日本歯周病学会会誌
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歯科衛生士コーナー
病態から見えてくる歯周病の修飾因子―歯科衛生士として知っておきたい臨床所見―
渡辺 孝章
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2020 年 62 巻 2 号 p. 121-127

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はじめに

歯周治療は歯周組織検査により病態を評価し,その原因を除去することを基本としています。原因の第一は歯周病原細菌であり,プラーク性歯肉炎や軽度慢性歯周炎においてはプラークコントロール,スケーリング・ルートプレーニングにより治療効果が得られます。しかし,全身的及び局所的な修飾因子が関与している場合,口腔内ではさまざまな臨床所見を示し,プラークコントロール,ケーリング・ルートプレーニングのみでは十分な改善が見込めない場合もあります。日常の臨床において,歯周病検査時にこれらの特徴的な病態を早期に発見した上で,改善を図り,治療効果に繋げることは非常に重要です。

本稿では歯周病の発症・進行に関係する口腔内因子である口呼吸,ブラキシズム,弄舌癖及び喫煙に伴う特徴的な口腔内所見を提示し解説いたします。

1. 口呼吸(mouth breathing)に伴う所見について

口呼吸はプラークリテンションファクターの一つです1)。原因により鼻性口呼吸,歯性口呼吸,習慣性口呼吸に分類されます。

鼻性口呼吸はアレルギー性鼻炎,慢性副鼻腔炎(蓄膿症),鼻中隔湾曲,咽頭扁桃腫脹,口蓋扁桃やアデノイド肥大に伴う鼻閉鎖が原因で発現します。一方,歯性口呼吸は上顎あるいは上下顎前突,開口,叢生等による口唇の閉鎖不全が原因で発現します。習慣性口呼吸は日常的に口唇を離開させる癖により発現します。

口呼吸には次に挙げる3つの為害性が考えられています2)。第一は口からの呼気吸気により歯面に付着したプラークの水分が蒸発し,より強固に歯面に付着するためブラッシングでは除去しにくくなり,さらにその上にプラークが容易に堆積しやすくなること3,4),第二は唾液による抗菌作用が低下し,プラーク細菌叢に変化が起きること2,5),第三は歯肉,粘膜が脱水状態となり,プラークに対する抵抗力が低下した結果,歯周組織の病変が進行することです6)。また,口呼吸があると二次的に歯列不正,顎の発育障害が起こることがあります。

口呼吸は検査時に以下のような特徴的な所見が認められます。

1) 堤状隆起(テンションリッジ tension ridge)

堤状隆起は上顎口蓋側の小臼歯から前歯部にかけて堤状の腫脹として観察されます(図17-11)。腫脹部分では,辺縁歯肉における角化の亢進及び結合組織における炎症性細胞浸潤,線維性結合組織の肥厚に伴う上皮突起の増殖,外縁上皮や,内縁上皮の肥厚,血管の拡張による充血が認められたとの報告があります12)。堤状隆起はこれらの機序で明瞭な豊隆として発現すると考えられます。

図1

堤状隆起(テンションリッジ)

2) 口唇乾燥

口唇の角化層は薄く,また真皮から表面までの距離が短く,水分保持力が低いため呼気吸気により容易に乾燥が生じます(図2)。悪化すると亀裂や出血を起こすこともあります。

図2

口唇乾燥

3) 口呼吸線

辺縁歯肉において,吸気による乾燥部分によって生じた炎症が認められる部分と口唇裏部に接していた部分との境界部に呼吸線が認められることがあります(図3)。

図3

口呼吸線(矢印)と歯面の脱灰

4) 歯面の脱灰

唾液による自浄作用及び緩衝作用による再石灰化が働かないため,エナメル質の脱灰が進行することがあります(図3)。また,歯面の乾燥に伴う着色が認められることもあります。

5) オトガイ部の皺

下顎が後退し前歯が突出している場合,口唇閉鎖が困難になります。そのため口唇を閉じようとすると下唇が拳上され,オトガイ筋に過度な緊張が起き,梅干し状の皺が現れます(図4)。

