日本歯周病学会会誌
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原著
組織酸素飽和度及び局所血流の測定に基づくヒト歯肉炎症の評価
須藤 嵩文井川 資英山田 聡
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2020 年 62 巻 2 号 p. 82-95

詳細
要旨

歯周ポケット測定の際の出血(BOP)は歯肉炎症の有無を反映するものの,炎症の程度を詳細に反映するものではない。本研究は,ヒト歯肉血行動態,具体的には組織酸素飽和度(StO2)と血流量(BF)の同時測定を行い,その結果と歯肉炎との関連を明らかにすることを目的とした。

測定には東北大学病院歯科部門歯周病科外来に通院される合計13名の患者(年齢29~82歳)の協力を得た。測定対象とした前歯部唇側歯間乳頭歯肉(n=33)のBOP判定を行い,近心部と遠心部の両方で出血しなかった場合をNB群(n=14),どちらか一方が出血した場合をB群(n=8),両方で出血した場合をBB群(n=11)の3群に分類した。StO2とBFの測定は対象歯肉のブラッシング前とブラッシング後の合計2回行った。

測定の結果,ブラッシング前,BB群はNB群に比べStO2と酸化ヘモグロビン量(HbO2)が有意に低下していた。また,ブラッシングによって,BB群はNB群に比べStO2及びHbO2が有意に増加した。

本研究では,StO2とBFの同時測定によって健全歯肉と炎症歯肉での局所血行動態の違いを明らかにした。また,ブラッシング前後のStO2の推移が健全歯肉と炎症歯肉で異なることから,歯肉血行動態の測定が歯肉の炎症の定量的評価法となる可能性を示唆した。

緒言

歯周病は,発赤や腫脹などの肉眼で確認できる所見に加え,動揺度の測定,歯肉からの出血1),歯周ポケットの深さ及び歯槽骨の吸収などから診断される2,3)。歯周ポケット測定の際の出血(bleeding on probing:BOP)は炎症指標として簡易でかつ有用であり歯肉の炎症の存在を示唆している4)が,炎症を詳細に反映するものではない。また,BOPには定量性がないことにより,口腔内全体におけるBOPの割合が歯周組織の炎症の程度を表す絶対的な数値ではない。

局所の血行動態は炎症と密接な関係があり,血流量(BF)や組織酸素飽和度(StO2)などはその測定結果を連続した数値で表示できるので,炎症の程度を定量的に反映できる可能性がある。組織血流はStO2の調節に関与していると考えられ5),ヒトの指尖皮膚でStO2及びBFの同時測定から,両者の密接な関係性が示されている6)

これまでに,ヒト7-13)あるいは実験動物14-16)の歯肉でStO2とBFのいずれか一方と歯肉炎症との関係を調べたものが報告されている7-11)。StO2に関しては,歯肉炎や歯周炎と診断された歯肉で健全な歯肉よりもStO2は有意に低下した7,9,10),あるいは,脱酸素ヘモグロビン量(Hb)が増加した7,12)などの報告が得られている。更に,治療によって歯肉炎症が減退した場合には,減退前に比べてStO2及びHbが健康な歯肉の値に回復したことなどが報告されている13)。実験動物では,イヌの歯肉に実験的急性歯周炎を生じさせた場合16週にわたってStO2は有意に低下していたこと,また総ヘモグロビン量(THb)が増加する傾向があることなどが報告されている14)。一方,歯肉の血流については,レーザードップラー血流計を用いたBF測定によって,ヒトの炎症歯肉ではBFが健全歯肉に比べて多いこと17),炎症の軽減と共にBFは減少する18),などの報告が得られている。

こうした安静時での測定報告に加え,ヒトの健全歯肉を刺激した際の変化に着目し,HbあるいはStO2が有意に変化したという報告も得られている19,20)。Baabらは歯肉を冷却した後の歯周ポケット入り口付近の歯肉のBF及び温度の変化が健全歯肉と若年性歯周炎の既往のある歯肉とで差が生じたと報告している21)。また,ヒト歯肉から得られる光電脈波の振幅がブラッシング後の健全歯肉では有意に増大した一方,炎症歯肉では変化が生じなかったという報告が得られている22)。しかし,StO2に関してはこうした機械的刺激などによる変化をヒトの健全歯肉と炎症歯肉で比較した報告は得られていない。

