日本歯周病学会会誌
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症例報告
PET(18F-FDG)/CT検査を用いた慢性歯周炎患者における歯周組織炎症の評価
井手口 英隆山城 圭介下江 正幸山本 直史長島 義之高柴 正悟
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2018 年 60 巻 2 号 p. 105-116

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要旨

歯周炎に対する検査方法は多数報告されているが,歯周組織炎症の程度を客観的に評価することが出来る方法は未だに確立されていない。我々は,医科領域で広く用いられているPET(18F-FDG)/CTが炎症組織の局在と炎症強度を可視化することができることに着目した。そして,乳がんの既往を有する慢性歯周炎患者に対する歯周治療の効果を,既存の歯周組織検査方法とPET(18F-FDG)/CTとで経時的に比較検討した。歯周治療が進むに従って歯周組織炎症は消失し,BOPの割合は56%から3%に,PISAは1143 mm2から27 mm2に改善した。さらに,歯周治療前にPET(18F-FDG)/CTで検出された18F-FDGの顕著な集積は歯周治療後には消失した。これらの結果から,PET(18F-FDG)/CTは炎症性口腔疾患に対する新規検査方法として有用と考えられる。すなわち本症例報告は,PET(18F-FDG)/CTが医科―歯科共通の検査項目となることによって,周術期の医科―歯科連携の強化や,全身疾患を有する多くの歯周炎患者に対してさらに効果的な歯周治療を行うことが出来る可能性を提案するものである。

緒言

歯周病による歯周組織破壊は,一定の速度で進行するのではなく,炎症の強い活動期において急速に進行すると言われている1)。現在,歯周治療に際して一般的に行われている検査項目として,プロービング時の出血(bleeding on probing:BOP),歯周ポケット深さ,口腔内写真,デンタルエックス線,computed tomographyなどが挙げられる2)。その中で,歯周組織における炎症の活動度と歯周病の進行の有無を評価するために,BOPや歯周組織の炎症部位面積の検査(periodontal inflamed surface area:PISA)3)が用いられている。しかしながら,いずれの検査項目も歯周病による組織破壊の状態を横断的に評価するものであり,歯周組織の炎症が活動期であるか休止期であるのかを1回の検査で診断する方法はまだ確立されていない。すなわち,既存の検査方法では歯周組織における炎症の段階を客観的に評価し,歯周病の進行の程度と範囲を正確に診断することは困難である。一方で,歯周病原細菌に対する細菌DNA検査と血清IgG抗体価検査は,治療の各段階において,細菌学的・免疫学的な評価を行うことが可能であるものの,歯周病の複雑な病態を反映した歯周組織の破壊と炎症の程度を正確に示すことはできない4,5)。従って,歯周病の進行に伴う歯周組織の炎症を簡便に可視化し,歯周治療の効果を客観的に定量比較することができる新規検査方法を見出す必要がある。

炎症組織の局在と炎症強度を可視化することができる医科領域の検査方法として,18F-フルオロデオキシグルコース(18F-FDG)を標的化合物としたpositron emission tomography/computed tomography(PET/CT)が挙げられる。PET(18F-FDG)/CTは,主に悪性腫瘍を診断する検査方法として広く使用されている6)。我々は,18F-FDGが活動性の高い炎症組織にも集積して検出されることに着目し,周術期のがん患者において,PET(18F-FDG)/CT検査結果から口腔内の炎症部位を検出できることを報告した7)。このことは,PET(18F-FDG)/CTが歯周炎の活動期を部位特異的に診断するために応用することが可能な検査方法であることを示唆している。

本症例では,乳がんの既往がある重度慢性歯周炎患者に対して歯周治療を行い,歯周組織の改善を従来の検査方法によって評価した。さらに,本患者は乳がん治療の検査目的でPET(18F-FDG)/CT検査を複数回実施していたため,歯周治療中の画像データを解析することによって,口腔内の炎症組織を定量的に比較することができた。すなわち,本報告は,PET(18F-FDG)/CTが同一症例における歯周炎の進行度を経時的に評価できる方法であることを明らかにし,PET(18F-FDG)/CT検査のコンセプトが今後の歯周治療の検査と診断に活用できる可能性を示すものである。

