2022 年 64 巻 1 号 p. 39-49
知的能力障害を伴う重度侵襲性歯周炎患者に対して,全身麻酔下での全顎のスケーリング・ルートプレーニング(SRP)と患者・介助者に対するホームケアの支援を行い,良好な経過を得た症例について報告する。
患者は25歳女性で,歯肉が腫れているという主訴で来院した。口腔内は全顎的にプラークの付着と歯肉の炎症を伴う深い歯周ポケットを認めた。知的能力障害により患者自身でのブラッシングが不十分であったが,これまで患者に対するセルフケアの支援や介助者の介入はなかった。プロービング時に痛みを訴え歯科適応は困難であった。歯周治療は抗菌療法を併用し,全身麻酔下で一度に全顎のSRPを行った。その後,病状が安定したため1ヶ月間隔のサポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)に移行した。SPT中は,患者に対するセルフケアの支援と介助者に対するブラッシング指導を継続して行った。その結果,患者と介助者共にブラッシングの習慣化とプラークコントロールの向上を認め,歯周組織は大幅に改善した。歯周組織の改善に伴い歯科適応も向上した。現在,SPT移行後約3年が経過しているが,歯周組織は安定して維持している。本症例から,知的能力障害を伴う重度侵襲性歯周炎患者に対するホームケアの支援および非外科的歯周治療と短期間でのSPTは,歯周組織の改善と歯科適応の向上に有効であることが示唆された。
侵襲性歯周炎は,発症年齢が若く,年齢やプラークの付着量に比較して急速な歯周組織破壊を特徴とする歯周炎である。また,家族内集積性を認め,生体防御機能や免疫反応の異常といった宿主因子の影響が強く,歯周治療の予後が不良となりやすい1)。
侵襲性歯周炎のプラーク付着量は少ないとされるが,セルフケアが困難となりやすい障害者の場合は,プラークコントロールが不良で若年齢から重度に歯周病が進行していることが少なくない。このような場合では細菌性因子が優位であることも考えられ,慢性歯周炎患者と同様に,歯周病の病原因子を排除するための歯周基本治療が重要となる。加えて,広汎型侵襲性歯周炎などの進行した歯周炎に対しては,深い歯周ポケットの減少効果や歯周病原細菌の抑制効果を期待して,スケーリング・ルートプレーニング(SRP)と抗菌薬の経口投与を併用することも推奨されている2)。
障害者への歯周治療で特に難しいことは,セルフケアの確立である。人のブラッシング動作には一定の発達順序があり,発達段階や知的機能との関連が大きいとされている3)。そのため,知的能力障害や運動機能障害があると機能的なブラッシング動作を獲得することが困難となりやすく,対象者の機能や能力に応じた支援が必要となる。また,技術的な習熟が困難な場合は,他者による介助が必要となる。
今回,知的能力障害を伴う侵襲性歯周炎患者に対して,全身麻酔下での全顎のSRPと患者・介助者に対するホームケアの支援を行い,良好な経過を得た症例を報告する。
なお,論文掲載については,患者および保護者に十分な説明を行い文書により同意を得ている。
患者:25歳,女性
主訴:歯肉が腫れている
初診日:2016年7月
現病歴:23歳時に下顎前歯部の歯肉腫脹に母親が気づくが,患者の口腔内の現状を知る怖さから放置していた。
家族歴:母親と妹は,歯周病の既往はないが,ブラッシング時の出血を自覚している。
歯科既往歴:8-10歳時に矯正治療で一般歯科医院に通院する。#12,22,34,44の便宜抜歯を行った際,激しい体動で拒否を示したため身体抑制下で処置が行われた。動的矯正治療終了以降は,歯科通院をしていなかった。25歳時に近隣の一般歯科医院を受診するも,患者がスケーリングに拒否を示し大学病院の小児歯科を紹介された。大学病院にて歯周治療の必要性を説明され,東京都立心身障害者口腔保健センターを紹介された。
全身既往歴:1歳時に発熱によるけいれんを起こし,3歳で脳室周囲白質軟化症,知的能力障害の診断を受ける。25歳時の知能検査(コース立方体組み合わせテスト)ではIntelligence quotient(IQ)51,発達検査(S-M社会生活能力検査)では,社会生活年齢6歳8ヵ月であった。機能的自立度評価法(Functional Independence Measure:FIM)では,認知項目のコミュニケーションにおいて,簡単な日常会話は概ね理解可能だが,複雑な指示や抽象的な表現は理解困難であった。運動項目においては概ね完全自立であったが,整容や更衣の項目では手指の微細運動を苦手とし,歯磨きや靴紐を結ぶ動作で介助の必要があった。