これまでにヒト歯肉でStO2とBFを同時に測定し,両者の関係性を詳細に調べた報告はない。StO2は酸化ヘモグロビン量(HbO2)とHbそれぞれの量を反映しているものの流速を反映しておらず,一方で,BFは血球数と流速を反映してはいるもののHbO2とHbの比率を反映してはいない。したがってStO2とBFを同時測定することで,歯肉局所血行動態をより詳細に解明できると考えられる。本研究では,ヒト健全歯肉とBOPが確認された歯肉を対象としてStO2とBFを同時測定し,StO2とBFの関係性をより詳細に解明するとともに,歯周炎診断への応用の可能性を検討したものである。StO2とBFの測定は対象歯肉のブラッシング前及びブラッシング直後に行い,ブラッシングによって生じるStO2とBFの変化も検討した。さらに,全身の血行動態との比較のため,被験者の指尖皮膚での測定もあわせて行った。

材料と方法

研究対象者

本研究の実験プロトコールは,東北大学大学院歯学研究科研究倫理委員会においてヘルシンキ宣言に示されたガイドラインに基づいて承認された(研究計画書番号2016-3-31)。本研究には,東北大学病院歯科部門歯周病科外来に通院中の合計13名の患者(男性3名,女性10名,年齢29~82歳,(平均±SD:59.6±16.2歳))の協力を得た。参加者は全員高血圧や心血管疾患の現病歴あるいは既往歴のない非喫煙者であった。あらかじめ参加者は研究に関し十分な説明を受け,全員から書面による参加のインフォームドコンセントを得た。

組織酸素飽和度測定

StO2の測定は,レーザー組織酸素飽和度モニター(LOM)(Omega Monitor BOM-L1TRSF,オメガウェーブ,東京)を用いて行った。この測定機器は,HbO2とHbが波長の異なる赤色レーザー光周波数(635,655,及び690nm)に対して顕著な吸収量の差を示すことを利用して,HbO2量とHb量を算出するものである23,24)。THbはHbO2とHbの合計とし,StO2は,以下の式を用いて算出した:StO2(%)=100×HbO2/THb。この方法は,小さな組織での測定範囲の動脈血や静脈血の全量を測定し,酸素消費量を求めることができる。Kuboらは,筋収縮中の膝蓋腱25)及びアキレス腱中26,27)のStO2の測定にこの方法を適用した。組織酸素飽和度計では,HbO2,Hb,THbは電圧(V)で表示し,StO2値は百分率(%)で表示した。

血流測定

BFはレーザードップラー血流計(照射レーザー光波長780nm)(タイプFLO-C1HP,オメガウェーブ,東京)を用いて測定した。本研究ではBFに加え測定組織での平均血流速度(Vel)を求めた。Velはレーザードップラー血流計で測定したBFと組織酸素飽和度計で測定したTHbからBF/THbを演算することで算出した。BF及びVelは電圧(V)で表した。

測定プローブ

測定プローブ(FO型,オメガウェーブ,東京)は断面が一辺約5 mm,長さが約12 mmの正三角柱の形状で,StO2とBFを同時に検出するための6本の光ファイバーを含んでいる(図1a)。6本のファイバーのうちf1及びf2はレーザードップラー血流計のそれぞれ光の照射及び受光用であった(直径100 μm,ファイバー中心の間隔1 mm)。また,f3,f4,f5及びf6は組織酸素飽和度計のそれぞれ光の照射及び受光用であった(直径500 μm,ファイバー中心の間隔1 mm)(図1b)。図1cにStO2とBFの測定範囲を示す。プローブの配置と測定深度に関する報告24)から,測定深度は血流計及び組織酸素飽和度計でそれぞれ約1~2 mmと約2~3 mm程度であった。

図1

測定プローブの断面図と内訳,及び各ファイバーの役割と測定範囲

(a):測定プローブは断面が一辺約5 mm長さが約12 mmの正三角柱の形状で,StO2とBFを同時に検出するための6本の光ファイバーを含んでいる。6本のファイバーの配置を示す。(b):6本のファイバーのうちf1及びf2はレーザードップラー血流計のそれぞれ光の照射及び受光用であった(直径100 μm,ファイバー中心の間隔1 mm)。また,f3は組織酸素飽和度計の光の照射用,f4,f5及びf6は受光用であった(直径500 μm,ファイバー中心の間隔1 mm)。(c):StO2とBFの測定範囲を示す。StO2:組織酸素飽和度,BF:血流量。

