日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
組織再生を目的としたアメロジェニン研究の現在
讃井 彰一西村 英紀
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2019 年 61 巻 3 号 p. 136-141

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はじめに

歯周炎は成人における歯の喪失原因の第一位を占める疾患であり,歯周病原細菌による感染で歯周組織に慢性炎症が惹起され,緩やかな組織破壊とともに病変が進行し,最終的には歯の脱落へと至る。旧来の歯周治療は歯周病の進行を防止するのみであったが,近年においては健康な歯周組織への再構築を目指した治療が強く求められている。そのために数多くの歯周組織再生治療が開発されている1)が,その中でも歯の発達環境を模倣するコンセプト2)に基づいて,エナメル基質タンパク質(enamel matrix derivative:EMD)がエムドゲインとして広く歯周外科手術に応用されており良好な臨床成績を収めている3)。1998年にわが国で承認を受けて販売されているエムドゲインは生後6ヶ月のブタの歯胚から抽出・精製したEMDであり,アメロジェニンを主成分として,その他にエナメリン,アメロブラスチン,タフテリンなどの基質タンパク質や,さらに分化誘導因子・成長因子などが含有されている可能性が指摘されている。その中でも最も豊富に存在し,活性の中心を担うとされているタンパク質がアメロジェニンであり,ここではアメロジェニンに焦点を当て,最近の知見と我々の研究結果を併せて紹介したい。

細胞外マトリックスとしてのアメロジェニン

アメロジェニンは主にエナメル芽細胞によって分泌される細胞外マトリックス(extracellular matrix:ECM)の一種であり,分子サイズは20-25 kDaほどでN末端側に疎水性領域,C末端側に親水性領域を有し,全体としてプロリンに富む疎水性の性質を持つ。エナメル質形成期に大量に分泌されたアメロジェニンはナノスフィアとよばれる分子集合体となり,その疎水性ECMであるアメロジェニン・ナノスフィアはエナメル芽細胞のscaffold(足場)として機能するのと同時に,エナメル質の石灰化に伴いセリンプロテアーゼやエナメライシン(MMP-20)により分解され,これらのアメロジェニン・ナノスフィアのフラグメントがハイドロキシアパタイトの結晶成長を促すことが知られている4,5)。近年,ECMは増殖,生存,形態,遊走,分化などの細胞機能を制御しており,発生や創傷治癒などの過程において安定した構造を維持するのではなく,常に凝集と分解を繰り返しながら組織リモデリングの調整に重要な役割を演じていることが報告されている6)。創傷治癒・再生療法を目的としたアメロジェニンの応用は医科領域においても実用化され,Xelmaの商品名で販売されている。Xelmaに含まれるアメロジェニンが皮膚線維芽細胞のscaffoldとして作用し,その細胞遊走や接着を誘導して創傷治癒を促進させることが明らかになっており,難治性である静脈うっ滞性下腿潰瘍に対して良好な臨床成果を挙げている7)。さらに,動物実験においてラット下肢の内側側副靱帯断裂に対して組み換えヒトアメロジェニンを塗布すると,靱帯コラーゲン線維の配向性と引っ張り強度が健常靱帯組織と同程度にまで復元された。そして,この血管に乏しい靱帯組織の再生が損傷部に遊走してきた間葉系幹細胞によるものであることが解明された8)。このように,ECMとしてのアメロジェニンは組織再生に適した3次元構造を提供するだけでなく,細胞機能に関連するシグナル伝達経路を制御することも次第に明らかにされている。

