日本歯周病学会会誌
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症例報告
歯科衛生士による糖尿病を有する歯周病患者の長期管理症例
岡部 早苗長野 孝俊五味 一博
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2020 年 62 巻 4 号 p. 225-233

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要旨

歯周病は感染症であると同時に生活習慣病であり,様々な全身疾患と関わりを持つ疾患である。特に糖尿病とは相互に影響を与えるなど密接な関わりがある。本症例は,2型糖尿病を有する広汎型重度慢性歯周炎患者に対し,17年間定期的な管理,良好なコミュニケーションを継続し,安定した状態を維持している一症例を報告する。

患者は40歳男性で,2001年11月に歯周病治療を希望し当院を紹介され来院した。来院1年半前に2型糖尿病と診断され,糖尿病に伴う右足壊疽を生じ膝下から切断,義足となった。口腔内は全顎にわたり,歯肉腫脹,歯石の沈着が認められ口腔清掃状態は不良であった。全顎的に水平性骨吸収が見られ,一部高度な歯槽骨吸収が認められた。ブラッシング習慣もなかったことから,頻回の口腔衛生指導でセルフケアを確立し,さらに歯周病と糖尿病の関連性を説明したことにより,口腔清掃に対するモチベーション向上に繋がった。スケーリング・ルートプレーニング(SRP)時にはテトラサイクリン系抗菌薬を投与し,歯周ポケット内の細菌叢改善を期待した。感染や創傷治癒不良なども考慮し歯周外科治療は行わず,口腔機能回復治療を行った。歯周組織の改善が見られ,初診から約1年かけSPT(Supportive Periodontal Therapy)に移行した。長期的な管理の中ではHbA1c値が安定しない時期もあったが,患者の状況に合わせ来院間隔や清掃用具を考慮しながら,現在まで17年間喪失歯もなく安定した状態で維持できている。

緒言

糖尿病は,インスリンの分泌低下あるいはインスリン抵抗性の亢進により血糖値が高くなり,様々な代謝障害を生じる疾患であり,合併症も多く歯周病は6番目の合併症といわれている。歯周病の炎症が持続することにより血糖をコントロールするホルモンであるインスリンの働きを妨げ,糖尿病を悪化させるが,歯周治療をすることでインスリンの抵抗性が改善されることが示唆されている1-4)。糖尿病患者は厚生労働省の国民健康・栄養調査(2017年)によると約2000万人と推計されており,健常者と比較して有意に歯周病を発症するリスクが高いとされている1,2)

糖尿病を有する重度慢性歯周炎患者は糖尿病の状態を絶えず確認し,その都度適切に対応しながら長期的な歯周治療と口腔衛生管理を行うことが必要となる。

本症例は患者が歯周病と糖尿病との関連性を理解することでモチベーションの向上につながり,口腔衛生指導や歯周治療に関して丁寧な説明を行うことで信頼関係が構築できたことにより長期にわたる継続的な管理も可能となった。また,HbA1c値が安定しない時期には患者の状況に合わせ来院間隔や清掃用具を考慮しながら,現在まで17年間喪失歯もなく安定した状態を維持し,サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT,歯周病安定期治療)を継続している症例について報告する。

なお,本症例の論文掲載については患者の同意を得ている。

症例

患者:40歳 男性 音楽演奏家 非喫煙者

初診:2001年11月

主訴:歯周病を治療したい

現病歴:2~3年前から歯のぐらつきが気になり始めていたが放置していた。最近口臭が気になり,友人に当院を紹介され本格的な歯周病治療を希望し来院した。

既往歴:2型糖尿病(初診時HbA1c 6.2%)。来院1年半前頃より体調不良を感じていた。2000年5月に低血糖性の昏睡を生じ入院,その時初めて糖尿病と気づいた(入院時HbA1c 14.1%)。糖尿病に伴う右足の壊疽を生じ,膝下から切断。2000年10月に退院後,義足を作りリハビリを開始した(歩行時,杖使用)。

治療:インスリン注射,食事療法,運動療法(体幹トレーニング)

