性歯周炎患者に歯周基本治療,歯周外科治療,固定性補綴装置による口腔機能回復治療ならびにサポーティブぺリオドンタルセラピー(SPT)を行い,21年間良好な顎口腔機能を維持した症例について報告する。本症例から重度歯周炎患者に対し固定性補綴治療を行う場合,その長期安定には患者の良好な口腔清掃状態とその維持,患者の生活環境の安定,支台歯の良好な位置関係と内冠を応用した固定性補綴装置の作製,左右均等な咀嚼運動ができる咬合関係の維持,SPTの継続と口腔内の変化に応じた細かな対応が重要であると示唆された。

緒言

歯周病は,細菌性プラークによって引き起こされる感染性炎症性疾患である1-6)が,その進行には遺伝や年齢,人種などの先天的因子,喫煙やストレス,全身疾患や服用薬剤などの後天的因子も絡み7,8),重度歯周炎患者の治療はもとより,治療後の口腔機能の長期維持安定を難しくしている。そのため,口腔清掃指導を主体とした歯周基本治療,その後の再評価に基づいた歯周外科治療と二次性咬合性外傷を考慮した口腔機能回復治療,そして長期安定には最も大切なサポーティブぺリオドンタルセラピー(SPT)と咬合関係の維持に対する対応など,それぞれの段階で適切な診断と処置が必要となってくる。逆に歯周病と全身の関係が明らかにされてきている現在9),重度歯周炎患者の口腔機能の長期維持安定はその患者の全身の健康に計り知れない影響を与えている可能性もあり,歯周治療の意義は益々大きくなってきていると推察できる。今回広汎型重度慢性歯周炎患者に対し,徹底的な口腔清掃指導を中心とした歯周基本治療,廓清を目的とした歯周外科治療,二次性咬合性外傷に対応した固定性補綴装置による口腔機能回復治療,そして継続したSPTとその期間中の再治療を行い,21年間良好な顎口腔機能を維持した症例について報告する。

1. 症例

患者:50歳,女性。

初診:1994年6月10日。

主訴:歯がぐらついてかめない。

全身的既往歴:高血圧症,水頭症による歩行困難あり。2013年,2014年転倒骨折(左腕)。2014年からリウマチ治療(ステロイド服用)2015年から骨粗鬆症の治療(注射薬)を開始。

現病歴:以前より歯の動揺と歯肉腫脹を覚えていたが放置。歯肉からの出血と疼痛に加えて咀嚼障害が生じたため来院。

家族歴:初診時両親は健在で,母は40代で総義歯,父は50代で局部床義歯を装着。夫は歯周病の既往あり。兄弟は3人で兄と弟の歯周病の既往は不明。長女は歯周病の既往は無く,夫と娘と3人暮らしであった。

生活習慣および習癖:仕事が自営業で残業が多く,生活習慣は不規則。食生活では間食が多く,お茶,コーヒーを多飲していた。口呼吸はあるが喫煙歴は無く,その他ブラキシズムなどの異常習癖は認められなかった。

現症:

全身所見:体格・栄養ともに中等度。性格は温厚で精神疾患を疑わせる所見は認められなかった。以前より高血圧性の水頭症による歩行困難があるためか,健康に対する意識は強いと感じられた。

局所所見:

歯列・咬合所見:スケレタルパターンはアングルクラスIIで,歯の病的移動による歯列不正や咬合平面の乱れ,側方運動時の早期接触が見られた。歯の動揺のため中心咬合位が定まらず,低位咬合であった。欠損形態はアイヒナーの分類B1,宮地の分類第II領域で,顎関節には機能障害などは認められなかった(図1)。

歯周組織所見:清掃状態は不良でプラークの付着が著明,辺縁歯肉の発赤,腫脹,出血や排膿が見られた。歯肉のバイオタイプはメイナードのThinn & Scallop Typeで,付着歯肉の状態は良好であったが,上唇小帯付着異常が認められた(図1)。歯周組織検査ではPCR 69%,BOP 62.5%,PPDは1-3 mmが36.8%,4-5 mmが15.3%,6 mm以上が47.9%であった。歯の病的移動が21,22,24にみられ,動揺度は21,22,37がIII度,16,24,27,36がII度,26,31,41,42,46がI度(Millerの分類)で,26,37,46にI度,36にIII度の分岐部病変が認められた(Hampの分類)(図2)。

