要旨
日本歯周病学会口腔インプラント委員会は2021年から2022年にかけ,インプラント周囲疾患の定義,インプラント周囲炎のリスク因子,ならびにインプラント周囲炎の治療法について最新の知見をまとめ,今後の検討課題について協議を行った。
インプラント周囲疾患の定義および診断基準について,2017年のワールドワークショップ会議録を元に解説を行う。また,インプラント周囲炎発症のリスク因子として歯周炎の既往,喫煙,糖尿病,プラークコントロールの不良について調査したが,それぞれの因子がインプラント周囲炎発症の直接的要因となるためにはさらに調査が必要である。また,インプラント周囲炎の治療法について,抗菌療法,インプラントプラスティ,レーザー照射,あるいはエアーアブレージョンがあるが,いずれも進行例では治癒させることはいまだ困難で今後さらに詳細な検討が必要であることが示唆された。
Abstract
The Oral Implant Committee of the Japanese Society of Periodontology has summarized the latest evidence pertaining to the definition of peri-implant disease, risk factors for peri-implantitis, and treatment of peri-implantitis in 2021-2022 and discussed issues for future consideration.
The definition and diagnostic criteria of peri-implant disease are explained based on the 2017 World Workshop Proceedings. In addition, a history of periodontitis, smoking, diabetes, and poor plaque control have been investigated as risk factors for the development of peri-implantitis, but further investigation is necessary to determine if each factor directly increases the risk of development of peri-implantitis. The study also suggested that more detailed investigations are needed to determine whether each of these factors is a direct factor in the development of peri-implantitis.
1. インプラント周囲疾患の定義および診断基準
1) インプラント周囲疾患の概念
「Peri-implantitis」という用語が学術論文に初めて登場したのは1965年であり,現代歯科インプラントが臨床応用されたまさにその当時である。Levignacはインプラント周囲の病的組織像を「Peri-implantitis」と名付けた1)。この当時,インプラント治療の失敗は術者のテクニカルエラーやオーバーロード(過重負荷)が原因と考えられる風潮があり,生物学的合併症について考察されることはほとんどなかった。20年後の1987年,Mombelliらは無歯顎患者におけるインプラント失敗症例を「Peri-implantitis」と呼び,周囲細菌叢の関与を示した2)。これ以降,天然歯における歯周炎と同様の概念として,インプラント周囲炎(Peri-implantitis)が認識されるようになり,歯肉炎に呼応する概念としてのインプラント周囲粘膜炎(Peri-implant mucositis)も定義づけられた。1993年の第1回European Workshop on Periodontologyではインプラント周囲粘膜炎は「インプラント周囲軟組織の可逆性変化。骨喪失を伴わない。」,インプラント周囲炎は「オッセオインテグレーションが獲得された機能下のインプラント周囲における炎症性変化。支持骨の骨喪失を引き起こす。」と定義づけられた3)。
2) インプラント周囲疾患診断基準の変遷