患者背景:患者は仕事が忙しくプレッシャーやストレスもかなりあった。楽器を演奏する仕事で長期的な演奏会があると午前中は練習,午後から夜遅くまで仕事のため,生活リズムも日々違い食生活も乱れていた。糖尿病治療で内科や眼科は受診するも歯科にはかかっておらず,口腔内にはあまり興味がなかった。このような状況からブラッシング習慣もなく1日1回,もしくは磨かない日もあった。

1. 現症

1) 口腔内所見(図1

16,22,32,36,37の欠損,17の残根,22は先欠であった。32は数か月前に脱落したが,これは患者が楽器奏者(ベース)で演奏時にクレンチング習癖があり,咬合性外傷が原因で脱落したと考えられる。O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)は73.9%でプラークの付着量も多く,全顎的に歯肉の腫脹,歯肉退縮,歯石の沈着,カリエスが認められた。

図1

初診時の口腔内写真(2001年11月)

2) エックス線所見(図2

全顎的に水平性骨吸収が認められ,31,43は高度な歯槽骨吸収が認められた。

図2

初診時のデンタルエックス線写真

3) 歯周組織所見(図3

全顎的に深い歯周ポケットが認められ,4 mm以上の歯周ポケットは38.4%でプロービング時の出血(BOP)は38.4%であった。PISA(Periodontal Inflamed Surface Area:歯周ポケット炎症面積)は600.7 mm2で高い値を示した。

図3

初診時の歯周組織検査結果

2. 診断

広汎型重度慢性歯周炎,歯周炎ステージIV,グレードC

3. 治療計画

1)歯周基本治療(抗菌薬を併用したSRP)

2)再評価

糖尿病患者のため感染や創傷治癒不良なども考慮し歯周外科処置は行わないこととした。

3)口腔機能回復治療

矯正治療(義歯鉤歯にするため35舌側傾斜改善と口腔清掃性改善のため)・義歯の製作

4)再評価

5)SPT

4. 治療経過

1) 歯周基本治療/2001年11月~

1) 患者への対応

歯周病の原因について説明し,さらに歯周病と糖尿病とには双方向の関連性があること1,5)を丁寧に説明した。患者は糖尿病と歯周病との間に関連のあることを知り大変驚いていた。口腔内に関心がなくブラッシング習慣がなかったため,頻回の口腔衛生指導を行った。染め出しを行いプラークの付着状況を確認し,視覚からもセルフケアの必要性を促した。また,歯周組織検査のプロービングデプス(PD),BOP,動揺やPCRなどの検査方法やその目的および評価法を伝え,歯周治療に対する患者の不安感を少しでも取り除き,患者とのコミュニケーションを図りながら診療を行えるよう配慮した。来院時には体調,糖尿病の状態(HbA1c値,血糖値など),仕事のこと,生活環境の変化なども問診,記録し,生活背景を把握することに努めた。

2) 口腔衛生指導

初診時のPCRは73.9%で20%を目標にブラッシングすることを伝えた。患者は大きい歯ブラシを使用していたため,適正な歯ブラシの選択と初めて使用する歯間ブラシの使用法について説明した。ブラッシング習慣がなかったことから,操作が容易なスクラッビング法にて,歯と歯肉の境目に歯ブラシを沿わせ小刻みに動かすこと,またタフトブラシも併用し,歯ブラシの毛先が届きにくい28の頬側,遠心面や15,35の遠心面,下顎舌側の歯間部に使用するよう指導した。歯間ブラシは部位ごとにサイズ(S・M・L)を変えることを説明し,鏡を見ながら歯肉を傷つけないように斜めに挿入し,歯面に沿わせて往復させるよう指導した。前歯部から行い,徐々に範囲を広げていった。根面露出している下顎前歯部は,歯ブラシの当て方や歯間ブラシの動かし方に注意するよう指導した。患者は好奇心旺盛な性格から初めて使用する歯間ブラシに大変興味を持ち,指導に熱心に耳を傾けていた。