口腔衛生:セルフケアは1日2回行っている。音波振動歯ブラシ(SPREEDENTⓇ,日本アムウェイ合同会社,東京)を使用して,上下左右の咬合面と前歯部切端を2-3秒ずつ磨く。口頭での左右,表裏は理解困難だが,絵や模型で視覚的に示すと理解可能であった。これまで患者に対し,専門家や母親によるセルフケアの支援や,ブラッシングの介助は行われていなかった。
歯科適応:プロービング時に痛みを訴え,手の挙上や体動により強い拒否を示す。
全顎的に歯頸部や歯間部にプラークの付着を認め,O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)は88.5%であった。下顎前歯部に歯肉退縮と歯間乳頭部歯肉の腫脹,歯肉縁上歯石の沈着を認めた。#11,13,21にワイヤーとレジンによる暫間固定と上顎前歯部の歯間空隙,#12,22,34,44の欠損を認めた(図1)。

初診時口腔内写真(2016年7月)
全顎的に歯槽硬線の消失および中等度の水平性骨吸収,歯肉縁下歯石の沈着を認めた。#14,26,27,33,36,41,43,46に垂直性骨吸収,#16,26,27,36,46に根分岐部病変を認めた(図2)。

初診時デンタルエックス線写真(2016年7月)
プロービングポケットデプス(PPD)は平均5.2 mmで,4-5 mmは47.2%,6 mm以上は38.2%,プロービング時の出血(Bleeding on probing:BOP)は73.6%であった。歯の動揺は,#15,31,35,36,43がMillerの分類でI度,#41,42はIII度であった(図3)。

初診時歯周組織検査結果(2016年7月)
検査は,#11遠心の歯周ポケットから滅菌ペーパーポイントで採取し,PCR-Invader法で行った。総細菌数(実数値)は12,000,対総菌数比率はAggregatibacter acutinomycetemcomitans(A. acutinomycetemcomitans)0.00%,Porphyromonas gingivalis(P. gingivalis)0.00%,Tannerella forsythia(T. forsythia)10.00%,Treponema denticola(T. denticola)0.22%であった。
広汎型侵襲性歯周炎 ステージIIIグレードC
治療方針として,口腔衛生指導は,患者の機能や能力に応じたセルフケアの支援と母親に対してブラッシング介助の指導を行い,プラークコントロールの確立を目指すこととした。また,歯科適応から患者の負担を考慮し,歯周治療は全身麻酔下で行い,歯周外科は行わず短期間でのサポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)に移行することとした。
(1)口腔衛生指導
(2)全身麻酔下で抗菌療法を併用した全顎SRP
2) 再評価 3) SPT患者に対するセルフケアの支援は,ブラッシング動作を認知機能・運動機能・情意機能の三領域から分析・評価4)をして行った。認知機能と情意機能へのアプローチとして視覚支援媒体を使用した。視覚支援媒体は,全顎を16ブロックに分けた1枚ずつの絵カードを作成した(図4)。咬合面と唇頬側,前歯部舌口蓋側が磨けることを目標に,磨く部位を色で示し,1ブロック磨いたら次の絵カードをめくる方式とした。運動機能に対しては,患者が持参した音波振動歯ブラシの使用を継続し,各歯面に対する歯ブラシの当て方・動かし方を指導した。また,指導時には母親に同席してもらい,自宅では母親の指示のもと同様の方法で支援してもらった。