デンタルエックス線所見:歯槽骨の吸収は全顎的に高度で,骨吸収率は約50%であった。垂直的骨吸収は21,22,36,37,46に根尖まで達する骨吸収を認め,17,22,28に根尖病変が認められた(図3)。

図1

初診時口腔内写真

14,15,35,45,47欠損。プラークの付着が著明で清掃状況は不良。歯肉の発赤,腫脹,出血や排膿は全顎的に見られ,歯の著しい動揺が観察された。

図2

初診時歯周組織検査所見

PCR 69%,BOP 62.5,PPDは1-3 mmが36.8%,4-5 mmが15.3%,6 mm以上が47.9%。歯の病的移動が21,22,24にみられ,動揺度は21,22,37がIII度,16,24,27,36がII度,26,31,41,42,46がI度(Millerの分類)。

図3

初診時デンタルエックス線写真

21,22,36,37,46に垂直性の骨吸収を認める。26,37,46にI度,36にIII度の分岐部病変を認めた(Hampの分類)。17,22,28に根尖病変を認める。

2. 臨床診断

広汎型重度慢性歯周炎,二次性咬合性外傷,4,15,35,45,47欠損

病因 1)全身的因子:高血圧症。

2)局所的因子:細菌性プラーク,外傷性咬合,口呼吸。

3. 治療計画

医療面接において,①口腔衛生状態は不良で,歯肉の発赤・腫脹,重度の骨吸収が見られるため,治療を始める前に今まで以上の十分な口腔内清掃が必要であること,②二次性の咬合性外傷に対しては,固定性補綴装置によるクロスアーチのスプリンティングが必要となる可能性が高く,やむを得ず便宜抜髄を行う可能性があること,③歯肉縁下のカリエスや垂直的骨吸収部には歯周外科などの外科手術が必要であること,④治療後も定期的なSPTを継続することが必須であることなどを説明し,患者の同意を得て以下のような治療計画を立案した。

①歯周基本治療

・食事指導・鼻呼吸トレーニング・口腔清掃指導・スケーリング・SRP

・不良補綴物の除去と保存(根管)治療

・保存不能歯の抜歯

・歯周治療用装置による咬合の改善

②再評価

③歯周外科処置と歯の移植

④再評価

⑤口腔機能回復処置

⑥再評価

⑦SPT

4. 治療経過

治療経過を時系列でまとめると以下のようになる。

①歯周基本治療 1994年06月~

生活習慣指導(食事指導・水分摂取指導,鼻呼吸のトレーニングなど)

徹底的な口腔衛生指導・スケーリング・SRP

抜髄根管処置(11,12,16,17,23,25,26,27,28,31,32,41,42,43,44,46)

抜歯(21,22,37)

歯周治療用装置による咬合機能回復処置

②再評価 1995年01月

③歯周外科治療(徹底的な廓清手術)

1995年03月:16,17 歯肉剥離掻爬術,16口蓋根抜根

1995年05月:11,12,13 歯肉剥離掻爬術,上唇小帯切除術

1995年06月:25,26,27 歯肉剥離掻爬術

1995年07月:34,33,32,31,41,42,43 歯肉剥離掻爬術

1995年08月:44,46 歯肉剥離掻爬術

1995年09月:36抜歯と同時に28を36部へ歯の移植術

1995年11月:歯周治療用装置による咬合機能回復処置

④再評価 1995年11月

⑤口腔機能回復処置

1996年3月:両側性固定性補綴装置による口腔機能回復処置

(上顎:⑰⑯1514⑬⑫⑪2122㉓24㉕㉖㉗ クロスアーチスプリント)