1993年以降,疾患の定義は細かな変更はあるものの,概ね統一された概念が用いられてきた。一方で臨床現場における診断基準を定めることは容易ではなく,様々な変遷を遂げてきた。第6回European Workshop on Periodontology(2008年)4)では,インプラント周囲粘膜炎は,軟組織の発赤と腫脹を特徴的な臨床所見とし,プロービング時の出血(bleeding on probing;BOP)の有無が診断において重要とされた。インプラント周囲炎は,これらに加えて,深いプロービングデプス,排膿,およびインプラント周囲骨喪失を認めるものと定義された。第7回European Workshop on Periodontology(2011年)5)では,BOPの有無に係わらず,深いプロービングデプス(PD)とインプラント周囲の骨喪失を認める場合をインプラント周囲炎と定義された。
このように診断基準策定が困難となる理由として1)インプラント周囲組織に関する理解が乏しかったこと,2)インプラント周囲疾患がman-made diseaseの側面を有することが挙げられる。PDや骨レベルは埋入深度や周囲組織の厚みに影響を受けるため,明確な診断閾値を決定することは難しい。また,周囲骨吸収は埋入前もしくは埋入直後の骨形態と比較しなければ検証することができない。このような点が歯周病診断とは異なる点であろう。
Koldslandらは164人のインプラントを受けた患者に対し,PDや骨レベルの閾値を変化させて診断した6)。その結果,同一患者群でも様々な診断基準を用いることで,インプラント周囲疾患の有病率は5.4~20.4%まで変化することが示された(表1)。インプラント周囲疾患は未だ予防方法・治療方法が確立されておらず,今後の医学的進歩を促進させるには診断基準を統一化することは必要不可欠である。
3) ワールドワークショップにおけるインプラント周囲疾患の定義づけ
2017年にアメリカ歯周病学会(AAP)/ヨーロッパ歯周病連盟(EFP)はワールドワークショップを開催し,歯周病およびインプラント周囲組織の疾患の診断基準に関するコンセンサスレポート7)を発刊した。この報告では健康なインプラント周囲組織は「発赤,腫脹,BOPおよび排膿がない状態」と定義づけられている(表2)。PDの値を定義することは不可能とされ,「骨レベルが低下したインプラント周囲であっても健康なインプラント周囲組織は存在し得る」と記載されている。
インプラント周囲粘膜炎は「インプラント周囲粘膜におけるプラークバイオフィルムに由来した可逆性炎症プロセス」である。炎症の臨床的兆候が診断基準であり,「適正圧(0.25N)によるプロービング時の出血」が主たる臨床所見とされた。また,「発赤」,「腫脹」も重要な所見であり,排膿を認める場合もある。炎症は粘膜に限局しており,病的な周囲骨の喪失は認められない。
インプラント周囲炎は 「インプラント周囲組織におけるプラークバイオフィルムに関連した病的状態で,インプラント周囲粘膜の炎症とそれに継発する進行性骨喪失を特徴とする。」 と定義づけられる。診断基準は 「視診における炎症の兆候」,「BOP陽性」,「PDの深化」に加えて,「エックス線における骨吸収像の確認」を臨床所見とする。また,「排膿」や「周囲粘膜の退縮」を認めることもある。
前述の通り,PDや骨レベルは埋入深度や周囲組織の厚みに影響をうけるため,特定の閾値を設定することは不適切といえる。ゆえに上部構造装着直後のPDやエックス線画像をベースラインとし,これらと比較し,PDの深化および3 mm 以上の骨喪失を認められる場合を病的変化と考える。これらベースラインデータが存在しない場合は,苦肉の策として,PD 6 mmおよび骨レベル3 mm(プラットフォームを基準とする)を代替値として用いることとなる。
この定義・診断基準の特筆すべき点はインプラント周囲疾患における「プラークバイオフィルムの関与」を明記している点である。術者のテクニカルエラーやオーバーロード,上部構造の補綴学的要素を主要因とする場合はインプラント周囲粘膜炎およびインプラント周囲炎には該当しない。
上述の通り,インプラント周囲疾患の治療および研究に携わる者が,統一した診断基準を用いることが必要である。ゆえに,この定義・診断基準に統一化するのが世界的な潮流と言え,我が国もこの基準に従うのが妥当であると考える。
4) 今後の課題
2017年のワールドワークショップで策定された歯周病新分類では歯周病をステージ分類とグレード分類の2つの視点で分類された。上述のインプラント周囲疾患の定義・診断基準は疾患の重症度を評価しているものの,健康・インプラント周囲粘膜炎・インプラント周囲炎の3つに分類しており,今後はさらに細分化したステージ分類が検討されるべきである。
