日本歯周病学会会誌
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症例報告レビュー
根面被覆の術式選択にCBCTを応用した一症例
溝部 健一荒木 久生
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2019 年 61 巻 4 号 p. 178-186

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要旨

矯正治療後,咬合性外傷により生じた歯根露出に対し,CBCTを用い歯槽骨や歯根の位置および形態を把握し術式を選択した結果,Millerの分類Class III・Cairoの分類RT2であったが咬頭干渉の除去および歯槽骨から逸脱した歯根面を平坦化することで予知性の高い根面被覆が行えた症例を報告する。

緒言

歯肉退縮による歯根露出では,審美性障害,知覚過敏,根面う蝕,付着歯肉の喪失および口腔前庭の狭小による口腔清掃低下等の問題が生じる。その原因には歯槽骨および歯肉の解剖的問題,不適切な矯正力,咬合性外傷やブラッシング圧等が考えられ1-3),術後の予知性に大きく影響する。

また根面被覆においては,様々な術式4-10)が考案され,現在ではZuhr Ottoらの歯肉退縮における術式の選択基準11)や2015年AAP Regeneration Workshop12)により結合組織移植(connective tissue graft:以下CTG)が第一選択である。そして,歯肉退縮の評価基準としてはMaynardの分類13)およびMillerの分類14)がよく用いられ,近年はCairoの分類15)も追加されることが多くなった。しかし,これらは歯槽骨および歯肉組織の評価であり歯根面形態や位置の三次元的な評価ではない。

そこで今回,歯肉退縮の原因を精査し,周囲歯槽骨および歯根面形態をコーンビームCT(以下CBCT)で3次元的に把握した上で術式を決定し,良好な結果が得られたので症例報告する。

症例

患者:31歳 女性

初診:2014年10月

主訴:下顎前歯部歯肉が気になる

現病歴:学童期に矯正治療を受け,以後良好であったが,約6年前に28の萌出に伴い歯列不正が生じ,再度矯正治療を受けていた。しかし,31に歯肉退縮を認めたため矯正医より紹介を受け本診療所へ来院した。

全身的・局所的既往歴:特記すべき事項なし

1. 現症

1) 口腔内所見(図1

31に歯槽粘膜境におよぶ歯肉退縮を認め,下顎前歯部は歯根の形態が予測できるほど辺縁歯肉および歯槽骨の菲薄化が疑われた。その他の部位では,歯肉の状態は良好で,発赤,腫脹等は認められなかった。

咬合検査の結果,側方運動は両側ともに犬歯誘導であり,咬頭干渉は認められない。前方運動は21および31で誘導しているため,負担過剰が疑われた。

図1

初診時 口腔内写真・デンタルエックス線画像・歯周組織検査結果

2) デンタルエックス線およびCBCT画像所見(図1, 2

全顎的に軽度の水平性歯槽骨吸収像を認め,11は過剰な矯正力により生じたと疑われる歯根吸収像を認めた。

また,31はデンタルエックス線画像からは,垂直的な歯根吸収および近遠心の垂直性骨吸収像は認められないものの,CBCT画像から根尖側1/2に水平的歯根吸収による形態異常および歯冠側1/2の歯根は歯槽骨から約1 mm逸脱した裂開および唇側傾斜を認めた。

図2

31 CBCT画像 術前

a:唇側根尖側1/2歯根吸収および歯冠側1/2歯根は歯槽骨からの逸脱を認める(矢状面観)

b:近遠心支持骨を認めるが唇側歯冠側1/2歯根の裂開が生じている(3D構築画像)

矢印:唇側歯根中央部に凸部を認める

3) 歯周組織検査(図1

全顎的に口腔衛生状態は管理されているが,31頬側はBOPを認め,PPD平均:2.8 mm, CAL:8 mm,幅4 mm,深さ6 mmの歯肉退縮によりプラークコントロールの低下が生じ,PlI:1度,GI:2度,動揺:1度を認めた。

2. 診断

31:歯肉退縮(Millerの分類:Class III・Cairoの分類:Recession Type2)