(下顎:㊻45㊹㊸㊷㊶㉛㉜㉝㉞35㊱ クロスアーチスプリント)

⑥SPT 1996年3月~

定期的なSPT(1回/4か月)・PMTC,鼻呼吸トレーニング

2005年12月:上顎固定性補綴装置の再作製

2005年12月~:SPT(1回/3か月)

①歯周基本治療(1994年6月~1995年1月)

初診時口腔内所見からまず生活習慣の改善が必要と考え,食事指導と水分摂取指導,鼻呼吸トレーニング等を行った。具体的には食事時間の定時化と間食制限とともに,お茶やコーヒーに代えて食間の真水での水分摂取を勧めた。50歳になるまで適切な口腔衛生指導を受けていなかったため,『指爪の生え際にたまった汚れを歯ブラシの毛先で丁寧に取り除くように…』などと,より具体的な方法を用いて一歯単位の徹底的な口腔清掃指導を行い,繰り返しのスケーリング,SRPを行った。根尖付近までの歯槽骨吸収と動揺度から保存不能と判断した21,22,24,37は抜歯し,17,22,28は感染根管処置,12,13,16,23,25,26,27,31,32,33,36,41,42,43,44,46は固定性補綴装置作製のため便宜抜髄を行った。当初口腔清掃状況の顕著な改善は見られなかったが,接着性レジンで暫間固定していた部位を少しずつ連結レジン冠に置き換え,咬合状態の安定と咀嚼機能の改善が見られるころから口腔清掃状況は格段に向上した。その後全顎的なバランスに配慮した歯周治療用装置を装着して再評価を行った(図4)。

図4

歯周基本治療終了後歯周治療用装置作製時口腔内写真

②再評価(1995年1月)

初診より7か月後,歯周基本治療終了後の再評価検査では,PCR 32%,BOP 15.0%,PPDは1-3 mmが51.6%,4-5 mmが21.4%,6 mm以上が27.0%であった(図5)。4 mm以上のポケットが約50%残存し,一部に縁下カリエスも存在したため,廓清と臨床的歯冠長延長を目的とした歯周外科処置を計画した。

図5

歯周基本治療終了後再評価時の歯周組織検査

③歯周外科処置(1995年1月~9月)

1995年3月24日,廓清と歯冠長延長を目的とした16,17の歯肉剥離掻爬術と同時に16の口蓋根の抜根をおこなった(図6)。引き続いて1995年5月31日,廓清を目的とした11,12,13の歯肉剥離掻爬術と同時に上唇小帯切除術(図7)を,1995年6月29日,廓清と歯冠長延長を目的とした25,26,27の歯肉剥離掻爬術(図8)を,1995年7月27日,廓清を目的とした33~43の歯肉剥離掻爬術(図9)を,1995年8月24日,廓清を目的とした44,46の歯肉剥離掻爬術(図10)を行った。そして1995年9月21日,再SRPを繰り返していた36は保存不能と判断し,抜歯後28を36抜歯窩へ移植術を行った(図11)。

図6

1995/3/24 16,17 歯肉剥離掻爬術,16 口蓋根抜根

図7

1995/5/31 11,12,13 歯肉剥離掻爬術,上唇小帯切除術

図8

1995/6/29 25,26,27 歯肉剥離掻爬術

図9

1995/7/27  33~43 歯肉剥離掻爬術

図10

1995/8/24 44,46 歯肉剥離掻爬術

図11

1995/9/21 28→36への歯の移植術

④再評価(1995年11月)

歯周外科手術および歯の移植術が終了し,1995年11月25日に再度歯周治療用装置を装着して歯周組織,咬合状態の再評価を行った。歯周組織は安定し,連結により歯の動揺も収束し,咀嚼,発音などの機能も良好であった(図12)。

図12

1995/11/25 歯周外科後歯周治療用装置装着時口腔内写真

⑤口腔機能回復処置(1996年3月15日)