アメロジェニンと歯周組織再生

近年では,より安心・安全な再生療法の確立を目指して,組み換えアメロジェニンによる歯周組織の再生研究が盛んに行われるようになった。ビーグル犬の動物実験において,組み換えアメロジェニン単独での歯周組織再生効果が報告されており9),in vitroの実験では,組み換えアメロジェニンの投与によってセメント芽細胞株に細胞増殖の促進と骨分化マーカー発現の増強が確認されている10,11)。その一方でアメロジェニンが高濃度であると逆に骨分化を抑制するという報告もある12)。さらに,間葉系幹細胞や骨芽細胞に対して,アメロジェニンは骨分化能に影響を与えないものの細胞増殖能を上昇させ13,14),歯根膜細胞に対しては細胞増殖および細胞遊走の両方を促進させることが示された15)。このように,アメロジェニンが誘導する細胞機能の解析研究は数多く報告されているが,アメロジェニンが細胞膜表面のどの分子と結合し,どのシグナル伝達経路を辿ることで細胞機能に影響を及ぼすのかについては様々な報告があり未だに不明な点が多い。機能が不明なタンパク質の機能予測をする場合,そのタンパク質が結合する分子を見つけ出して,それを手がかりに機能予測をするという手法は一般的に用いられており,アメロジェニンにおいてもそのシグナル伝達経路を解明するために,アメロジェニンと会合するパートナータンパク質を同定する研究が数多く行なわれてきた。現在報告されている会合分子だけでも,lysosome-associated membrane glycoprotein 1(LAMP-1),CD63抗原,アネキシンA2,flotillin-1,eukaryotic translation elongation factor 2(EEF-2),sialic acid-binding Ig-like lectins 10(Siglec-10),ビグリカン,α2-HS糖タンパク質,細胞骨格関連分子(アクチン,ビメンチン,チュブリン),アクチン結合タンパク質群(ゲルソリン,トロポミオシン),fasciculation and elongation protein zeta 1(FEZ-1)プロトンポンプタンパク質(ATPase),ミトコンドリア膜タンパク質(プロヒビチン),核タンパク質,など枚挙に暇が無い16-22)。我々も同様の目的でglutathione s-transferase(GST)融合完全長アメロジェニンを作成し,骨芽細胞を用いてGSTプルダウンアッセイを行ない,質量分析法によりアメロジェニン会合分子のスクリーニングを行なった。骨芽細胞に含まれるアメロジェニン会合タンパク質として細胞質分画では16個,細胞膜分画では9個の分子が同定されたが,細胞質および細胞膜分画の両方で同定された分子はglucose-regulated protein 78(GRP78)のみであった23)。GRP78とは主に小胞体に存在する熱ショックタンパク質に属する分子シャペロンであるが,受容体タンパク質としても注目されている。アメロジェニンが間違いなくGRP78と会合する(図1A)ことを確認した後に,歯根膜細胞におけるアメロジェニンとGRP78の生物学的相互作用を検討した。その結果,GRP78を強発現させた,またはアメロジェニンで刺激した歯根膜細胞はスクラッチアッセイにおいて遊走の亢進が認められ,GRP78を強発現させてさらにアメロジェニンを添加すると遊走活性は一層促進されることが明らかになった(図1B24)。逆にGRP78のノックダウンはアメロジェニン誘導性の細胞遊走を阻害した。さらに,アメロジェニンとGRP78が会合した複合体が低分子量GTP結合タンパク質であるRac1の活性化を促進し,その結果,歯根膜細胞の葉状仮足形成を促すことで細胞遊走の際の駆動力を提供していることを証明した(図1C24)。今後はアメロジェニンがGRP78のどこのモチーフと会合することで細胞遊走を制御するのかを検討する必要がある。

図1

アメロジェニンおよびGRP78の会合による歯根膜細胞の遊走

A:GST-プルダウンアッセイを用いてアメロジェニンとGRP78の相互作用を検討した。GSTのみ(中央;ネガティブコントロール),GST融合アメロジェニン(右)を固定化したglutathione-sepharose 4B beadsとヒト歯根膜細胞株1-17の細胞抽出物を混合し洗浄した後,抗GRP78抗体を用いてウェスタンブロッティング解析を行なった。Inputとして1-17の細胞抽出物(左)を使用した。B:コントロールまたはGRP78強発現プラスミドを導入した1-17細胞をディッシュにて培養し,滅菌チップによるスクラッチで無細胞領域(幅径:800μm)を作成した後,アメロジェニン(10μg/mL)存在下または非存在下で培養した。スクラッチ領域への細胞遊走状態の写真(上)を示す。12,24時間後に無細胞領域へ遊走した細胞数を測定した(下)。*P<0.05,**P<0.01 C:アメロジェニンはGRP78と直接会合する。GRP78を強発現させてアメロジェニンで刺激した場合,Rac1を活性化し葉状突起形成を促進することでヒト歯根膜細胞の遊走が著しく亢進する。文献24から引用,一部改変