母親に対するブラッシング介助の指導では,まず検査結果と共に患者の口腔内を見せ,歯周病の原因,症状,口腔内の現状について説明し理解を得た。また,患者は年齢と比較して歯周組織破壊が急速であり,歯周病に対する感受性が高いことを伝え,ホームケアの改善と定期的な通院の重要性を説明した。次に,実際に患者の口腔内を母親に磨いてもらい,ブラッシング介助の技術を確認した。患者の受け入れに問題はないが,母親が下顎前歯部の動揺や出血を怖がったため,臼歯部から指導を開始した。また,口腔内が観察しやすい姿勢,口唇と頬粘膜の排除方法,音波振動歯ブラシの歯面への当て方,動かし方を指導した。歯間ブラシ(ルミデント歯間ブラシⓇ,クルツァージャパン株式会社,東京)は,部位ごとに必要なサイズ(SS,S)を説明し,一歯ずつの挿入方法や隣接面それぞれに沿わせて動かすよう指導し,歯ブラシと同様に臼歯部から使用を開始した。ブラッシング介助を怖がる母親に対し,歯科衛生士が手本を見せた後に手添えで補助をしながら母親に磨いてもらい,少しずつ前歯部へと範囲を広げるよう段階的に指導を進めた。歯磨剤は,SRP後の象牙質知覚過敏症予防のため,シュミテクト歯周病ケアⓇ(グラクソ・スミスクライン・コンシューマー・ヘルスケア・ジャパン株式会社,東京)の使用を指導した。

視覚支援媒体
抗菌薬アジスロマイシン(ジスロマックⓇSR成人用ドライシロップ2 g,ファイザー株式会社,東京)を施術日の2日前に経口投与した。
全身麻酔はセボフルランで緩徐導入後に静脈路確保し,笑気,酸素,セボフルランで維持した。
術中は,歯周組織検査後に全顎の処置を行った。まず,超音波スケーラー(スプラソンP-MAX2Ⓡ,白水貿易株式会社,大阪)のスケーリングチップ#1Ⓡを使用し,歯肉縁上スケーリングを行った。次に,歯周ポケット内も同様にスケーリングチップ#1Ⓡを使用し,チップが到達できる範囲までの歯肉縁下スケーリングを行った。深い歯周ポケットや根分岐部に対しては,ペリオチップH4RⓇ,H4LⓇ,TKI-1SⓇ,TK2-1 LⓇとグレーシーキュレットを併用して全顎のSRPを行った。#11,13,21の暫間固定は,母親の要望により除去しないこととした。麻酔時間は4時間10分であった。
3) 全身麻酔下での治療後から再評価まで(2016年8月から2016年12月)全身麻酔下での全顎SRP後,発熱などの偶発症は認めなかった。象牙質知覚過敏症が生じたが術後3ヶ月で消失した。2016年9月に#41が自然脱落した。プロフェッショナルケアは,術後2-3週間間隔で4回の歯肉縁上スケーリングとProfessional mechanical tooth cleaning(PMTC)を行った。来院時には,患者と母親に口腔衛生指導を継続して行った。患者は視覚支援媒体を使用し,咬合面と前歯部唇側のブラッシングが定着したが,臼歯部頬側面のストロークが安定しないため,手添えで補助をしながら適切な動きを指導した。母親は前歯部のブラッシング介助が可能となり,歯間ブラシも全顎使用可能となった。
2) 再評価(2016年12月)PCR63.0%,PPD平均2.2 mm,4-5 mm6.5%,6 mm以上0%,BOP26.8%で,歯周組織の大幅な改善を認めた。#42に4 mm,#43に5 mmのBOPを伴う歯周ポケットを認めた。プロービング時に痛みの訴えはなく,体動が消失し,通法下での測定が可能であった。PCRの値が高いため,母親に対して,歯根露出面への歯ブラシの当て方や歯間空隙の変化に合わせて歯間ブラシをS,Mサイズに変更するよう指導した。
3) 再歯肉縁下デブライドメント(2017年1月)#42,43の再歯肉縁下デブライドメントは,超音波スケーラーを使用し,根面の状態を触知しながら無麻酔下で行った。また,患者が歯科診療に抱く不安や恐怖心に対し,系統的脱感作やTell-Show-Do法,オペラント条件付けなどの行動療法を応用し,その軽減を図った。
4) 再評価(2017年3月),SPT移行時PCR50.0%,PPD平均2.1 mm,4-5 mm4.3%,6 mm以上0%,BOP18.8%で,PCRは高値だが減少傾向にあり,PPDとBOPは更なる改善を認めた(図5, 6)。エックス線所見は,全顎的に歯槽硬線が明瞭化し,#26垂直性骨吸収部と#36,46根分岐部病変部の不透過性の亢進所見を認めた(図7)。患者は診療中に「痛くない」という発言が増え,プロフェッショナルケアに対して積極的に協力するようになった。ブラッシングは患者が1日3回,母親による介助が1日1回に習慣化した。母親は「娘の口がきれいになった。良くなって本当に嬉しい」と口腔内の変化を実感し,「歯磨きをもっと頑張りたい」とホームケアに対する意欲が向上した。全顎的に歯周組織の病状が安定したため,臼歯部や隣接面のプラークコントロールを継続課題として1ヶ月間隔のSPTに移行した。

