2019 年 61 巻 1 号 p. 37-46
降圧薬や抗けいれん薬,免疫抑制薬を服用している患者に,口腔内副作用として歯肉増殖症を生じることが知られている。今回,長期の降圧薬(Ca拮抗薬)の服用により,歯列不正や咬合崩壊を伴う重度の薬物性歯肉増殖症を発症した患者に対して包括的歯周治療を行い,著明な歯周組織の改善を得ることができた。降圧薬(Ca拮抗薬)の変更に関しては,他剤に変更すると血圧の上昇が認められたため変更はできず,原因因子を完全には除外できなかった。しかし,SPTにより口腔衛生管理を徹底することで歯肉増殖の再発は予防できており,現在も歯周状態は良好に保たれている。
降圧薬(Ca拮抗薬)や抗けいれん薬,免疫抑制薬の服用により,口腔内副作用として薬物性歯肉増殖症を生じることが知られている1-4)。肥厚した歯肉によるポケット形成によって歯周炎の併発や悪化,歯列不正,審美障害,咬合障害などがおこる。一般的に,3種類の薬剤とも服用3か月目頃から発症し,プラークコントロール不良な患者ほど発症しやすいといわれている5)。口腔内所見としては,基本的には固く締まった線維性の歯肉肥厚が認められ,さらに歯周炎が併発してくると炎症性の浮腫性歯肉となる。初期の段階では歯間乳頭部の歯肉肥厚が形成され,辺縁歯肉に拡がり,加療されずに重篤化してくると歯冠を覆いつくすまでになる場合もある。発症要因としては,薬物による線維芽細胞増殖促進作用6),コラーゲン分解抑制作用7,8),薬物に対する遺伝子多型9-12)などがいわれているが,複数の要因が関与しているため明らかな原因解明には至っていない。3種類の薬剤の中で,発症率が一番高いのは抗けいれん薬(約50%)であるが13),患者数からみると降圧薬服用による歯肉増殖症患者が一番多い。我が国の高血圧症患者数は推定約4300万人14)いるといわれ,そのうち厚生労働省「平成26年患者調査」から治療中の高血圧性疾患患者数は約1010万人いるといわれている。降圧薬のCa拮抗薬は,降圧効果と安全性から第一選択薬として選択されることが多い15)ため,薬物性歯肉増殖症の患者も必然的に増えている背景が考えられる。Ca拮抗薬は化学的に3種類に分類され,ジヒドロピリジン系,ベンゾチアゼピン系,フェニルアルキルアミン系があり,いずれも歯肉増殖症を発症することが報告されている16)。治療法は,内科担当医に服用薬剤の変更の可否を問い合わせし,歯周基本治療を行っていく。基本治療で改善がみられない場合,アタッチメントロスがなければ歯肉切除術を,アタッチメントロスがあれば歯肉剥離搔爬術(Flap operation:Fop)を行う1-4)。
今回,長期のCa拮抗薬(アムロジンⓇ:ベシル酸アムロジピン)服用により症状が重篤化し,歯冠部分が肥厚した歯肉で覆われ,歯列不正や咬合崩壊を伴うほどの重度の薬物性歯肉増殖症の症例を経験した。治療として,内科担当医に服用薬の変更の可否について問い合わせを行い,細菌学的評価を行いながら,歯周基本治療,歯周外科治療,矯正治療を含めた包括的歯周治療を行うことで著明な歯周組織の改善を図ることができた。治療過程でCa拮抗薬から利尿薬へ変更したが,血圧のコントロール不良によりCa拮抗薬が再投与されることになり,誘発薬剤を完全に除外できなかった。そのため,歯肉増殖症の再発リスクを考慮しながら定期的なSPTにより,健全な歯周組織を維持している症例を報告する。
患者:70歳 女性(初診日:2014年1月28日)
主訴:全顎的な歯肉肥厚と咬合不全
現病歴:10年程前から降圧薬を服用しており,歯肉肥厚を認めていたが痛みがなかったため放置していた。しかし,数年前から歯肉肥厚が顕著になり歯列不正を伴って食事もしづらくなってきた。重度の歯肉肥厚により,通院先の開業医では治療困難といわれ,徳島大学病院歯周病科に来科された。
全身既往歴:高血圧症,高脂血症
喫煙歴:なし
服用薬剤:1)アムロジンⓇ(Ca拮抗薬:降圧薬)5 mg/日
2)ブロプレスⓇ(アンジオテンシンII受容体拮抗薬:降圧薬)8 mg/日
3)クレストールⓇ(ロスバスタチン:高脂血症治療薬)2.5 mg/日
4)ガスターⓇ(H2受容体拮抗薬:消化性潰瘍治療薬)20 mg/日
1. 口腔内所見全顎的に歯が埋没するほどの重度の歯肉肥厚が認められた。歯間部分の重度肥厚した歯肉により,叢生や歯間離開がみられ,上下顎前歯部はフレアーアウトしていた。特に13,23は唇側に大きく偏位していた。下顎前歯部ブリッジの頬舌側面には,歯間部分の隙間を埋めてほしいという患者の要望から開業医でレジン修復がされてあった。口腔清掃状態も非常に不良で,Plaque Control Record(PCR)は100%であった。歯周ポケットは全歯において6~12 mmの深い歯周ポケットが認められ,Bleeding on Probing(BOP)陽性率は100%であった。咬合状態は,前歯部は切端咬合,左右側臼歯部はほとんど咬合しておらず,咬合崩壊していた(図1,表1)。