セメントのウォッシュアウトの予想される36,46は内冠を装着し,上下顎とも両側性の固定性補綴装置(上顎:⑰⑯1514⑬⑫⑪2122㉓24㉕㉖㉗クロスアーチスプリント,下顎:㊻45㊹㊸㊷㊶㉛㉜㉝㉞35㊱クロスアーチスプリント)を作製した。咬合はアングルクラスIIだが,咬合平面の適正化,歯列弓の対称性,顆頭安定位に基づく咬頭嵌合位の安定を重視し,咬頭傾斜角をやや緩めにするなどの工夫をして補綴装置の作製を行った(図13)。歯周組織検査では,PCR 20%,BOP 3.6%,PPDは1-3 mmが84.2%,4-5 mmが15.8%,6 mm以上が0%,と改善した(図14)。デンタルエックス線所見では全体的に水平性の骨レベルを維持し,骨梁も明瞭に認められ,26,36,46の分岐部病変もある程度改善した(図15)。一部にBOPが見られるが,口腔清掃状況は良好で,歯の動揺もなく咬合も安定していたのでSPTに移行した。

図13

1996/3/15口腔機能回復治療後口腔内写真(クロスアーチスプリント)

セメントのウォッシュアウトが予想される36,46は内冠を装着し,上下顎とも両側性の固定性補綴装置(クロスアーチスプリント)を作製した。

図14

1996/3/15 口腔機能回復治療後歯周組織検査

PCR 20%,BOP 3.6%,PPDは1-3 mmが84.2%,4-5 mmが15.8%,6 mm以上が0%。一部にBOPが見られるが,歯肉の状態はほぼ良好で歯の動揺は見られない。

図15

1996/3/15 口腔機能回復治療後デンタルエックス線写真

全体的に水平性の骨レベルを維持,骨梁も明瞭に認められる。26,36,46の分岐部病変は一部にみられる。

⑥SPT(1996年3月~)

SPTは1回/4か月で行い,PMTC,SRP,咬合調整などを行いながら9年ほどは良好に経過したが,2005年4月1日,セメントのウォッシュアウトによる上顎支台歯の二次カリエスのため上顎固定性補綴装置を除去した(図16)。上顎には再度歯周治療用装置を装着しながらSRPを繰り返し行い,16,17,25,26,27には内冠を装着して,2005年12月6日に上顎固定性補綴装置の再作製を行った(図17)。SPTに移行してから21年を経過した現在,患者の口腔清掃状態はPCR 20%と変わらず良好で,上顎固定性補綴装置の一部に不適合部分や歯肉退縮が見られるものの,下顎の固定性補綴装置は破損もなく長期に維持され,咬合状態も安定している(図18)。歯周組織検査ではBOPは2.6%,PPDは1-3 mmが84.2%,4-5 mmが13.2%,6 mm以上が2.6%で,4 mm以上のポケットやBOPがわずかに見られるが良好な状態を維持している(図19)。デンタルエックス線所見で,33に根尖病変と移植した36の一部に骨吸収が観察されるが,その他は歯槽骨梁も明瞭で1996年の補綴装置装着時のレベルをほぼ維持している(図20)。患者は水頭症による歩行困難に加え,20012年から関節リウマチの治療(抗リウマチ薬+ステロイド)を,2014年からは骨粗鬆症の治療(皮下注射薬)を受けている。また2014年,2015年と2度の転倒骨折(左腕)があるが,現在1回/1~2か月のSPTは継続され経過良好である。

図16

上顎固定性補綴装置除去時の口腔内写真

2005/4/1,上顎固定性補綴装置はセメントの溶解による二次カリエスで除去。

図17

再作製した上顎固定性補綴装置装着後の口腔内写真

2005/12/6,再作製した上顎固定性補綴装置の装着を行った。16,17,25,26,27には内冠を装着している。

図18

2016/3/30 SPT時口腔内写真

上顎の一部には歯肉退縮による根面露出と二次カリエスが見られるが,全体的に良好に経過している。

図19

2016/3/30 SPT時歯周組織検査所見

PCR 20%,BOP 2.6%,PPDは1-3 mmが84.2%,4-5 mmが13.2%,6 mm以上が2.6%であった。歯肉の状態はほぼ良好だが,移植歯(36)の遠心に歯周ポケットが見られる。