図4

A:平常時の開口状態

B:口唇閉鎖時に観察されるオトガイ部の皺

2. ブラキシズム(bruxism)に伴う所見について

ブラキシズムとは,睡眠時及び覚醒時に咀嚼筋の異常緊張により非機能的に上下の歯を接触させる異常機能習癖の総称です。睡眠時のブラキシズムによる咬合力は約22.5kgfから81.2kgfに及ぶとの報告があり13),口腔内の硬組織,軟組織,顎関節及び咀嚼筋等に様々な影響が及ぶことが考えられます。

ブラキシズムには,歯をこすり合わせるグラインディング(grinding),食いしばるクレンチング(clenching),連続的にカチカチと咬み合わせるタッピング(tapping)の他,食べ物がないのに無意識で下顎運動を行うナッシング(gnashing)があります。また,軽度のクレンチングとして日中(覚醒時)歯を断続的に接触させる習癖がありTCH(tooth contact habit)14)と呼ばれています。

ブラキシズムがある場合,以下のような所見が認められます。

1) アブフラクション(abfraction)

ブラキシズにより習慣的に強い咬合力が持続的に歯に加わるとセメント-エナメル境に応力が集中しエナメル小柱に微少な隙間が生じ,アパタイトの構造が脆弱になります。その結果,歯頸部のエナメル質や象牙質に楔状あるいは三日月状の欠損が生じることがあります(図5)。

咬合力による応力が歯頸部に集中することは光弾性試験15,16),有限要素法17)及びストレンゲージによる実験で報告18)されています。

応力の集中による欠損とは別に,歯頸部に摩耗(アブレージョンabrasion)が生じることがあります。これは,強圧による横磨きの習慣が原因であり,皿状の歯質欠損の所見が特徴です(図6)。

図5

左右(同一人)の咬合時の比較

特に左側臼歯の咬頭が平坦で楔状欠損が顕著(矢印)

左側のグラインディングが疑われます。

図6

オーバーブラッシングが原因と思われる歯頸部の摩耗

2) 外骨症(骨隆起bone torus)

McCoyは,咬合圧によりコラーゲンが圧縮されることによりプラスとマイナスの電気が生じる圧電現象(ピエゾ電気理論)が歯及び歯槽骨に影響を与えるという説を報告しています19)。プラスイオンはストレスの高い部分すなわち歯冠部から放出され,マイナスイオンは歯根部で発生し歯槽骨の肥大を促進します20)(図7)。歯に咬合力が加わると歯根膜を介して,歯槽骨に圧力が加わる結果,骨の表面に生じたマイナス荷電が骨芽細胞を活性化し,骨隆起を生じさせます21)。下顎では,小臼歯の舌側面(下顎隆起)(図8),上顎では口蓋正中部(口蓋隆起)(図9)が好発部位です。また,唇頬側歯槽骨(図10)の肥厚が生じることもあります。

図7

咬合により生じるピエゾ電気が歯および歯周組織に影響する模式図 文献20)より引用

図8

下顎舌側の骨隆起(所見としては軽微)

図9

口蓋正中部の骨隆起

図10

上下顎唇頬側歯槽骨の肥厚

3) 咬耗(attrition)

11に示すように切縁や咬頭に咬耗や窪みが認められることがあります。これは,ブラキシズムによる摩耗とピエゾ電気理論の結果と思われます。

図11

咬耗および切縁,咬頭部に見られる窪み(矢印)

4) 舌側縁の歯型の圧痕(舌圧痕)

クレンチングによる舌及び筋の緊張により,舌側面(図12)や頬粘膜に歯の圧痕が認められることがあります。

図12

舌圧痕(所見としては軽微)

5) マッコールのフェストウーン(McCall's festoon)

歯頸部の辺縁歯肉がロール状に肥厚した状態です。主に,犬歯,小臼歯の唇側歯頸部に認められますが,臼歯部にも観察されることがあります(図13)。外傷性咬合やブラッシング時の刺激との関連が考えられています。また,形態上プラークが停滞しやすくなるため歯肉に炎症が生じやすくなります22)

図13

A:前歯部のフェストウーン

B:臼歯部のフェストウーン

6) スティルマンのクレフト(Stillman's cleft)

主に,唇頬側歯頸部に認められます。原因としては,外傷性咬合による歯槽骨の吸収や歯槽骨の解剖学的形態23),また強圧による横磨きのような不適切なブラッシングが挙げられます。口腔内所見としては,歯槽骨が根尖方向に向かい裂隙(ディヒーセンスdehiscence)を生じるに伴い,辺縁歯肉がV字型に裂開した形態となった状態を示します(図14)。