症例

患者:65歳,女性

初診日:2014年4月下旬

主訴:48部の補綴物脱離

現病歴:1994年頃まで歯科を定期的に受診し,全顎的な治療を受けてきた。その後,サポーティブ・ペリオドンタル・セラピー(SPT)を受けること無く,来院が途絶えていた。その間,歯肉の発赤と腫脹は自覚していたが,生活に支障をきたすような口腔内の症状はなかった。しかし,48部の補綴物が脱離したため,再び歯科治療を希望して来院した。

全身既往歴:高血圧(初診時血圧:140 mmHg/77 mmHg),乳がんの既往(2009年に乳房摘出+放射線照射:現在はホルモン療法を継続中)

社会的背景:55歳(2004年)まで母の介護と仕事を両立していた。現在は夫との2人暮らしをしている。夫には持病があり,患者が介護をしている。普段は家でテレビをみて過ごすことが多く,外出することはほとんどない。内気な性格である。

1. 口腔内現症(初診時)

1)口腔内所見:残存歯数は22本であり,全顎的に歯間部や歯頸部におけるプラークコントロールは不良で,O'Leary plaque control record(PCR)8)は87.5%であった。上顎口蓋側と下顎臼歯部の頬舌側に著明な歯肉の腫脹・発赤があり,特に上顎口蓋側には堤状隆起があった。35と47は頬側の歯周ポケットから排膿があった。33 - 43に軽度の叢生があり,35,37,45,47の付着歯肉は喪失していた。咬合平面に大きな乱れはなかった(図1-a)。上顎臼歯部の欠損部には,過去に両側遊離端の部分床義歯を作製していたが,使用が煩雑であるとの理由から装着していなかった。側方運動時の作業側において,右側は13 - 16と43 - 46で,左側は23 - 25と33 - 36でガイドしていた。前方運動時は,12 - 22と32 - 42でガイドしていた。側方運動時には,非作業側での咬頭干渉は存在しなかったが,13-23に装着されていたブリッジにフレミタスを触知し,23の遠心には歯の病的移動を疑う歯間離開があった。48は残根で多量の感染歯質があった。全顎的に補綴物が装着されている歯が多く,13 - 23ブリッジ,34全部鋳造冠,45 - 47ブリッジには二次齲蝕があった。頬粘膜と舌に圧痕はなかったが,全顎的に咬頭の摩耗と歯頸部のアブフラクションがあり,下顎の頬側歯槽骨には骨隆起があった。閉口時には上口唇が緊張しており,安静時には軽度の口呼吸の習癖と口腔乾燥があった。さらに,夜間の就寝中に歯ぎしりをしているとの指摘を受けたことがあった。ブラッシングは,朝と就寝前に2回行い,時間は3分程度で歯ブラシのみ使用していた。

2)デンタルエックス線所見:全顎的に重度で水平的な歯槽骨吸収像があった。14,24,37,35,34,47には垂直的な歯槽骨吸収像があった。14,13,12,22,24,34,47の補綴物下には齲蝕による不透過像があった(図1-b)。

3)歯周組織検査所見:プロービングポケットデプス(probing pocket depth:PPD)は,Hu-Friedy社のカラーコードプローブ(CP11)を用いて,1歯6点法で測定した。PPDは平均3.8 mmであり,4 - 6 mmが44部位(33.3%),7 mm以上が10部位(7.6%)で,プロービング時に根面の粗造感を触知する部位が多数あった。またBOPの割合は56.8%,PISAは1143.2 mm2であり,特に上顎口蓋側と下顎両側臼歯部で出血量が多かった(図1-c)。Millerの分類法9)で動揺度を認める歯が多数あった。16の近心分岐部と,47の頬側分岐部には,Lindhe & Nymanの分類10)でII度の根分岐部病変があった。

