日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
NR4A1を標的とした薬物性歯肉増殖症治療開発
松田 真司水野 智仁
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2023 年 65 巻 3 号 p. 101-107

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はじめに

薬物性歯肉増殖症は,カルシウム拮抗薬ニフェジピン,抗てんかん薬フェニトイン,免疫抑制薬のシクロスポリンを内服する患者に見られる副作用で,歯肉の肥厚を特徴とする。現時点で応用できる治療法は,歯肉切除術(真性ポケットを含む場合にはフラップ手術と併用)と薬剤の変更である1)

薬物性歯肉増殖症の疫学と抱える問題

高血圧患者は4300万人(2017年)であり,コントロール不良も含め,治療中の患者は,2750万人にも上る2)。第一選択薬の一つにカルシウム拮抗薬が含まれており,多くの内服患者が見込まれ,それに伴い歯肉増殖症を発症している患者数もかなり多いと想定される。

最新の知見ではてんかんの有病率は1000人当たり,6.0人とされており3),てんかん薬のフェニトインは,第二選択薬であるが4),多くの歯肉増殖症患者がいると予想される。免疫抑制薬シクロスポリンは,臓器移植患者の拒絶予防のために,使用される薬剤の一つである。移植患者は,世界で2019年に,年間15万件ほどの移植術が実施されている5)。また,近年では,アトピー性皮膚炎にも免疫抑制薬の使用が可能となり,免疫疾患でもシクロスポリンを内服する患者は少なくない。

しかし,圧倒的に多くの薬物性歯肉増殖症患者の原因となっている薬剤はカルシウム拮抗薬と考えられる。我が国の,脳卒中の年齢調整死亡率は,1960年代以降,急激に低下しているが,これは,国民の血圧平均値の低下が大きく関与しているとされている6)。健康日本21(第2次)では,循環器疾患の予防の目標値をかかげ,危険因子の高血圧の低下を推進している7)。加えて,要介護患者のうち,介護する主たる原因疾患は脳血管疾患(16.1%)が認知症に次いで多く,要介護度4および5での主たる原因では,脳血管疾患が最も多いことが,令和4年の国民生活基礎調査で明らかになっている8)。前述したように,薬剤の変更は薬物性歯肉増殖症治療に有効な手段であるが,血圧のコントロール良好な薬剤を容易に変更することは難しい状況にあり,また歯肉切除術も患者の身体的,精神的負担を考慮すると困難な症例も多くあることが予想される。以上の点を踏まえ,薬剤の変更や,歯肉切除術を必要としない,薬物性歯肉増殖症治療薬の開発が求められている。

核内受容体(Nuclear receptor 4A1,NR4A1)

核内受容体NR4A1は,生体内のリガンドが見つかっていないオーファン核内受容体の一つである。NR4A1の発見は,多くの研究チームによって見出され,複数の名前を持つ(Nur77(Ngfi-b,Tr3,N10,Nak-1,St-59))9)。他の核内受容体と同じようなタンパク質構造を持ち,DNA binding domainと(DBD)とLigand binding domain(LBD)を含む。NR4A1の発現は多くの組織や細胞で確認されており10),NR4A1は,転写因子として働きを持ち,多くの遺伝子発現を正,負に制御する11)。一方で,NR4A1自身は最初期遺伝子に分類され,様々な刺激により早期に遺伝子,タンパク質の発現が上昇する12)。様々な疾患に関連しており13),その治療標的として注目されている。当研究室では薬物性歯肉増殖症にNR4A1が関与していると仮説を立て,これまでに研究を進めてきた。

薬物性歯肉増殖症モデルマウス

薬物性歯肉増殖症のメカニズム解明には,多くの研究者が取り組んできた14)。当研究室では,メカニズム解明に先立ち,歯肉増殖部位を健常歯肉と明確に分離することができ,遺伝子やタンパク質レベルの解析が行うことが可能で,また多くの遺伝子改変モデルが存在する,マウスを使用した薬物性歯肉増殖症モデルを確立することを目指した。注目したのは,薬物性歯肉増殖症の臨床所見で,歯肉の肥厚が主に付着歯肉にのみ発症し,口蓋歯肉や可動粘膜には発症していないことである。そこで,歯肉結合組織の炎症が薬物性歯肉増殖の発症や増悪に強く関連していると考え,観察研究を実施した15)。その結果,カルシウム拮抗薬を内服しているにも関わらず歯肉増殖症を発症していない(Non-Responder)群は,初診時のperiodontal inflamed surface area(PISA)値が,過去に一度もカルシウム拮抗薬を内服したことのない(Non-consumer)群よりも低かったことが見出された(表1)。このことを踏まえ,薬物性歯肉増殖症の発症には,薬剤に加えて歯肉組織の炎症が,顕著な歯肉肥厚を引き起こす原因の一つであると考えた。そこで,絹糸結紮歯周炎マウスモデルに,薬剤のシクロスポリンを投与することで歯肉肥厚が引き起こされるか確認したところ,結紮一週間後,薬剤の投与を4週間行うことで,過剰な歯肉肥厚を引き起こすことに成功した16)。また,その歯肉から炎症性サイトカインのmRNAを抽出し,遺伝子発現を解析することも可能であった(図1)。本モデルを使用し,薬物性歯肉増殖症のメカニズム解明を行った。