組織酸素飽和度と血流の同時測定

本研究では測定プローブを筒状のレジンアダプターにはめ込み,ユーティリティーワックス(ジーシー,東京)を介して,測定対象歯肉近傍の歯に固定した(図2a,b)。患者での測定に先立ち,共同研究者(MI)の歯肉を対象としてレジンステントを用いた測定法22,28)を行ったところ,プローブとレジンステントの装着に拘束感や不快感を訴えたため,レジンステントを使用した測定は困難であると判断した。それに代わり,プローブをレジンアダプターにはめ込み(図2a),さらにお湯で40度から50度に温めたユーティリティーワックスを介して近傍の歯に固定した。プローブが歯肉面に対して直角に,すなわちプローブの断端が歯肉表面と平行に向かい合うような空間的位置関係を保つように,測定者(TS)がプローブを固定したアダプターを保持した(図2b)。この測定方法に対し患者は不快感を全く感じなかった。測定の際に,プローブ先端をポリ塩化ビニリデンのフィルム(サランラップ,旭化成ホームプロダクツ,東京)で覆い,被験者間での感染を予防した。また,プローブ先端と歯肉との間隔を一定にするための基準として,紙片(厚さ0.39 mm)を歯肉上に配し,これとプローブ先端が軽く接する状態にプローブを配し,その後紙片を除去した。プローブ先端と歯肉との間隔の安定性を確認するために,プローブへの反射光量(Light intensity:LI)を同時測定し,光量の安定性からプローブの位置の安定性を確認した。LI値は歯肉の色調や歯肉表面とプローブ先端の距離などによってその絶対値は多少異なった。被験者での測定に先立ち,レジンステント固定とユーティリティーワックスによる固定を比較しその安定性を確認した(図3)。測定者(TS)は予め共同研究者(MI)及びスタッフで十分な測定練習を積んだ上,十分に安定した測定が行える状態で被験者での測定を開始した。

図2

測定プローブの固定方法

(a):測定プローブを筒状のレジンアダプターにはめ込み,ユーティリティーワックスをレジンアダプターに付けた写真を示す。(b):上顎左側中切歯と側切歯歯間部の唇側歯冠乳頭部歯肉の測定を示している。プローブ先端にポリ塩化ビニリデンのフィルムを付けユーティリティーワックスを介して,測定対象歯肉近傍の歯に固定した。プローブの先端が歯肉面に対して直角方向に,プローブを測定者(TS)が把持し測定した。

図3

レジンステント固定とユーティリティーワックス固定による光の安定性の比較

測定中プローブと歯肉の位置関係に大きな差が生じないように,データを数値化する際には血流計で反射光量(Light intensity:LI)を常に同時測定し,光量の安定性を確認した。本研究に先立ち,従来まで使用されていたレジンステント固定時のLI(a)と本研究で使用したユーティリティーワックスを介した固定による測定時のLI(b)を示す。縦軸がLI,横軸が時間である。それぞれのLIの平均値は,レジンステント固定は2.76712V,ユーティリティーワックスによる固定では2.79762Vであった。

研究デザイン

歯肉のStO2及びBFの測定は東北大学病院歯科部門歯周病科外来で行った。測定はすべての被験者において午後2時頃から4時頃の間に行った。被験者は楽な体勢で歯科用椅子に座った状態で測定に協力した。測定対象部位は各被験者の上下顎の左側第一小臼歯近心歯肉から右側第一小臼歯近心歯肉までの唇側歯間乳頭部歯肉部位であり,1人につき1~4箇所を測定した。

はじめにブラッシング前のHbO2,Hb,THb,StO2,BF,Velを測定した。次に歯周組織検査を行いポケット深さとBOPとGIを求め,ブラッシング圧を測定し,その後速やかに測定部位を被験者によってブラッシングしてもらい,HbO2,Hb,THb,StO2,BF,Velを再測定した。本研究では測定のための拘束による患者の負担に配慮し,一回の来院で全ての測定を完了できる測定デザインを考慮した。その場合,仮にブラッシングを先に行なった時,ブラッシング刺激による出血によってその後のBOP判定に影響を及ぼす症例が存在する可能性があるため,先にプロービングを行うことでBOP判定の精度を高めることを優先した。最後に,利き腕反対側中指指尖の皮膚を対象としてHbO2,Hb,THb,StO2,BF,Velを測定した。

BOP判定に基づき,測定部位は近遠心両方で出血しなかった場合をNB群(non-bleeding)(n=14),どちらか一方が出血した場合をB群(bleeding at one site)(n=8),両方で出血した場合をBB群(bleeding at both sites)(n=11)の3群に分類した(図4)。3群での被験者のポケット深さ(PD)(唇側歯間乳頭部の一番深いPD),測定対象部分のGIのスコア(近心・遠心の平均),及び測定対象歯肉に近接する修復物の種類を表1に示す(表1)。PDはNB群と他の2群との間に有意差を,GIは3群間全てで有意差が認められた(Steel-Dwass検定)。