図1

初診時の口腔内写真,デンタルエックス線像および歯周組織検査値

全顎的に口腔清掃状態は不良で,上顎口蓋側と下顎臼歯部の歯肉には発赤と腫脹がある。全顎的に中等度の水平的な歯槽骨吸収像があり,臼歯部には垂直的な歯槽骨吸収像がある。歯周ポケット深さは平均値が3.8 mmで,4 mm以上の割合が40.9%である。BOPの割合は56.8%で,PISAは1143.2 mm2である。(2014年4月)

2. 全身疾患

1)既往歴:2009年3月に右側乳房の異変を自覚したため医科を受診し,乳がん(TNM分類;T1,N0,M0)と診断された。同年4月に右側乳房部分切除術と,残存乳房に放射線照射治療(50 Gy)を受け,現在まで補助ホルモン療法を継続している。[服用薬剤歴2009年:アロマシン(エストロゲン合成阻害),2013年:フェマーラ(エストロゲン合成阻害)に変更,2014年:トレミフェン(エストロゲン受容体阻害)に変更]2013年4月の乳がんの定期検診における血液検査にて,腫瘍マーカーである癌胎児性抗原(Carcinoembryonic antigen;CEA)が10.9 ng/mL(基準値:5 ng/mL以下)まで上昇していた。同年10月にPET(18F-FDG)/CT検査を受けた結果,縦隔リンパ節に18F-FDGの異常集積がみられたため(図2),乳がんの転移を疑って胸腔鏡下生体組織検査を行った。その結果,サルコイドーシスと診断されたが特に加療はなく,定期検診を継続してきた。その他の全身疾患としては,高血圧症があり服薬治療を受けている。

2)内服薬:ノルバスク(カルシウム拮抗薬),ワンアルファ(活性型ビタミンD3製剤),トレミフェン(選択的エストロゲン受容体調整薬)

3)PET(18F-FDG)/CT検査所見(2013年10月):頭蓋部の冠状断面の画像では,上顎部に18F-FDGの集積があった(図3-a)。さらに横断面の画像から,上顎口蓋側で18F-FDGの顕著な集積が明らかになった(図3-b)。

図2

PET(18F-FDG)/CT検査による縦隔リンパ節への18F-FDGの集積

縦隔リンパ節に18F-FDGが異常集積している(白矢印)。脳,肝臓,腎臓,膀胱では18F-FDGの生理的集積がみられる。(2013年10月)

図3

歯周治療前のPET(18F-FDG)/CT検査画像

歯周組織検査で炎症所見のあった上顎口蓋側の歯周炎組織に一致して18F-FDGが集積している(白矢印)。(a)冠状断面,(b)横断面(2013年10月)

3. 診断

重度広汎型慢性歯周炎(上顎口蓋側歯周組織における急性発作)

4. 病態

過去に一連の歯周治療と口腔機能回復治療を受けSPTに移行したが,その後,歯科受診を中断したために口腔衛生状態が悪化した。さらに,上顎の義歯を使用しなかったことによる臼歯部への過度な咬合負荷が外傷力として作用し,歯周炎が進行した。

それらの増悪因子として,夜間就寝中のパラファンクションや,歯周治療後に付着歯肉を喪失したこと,補綴物下の二次齲蝕によって清掃が困難であったことなどが,疾患の進行を助長していると考えた。

また,歯周炎の進行に伴って上顎前歯部がフレアーアウトし,それに伴う閉口障害と口呼吸によって上顎口蓋側歯肉では堤状隆起が生じて局所的な急性発作を起こしている。

5. 治療方針

歯周炎の急性発作に対して抗菌薬を併用した感染源の除去を行い,悪習癖に対しては自己暗示療法を継続する。また,動揺歯に対しては歯周補綴を行い,安定した咬合関係と清掃し易い口腔内環境を構築する。さらに,継続した歯科受診を励行することで長期的な歯周状態の安定を図る。