3) スケーリング・ルートプレーニング(SRP)

TBIを継続しながら歯肉縁上のスケーリングを行った。その後担当医の指示のもと,浸潤麻酔下にてプローブやエックス線写真で根面形態を確認しながらSRPを行った。SRP後に抗菌薬(テトラサイクリン系)の投与を行った。これは,Liaw Aら6)のSRP時に抗菌薬を併用すると5 mm以上の深い歯周ポケットではPDおよびアタッチメントゲイン量は有意に改善されるという報告に従った。本症例では感染に抵抗性の少ない糖尿病患者であること7),初診時に4 mmを超える深い歯周ポケットが38.4%存在していることなどからSRP後に抗菌薬の投与を行った。抗菌薬としてテトラサイクリン系抗菌薬を使用したのは薬効成分が血中より歯肉溝滲出液に多く検出される8)ことが知られているからである。

2) 再評価/2002年2月

4 mm以上のポケットは6.5%,BOPは6.5%,PISAは53.2 mm2と減少が認められた。歯肉の状態はBOPも減り,炎症もかなり治まった。PCRは57.6%とやや高めだが,ブラッシングの習慣は定着してきている。来院毎に染め出しを行い,プラークの付着状況を確認することで患者のブラッシングの癖などを把握できた。隣接面と最後臼歯の磨き残しが見られた。歯間ブラシの使用法に問題があることがわかり,再指導を行った。

3) 口腔機能回復処置/2002年3月~12月

口腔外科において17(残根),48(智歯周囲炎)の抜歯を行った。担当医によるカリエス治療を行い,炎症が改善されたことを確認したのちにマルチブラケットによる下顎矯正治療を行った。矯正治療は義歯鉤歯とするため35の舌側傾斜の改善及び前歯部の口腔清掃性改善を目的とした。矯正治療終了後,32の人工歯追加,下顎前歯エナメルボンディング固定,14,15と34,35それぞれ動揺のためワイヤーレジン固定を行った。補綴科において上下顎の部分床義歯を製作,装着した。部分床義歯装着後に義歯の清掃法についても指導を行った。

4) 再評価/2002年12月(図4・図5

4 mm以上の歯周ポケットは7%,BOPは6.5%,PISAは53.2 mm2 になり,歯肉退縮はあるが,腫脹もなく歯周組織も改善がみられた。PCRは33.7%であった。2月の再評価以降徐々に減少し,PCRは20%台前後で経過している。

患者は「歯間ブラシを食後にしないと気持ちが悪い」と言うようになり,1日3回食後のブラッシングや歯間ブラシの使用も習慣が確立され,セルフケアが定着した。話す機会も増えたことにより,お互いにセルフケアに関して多くのことを考えるようになった。

図4

SPT移行時・義歯装着時の口腔内写真・デンタルエックス線写真(2012年12月)

図5

SPT移行時の歯周組織検査結果(2012年12月)

5) SPT/2002年12月~現在も継続

歯周組織は改善がみられ,PCR値は20~30%とやや高めの数値ではあるがBOPも減り,HbA1c値は6~7%に安定していることから,SPTに移行した。患者のプラークコントロールが確実に行えるように,歯にはそれぞれ様々な形態がある事,根面が露出している事,豊隆がある事など時間をかけて細かく説明し,歯ブラシの当て方や歯間ブラシの使用法について再指導した。歯肉縁下に対しては非付着性プラークを含む細菌叢を除去し改善するために歯周ポケット内のイリゲーション(超音波デブライトメント)を行い3),再発しない環境を維持している。ブラッシングに加え,根面う蝕予防のためにフッ素洗口剤を勧めたが,味がまずいということで長期的な使用には至らず,フッ素配合(IPM・CPC配合)ジェル(システマ薬用歯間ジェル+フッ素,LION)を歯間ブラシに塗布して使用するよう勧めた。また,染め出しや口腔内写真は比較ができるため患者に提示することでモチベーション維持にも繋がった。