図4

NB群・B群・BB群の3群への分類方法

それぞれの測定項目を比較するにあたり,測定対象とした歯肉それぞれ歯間乳頭部の近心・遠心のBOPに関して,両方で出血しなかった場合をNB(non-bleeding)(n=14),どちらか一方が出血した場合をB(bleeding at one site)(n=8),両方で出血した場合をBB(bleeding at both sites)(n=11)の3群に分類した。分類方法を図で示す。

表1

NB群・B群・BB群におけるポケット深さ,GI値及び測定歯の性状

ブラッシング前後の測定

測定対象とした歯肉をそれぞれブラッシング前後で測定を行った。ブラッシングは,被験者が普段使っている歯ブラシを使用してもらった。被験者自身で30秒間ブラッシングを行なってもらい,その直後に測定を行った。測定中歯肉表面からのLIを同時記録し,プローブ断端と歯肉表面との間の距離の安定性の確認を行った。StO2及びBFの測定と記録に一箇所につき約15秒を要した。

ブラッシング圧の測定

今回被験者に行ってもらったブラッシング圧に関しては,加える圧や回数,ブラッシング方法の規定は行わずに,被験者に通常の力で自由に磨いてもらった。被験者がどのくらいの力をブラッシングで加えたかを知るために,歯列模型をスケールに固定し(図5a),準備した歯ブラシ(Systema AX 44M,ライオン,東京)で実際の歯磨きと同じ程度の力を加えてもらい,力の大きさを確認した。

被験者のブラッシング圧を各群でまとめたものを示す(図5b)。縦軸はブラッシング圧,横軸はBOPの有無による3群を示す。最大値はB群とBB群の被験者で140 g重,最小値はNB群で30 g重であった。ブラッシング圧は個人差が大きく,また,各群でのばらつきも多かった。NB群,B群,BB群間での統計学的な有意差は認められなかった。よって本研究では,群間でのブラッシッグ圧は差がないものとしてブラッシング後の血行動態を測定した。

図5

ブラッシング圧の測定

(a):被験者がどのくらいの力を加えたかを知るために,歯列模型をスケールに固定し,我々が準備した歯ブラシで実際の歯磨きと同じ程度の力を加えてもらい,力の大きさを確認した。ブラッシング圧測定時の写真を示す。図の場合74 g重と判定した。(b):ブラッシング圧測定器を用いて測定した被験者のブラシ圧の中央値と四分位数を示す。縦軸はブラッシング圧,横軸はBOPの有無による群わけである。NB(non-bleeding):BOPを認めなかった群,B(bleeding at one site):BOPを一箇所認めた群,BB(bleeding at both sites):BOPを二箇所認めた群。

指尖の皮膚を対象とした測定

歯肉での血行動態と皮膚の血行動態を比較するため,安静時の利き腕反対側腕中指の指尖の皮膚を測定対象としてIkawa and Karitaの方法に準じてStO2及びBFを測定した6)。その際指尖測定用のプローブを用いたが測定深度は血流計及び組織酸素飽和度計でそれぞれ約2 mmと約3 mmであった24)。指尖の測定時間は約15秒程であった。

データ収集

組織酸素飽和度計及び血流計からの出力は,A/D変換器(Power Lab 4/20,ADInstruments,オーストラリア)を介して10 Hzのサンプリング周波数でパーソナルコンピュータ(MacBook Pro,アップル,クパチーノ,カリフォルニア)に記録した。測定後に記録した結果をPCの画面上で確認し,各測定項目の信号出力が安定した部分の平均値をデータとした。平均値については分析ソフトウェア(LabChart 7,ADInstruments,オーストラリア)を用いて求めた。

統計

HbO2,Hb,THb,StO2,BF,Velの違いをNB群,B群,BB群の3群間で比較した。(Steel-Dwass検定,p<0.05,JMP 13,SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)

結果

歯肉酸素飽和度と血流の同時測定の一例

被験者の1人(45歳女性)の上顎右側側切歯と犬歯の間の唇側歯間乳頭部歯肉から得た記録を代表例として示す(図6)。図の左はブラッシング前の,右はブラッシング後の測定結果を示している。得られた約15秒間の信号の平均値は,ブラッシング前でHbO2は1.66347V,Hbは0.40229V,THbは2.0658V,BFは2.02304V,StO2は80.5115%,LIは1.31695Vであった。同様にブラッシング後では,HbO2は1.21097V,Hbは0.43475V,THbは1.6457V,BFは2.18334V,StO2は73.5349%,LIは0.93773Vであった。ブラッシング後に,HbO2,THb及びStO2は減少傾向が認められた。Hb及びBFに明らかな変化は認められなかった。同部位でのポケット深さは上顎左側側切歯と上顎左側犬歯でそれぞれ3 mm及び3 mm,BOPは認めずNB群と分類された。