初診時の口腔内写真(2014.1.28.)
全顎的に重度の歯肉肥厚が認められ,上下顎前歯部は大きくフレアーアウトしていた。装着されてある11-21連結冠,42~33,34~37ブリッジは不良補綴物であった。咬合状態は,前歯部は切端咬合,臼歯部はほとんど咬合しておらず,咬合崩壊していた。

初診時の歯周組織検査(2014.1.28.)
(41頬側近心,32頬舌側近心はレジンで歯頸部が塞がれており,ポケット測定不能であった。)
全顎的に歯根長1/2以上の中等度から重度の骨吸収像が認められた。特に11,21,47,41,32,34は,根尖に及ぶほどの重度の骨吸収像が認められた(図2)。

初診時のX線写真(2014.1.28.)
歯周病原細菌検査(BML株式会社)の結果,Porphyromonas gingivalis(P.g),Treponema denticola(T.d),Tannerella forsythia(T.f),Prevotella intermedia(P.i),Aggregatibacter actinomycetemcomitans(A.a)が高値で検出された。P.g fimA遺伝子型はI型とII型が検出された。さらに,P.gに対する血清IgG抗体価(DEMECALⓇ血液検査セット:Leisure株式会社)は68.9で,歯周感染度判定のCut-off値1.68217)より非常に高値であった(表4)。
4. 歯肉の病理組織診査病理組織診断名:Gingival Hyperplasia
上皮は肥厚し,上皮突起が不規則に伸長しており,表層には角化亢進もみられた。固有層には結合組織の著しい増生がみられ,太いコラーゲン線維が錯走していた。線維束間には拡張した血管がみられ,主としてその周囲に形質細胞やリンパ球が浸潤していた。
重度薬物性歯肉増殖症を伴う慢性歯周炎
1)内科主治医とのコンサルテーション
可能であれば降圧薬(Ca拮抗薬)の変更を依頼する。
観血処置を行う際には,事前に担当医に連絡する。
2)歯周基本治療
・TBI,スケーリング・ルートプレーニング(SRP)
・11,21,47,41,32,34抜歯
・上下顎暫間補綴
・12~17,22~24,26,27,33,42~45歯内治療
3)再評価
4)歯周外科治療
5)再評価
6)矯正治療(MTM)
7)再評価
8)口腔機能回復治療
9)メインテナンス
1)内科主治医とのコンサルテーション
内科主治医と相談のうえ,アムロジンⓇ(Ca拮抗薬)からフルイトランⓇ(利尿薬)に変更した。しかし,変更後に血圧上昇(180/100)が起こり病状の悪化がみられたためアムロジンⓇが再処方されることとなった。
2)歯周基本治療(図3)
・TBI,SRP
最初の歯肉肥厚が顕著な時期には,患者自身にブラッシング習慣を身につけさせるため,軟毛の歯ブラシ(TepeⓇ Select compact softなど)やタフトブラシ,クロルヘキシジン配合の含嗽剤(コンクールF)を併用して,無理のない範囲でバス法による清掃指導を行った。その後,歯肉肥厚が軽減してくるのに合わせて普通毛の歯ブラシにしていき,歯間に挿入しやすい細めの歯間ブラシ(SSS)も使って清掃して頂くように指導した。
・11,21,47,41,32,34抜歯(麻酔科管理下)
・12~17,22~24,26,27,33,42~45歯内治療
・上下顎暫間補綴
3)再評価
基本治療による歯周状態の改善とともにセルフケアのモチベーションも上がり,初診時はRCR100%であったが,再評価時には20%以下に改善した。
4)歯周外科治療:全顎Fop(麻酔科管理下)
5)再評価
6)MTM(図4)
・13部:リンガルアーチを装着し,唇側遠心偏位している13をパワースレッドや補助断線を使って口蓋近心へ移動させた。
・43,44部:治療用義歯にリンガルボタンを装着し,弾性ゴムを使って舌側へ移動させた。
8)修正治療
・37抜歯:義歯の鉤歯として可能な限り保存する予定であったが,歯周状態の改善が認められないため最終補綴前に抜歯した。
9)口腔機能回復治療
・上顎:17~27部 ブリッジ装着
・下顎:45~33部 ブリッジ装着
47,46,34-37 MT:部分床義歯装着
1~2か月間隔で定期的にSPTを行い,歯周ポケット4 mm以上残存部位は歯周ポケット内洗浄(ベンゼトニウム塩化物:ネオステリンⓇグリーンうがい液0.2%)やLDDS(ペリオフィールⓇ歯科用軟膏2%)を行うことで感染をコントロールしている。