3. 治療計画

1)歯周基本治療

①口腔衛生指導,スケーリング・ルートプレーニング②31咬合調整③オクルーザルスプリント作製

2)再評価

3)31根面被覆術(EMDを併用したCTG)

唇側歯槽骨から逸脱した歯根を形態修正し,EMD(enamel matrix derivative:以下EMD)を併用したModified Langer法7)によるCTGを行うこととした。

4)再評価

5)メインテナンス

4. 治療経過

1) 歯周基本治療:2014年10月~

口腔衛生指導と並行し,スケーリング・ルートプレーニングを行うことで31頬側歯肉はPlI:1度から0度,GI:2度から0度へ改善を認めた(図3)。また,前方運動時21および31のみで誘導していたが,咬合調整により,12・21・31・32・42および43で誘導できた(図4)。

リテーナースプリントは矯正医が作製をした。

図3

歯周基本治療後:口腔衛生指導により歯肉の炎症が改善

図4

咬合検査(前方運動)

a:初診時の誘導(21・31のみで誘導)

b:メインテナンス時の誘導(12・21・31・32・42および43で誘導)歯周基本治療で行った咬合調整の結果が維持されている

2) EMDを併用したCTGによる根面被覆:2014年11月

口腔衛生管理の徹底により31の炎症のコントロール,咬合調整により力のコントロールを図ったのちに根面被覆を行うこととした。

通法に従い術前にPMTCを行い,部分層弁にて切開・剥離を行った。歯肉退縮が歯槽粘膜境に及んでいることで歯肉弁は緊張なく術野の確保ができたため縦切開を行わなかった(図5a)。その後,歯冠側1/2の歯根は裂開部から逸脱していたため(図5b),十分な注水によりスメヤー層が出現しにくいHAプレーニングバー16,17)を用い歯根膜を傷つけないよう注意しながら形態修正し凸部を平坦化した(図6)。さらに,CTGのために左側口蓋部より角化歯肉カラー付きの厚さ約1 mmを確保した上皮下結合組織を採取し,歯根面にEMDを塗布した。その後,採取した結合組織の角化歯肉のカラー部が上縁に設置し,死腔が生じないように縫合18)し,抗菌作用や創傷治癒の促進19,20)を期待しEMDを被覆歯肉および縫合部に塗布後,歯周パックを行った(図7)。

図5

a:Modified Langer法を用いた切開を行った

b:CBCT画像と同様に唇側歯槽骨から歯根の逸脱と裂開を認める

図6

a:HAプレーニングバー(ダイヤモンド粒子 黄:40-50μ白:20-30μ青:10μ)

b:逸脱した歯根の平坦化に修正および研磨(黄→白→青の順に使用)

c:凸部は平坦化され歯槽骨と移行的となった

図7

EMDおよびCTG

a:左側口蓋部より採取した結合組織

b:治癒の促進や歯周組織再生等を期待しEMDを塗布した

c:結合組織を設置し,死腔が生じないようにマットレス縫合を行った

3) メインテナンス開始(術後4か月):2015年3月

PCR:3.1%,BOP:0%と全顎的にプラークコントロールは良好だった。

また,患歯である31は根面被覆率100%を達成し,咬合性外傷が除去されたことで動揺が1度から0度,PlI:0度,GI:0度に維持され,象牙質知覚過敏の症状もなく,周囲組織と調和していた。患者の満足も得られたため矯正後の後戻りを防止するために矯正医と連携を取りメインテナンスへ移行した。

4) 最新メインテナンス(術後5年):2019年11月(図8

2019年11月現在,術後5年が経過しているがクリーピングアタッチメントが生じ,ブラックトライアングルは縮小し,被覆した歯肉に形態的変化は認められなかった。歯周組織検査およびデンタルエックス線画像からは異常所見は認めなかった。前方運動は,12・21・31・32・42および43での誘導が維持されていた。またCBCT検査では,唇側の根面形態は支持歯槽骨から移行的となり歯肉退縮の再発予防が得られている(図9)。

図8

メインテナンス時 口腔内写真・デンタルエックス線画像・歯周組織検査結果

図9

31 CBCT画像 術後

a:唇側歯根形態が平坦化され歯槽骨からの逸脱は改善された(矢状面観)

b:支持歯槽骨の形態変化は認められない(3D構築画像)