図14

歯槽骨の裂開(ディヒーセンス)を伴うクレフト(矢印)

3. 舌習癖(弄舌癖 tongue thrusting habit)に伴う所見

舌習癖は舌の形態(大きさや長さ),鼻咽喉疾患,上顎骨の形態,口蓋の形状などが影響して起こります。

弄舌癖(舌前突癖)は無意識に舌先で前歯を押したり,舌先を咬んだりする習癖で,歯に対しては側方圧となり,前歯部の歯間離開,オープンバイト,顎前突を起こすことがあります24)

1) 歯間離開(フレアーアウトflareout)

舌圧が外傷性に働いた結果,上下顎前歯部の唇側傾斜を引き起こし,開咬や上顎前突により歯間離開(図15)が発生します。歯間離開が生じると,発音,特にサ行およびタ行に影響があるといわれています。また,弄舌癖によって就寝中に咬傷が発症することもあります。

図15

弄舌癖による上顎前歯の離開(フレアーアウト)

上顎臼歯歯頸部に楔状欠損も観察される

2) 舌圧痕

特に舌尖部に歯の圧痕が認められます(図16)。前歯の歯間離開が認められる場合に多く認められる所見です。

図16

舌尖部の圧痕(矢印)

4. 喫煙(smoking)に伴う所見

環境因子である喫煙によって好中球の走化性,貪食能などの機能阻害,歯肉線維芽細胞の増殖や組織の修復機能が阻害され,口腔内に特徴的な所見を示します。

1) メラニン沈着による斑状の褐色ないし黒色の歯肉

顕著な所見として歯肉にメラニン沈着がしばしば認められます(図17)。これは,熱刺激,ニコチンなどの化学的物質により歯肉上皮基底細胞層のメラノサイトが刺激を受け発症したと考えられています(スモーカーズ・メラノーシス)25)

図17

歯肉のメラニン色素沈着発赤はなく,下顎前歯部には歯肉結合組織の増殖による肥厚が認められる

2) 歯肉辺縁におけるロール状の肥厚

喫煙により上皮の角化の程度が強くなり,かつ歯肉縁下歯根面に付着する煙由来の有害物質が持続的に歯肉結合組織を刺激することにより,線維芽細胞が亢進した結果,辺縁歯肉がロール状に肥厚します(図18)。それとともに前歯部及び口蓋側の歯周ポケットに顕著なアタッチメントロスが認められるようになります26)

図18

口蓋側ロール状の辺縁歯肉(矢印)

3) 発赤,腫脹などの炎症症状が不明確

ニコチンによる毛細血管の収縮により炎症の兆候が表面に現れにくくなります27)。また,プロービング時の出血も少なく,歯肉溝浸出液の量も減少する傾向があります28)

また,プラーク蓄積量が喫煙者と非喫煙者で同程度であっても,喫煙者では歯周組織の破壊がより顕著であり,治療に対する反応性が低下することが報告されています29)

禁煙により色素沈着が軽減することがあります。これは,マクロファージがメラニン色素を貪食しメラノファージとなった結果,色素が軽減し30),さらに,歯肉微小血管が回復することによるといわれています29)。禁煙指導の際に,これらの効果についても説明すると良いでしょう。

おわりに

歯周治療は原因除去療法であり,検査時に病態から的確にその原因を見つけなければなりません。

初診時,患者さんの最初の情報は待合室で記入する「問診票」等から得られますが,歯科衛生士は歯科医師よりも先に患者と接することが多く,医療面接中,さらに詳細な情報を引き出す必要があります。引き続く歯周組織検査では,本稿で提示した所見が認められることもあると思います。しかし,病態として極めて軽微な所見を示す症例もあるため,問診を含め,注意深く見極めることが大切です。特に,習癖の場合は患者さん自身,自覚していないことが非常に多く,さらに詳細な問診とX線写真検査を含む精密検査で明確にする必要があります。そして,担当の歯科医師に伝える検査所見は,その後の診断,治療計画を立案する上で極めて重要となります。正確な病因診断により,その後の歯科衛生科士として実施する,処置,指導がより有効になると考えられます。

本稿で示した所見を日常の臨床に生かして頂ければ幸いです。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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