図6

歯肉酸素飽和度と血流の同時測定結果の一例

被験者の1人(45歳女性)の上顎右側側切歯と犬歯の間の唇側歯間乳頭部歯肉をブラッシング前に測定したデータと同部位を被験者自身によって普段使用している歯ブラシで30秒間ブラッシングを行った直後に測定したデータを示す。図の左がブラッシング前,右がブラッシング後の測定結果を示している。HbO2:酸化ヘモグロビン量,Hb:脱酸素ヘモグロビン量,THb:総ヘモグロビン量,BF:血流量,StO2:組織酸素飽和度,LI(Light intensity):反射光量。

ブラッシング前の歯肉の組織酸素飽和度と血流

ブラッシング前の状態での各測定項目を各群でまとめたものを示す(図7)。HbO2は群間に有意な差を認め,NB群が最も高く(中央値1.68V,25%値1.58V,75%値1.77V)次いでB群,BB群の順であった。B群とBB群は,NB群に対して有意に低値を示した(BB群:p<0.01,B群:p<0.05,Steel-Dwass検定)。Hbは,NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。THbは群間に有意な差を認め,NB群で最も高く次いでB群,BB群の順であった。BB群は,NB群に対し有意に低かった(p<0.01,Steel-Dwass検定)。StO2も群間に有意な差を認め,NB群で最も高く(中央値79.5V,25%値75.7V,75%値81.3V)次いでB群,BB群の順であった。最大値はNB群の被験者で83.2%,最小値はBB群で66.5%であった。B群とBB群は,NB群に対して有意に低値を示した(BB群:p<0.01,B群:p<0.05,Steel-Dwass検定)。このようにBOPの増加,すなわち炎症の増加に伴いStO2は低下した。BFは群間での有意差は認められなかった。一方,Velは群間に有意な差を認め,BB群がNB群とB群に対して有意に高かった(NB群:p<0.01,B群:p<0.05,Steel-Dwass検定)。BB群で最も高く次いでB群,NB群の順であった。

図7

ブラッシング前の歯肉における血行動態

ブラッシング前の状態で歯間乳頭部歯肉を測定した。HbO2,Hb,THb,StO2,BF,Velの中央値と四分位数を示す。HbO2:酸化ヘモグロビン量,Hb:脱酸素ヘモグロビン量,THb:総ヘモグロビン量,StO2:組織酸素飽和度,BF:血流量,Vel:平均血流速度,NB(non-bleeding):BOPを認めなかった群,B(bleeding at one site):BOPを一箇所認めた群,BB(bleeding at both sites):BOPを二箇所認めた群,:統計学的に有意差があることを示す(P<0.05),**:統計学的に有意差があることを示す(P<0.01)。

ブラッシング後の歯肉の組織酸素飽和度と血流

30秒間のブラッシング直後に測定したデータを各群でまとめたものを示す(図8)。HbO2はNB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。Hb,THbも同様な結果を示した。ブラッシング前にHbO2は,BOPが増すにつれて有意に低い値を示したが,ブラッシング直後はこうした有意な差を認めなかった。StO2は,最大値はB群の被験者で81.1%,最小値もB群で68.3%であった。NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。BFは,B群で最も高く次いでNB群,BB群の順であったが,NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。Velは,B群で最も高く次いでBB群,NB群の順であったが,NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。

ブラッシング前後の値の変化量を各群でまとめたものを示す(図9)。縦軸は測定項目の変化量,横軸はBOPの有無による群わけである。HbO2は,NB群とB群で減少傾向がみられ,BB群で増加傾向がみられた。BB群は,NB群と有意差が認められた(p<0.01,Steel-Dwass検定)。THbも同様な結果を示した。Hbは,NB群とBB群で減少傾向がみられ,B群で増加傾向がみられた。NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。StO2は,NB群とB群で減少傾向がみられ,BB群で増加傾向がみられた。最も増加したのはBB群の被験者で+9.8%,最も減少したのはNB群で-8.1%であった。このようにBOPが増すほどブラッシングによってStO2が上昇した。BB群は,NB群と有意差が認められた(p<0.01,Steel-Dwass検定)。ブラッシング後のBB群におけるStO2の上昇は,HbO2の増加によるものであり,NB群におけるStO2の減少はHbO2の減少によって起きた。BFは,B群で増加傾向がみられ,NB群とBB群で減少傾向がみられた。各群ばらつきは少なかった。NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。Velは,NB群とB群で増加傾向がみられ,BB群で減少傾向がみられた。BB群は,NB群・B群と有意差が認められた(p<0.05,Steel-Dwass検定)。