アメロジェニンとマクロファージ

歯周外科処置においてEMDを用いると,術後疼痛・腫脹の軽減を伴う治癒促進効果があることが経験的に知られており,主成分であるアメロジェニンが抗炎症作用を有するとの報告がある25)。一般に組織再生が開始されるためには炎症の収束が必須であり,歯周炎発症と歯周治療後の創傷治癒に関しては主にマクロファージが重要な役割を担っている。マクロファージは炎症誘導型のM1細胞と創傷治癒型のM2細胞に大別され,M1マクロファージはリポ多糖(LPS)などにより活性化され,inducible nitric oxide synthase(iNOS),tumor necrosis factor-alpha(TNF-α),interleukin-1beta(IL-1β),IL-6などの炎症誘導性因子を産生する26,27)。一方,M2マクロファージはIL-4,IL-13によって誘導され,IL-10やtransforming growth factor-beta(TGF-β),vascular endothelial growth factor(VEGF)などの抗炎症性サイトカインを産生し,血管新生,アポトーシス細胞の除去,炎症の収束と組織修復への転換において中心的役割を担っている28-31)。このように,マクロファージは破壊と再生の両面に関与しており,炎症と組織再生のインターフェースにおいて重要な役割を担っている。我々はアメロジェニンがマクロファージに及ぼす影響について検討を行なったところ,マクロファージがアメロジェニンで刺激されると時間依存的にM2マーカーであるCD163とCD206の発現が増強し,細胞形態が紡錘形へと変化することでM2マクロファージへの分化が促進されたことを確認した。また,ECM分子であるアメロジェニンはマクロファージの細胞接着面の微小環境に変化をもたらし,細胞骨格の再構築を介してM2マクロファージへの分化誘導に関与していることも明らかにした32)。一般にM2マクロファージへの分化にはcyclic adenosine monophosphate(cAMP)がセカンドメッセンジャーとして作用しprostaglandin E2(PGE2)分泌33)とその後に続くcAMP-response element binding protein(CREB)のリン酸化(pCREB)が重要であるといわれている34,35)。我々の研究結果でもアメロジェニン刺激によりマクロファージにおけるcAMPの産生が亢進し,PGE2の分泌が亢進されることによって,CREBのリン酸化が誘導され,結果としてVEGF-Aの分泌が促進していた32)(図2)。また,アメロジェニン刺激による炎症―創傷治癒反応をLPS刺激と経時的に比較したところ,アメロジェニン刺激後4時間において一時的にTNF-α,IL-6などの炎症誘導性遺伝子の発現が亢進する反面,刺激後24時間で基準値まで低下し,逆に抗炎症関連遺伝子発現が上昇した。さらに,免疫制御に関連するtumor necrosis factor alpha induced protein 6(TNFAIP6)と抗酸化作用を有するsuperoxide dismutase 2(SOD2)などの抗炎症性タンパク質の発現が刺激後48時間において顕著に亢進した(図2)。なお,TNFAIP6による抗炎症効果についてはこれまでに種々の動物モデルでの報告があり,最近では歯肉の創傷治癒への応用の可能性が示されている36-38)。したがって,アメロジェニンはマクロファージによる炎症反応を一時的に増強させて炎症期間を短縮させることにより炎症反応の早期収束と長期にわたる治癒促進に寄与していることが示された(図232)。また興味深いことに,無刺激とアメロジェニン刺激のマクロファージを比較したマイクロアレイ解析を行なったところ,アメロジェニンの刺激によりマクロファージの抗原提示に重要な主要組織適合遺伝子複合体クラスII(MHC class II)の遺伝子発現が抑制されることが判明した39)。アメロジェニンによるマクロファージの免疫抑制現象の詳細な機序は,継続して検証中である。

図2

LPS刺激およびアメロジェニン刺激によるマクロファージ極性の比較

マクロファージにおいてアメロジェニンにより早期かつ短期間にIL-6やTNF-αの遺伝子発現が増強する。それがトリガーとなりTNFAIP6やSOD2などの抗炎症性タンパク質発現が上昇し,PGE2/cAMP/pCREB経路を介してM2マクロファージへの極性化が誘導され,VEGF-Aの分泌が促進したことから,結果的にアメロジェニンは創傷治癒を加速させると考えられる。

おわりに

今回は完全長サイズのアメロジェニンを中心にその知見を述べたが,アメロジェニンには前駆体mRNAに由来する14以上のアイソフォームを誘導するスプライシングバリアントが存在することが知られている。代表的な選択的スプライシングフォームであるleucine-rich amelogenin peptide(LRAP)やtyrosine-rich amelogenin peptide(TRAP)などにおいても様々な細胞分化誘導が報告されており,それらの生物学的意義や機能についても大きな注目を集めている。これらの詳細な機能解明については今後の課題であるが,少なくとも完全長アメロジェニンが骨芽細胞,間葉系幹細胞,歯根膜細胞,マクロファージに対して再生・創傷治癒促進の方向に作用することに異論はなさそうである。これらの知見が,アメロジェニン誘導性の歯周組織再生の分子基盤を理解する上での一助となれば幸いである。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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