SPT移行時口腔内写真(2017年3月)

SPT移行時歯周組織検査結果(2017年3月)

SPT移行時デンタルエックス線写真(2017年3月)
SPTは,再動機づけ,口腔衛生指導,PMTC,歯肉縁上スケーリング,4 mm以上の歯周ポケット残存部位に対する歯肉縁下デブライドメントを継続し,1年毎に再評価の歯周組織検査を行った。
口腔衛生指導では,根面う蝕予防のため,高濃度フッ素(1450 ppm)配合ジェル(Check-Up rootcareⓇ,ライオン歯科材株式会社,東京)を使用し,特に歯根露出部は歯間ブラシを使用してジェルを届かせるよう指導した。歯間ブラシは歯間乳頭部歯肉の回復5)も考慮してSSとMサイズの使い分けに変更し,歯肉にあまり押し付けないよう隣接面に沿ってゆっくり動かすよう指導した。患者に対するブラッシングの支援も来院毎に継続して行った。SPT移行1年後には,患者自身で視覚支援媒体を用いて1枚ずつめくりながら順番に磨くことができ,臼歯部頬側と前歯部舌口蓋側も安定したストロークでブラッシングが可能となった。
2018年6月頃から平日はグループホーム(共同生活援助)に入所となり,週末のみ自宅に戻る生活となった。入所直後にプラークコントロールの状態は悪化し,PCRが92.4%まで上昇したことから,母親と相談して施設職員への指導を開始した。歯科通院の付き添いとして施設職員1名に来院してもらい,これまでの歯周治療経過,患者自身のブラッシング能力,ブラッシング介助の必要性と介助方法について指導した。また,職員は交代制で複数いることから,歯間ブラシのサイズと使用方法について説明用媒体を作成し,職員間での情報共有を依頼した。計3回の指導後にPCRは68.5%となり,その後も来院毎に,口腔内状況やプラーク付着部位を用紙に記入し母親を介して伝達することで,徐々にプラークコントロールの改善を認めた。セルフケアにおいては,施設の自室に視覚支援媒体の設置を依頼し,継続を促した。
2018年11月より#11根尖付近に瘻孔の形成を認めたが,エックス線写真では該当所見が確認できず経過を見ることとした。その後#11の明らかな変色を認め,2020年3月に感染根管治療を行い瘻孔は消失した。
2020年6月,SPT移行後3年4ヵ月の再評価において,患者と母親,施設職員によるブラッシング習慣が継続されており,PCR34.8%,PPD平均2.2 mm,4-5 mm4.3%,6 mm以上0%,BOP21.7%で歯周組織は安定して維持している(図8, 9)。エックス線所見では,14垂直性骨吸収部の不透過性の亢進所見を認めた(図10)。歯周病関連細菌検査では,総細菌数(実数値)は35,000,対総菌数比率はA. acutinomycetemcomitans 0.00%,P. gingivalis 0.00%,T. forsythia 0.19%,T. denticola 3.71%であった。

SPT時口腔内写真(2020年6月)

SPT時歯周組織検査結果(2020年6月)

SPT時デンタルエックス線写真(2020年6月)
本症例は,年齢に比較して急速な歯周組織破壊が認められ,侵襲性歯周炎と診断した。侵襲性歯周炎はプラーク付着量が少ないとされるが,本症例の初診時のPCRは高値を示していた。障害者の場合,知的能力障害や運動機能障害によりプラークコントロールが不良であることが多い6,7)。障害の程度が著しいほど介助者の存在が必要となるが,自分で歯ブラシを口に入れて動かしていれば介助は不要とみなされてしまう場合もある7)。本症例も知的能力障害によりセルフケアが困難だったが,これまでブラッシングの支援や介助者の介入がなく,長期にわたってプラークコントロールが不十分な状態であった。そのため,宿主因子に加え,歯周病原細菌が強く関与することで歯周病の急速な進行につながったと考えられた。