6. 治療計画

以下の7段階を計画した。

1)問診・患者教育:問診による情報収集(全身疾患の状態を把握)と,患者教育として,病態理解を深めるための歯周病に関する詳細な説明し,継続した歯科受診の励行を徹底する。

2)歯周基本治療:まず,歯間部清掃補助器具を併用した口腔清掃指導を徹底する。そして,抗菌薬(ペリオクリン歯科用軟膏:サンスター株式会社)を併用したスケーリング・ルートプレーニング(SRP)を行い,歯肉縁上・縁下の感染源の除去を行う。就寝中のパラファンクションは,夫の介護によるストレスが大きな要因であると判断し,日中の気分転換を勧めるとともに歯科受診時に傾聴を行うことでストレスの緩和を図った。口呼吸に関しては,生活の目につく場所に注意を促す張り紙をすることによる認知行動療法11)を指導した。48は歯肉縁下まで齲蝕が進行し,対合歯が欠損しているため抜歯を行う。また,13 - 23ブリッジ,34全部鋳造冠,45 - 47ブリッジにはプラークリテンションファクターとなる二次齲蝕が存在していたため,齲蝕を除去した後に暫間補綴物へ置換する。さらに,二次性咬合性外傷の加わっている16 - 14と24,25は暫間補綴物へ置換して連結固定する。

3)歯周組織検査(再評価):歯周基本治療後にPPDが4 mm以上で感染のコントロールができない歯周ポケット部位を抽出する。さらに,歯周外科治療を施術することができる口腔清掃状態であることを確認し,全身状態に関しても医科への照会を行う。

4)歯周外科治療:まず,付着歯肉を喪失していることでブラッシング時に疼痛があった下顎両側大臼歯部の頬側に,口腔前庭拡張術と付着歯肉を獲得する目的で遊離歯肉移植術を行う。さらに,PPD 4 mm以上の歯周ポケット部位には歯肉剥離掻把術を行う。37近心と47近心の垂直性の骨吸収に対しては,支持歯槽骨の再生を目的として自家骨移植による歯周組織再生療法を行う。

5)歯周組織検査(再評価):歯肉炎症の消失,歯周ポケットの減少,歯槽骨の再生,および動揺度の改善を確認し,最終的に連結固定をする範囲を決定する。また,歯周治療によって変化した口腔内の状態が清掃し易い環境であることを確認し,適切なセルフケアが行えているかを評価する。

6)口腔機能回復治療:暫間補綴物から最終補綴物への置換を行う。

7)SPT:歯周ポケットの再発の有無,動揺度の増加の有無,根面齲蝕のフッ化物応用による抑制,およびセルフケアによる口腔清掃状態の確認を行う。また受診ごとに問診を行い,全身状態について把握する。

7. 治療経過

1) 歯科疾患経過

初診時(2014年4月)から,

2014年6月:歯間部清掃補助器具を併用した口腔清掃指導,全顎SRP,48抜歯,16 - 14,13 - 23,24 - 25,34 - 37,45 - 47を暫間補綴物に置換して連結固定

2014年7月:歯周基本治療後再評価(PPDが4 mm以上の歯周ポケットの抽出)

2014年8月:45 - 47部頬側の口腔前庭拡張術と遊離歯肉移植術(図4-a

2014年10月:22 - 25部の歯肉剥離掻爬術,上唇小帯切除術(図4-b

2014年11月:12 - 16部の歯肉剥離掻爬術(図4-c

2015年2月:34 - 37部頬側の口腔前庭拡張術と遊離歯肉移植術(図4-d

2015年3月:全身状態の増悪に伴い,積極的な歯科治療を中断し,月に一度の口腔衛生管理を継続

図4

歯周外科治療時の口腔内写真

(a)45-46部頬側:口腔前庭拡張術,遊離歯肉移植術(2014年8月;術後3日),(b)22-25:歯肉剥離掻爬術,上唇小帯切除術(2014年10月),(c)12-16:歯肉剥離掻爬術(2014年11月),(d)34-37:口腔前庭拡張術,遊離歯肉移植術(2015年2月)

2) 全身疾患経過:

2014年4月:血液検査でCEAが14.0 ng/mLに上昇した。

2014年10月:PET(18F-FDG)/CT検査を受けたが,異常な画像所見はなかった。

2015年2月:頻尿を自覚したため,医科を受診してCT検査とmagnetic resonance imaging(MRI)検査を受けた。その結果,右水腎症と膀胱壁肥大があった。

2015年3月:PET(18F-FDG)/CT検査にて膀胱に18F-FDGの異常な集積があり,生体組織検査にて乳がんの膀胱への転移と診断された。

8. 歯周治療後の検査所見(2015年3月)

1)口腔内所見:残存歯数は21本で,PCRは2.4%であった。全顎的にプラークコントロールは改善し,初診時にみられた上顎口蓋側と,下顎臼歯部頬舌側の歯肉の腫脹・発赤は消失した。さらに,口腔前庭拡張術と遊離歯肉移植術を行った下顎臼歯部には幅3 mm程度の付着歯肉が獲得でき,良好な口腔清掃が行われている(図5-a)。

2)デンタルエックス線所見:初診時に歯肉縁下にあった歯石様の不透過像は除去できている。また,臼歯部における歯根膜腔の拡大は消失傾向にある(図5-b)。

3)歯周組織検査所見:PPDは平均2.3 mm,4 - 6 mmが2部位(1.6%),7 mm以上が0部位であり,BOPの割合は3.2%,PISAは27.6 mm2であった(図5-c)。暫間被覆冠を装着した状態で,動揺がある歯はなかった。16の近心分岐部と,46の頬側分岐部にはI度の分岐部病変が残存した。

4)PET(18F-FDG)/CT検査所見(2015年3月):2013年10月のPET(18F-FDG)/CT検査でみられた上顎口蓋側への18F-FDGの顕著な集積は消失した(図6)。

図5

歯周外科終了時の口腔内写真,デンタルエックス線像および歯周組織検査値

全顎的に口腔清掃状態は良好で,初診時にあった上顎口蓋側と下顎臼歯部における歯肉の発赤と腫脹はない。全顎的に歯槽硬線が明瞭になっている。歯周ポケット深さは平均値が2.3 mmで,4 mm以上の割合が1.6%である。BOPの割合は3.2%で,PISAは27.6 mm2である。(2015年3月)

図6

歯周治療後のPET(18F-FDG)/CT検査画像

歯周治療前にあった上顎口蓋側の歯周炎組織における18F-FDGの集積が減少している(白矢印)。(a)冠状断面,(b)横断面(2015年3月)

考察

今回,PET(18F-FDG)/CT検査によって重度広汎型慢性歯周炎患者における活動期の歯周組織炎症を検出し,さらに,歯周治療前後での歯周組織の炎症の有無を把握することができた症例を報告した。これまでの歯科治療で一般的に行われてきた検査は,過去に生じた歯周組織破壊の程度を評価するものが多く,歯周組織炎症の強弱を客観的に定量し,可視化することはできなかった。本症例では,炎症組織に集積する18F-FDGを標的にしたPET/CT検査によって,歯周組織の強い炎症を可視化することができるだけでなく,同一症例においては歯周治療の効果を経時的に評価できる可能性を示した。