図20

2016/3/30 SPT時デンタルエックス線写真

歯槽骨は口腔機能回復時(1996年)のレベルをほぼ維持している。33に根尖病変,移植歯(36)の一部に根吸収が観察される。上顎補綴装置は一部に不適合部分が見られる。

5. 考察

広汎型重度慢性歯周炎患者に対して,適正な診断に基づいた歯周基本治療,歯周外科治療,固定性補綴装置による口腔機能回復治療を行い,さらにSPTを継続して21年間良好な顎口腔機能が維持された。本症例から顎口腔機能回復後の長期安定には,1)患者の良好な口腔清掃状態とその長期的な維持,2)患者の生活環境の安定,3)支台歯の良好な位置関係と内冠を応用した固定性補綴装置の作製,4)左右均等な咀嚼運動ができる咬合関係の維持とともに,5)SPTの継続と口腔内の変化に対する細かな対応が重要であると考えられる。

1) 患者の良好な口腔清掃状態とその長期的な維持

歯周炎の原因は細菌性プラークにある。細菌性プラーク中の歯周病原細菌に関しては現在まで様々な研究がなされ1-4),今後遺伝子レベルの解明5,6)がさらに進むことが期待されるが,臨床的には患者自身が縁上プラークを的確に除去できることが最も重要である10-12)。患者の口腔清掃に対するモチベーションを高めるのは難しい場合があり,説明時間13)や媒体の種類14)などはあまり関係しないとする報告があるように,本症例でも治療当初から的確な口腔清掃ができていたわけではない。患者の口腔清掃状況が明らかに良くなり始めたのは,治療後6か月後の歯周治療用装置が装着され,より咀嚼できるようになった頃からである。行動変容ステージモデルには①無関心期,②関心期,③準備期,④実行期,⑤維持期があるとされている15)が,歯肉の腫脹や出血の改善とともに,以前よりよく咀嚼できるようになった実感が患者のモチベーションをさらに高め,実行期に移行させたと考えられた。また患者が具体的な行動に移し維持させるには,自己効力感(Self-Efficacy)が必要だとされている16,17)。自己効力感とは,人がある行動が望ましい結果をもたらすと思い,その行動をうまくやることができるという自信があるとき,その行動をとる可能性が高くなるという考えで,下田平ら18)は,自己効力感の高い患者は低い患者に比べてBOPやPCRが有意に低い値を示したと報告している。当院ではこの自己効力感を維持させるために,交流分析(TA)に基づいたプラスのストロークを与える対応をしている19)。具体的には,術者側から見た見識にとらわれず患者の選択や行動を無条件に認めて,来院されると常に患者自身の行動が褒められる環境を作ることで,自己効力感を維持させようとする対応である。本症例は以前から高血圧症や水頭症による歩行困難などがあったため,自分の健康に対する意識は比較的高かったと考えられる。そこにセルフケアの具体的な方法を知り,その成果を実感できたことでモチベーションが高まり,さらに自分の選択や行動を常に褒められることで自己効力感を長期に維持できたことが,21年の良好な経過の最大の理由だと推察する。