そこで,患者に対するブラッシングの支援と並行して,保護者に対して指導することにより,プラークコントロールの改善を行った。患者のブラッシング動作を引き出せた要因として,発達段階を評価し,機能や能力に応じた支援を行った点が挙げられる。知的能力障害児のブラッシング行動において,基本的習慣の発達年齢が3歳2カ月以上であれば,磨けることを期待したブラッシング指導が有効であると報告されている8)。また,障害者のブラッシングを支援するには,ブラッシング動作を認知機能・運動機能・情意機能の三領域から捉え,患者の能力を評価したうえで支援方法を検討することが重要である4)。本症例は,IQ51,社会生活年齢6歳8ヵ月で,指導効果の期待できる発達段階にあった。認知機能に対する支援では,基本的習慣の発達年齢が4歳以上の者は視覚支援による指導効果が高いとされており9),ピアジェの理論における思考の発達段階10)が直感的思考の時期であることから,視覚支援媒体を用いて,ブラッシング動作の習熟と歯磨きの目的の理解を促すこととした。視覚支援媒体の磨く順序は,ブラッシング行動におけるレディネス11)を基に下顎臼歯部咬合面から開始し,頬側,舌口蓋側へと徐々に難易度が上がるよう配列した。視覚支援媒体は,情意機能の支援にも活用した。行動療法において,声かけなどの言語プロンプトや,絵や模型などの視覚的プロンプトは,適切な行動を引き出すための刺激として用いられる12)。さらに,反応後に強化刺激を即時に与えることによって行動の生起率が高まるとされている12)。本症例の場合も,磨く部位や順序,終了の目安を視覚的に提示することで,ブラッシングに対する自発的行動を引き出し,適切な行動に対しては称賛という社会的強化子を即時に与えたことにより,意欲や集中力,持続力につながったと考えられた。運動機能に対する支援では,実際のブラッシング動作やFIMの検査結果から,手指の微細運動が苦手であると評価し,患者が持参した音波振動歯ブラシの使用を継続した。佐藤ら13)は,手用歯ブラシでのPlaque Index(PlI)が著しく高い被験者は電動歯ブラシの使用が有効であり,手用歯ブラシで十分なブラッシング効果が得られず,特定の部位にプラークが残りやすい者が電動歯ブラシの最適応患者であると報告している。また,Hellstadiusら14)は,手用歯ブラシで十分な効果が得られないLow complianceのメインテナンス患者に対し,3~6ヵ月間電動歯ブラシを応用した結果,プラークスコアの改善を認めたと報告している。このように,ブラッシング動作に必要な各領域に対し,患者に合わせた指導計画の立案と,取り組みやすい内容から段階的に指導を進めたことで,適切なブラッシング動作を引き出せたと考えられる。しかし,すべての部位を患者一人で磨けるようになったわけではない。柿木ら15)は,知的障害者の歯垢除去率はIQと相関があると指摘し,最も除去率が低くIQを必要とする部位は上顎口蓋側であり,知的障害の程度を考慮した歯科保健指導が必要であると述べている。本症例においても,舌口蓋側や歯間部のプラークコントロールは難しく,セルフケアの変容にも時間を要したことから,介助者の介入が必要であった。母親に対するブラッシング指導では,歯周病の治療と予防の重要性を説明し,治療への積極的な参加を促すと同時に,患者自身では困難な部分のブラッシング介助について適切な方法を指導した。介助を怖がる母親に対し,手添えで補助しながら一緒に練習を繰り返すなど,介助者の介護能力を考慮し段階的に指導を進めたことが,ブラッシング技術の向上につながったと考えられる。さらに,歯周治療後,ブラッシング時の出血の消失や歯の動揺の減少といった口腔内の変化を母親が実感したことで,ブラッシング介助に臨む姿勢がより積極的になった。これは,一度に全顎のSRPを行い,短期間で症状が大幅に改善したことで,介助者も口腔内の変化を実感しやすかったためと考えられる。