基本治療時の口腔内写真(2014.6.12.)
TBI,SRPによる歯周基本治療により,初診時と比較して炎症所見が顕著に改善し,歯肉肥厚や歯列の改善傾向が認められた。

13,44,43部のMTMの施術経過
・上顎13部のMTM:(a)~(f)
(a)初診時(b)MTM術前(c)13部をパワースレッドにて口蓋側に牽引
(d)補助弾線にて近心側に牽引(e)MTM3か月目(f)暫間補綴
初診時,13,23部は唇側に大きく偏位していた。歯周治療による歯肉肥厚の改善後,歯列不正の改善がみられなかった13部は,16,26部にリンガルアーチを装着し,パワースレッドや補助弾線にて口蓋近心側へ牽引した。
・下顎44,43部のMTM:(g)~(l)
(g)初診時(h)MTM術前(i)44部をゴムにて舌側へ牽引
(j)43部もゴムにて舌側へ牽引(k)MTM3か月目(l)暫間補綴
歯周治療による歯肉肥厚の改善後,頬側偏位していた44,43部を下顎義歯にリンガルボタンを装着し,ゴムを使って舌側へ牽引した。

再評価時の口腔内写真(2016.1.20.)
歯周基本治療,歯周外科治療(Fop)により歯肉肥厚は著明に改善した。上下顎残存歯にプロビショナルレストレーション,下顎臼歯欠損部には治療用義歯を装着した。

再評価時のX線写真(2016.1.20.)
義歯の鉤歯として37を可及的に保存していたが,歯周状態の改善が認められず予後不良と判断した。そのため,修正治療として最終補綴前に37を抜歯することとした。

再評価時の歯周組織検査(2016.1.20.)

SPT時の口腔内写真(2016.12.15.)

SPT時のX線写真(2016.12.15.)

SPT時の歯周組織検査(2016.12.15.)
本症例は,Ca拮抗薬(アムロジンⓇ:ベジル酸アムロジピン)の服用,および不良補綴物や修復物によるプラークリテンションファクターや口腔清掃不良に起因して発症した歯肉増殖症の症例である。Ca拮抗薬による歯肉増殖症の中ではニフェジピンが6~7%で発症頻度が一番高く,アムロジピンは1%程度と報告されている18-20)。歯科医院には通っていたものの対処療法のみで,積極的な歯周治療を行わないで10年もの長い間放置していた結果,病状が非常に重篤化したものと思われる。唾液中の細菌検査の結果から,歯周病原細菌(P.g,T.d,T.f,P.i,A.a)が高値で検出され,P.g fimA遺伝子型では悪性型のII型21-23)が検出された。さらに,P.gに対する血清抗体価も68.9と大きく上昇しており重度感染が認められた(表4)。そのため歯周治療の介入がなければ,口腔局所の問題に限らず全身にも悪影響が及ぶ可能性が十分に考えられた。
治療は,内科主治医に問い合わせを行い,Ca拮抗薬から利尿薬に変更した。降圧薬の場合,抗てんかん薬のフェニトインや免疫抑制剤のサイクロスポリンAと異なり,他剤(利尿薬,ACE阻害薬,ARB,α遮断薬,β遮断薬)へ変更可能な場合が多い。しかし,本症例の場合には,変更後に血圧の上昇(180/100)がみられ,さらに他剤への変更も検討されたが,アムロジンⓇが一番患者の病状に合っているという内科主治医の判断で再処方されることとなった。誘発薬剤を服用した状況下で歯周治療を進めていくこととなったが,TBI,SRPと併せて不良補綴物などのプラークリテンションファクターを排除して細菌感染による炎症を抑えることを徹底したところ歯肉肥厚は徐々に緩解し,頬側に大きくフレアーアウトしていた歯列不正も部分的に改善した。13,43,44に関してはMTMを行い,プロビショナルレストレーションや治療用義歯にて咬合の回復を図った後に最終補綴を行った。患者自身も咀嚼能力や審美性が顕著に改善したことにより大変満足をされている。さらに,規則正しい食習慣やブラッシング習慣が身についたことで間食が減少し,BMI値も肥満1度の26.9から標準の24.8に改善している。今後も長期的にSPTを継続することで,細菌感染をコントロールしながら健全な歯周状態の維持を図っていく予定である。

唾液中の歯周病原細菌と血清抗体価の推移
本論文の要旨は,第60回春季日本歯周病学会学術大会(2017年5月13日)において発表した。
今回の論文発表に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。