通常,慢性歯周炎患者における歯周組織破壊は緩慢であるが,様々な局所因子の存在によって疾患の部位特異性が生じ,その進行度には1歯ごとに差がある12)。歯周炎の活動性については,歯肉炎指数,BOPまたはPISAなどで評価するが,検査時の口腔衛生状態や検査実施者の手技によって微細な誤差が生じる可能性がある13)。そして,検査の煩雑さを担保するために,いくつかの経時的な検査結果を複合的に吟味して診断する必要がある14)。すなわち,歯周炎の診断に対する検査は非常に高い専門性を有しており,また検査結果のみで客観的な診断と治療を行うことは難しいと考える。本患者は,初診時の口腔清掃状態が非常に不良であり,歯周組織検査の結果から全顎的に重度な骨吸収像と,上顎口蓋側及び下顎臼歯部の歯周組織には強い炎症所見がみられた。PET(18F-FDG)/CT検査では,歯周組織検査において強い炎症所見を示した上顎口蓋側に一致して18F-FDGの強い集積があった。しかし,歯周ポケットから排膿がみられた下顎臼歯部には18F-FDGの集積がなかった。Haffajeeら15)は,炎症が明らかな活動期にある歯周組織で排膿を示す割合は3%にしか過ぎないことを報告している。またCarranza16)も,歯周組織における排膿の存在は歯周組織破壊の進行を示す指標ではないと述べている。すなわち,下顎臼歯部における歯周組織の炎症は活動期から収束期に向かっており,上顎口蓋側と比較して炎症の程度が軽度であると考えた。よって,PET(18F-FDG)/CT検査と歯周組織検査の結果から,特に上顎口蓋側において歯周炎が活動期にあると診断し,抗菌薬のポケット内投与を併用したSRPを行った。抗菌薬のポケット内投与を併用したSRPの効果の有効性は日本歯周病学会のガイドラインで明記されており17),本患者においても非常に良好な治療効果が得られた。そして,上顎の歯周外科治療終了後の再評価では,PPDが4 mm以上の部位の割合は全体の1.6%まで減少し,BOPの割合は3.2%,PISAは27.6 mm2に減少したことから,一連の歯周治療にとって歯周病の進行は停止し,病状は安定したと考えた(図7)。

本患者は過去に乳がんの既往があり,定期検診の血液検査において腫瘍マーカーであるCEAが基準値以上に上昇していたことから,18F-FDGを標的にしたPET/CT検査を定期的に受けていた。18F-FDGは,グルコースの誘導体として,活動性の高い炎症組織,腫瘍,または代謝の活発な健全組織に留まる“メタボリックトラッピング”によって集積する標的化合物であり,悪性腫瘍だけでなくアルツハイマー病や関節リウマチの診断にも有効であることが報告されている18-20)。特に,活動性の高い炎症組織では炎症性細胞のブドウ糖消費量が非活性状態の50倍に増加するため,18F-FDGが高濃度で集積する21)。また,悪性腫瘍に対する治療後の組織においては糖代謝の変化が解剖学的な変化に先行して起こるため,治療効果に対するPET(18F-FDG)/CT検査による早期評価の有用性が報告されている22)。しかしながら,成人での罹患率が非常に高い口腔内感染症である歯周炎においては,PET(18F-FDG)/CT検査の診断における有用性を示した報告は少ない23,24)。近年,口腔内感染症と様々な全身疾患との関連が広く世間に認知されるようになっており,その中でも特に,歯周病と全身疾患との関わりについては多くの報告がある25)。糖尿病,誤嚥性肺炎,脂質異常症,心臓血管系疾患などの全身疾患に対して,歯周病の罹患がリスクファクターとなることが報告され,これらの知識に関しては医師や患者にも浸透してきたように思われる26,27)。しかし,実際の臨床現場においては全身疾患を管理する医師を始めとした医療スタッフの口腔内への関心や認識は十分ではない。その原因として,医科で行われる検査(血液,尿などの検体検査,心電図などの生体検査,CT,MRIなどの画像検査)には,歯周病の罹患を診断できる特異的な検査項目がなく,口腔内の炎症組織の存在に気付き難いことが考えられる。さらに,歯周病などの口腔感染症は,免疫機能,嚥下機能など様々な機能低下が見られる周術期の患者に対してより強く影響を及ぼすことが報告されている28)。よって,重度な全身疾患に罹患した患者の周術期においては,早期に歯周病の罹患を発見し,専門的な治療を行う必要がある29)。PET(18F-FDG)/CT検査が悪性腫瘍の診断において重要な検査方法として普及していることからも,PET(18F-FDG)/CT検査を周術期の初期における歯周炎などの口腔感染症のスクリーニング検査の方法として検討することは非常に意義があると考える。すなわち,PET(18F-FDG)/CT検査によって重度の口腔内感染症に罹患した高リスク患者を抽出することができれば,周術期における歯科治療をより積極的に歯周病や口腔外科専門医,もしくは周術期の専門科へ紹介し,より効果的な周術期医療が可能になると予想される。