表1

薬物性歯肉増殖症と歯周組織の炎症

図1

A. 薬物性歯肉増殖症モデル。絹糸結紮歯周炎マウスモデルにシクロスポリン(CsA)を投与することで,顕著な歯肉肥厚を確認(Ligature+CsA)。B.左写真の口蓋歯肉(赤い範囲)を採取,絹糸結紮していない群(cont),7-0絹糸,5-0絹糸の歯肉増殖症モデルの炎症性サイトカインのmRNAのPCR産物。

NR4A1と薬物性歯肉増殖症

2015年に,Palumboらは,NR4A1の機能不全が,臓器の線維化に関連していることを報告した17)。NR4A1は組織中の線維芽細胞のTransforming Growth Factor(TGF)-βシグナルを抑制することで,線維化を抑制しているが,その機能が破綻した際に,線維症が発症する。当研究室では,線維症が薬物性歯肉増殖症と類似した病理組織像を認めることから,薬物性歯肉増殖症を引き起こす薬剤が,NR4A1の発現を抑制することにより,歯肉肥厚を引き起こしていると仮定した。前述した薬物性歯肉増殖症マウスモデルを使用し,肥厚した歯肉組織中のNR4A1の発現を確認したところ,薬剤を投与していない群と比較して,発現が抑えられていることを見出した。さらに,NR4A1のノックアウトマウスで,薬剤を投与することなく,絹糸結紮による歯周炎を誘導するだけで,歯肉肥厚を引き起こすことを確認した(図2)。加えて,ヒト歯肉線維芽細胞にシクロスポリン,ニフェジピン,フェニトインを投与することでTGF-β刺激で上昇するNR4A1発現を抑制した(図3)。さらに,ヒトの薬物性歯肉増殖症患者,(ニフェジピン内服)の歯肉組織中のNR4A1発現を確認したところ,歯周炎患者(非内服患者)の歯肉組織と比較して発現が抑制されていることを見出した18)(図4)。以上の点から,3つの薬剤によるNR4A1の発現抑制が薬物性歯肉増殖症の発症に関与しており,発現を上昇させることができれば,歯肉増殖症の治療法に繋がる可能性が示された。

図2

A. 薬物性歯肉増殖症発症過程の薬剤投与1週間後の歯肉組織中のNr4a1の発現。シクロスポリン(CsA)投与でNr4a1のmRNA発現は抑制されている。B. Nr4a1ノックアウトマウスを使用した歯肉増殖の程度の確認。ノックアウトマウスでは,顕著な歯肉肥厚を確認。頬側の歯肉肥厚の幅を計測,定量したGingival Overgrowth degreeはノックアウトマウスで有意な増加を認める。HE染色でも同様の結果を確認。Bar=250 μm,p<0.05

図3

A. 歯肉線維芽細胞のTGF-β刺激で誘導されるNR4A1のmRNA発現にシクロスポリン,ニフェジピン,フェニトインが及ぼす影響。p<0.05

図4

A. ヒト歯肉組織中のNR4A1の発現。(A)全身的に健康な歯周炎患者(B)肝臓移植後のシクロスポリン内服患者(C)高血圧患者,ニフェジピン内服。p<0.01

NR4A1を標的とした薬物性歯肉増殖症の治療法開発

NR4A1は生体内ではリガンドが不明であるものの,結合する化合物が複数同定されており,それを利用した様々な疾患の治療応用が期待されている19,20)。シトスポロンBは,NR4A1のアゴニストの一つで,NR4A1に結合し,転写を刺激させることで,NR4A1の遺伝子発現を促進させることが分かっている。上記の薬物性歯肉増殖症のメカニズム解明研究で,シトスポロンBの投与により,薬物性歯肉増殖症発症を抑制させることを確認している(図5)。しかし,シトスポロンBには,血糖上昇の作用があり,アポトーシスを誘導することが報告されている21)。現時点では,薬物性歯肉増殖症にすぐに応用することは困難と想像される。

現在,当研究室では,NR4A1の発現を促進することが既に報告されている漢方のトウキに含まれているブチリデンフタリド19)に注目し,薬物性歯肉増殖症の治療効果を検証している。さらに,NR4A1発現促進作用を有する化合物を幾つか同定しており,その治療効果を確認している。この結果を特許出願した。(特願2023-077438,薬物性歯肉増殖症治療剤)。

図5

薬物性歯肉増殖症に及ぼすシトスポロンB(CsnB)の影響。p<0.05

おわりに

高齢化が進み,また様々な治療薬が開発され,薬剤による適切な疾患のコントロールが必要な患者が多くいる。薬剤の変更や歯肉切除術を必要としない患者にとって負担の少ない薬物性歯肉増殖症の治療法の開発が,歯科に求められる大きな役割と考える。

謝辞

本稿で発表した研究成果は,科学研究費,研究課題番号26861815,16K11830,19K10130,20K23111の支援を受けて実施されました。また,薬物性歯肉増殖症モデルマウスの研究に従事した國本(岡信)愛博士,メカニズム解明研究に従事した畑野紗希博士に,そして現在も治療法開発研究を進めている当研究室の先生方,支援頂いている先生方に多大なる感謝を申し上げます。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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