歯周治療では,アジスロマイシンの経口投与による抗菌療法を併用し,全身麻酔下で一度に全顎のSRPを実施した。アジスロマイシンは多くの口腔細菌に対して優れた薬理作用を持つアザライド系抗生物質であり,長い半減期と良好な組織,体液移行性を持ち16),歯肉内における有効性を7日間以上発揮する17)とされている。Quirynenら18)のone-stage full-mouth disinfectionでは,術後の発熱が高頻度で生じることが報告されているが,八島ら19)やGomiら20)はアジスロマイシンを使用することで術後の発熱を抑制できること,また,アジスロマイシンを術前投与した全顎のSRPは,数回に分けて行われる通法のSRPと比較して有意に歯周ポケットが減少し,BOP率の減少とGingival Index(GI)値の改善も認められたと報告している。本症例においても術後の発熱は認められなかった。また,歯周ポケットとBOP率の減少など歯周組織の大幅な改善を認めたことから,これらの報告を支持する結果となった。さらに,Oh21)は,抗菌薬の経口投与について,PPD6 mm以上の部位に対するPPDの減少量やプロービングアタッチメントゲイン量は,PPD4,5 mmの部位の約2倍であり,繰り返しのSRPより歯肉退縮のリスクが少なく,歯周外科と同程度のPPD減少効果が期待できると報告している。PPD6 mm以上の深い歯周ポケットが高い割合で存在した本症例においても,その改善が著しく,歯肉退縮量も少なかったことから,重度に進行した歯周炎において,抗菌療法を併用した非外科的歯周治療は有効であると考えられた。
障害者の歯周治療では,全身的なリスクファクターや生活環境だけでなく,歯科診療に対する適応性も考慮する必要がある。障害者の歯科診療を行う上で最も基本的なことは「無痛的」であること22)であり,確実な治療を行うためには個々に合った行動調整法を選択しなければならない。プロービングやスケーリングに対し不適応行動を示した本症例の場合,患者の精神的・身体的負担の軽減を図るには,全身麻酔下で一度に全顎の治療を終えることが最良と考えられた。また,患者の適応に合わせた行動調整法の選択により,歯科医療者側にとっても正確な診断や精度の高い歯周治療を提供しやすい環境が整い,良好な結果につながったと考えられた。歯周治療後は痛みの訴えや体動による不適応行動が消失し,通法下での歯科診療が可能となった。知的能力障害者は,社会性やコミュニケーション能力が劣るため,痛みに対する訴えが行動として顕在化しやすい23)。歯周治療後に患者の行動変容がみられたのは,「痛くない」という患者の発言が増えていることからも,歯周病による口腔内の不快症状が改善したためと考えられた。
SPT移行後,グループホームへの入所により一時的にプラークコントロールが悪化したが,歯周組織は安定して維持していた。その要因として,まず,施設職員に対する口腔衛生指導を行った点が挙げられる。生活環境の変化により,これまでのホームケアが継続できない状況となったが,施設職員に対し,来院時の直接的な指導の他,媒体を使用した間接的な指導も取り入れたことで,施設内での情報共有につながり,プラークコントロールの改善を認めたと考えられる。次に,ホームケアで困難な部分の補完をするため,SPTの実施間隔を1ヶ月に設定した点が挙げられる。Magnussonら24)は,SRP後にプラークコントロールが十分に行われない場合,細菌学的に4-8週で歯肉縁下細菌叢の再集落化が起こると報告している。本症例はSPT移行時点でプラークコントロールの改善が不十分であったが,全顎の歯肉縁上プラークコントロールと4 mm以上の歯周ポケット残存部位に対する歯肉縁下デブライドメントを1ヶ月毎に繰り返したことで,歯肉縁下細菌叢の再集落化を防ぎ,歯周組織の安定につながったと考えられる。
本症例では,知的能力障害者に対するセルフケアの支援において,患者の機能を適切に評価し,発達段階に即した支援方法を選択することで,潜在的な機能や能力を引き出すことができた。また,障害の程度により介助が必要な場合は,患者のライフステージの変化と共に,キーパーソンとなる介助者や生活環境に合わせた指導方法の工夫も重要であった。知的能力障害を伴う重度侵襲性歯周炎患者に対するホームケアの支援および非外科的歯周治療と短期間でのSPTは,歯周組織の改善と歯科適応の向上に有効であることが示唆された。
本稿を終えるにあたり,ご指導,ご協力をいただきました東京都立心身障害者口腔保健センターの関係各位に心より感謝申し上げます。
なお,本報告は第63回秋季日本歯周病学会学術大会(2020年10月,オンライン開催)においてポスター発表した内容に一部追加,改変して掲載した。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。