図8

ブラッシング後の歯肉における血行動態

測定部位を被験者の普段使っている歯ブラシを使用し被験者自身に30秒間ブラッシングしてもらった。ブラッシング直後に測定したHbO2,Hb,THb,StO2,BF,Velの中央値と四分位数を示す。HbO2:酸化ヘモグロビン量,Hb:脱酸素ヘモグロビン量,THb:総ヘモグロビン量,StO2:組織酸素飽和度,BF:血流量,Vel:平均血流速度,NB(non-bleeding):BOPを認めなかった群,B(bleeding at one site):BOPを一箇所認めた群,BB(bleeding at both sites):BOPを二箇所認めた群。

図9

ブラッシング前後での歯肉における血行動態の変化量

ブラッシング前後のHbO2,Hb,THb,StO2,BF,Vel変化量の中央値と四分位数を示す。HbO2:酸化ヘモグロビン量,Hb:脱酸素ヘモグロビン量,THb:総ヘモグロビン量,StO2:組織酸素飽和度,BF:血流量,Vel:平均血流速度,NB(non-bleeding):BOPを認めなかった群,B(bleeding at one site):BOPを一箇所認めた群,BB(bleeding at both sites):BOPを二箇所認めた群,:統計学的に有意差があることを示す(P<0.05),**:統計学的に有意差があることを示す(P<0.01)。

歯肉と指尖皮膚との組織酸素飽和度及び血流の比較

ブラッシング前の歯肉での血行動態と皮膚の血行動態の比較を示す(図10)。HbO2,Hb,THb,StO2,BF,Velそれぞれの比(ブラッシング前の歯肉の値)/(指尖の皮膚の値)を算出し,各群でまとめたものである。縦軸は測定項目の歯肉/指の比,横軸はBOPの有無による群わけである。すべての測定項目でブラッシング前の実測値とほぼ同様な傾向が認められた。HbO2は,NB群で最も高く次いでB群,BB群の順であった。BB群は,NB群に対し有意に低かった(p<0.01,Steel-Dwass検定)。Hbは,BB群で最も高く次いでB群,NB群の順であった。NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。THbは,NB群で最も高く次いでB群,BB群の順であった。BB群は,NB群に対し有意に低かった(p<0.05,Steel-Dwass検定)。StO2は,NB群で最も高く次いでBB群,B群の順であった。B群とBB群は,NB群に対して有意に低かった(B群:p<0.05,BB群:p<0.01,Steel-Dwass検定)。BOPを認めた群でStO2比の低下が認められた。BFは,NB群で最も高く次いでB群,BB群の順であった。NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。Velは,BB群で最も高く次いでB群,NB群の順であった。NB群,B群,BB群間での有意差は認められなかった。また,指尖皮膚での各測定項目はそれぞれ3群間で有意差は認めなかった。

図10

歯肉/指の比による血行動態の比較

HbO2 ,Hb, THb, StO2, BF, Velそれぞれの比(ブラッシング前の歯肉の値)/(指尖の皮膚の値)を算出し,中央値と四分位数を示す。HbO2:酸化ヘモグロビン量,Hb:脱酸素ヘモグロビン量,THb:総ヘモグロビン量,StO2:組織酸素飽和度,BF:血流量,Vel:平均血流速度,NB(non-bleeding):BOPを認めなかった群,B(bleeding at one site):BOPを一箇所認めた群,BB(bleeding at both sites):BOPを二箇所認めた群,:統計学的に有意差があることを示す(P<0.05),**:統計学的に有意差があることを示す(P<0.01)。

考察

ヒト歯肉の組織酸素飽和度及び血流の同時測定

これまでに,ヒト歯肉のStO2とBFを同時測定し,両者の関係性を明らかにした報告は得られていない。本研究では,StO2測定用の光ファイバーとBF測定用の光ファイバーを一つの測定プローブに埋設することで,それぞれの光ファイバー群が互いに一定の位置関係を保ち続け同時測定することを可能にした。

埴岡らはヒトの健全歯肉をブラッシングした後のHbO2とHbの変化を観察したところ,共にブラッシング直後増加し,その後は急速に減少に転じ,再び長時間に渡って増加したことを報告している19)。また,田中らもイヌの健全歯肉でブラッシング後にStO2が短時間で変動すると報告している20)。こうした,StO2とBFの短時間内の大きな変動を測定するためには,本研究のように一つの測定プローブを用いての同時測定が必須であろう。