2012年頃から歯ブラシは接触面積が広い幅広ヘッドのDENT.EXシステマgenki j(LION)を提案したところ,「歯にフィットし磨きやすい」ということで継続して使用している。歯間ブラシはS・M・Lサイズに加え,下顎前歯部用に3 L(TePe社)を追加した(図6)。また,現在では高濃度フッ素(1450 ppm)配合の歯磨剤(システマSP-Tジェル,LION)も使用している。

HbA1cの値は初診時から6~7%と安定していたが,2013年後半から8~9%になり2016年には母親の介護も加わり,自身の体調管理もうまくコントロールできない状態になった(図7)。また,精神面でも仕事のストレスや介護疲れで気持ち的に下がる(うつ)状態になることもあった。この時にはこれまで以上に患者の話に耳を傾け話を聞くことを心掛けた。SPTの間隔は1か月半~2か月であったが,HbA1c値が上がり始めたころからは1か月~1か月半の間隔にし,口腔内や体調の変化に留意した1,9)

SPT中の2018年2月の歯周組織検査結果は,4 mm以上の歯周ポケットは1%,BOPは0%であり,悪化することなく維持されていた。PISAに関しては0 mm2であり極めて良好な状態を示した。PCRは23.9%であった。仕事などで疲れるとプラークコントロールの低下がみられることがあるが,20%前後を維持できるようサポートを心掛けている。

患者は,SPT中も指示した間隔で継続して来院し,定期的なプロフェッショナルケアができたことにより,初診時から17年経過し,喪失した歯もなく歯周組織も安定した状態で管理できている(図8)。

図6

初診時と現在の口腔清掃用具と使用状況

図7

2008年から2018年までのHbA1c値の推移

図8

SPT中口腔内写真・デンタルエックス線写真・歯周組織検査結果(2018年2月)

考察

患者は,足の切断という大きな痛手を引き起こした糖尿病が歯周病と大きく関連していることを知り,さらに歯周病の原因を理解したことで口腔衛生への意識改革に繋がり,積極的にセルフケアに取り組む環境が構築された。また歯周組織検査の意味を知ることで,リスクがどこにあるかを一緒に確認するようになり,セルフケアの向上やモチベーション維持にもなったと考えられる。リコール時にはHbA1cの値の変化と生活環境について聴取を行い患者の背景を把握することに努めながら,信頼関係を築いたことで途絶えることなく定期的に来院し,現在まで喪失歯もなく良好な口腔環境を維持できている。

毎回の体調の確認は早期の介入やリコール間隔を考える上で重要であった。今後も全身状態や生活背景を考慮し,モチベーション維持のために患者を支援し,継続的にSPTを行う必要があると考えている。また,歯周組織の状況を判断するうえで歯周ポケットの深さとプロービング時の出血から算出される歯周炎症表面積PISAは,歯周治療が進むに従い数値が低下することから10,11),歯科衛生士にとっても,患者にとっても炎症の状態を知る上でわかりやすい指標であると思われる。特に糖尿病患者では炎症の状態を把握することが重要であることからPISAは有用な指標であると考えられた。

本症例を通じて歯周病に対する長期的管理を継続していくことは,歯周病の治療,予防のみならず患者の全身の健康に大きく貢献できることを実感することができた。

まとめ

長期的な管理は,回復した歯周組織や定着したセルフケアを維持するために定期的なSPTが重要である。患者のモチベーションの低下や健康上の理由から管理が中断されることも懸念されるが,患者の健康状態や口腔内の状態および精神状態を把握し,どのようなアプローチをすれば成果が得られるか考えることが必要と思われる。これにより,患者と共にリスクの改善方法を考えていくことにより,糖尿病というリスクを抱えていても病状の安定が維持できると考える。

なお,本症例報告は第62回春季日本歯周病学会学術大会(2019年5月25日)においてポスター発表した内容に一部追加を行い掲載致しました。

謝辞

本稿を終えるにあたり,ご指導いただきました鶴見大学歯学部歯周病学講座五味一博教授,長野孝俊准教授に心より感謝申し上げます。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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