本患者は,上顎の歯周外科治療が終了した段階で,過去に治療を受けた乳がんの膀胱への転移が判明したため,その後の積極的な歯科治療は中断している。しかしながら,再評価の結果から歯周病の病状は概ね安定しており,現在も継続した歯科受診によって専門的な口腔清掃を行い,良好な口腔内環境を維持できている。そして,歯周治療の中断後に行ったPET(18F-FDG)/CT検査では,歯周治療前にみられた上顎口蓋側への18F-FDGの強い集積が明らかに減少したことから,PET(18F-FDG)/CT検査によって歯周組織の炎症変化を経時的に評価することができる可能性が示唆された。Kitoらは,PET(18F-FDG)/CT検査によって根尖病変の大きさや,臨床症状から治療が必要な根尖性歯周炎を診断することができる可能性を示唆している24)。すなわち,PET(18F-FDG)/CT検査を周術期患者の口腔内感染症のスクリーニング検査に応用できれば,周術期の初期に活動性の歯周炎に罹患した高リスク患者を抽出するだけでなく,歯科治療の介入が必要である急性発作のリスクを持った根尖性歯周炎などの罹患部位を特定し,より効果的な歯科治療計画を立案する一助になると考える。一方,周術期の後期では,18F-FDGの口腔内への集積の減少または増加を確認することで,口腔内感染症の急性化に伴う炎症の有無を把握でき,術後の誤嚥性肺炎や免疫機能低下による入院期間の延長などの問題を未然に防ぐことが可能となる25,28,29)。しかしながら,PET(18F-FDG)/CT検査は実施にかかる費用が高額であり,食事制限を行う必要があることなどが欠点として挙げられるため,一般的な歯周病の検査として応用することは現実的ではない。よって今後は,より安価で実施制限の少ない標的化合物の探索や,患者に負担の少ない検出機器の開発が望まれる。

高齢社会に伴い,歯周病の罹患率の増加とともに,多数の全身疾患を有する患者に対して歯科治療を行うための広い医学的知識と技術がこれからの歯科医師には求められる。そして,全身の健康を目指す医療の中で歯科医師の役割は徐々に変化し,医科―歯科連携に配慮した治療計画を立案する必要がある。したがって本症例から,PET(18F-FDG)/CT検査が周術期における医科―歯科共通の検査項目となるような臨床研究が発展し,多くの患者にとって利益となるようなコンセンサスが生まれることを期待したい。

図7

初診時からの歯周組織検査値とPET(18F-FDG)/CT検査画像の変化

3 mm以下の割合は初診時に59%であったが,歯周治療後には98%まで増加した。さらに,初診時にはBOPの割合が56%でPISAが1143 mm2であったが,歯周治療後にはBOPの割合が3%でPISAが27 mm2まで減少した。PET(18F-FDG)/CT検査画像では,上顎口蓋側への18F-FDGの集積が歯周治療に伴って減少している。

歯周治療前:歯周組織検査(2014年4月),PET(18F-FDG)/CT検査(2013年10月)

全顎SRP後:歯周組織検査(2014年6月),PET(18F-FDG)/CT検査(2014年10月)

上顎歯周外科治療後:歯周組織検査(2015年3月),PET(18F-FDG)/CT検査(2015年3月)

謝辞

稿を終えるにあたり,本症例報告を行う上で種々のご協力を頂きました岡山大学大学院医歯薬学総合研究科病態制御科学専攻病態機構学講座歯周病態学分野および岡山大学病院歯周科の諸先生に深く御礼申し上げます。さらに,貴重なご助言とご協力を頂きました医療法人長光会長島病院歯科のスタッフの皆様に心から感謝致します。

本症例報告の一部は,第60回日本歯周病学会春期学術大会において発表した。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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