従来,血行動態の測定にはレジンステントによる固定法22,28)が用いられてきたが,本研究ではユーティリティーワックスとアダプターを介した術者の指による固定を行なった。この方法は次の利点を有していると考えられる。1)測定中レジンアダプター装着による被験者の不快感がない,2)測定前に被験者の歯列印象を採得し歯列模型及びレジンステントを作製しなくて良い,3)レジンステントを使用した場合のセメント除去が不要であり短時間で測定を終えることができる。

これまでに,修復物の材質によるプラークの付着量が違うという報告29)があるが,本研究では測定対象歯肉に近接するレジン修復物及び金属補綴物に顕著なプラークの付着は認めなかった。修復物が測定に影響を与えた可能性は低い。

ブラッシング前における歯肉酸素飽和度及び血流

本研究では,BOPが認められた歯肉ではStO2及びHbO2が低値を示した。StO2は,BB群及びB群において,NB群に比べ有意に低い値を示した。BOPの存在は歯肉での炎症を示す4)ことから,BB群及びB群の歯肉は炎症歯肉であり,炎症歯肉では健全歯肉と比べてStO2が低下する,というこれまでの報告7,9-12),30,31)と同様の結果と解釈できる。StO2の低下の原因はHbの増加によるもの7,9,11,30),あるいはHbO2の低下とHbの増加の両方によるもの10,12,31),などが報告されているが,本研究ではHbO2の低下が主な原因であった。これは炎症歯肉では組織での酸素消費が増加した結果を反映したものであると考えられる。また,BB群及びB群では,NB群と比べてBFに有意な差がなかったもののVelが上昇した。Nuki and Hockはイヌの歯肉炎が進むにつれ細静脈が拡張し細動脈が収縮することを確認しているが32),Poiseuilleの法則から,流量は血管径の4乗に比例するとされているので,炎症歯肉の細動脈に供給されるBFが変わらずに,細動脈が収縮しその血管径が減少したことで細動脈のVelが増加したと考えられる。

ブラッシングによって生じた歯肉酸素飽和度及び血流の変化

BB群では,StO2が有意に増加した。BB群の歯肉では,ブラッシング前は浮腫状態にありHbO2の流入が滞っていたのが,ブラッシングによって静脈血液及び血漿成分などが押し出されることによって,HbO2が流入し,その結果StO2が増加したと考えられる。埴岡らも,イヌの炎症歯肉に対して,プラーク除去や機械刺激を長期間(15週間)加えることによって,StO2が10%近く上昇したことを報告している15)。今回ブラッシング後にBB群ではVelが減少したが,炎症歯肉では歯肉反射光光電脈波振幅がブラッシング後に低下したという報告に示されるように22),BB群では機械刺激への血管拡張性の神経支配が低下していた可能性がある。

一方,NB群では,ブラッシング後にHbO2とTHbが減少することによってStO2が若干減少した。埴岡らはスタッフや学生の健全歯肉をブラッシングした後のHbO2とHbの変化を観察した結果,ブラッシング直後に共に増加し,その後急速に減少に転じたのちに長時間の増加に転じたことを報告し,こうした減少はブラッシングによる虚血直後に組織が酸素を大量に消費した結果によって生じたものだとしている19)

歯肉の機械的刺激方法としてのブラッシングに関し,埴岡らはヒト及びイヌの歯肉に行うブラッシング圧と時間を調べた結果,200 g重10秒間の条件が血流反応を最も大きく変化させる方法であるとした20,33)。このように測定時間の設定や電動歯ブラシ等による刺激を規格化して行う研究デザインも有用であると考えられるが,本研究ではブラッシング圧を規定せず,被験者が通常行なっているものと同様のブラッシングを行なってもらった。これは被験者に過度なブラシ圧による不快感を与えないための配慮であると共に,日常のブラッシングで生じている血行動態の変化に関する知見を得るためであった。今回のブラッシング圧は,埴岡らの用いたブラッシング圧に比べると低めであったが,日常のブラッシングであってもそれによって短時間内の血流の変化を生じさせるには十分であったと考えられる。