矢印:凸部は平坦化され移行的となった

考察

1. 歯肉退縮の原因

歯肉退縮は,歯槽骨および歯肉の解剖的問題,不適切な矯正力,咬合性外傷,ブラッシング圧等1-3)が原因で生じると報告されている。

本症例は日本人の下顎前歯部唇側歯槽骨の厚みが約0.3 mmとの江澤による報告21)から菲薄であると予想された。また,過度な矯正力および咬合性外傷により歯槽骨および歯根吸収による歯肉退縮が生じ3),根面露出を認めたことで適切なブラッシングが行えず歯肉炎症により歯肉退縮がさらに悪化したと考えられた。

2. 術式の選択

本症例は,歯根および歯槽骨吸収により歯根が歯槽骨内に位置していないことが問題であると考え,裂開部から逸脱した歯根面の平坦化が最も重要であると考えた。そのため,Envelop法8)やTunnel法10)などのクローズフラップテクニックではなく,オープンフラップテクニックを第一選択とした。さらに,患歯である31は,歯肉退縮量が3 mm以上・角化歯肉の幅が2 mm以上であることから単独の歯肉退縮における術式の選択基準11)を参考にし,Modified Langer法7)にて切開・剥離を行うこととした。

EMDの併用は,さまざまの報告22-26)からも根面被覆の成功のみならず治癒過程で根面上に出現するセメント芽細胞や歯肉線維芽細胞のコラーゲン線維形成を促進し,さらに根面と新生組織の界面の結合を強固にすることを目的に併用することとした。

また,結合組織の採取は,14および24抜歯を伴う矯正治療により上顎歯列弓は狭小化されていることで採取部位が限られていたものの,約1 mmの厚さで採取することができた。

Millerの分類class IIIは,部分的な被覆しか望めないとされているが,Millerの分類Class IIIにおける欠点と限界を指摘している報告27)もみられ,Class IIIにおいても根面被覆が可能であるとの報告28,29)もある。また,隣接面の付着喪失をRecession Type(以下RT)で3分類したCairoの分類15)では,CTGによる完全根面被覆率は,RT1で86.7%,RT2で74.2%であったとの報告30)もある。また筆者は,Cairoの分類は軟組織の評価であるが,裂開と歯根の位置関係を予測する評価に応用できると考える。本症例はMillerの分類class IIIであったがCairoの分類RT2であり,歯槽骨から逸脱した歯根面を平坦化したことで満足いく結果が得られたと考える。

3. 経年的変化

本症例は,矯正治療後に生じた歯肉退縮であり,術前のCBCT画像からも支持歯槽骨から大きく裂開が生じていることから,歯肉退縮が再発するリスクが高いと考える。さらに,矯正後の歯列の後戻りによる咬合性外傷の出現に十分管理が必要と考える。

患者は審美的要求が高く口腔衛生管理に対する,モチベーションの低下は生じにくいが,プラークコントロールを一生懸命行うあまり,ブラッシング圧が強くなる傾向がある。そのため,定期的なメインテナンスによりコンプライアンスの低下を防ぐ必要がある。

本症例ではMaynardの分類13)ではType4からType3に改善し,歯根面の形態修正によりCBCTの再評価において歯槽骨内であることが確認でき,長期的な安定が図れると考察する。

筆者は,歯肉退縮を生じた原因を除去するとともに裂開部の歯根突出が歯槽骨内に位置しているかが根面被覆の予後に大きく影響すると考える。

まとめ

咬合性外傷を伴った歯肉退縮症例に対し,CBCT検査を応用することで,歯根や歯槽骨等の形態および状態を3次元的に把握できた。

その結果,咬頭干渉を除去し,歯槽骨から逸脱した歯根突出部の平坦化を行うための外科的侵襲を最小限に抑えた術式を選択することができ,予知性の高い根面被覆が行えた。

本論文の要旨は,日本歯周病学会第59回秋季学術大会(2016年10月8日,新潟)において発表した。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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