2) 患者の生活環境の安定

Pageら7)は,細菌性プラークによる組織破壊の経路はすべての患者で共通だが,様々なリスクファクターが時間軸で常に変化して病態が異なってくるとしている。またLöeら20)のスリランカスタディに見られるように,歯周病の進行にはゆっくりと進行するもの(81%),全く進行しないもの(11%),急激に進行するもの(8%)など個人差があることは知られている。これは歯周治療後の経過観察中にも当てはまると考えられ,特に本症例のような初診時50歳から20年を超える長期間になれば,様々な先天的因子や後天的因子が複雑に絡んで歯周炎の悪化を助長することが予想される8)。本症例は患者の仕事などの生活環境に激変がなかったこと21),間食の制限や良好な食生活などにより体重増加が防げたこと(BMI:21)22),喫煙やブラキシズム23),過度の飲酒24)などの悪習慣がなかったことが良好な経過に繋がったと推察された。しかし年齢とともに水頭症による歩行困難はさらに悪化し,2012年から関節リウマチの治療(抗リウマチ薬+ステロイド)を,2014年からは骨粗鬆症の治療(皮下注射薬)を受けている。また2014年,2015年と2度の転倒骨折(左腕)があり,徐々に健康を維持できる条件も厳しくなっている。本症例をLangとTonetti25)のペリオドンタルリスクアセスメント(図21)に当てはめ,関節リュウマチや骨粗鬆症を全身的なリスクに加味すると26),治療終了時の低リスク領域から中等度リスク領域に変化しているのが観察できる。今後も患者の老化を含めた全身状況の変化に注視しつつ,予想される在宅でのケアに関しても準備が必要であると考える27)

図21

各時期のペリオドンタルリスクアセスメント(Lang&Tonetti)

骨粗鬆症やリウマチを全身疾患とすると,現在のリスクは中等度と判定される。

3) 支台歯の良好な位置関係と内冠を応用した固定性補綴装置の作製

重度の歯周炎患者における動揺歯に対しては,咬合調整,歯冠形態修正,暫間固定などで治療効果が認められない場合,広範囲の歯周治療用装置による暫間固定や永久固定などを考慮した治療計画の立案が必要となる28)。本症例では二次性咬合性外傷に対応するため,上下ともクロスアーチの固定性補綴装置にて口腔機能回復処置をおこなった。固定性補綴治療に関してYiら29)は,50%以上の歯周支持組織の喪失を伴う患者群において平均14年間で,70%のクロスアーチブリッジはオリジナルのままで機能していたと報告し,またHämmerleら30)もクロスアーチスプリント115人,5~16年の観察で,生存率は90%であったと報告している。さらに矢谷31)は文献レビューから,クラウンブリッジは装着後10年以上経過すると合併症が増加し非生存率が10%を超え,15年で30%,20年で50%が機能しなくなるとしている。本症例は,上顎固定性補綴装置がSPT移行後9年目に再作製を余儀なくされたが,その後経過はよく,下顎固定性補綴装置に関しては21年間トラブルもなく良好に維持している。これはひとつには保存することのできた支台歯の位置と本数にあると考える。本田ら32)は欠損補綴において,アイヒナーB1,B2欠損形態がB3,B4欠損形態に比較して有意に生存率が高いことを示している。またFoster33)は,ブリッジの予後にはユニット数よりも支台歯数のほうが予後に大きく影響していたことを報告し,さらに宮地34)は上下の歯の残存のバランスが欠損傾向や予後を決め,特に上顎が欠損しやすい傾向があると報告している。本症例は36部に28の歯の移植ができたことでアイヒナーB2欠損形態を維持できたことと,重度の歯周炎にもかかわらず上顎9本,下顎が10本の支台歯を左右バランスよく残せたことが長期安定につながったと推察できる。移植歯の予後に関してAndreasenら35)は,第三大臼歯の移植において最長20年,平均4.7年の観察期間で96%であったと報告している。また月星36)は最長26年,平均10.2年の観察で成功率85.3%だったと報告し,歯の移植の成功条件に,歯根膜の存在,年齢(低年齢),歯根の形態(単根),抜歯窩への移植等を上げている。本症例は歯根膜の存在した単根歯を抜歯窩に移植でき,その後の良好な口腔環境が長期保存に繋がったと推測できる。インプラ治療の普及により歯を移植する頻度は少なくなってきているが,倫理的観点や経済的観点から条件によっては現在でも有効な手段であると考える。

一方固定性補綴装置の失敗の原因に関して矢谷31)は,長期的な予後の中で二次カリエスが圧倒的に多いとし,Hämmerleら30)も失敗した10%のうち8割は二次カリエスだったと報告している。本症例も上顎固定性補綴装置の再製作は二次カリエスによるものだったため,その対応として上顎は支台歯(16,17,25,26,27)に内冠を応用して再作製し,現在も経過良好である。また下顎固定性補綴装置が長期にトラブルなく経過しているのは,当初より支台歯(36,46)に内冠を応用して作製したためと考える。