歯肉と指尖皮膚での酸素飽和度及び血流の比較

これまでに,歯肉StO2と全身の血行動態との比較を行ったものはなく,本研究が初めてである。StO2及びBFは測定対象部位による差34)に加え,血圧などの全身の血行動態を反映した個体差6)が存在すると考えられる。例えば,貧血など全身的に血球数が低下した患者では歯肉でも血球数の低下が予想され,呼吸器系の機能不全からSpO2が低下した患者では歯肉でのStO2の低下が予想される。本研究では指尖の皮膚での測定結果を比較基準として,歯肉での測定値を指尖での値に対する相対値(比)で表すことで,こうした全身の血行動態の個体差の低減を試みた。その結果,歯肉のStO2の相対値はNB群では1.0前後で,B群,BB群では0.9前後と減少した。他の相対値は,NB群ではHbO2,Hb,THbが1以下の値を示した一方で,BF及びVelは中央値で1.5及び2.5程度であった。すなわち,今回測定対象とした歯肉では指尖の皮膚に比べて少ない血球数をVelの増加によってBFを増加させている。歯肉では代謝に必要な酸素の供給には相応のVelが必要とされるため,ブラッシングによる血管拡張反応なども有効であると考えられる。本研究では限られた部位及び観察数での測定結果であり結論付けるのは尚早であるが,指尖を基準として表現した歯肉のStO2相対値は,患者間での血行動態の個体差を低減し,BOPや炎症の有無を示す可能性がある。

本研究の臨床的意義

BOPは炎症指標として簡易でかつ有用であるが,今回の研究でブラッシング前のStO2値がBOPの有無による歯肉の群間で有意な差を示したことは,StO2値がBOPの有無を推定する代替手段となる可能性及び歯肉局所の炎症の程度を非接触診断できる可能性を示している。また,臨床応用を考えた場合,BFとStO2を同時に測定せずともStO2のみの測定でも必要な情報が得られるのかもしれない。日常行っているブラッシング直後のStO2及び血流の変化がBOPの有無によって異なっていたことは,ブラッシングの際の反応性がBOPの有無を検出する手段,すなわち炎症歯肉と健全歯肉との違いを診断できる可能性を示している。本研究で対象とした歯肉部位に急性炎症を示したものは無く,測定部位はBOPがあってもいわゆる慢性の歯周炎であった。自発痛あるいは自然出血が認められるような急性炎症歯肉では,BFやTHbが増加することが考えられるので,様々な状態の歯肉での測定に興味が持たれる。

本研究で示した測定法では,測定範囲には最も炎症が進行していると想像されるポケット底部付近の組織だけではなく,プローブ断端とポケット底部との間に存在する軽度炎症組織や健全な歯周組織も測定結果にある程度含んでいたと考えられる。最も炎症が進行した組織のみを反映した結果を得るためには,ポケット内に測定プローブを挿入しなければならないのかもしれないが35),今回示した測定方法及び結果の解析方法でも歯肉の炎症の診断に必要な情報を十分に得る可能性が示されたと解釈できる。

今後臨床応用するにあたり現時点では機器が高価であり,一箇所15秒を要する検査システムを一般臨床現場に普及させることは難しいと考えられる。むしろ,歯科外来検査が行えない周術期患者や寝たきり高齢者の口腔内の急性炎症と全身への影響を調査する研究などに有効かもしれない。今回の研究で示したいわゆる非接触測定は,患者にポケット探針挿入の痛みを与えないという大きな利点を有しており,患者にとっては多大な利益であることは間違いない。近年,新しいウェラブル端末の装置の研究が報告されており,ウェアブル端末による健康管理について注目されている36)。本研究での血行動態の測定は非接触測定で無侵襲であり,将来的にはウェアブル端末として患者自身が測定し健康管理するシステムに応用される可能性がある。全顎的な歯周炎の指標となるPISA37)と比較し,簡便性とコスト面に課題は残るが,非接触・低侵襲性で局所診断が可能な血行動態検査の特徴を生かし,今後の臨床応用を検討していく必要がある。

結論

本研究では,ヒトの健全及び炎症歯肉でStO2とBFを同時測定し,歯肉の炎症の有無や程度によってこれら血行動態が異なることを明らかにした。また,ブラッシング前及びブラッシング後の測定値の変化などから,歯肉血行動態の測定が歯肉局所炎症の程度の定量的評価法となる可能性を示唆した。

謝辞

稿を終えるにあたり,多大なご指導とご高閲を賜りました東北大学大学院歯学研究科口腔生物学講座歯内歯周治療学分野教授,山田聡博士に深く感謝の意を表します。本研究の遂行において,終始細部にわたるご指導を頂きました歯内歯周治療学分野助教,井川資英博士に甚大なる感謝を捧げます。さらに,研究に際しご支援,ご協力頂きました歯内歯周治療学分野教室員各位に厚くお礼申し上げます。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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