4) 左右均等な咀嚼運動ができる咬合関係の維持

どんなにバランスよく設計された補綴装置でも機能面で不均衡があれば力学的なアンバランスが生じ,補綴装置の長期安定や歯周組織の維持に影響を与える可能性がある。咀嚼運動の分析は咀嚼機能を示す客観的な指標の一つとされ37),岩波ら38)はより機能的な咀嚼運動のパターンを報告している(図22)。さらに小林39)は咀嚼が体に与えるさまざまな影響に関して詳細に報告している。本症例は長期にわたって左右対称で,最も効率が良いとされる咀嚼運動パターンを示しており(図23),左右均等に機能的な咀嚼ができる条件が整っていたことが,歯周組織も含めた補綴装置の長期安定につながったと考える。またブラキシズムなどの悪習慣がなかったこともその一因と推察された40)

図22

理想的な咀嚼運動の2パターン

機能的にはパターンIの方がパターンIIより優れている。

図23

2015/2/3 ガム咀嚼による咀嚼運動所見

左右対称で機能的にも優れた咀嚼運動が観察される。

5) SPTの継続と口腔内の変化に対する細かな対応

重度歯周炎患者に対する歯周治療後の定期的なメインテナンスやSPTの必要性に関しては様々な報告41-45)がありその重要性に異論の余地はない。その中でLindheら43)は,重度歯周病患者75名の14年間の定期的なメインテナンスにおいて,平均的には歯周組織の良好な状態が維持できたとしながら,15名の患者の43部位では重症化が起こり,7名の患者の16本は抜歯になったと報告している。また,McGuire44)は長期のメインテナンスにおいて,初診時予後判定good以外の予後の判定は難しく,hopelessと判断された歯の予後もさまざまであったと報告している。さらにFardalら45)は,歯周炎患者100名の9~11年にわたるメインテナンスの中で,36本(1.5%)の歯が抜歯されたが,そのうち初診時予後判定がgoodであったものが9歯(25%)であったとしている。このように,定期的なSPTあるいはメインテナンスを行っていても部分的に歯周炎が進行したり,保存が難しいと判断された歯でも長期に維持できたりと,個々の患者でその状況は異なる。平均的な臨床パラメーターが良好でも,局所での病状の進行が全体の予後に強く影響することもあり,長期的な予後のためには患者の状況を総合的に判断したより細かなSPTが必要と考えられる。本症例も全体的には良好な経過をたどっているが,移植した36の骨吸収や33の根尖病変の進行,上顎支台歯の二次カリエスなどが今後の予後に大きく影響してくることが予測される。そのため現在はSPT期間を1回/1~2か月とし,再度のSRPやPMTC,咬合調整や光殺菌治療46)を応用した処置などを組み合わせ,36の保存と上顎二次カリエスの進行防止に全力を尽くしている。今後は状況を見て,可能であれば36,46の再生療法,33の歯根端切除術などの必要性があると予測する。

現在全顎にわたる総合的な歯科治療には,多くの場合組織再生療法やインプラント治療が応用され,本症例のような古典的な廓清術や全顎固定性補綴(クロスアーチスプリント)治療は少なくなってきているが,口腔機能を長期に維持するための基本は,患者が良好な口腔衛生状態を維持できる環境づくりにあることを痛感した。

謝辞

本稿を終えるにあたり,今回論文作成にあたって懇切丁寧にご指導いただいた船越栄次先生(船越歯科歯周病研究所),木村英隆先生(医療法人木村歯科)に深く感謝申し上げます。

本論文は第59回春季日本歯周病学会学術大会(2016年5月13日)においてポスター発表した内容に一部追加,改変を行い掲載した。

今回,日本歯周病学会の学会誌で症例報告を行うことに関して患者の同意を得ている。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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