また,グレード分類の観点から疾病活動性・リスク評価を行うことも必要だと考える。2019年にHeitz-Mayfieldは,8項目のリスク因子を基にリスク評価を行うIDRA(Implant Disease Risk Assessment)を提案した8)(図1)。このようなリスク評価ツールの臨床応用には,まずはリスク因子が確立されることが必要不可欠である。また,将来的には生化学的および細菌学的なバイオマーカーを用いたリスク評価も検討されるべきであろう。
2. インプラント周囲炎のリスク因子
1) 歯周炎の既往
① 現在の見解
Karoussisら9)が10年間の前向きコホート研究を行い,歯周炎の既往群は非既往群に比較して,インプラント治療の成功率が有意に低い,換言すれば,歯周炎患者は有意に高い確率でインプラント周囲炎に罹患していることが報告されて以来,インプラント周囲炎の疫学研究では,「歯周炎の既往」の有無が常に評価されてきた10)。
Schwarzら11)も「歯周炎の既往」のある患者はインプラント周囲炎の進行リスクが高いと報告した。Dreyerら12)はシステマティックレビューを行い,歯周炎の既往あるいは罹患はインプラント周囲炎のリスク因子であると結論付けた。一方,Ferreiraら13)はシステマティックレビューとメタ解析を行い,歯周炎の診断および歯周炎の既往はインプラント周囲炎の発生と関連しているが,コホート研究のみを解析したところ,この関連性は観察されず,研究間の結果の不均一性が大きいことを指摘した。
Kumarら14)は,シングルインプラントに限定した後ろ向き研究から,「歯周炎の既往」よりもインプラント体の埋入位置や咬合機能回復時の隣接歯の歯周炎の状況,補綴物の非対称性およびプラーク指数のリスク度が高いと報告した。Kordbacheh Changiら15)は,オッズ比は補綴的な問題>セメント固定>歯周炎の既往の順であり,歯周炎の既往の重要度は他の因子に比べて高くないと解釈した。しかし,歯周炎の既往というだけで詳しい記載はない。データベースを解析した欧米の疫学研究では,自分たちで治療しているわけではなく,患者の詳細な情報が乏しい傾向がある。
Heitz-Mayfieldら8)は,歯周炎の既往が歯周炎のインプラント周囲炎のリスク因子であると報告した。また,歯周炎のリスクダイアグラムを参考にインプラント周囲疾患のリスク評価ダイアグラムを提案し,歯周炎の既往と易罹患性を評価因子に入れている。Ravidaら16)は,歯周炎の既往について歯周炎のステージとグレード分類17)を用いて細分類し,インプラント周囲炎の有病率との相関を調べた。統計学的な有意差は無かったが,インプラント周囲炎と診断された場合,インプラント周囲骨吸収度の増加およびインプラント治療の失敗の確率とグレード分類のCとの間に関連性があることを報告した。現在の考え方としては,歯周炎の既往はリスク因子とする報告は多いものの,断定するには至っていない。
② 問題点と今後の課題
問題解決思考型診療録におけるSOAPにおいて,「歯周炎の既往」は患者によるアンケート調査や医療面接の場合は「S」に,歯科医師や歯科衛生士が検査した場合は「O」に分類されるが,過去の論文では記載が不十分なことが多い。つまり,「歯周炎の既往」の有無のデータの信頼性と客観性に疑問が残る。さらに,歯を失った中高年の患者が歯周炎に罹患していない確率は低いことから,歯周炎の重症度が異なるだけではないかという疑問も生じる。そこで,前医からの情報(レントゲン写真と歯周組織検査)や客観的な検査情報に基づいて歯周炎の重症度とリスク度を評価して,被験者群を群分けすることが望まれる。
奥羽大学歯学部附属病院歯周病科で歯周病患者に対して歯周治療後にインプラント治療を行った予後について長期的な後ろ向き研究を行い,ステージとグレード分類がインプラント周囲疾患やインプラント治療の失敗を予測するための有効な指標になり得ると報告した18)。現状では,歯周炎の既往の有無という主観的な指標に基づいて被験者を分類するのではなく,患者の歯周炎の特徴を重症度とリスク度を用いて細分類した2017年の歯周炎の新分類を利用することを推奨したい。
2) 喫煙
① 現在の見解
喫煙は,付着の喪失を伴う慢性歯周炎で,糖尿病と並び歯周炎の重症化に関与する「リスクファクター」である。インプラント周囲炎に関しても喫煙との間に潜在的な関連性を報告している研究は数多くあり,喫煙者は非喫煙者よりも歯槽骨の減少量が大きいことが報告されている19,20)。しかし,これまで行われた研究の大部分では,インプラント周囲炎のリスク因子が喫煙であることを特定できていない11)。いくつかの単変量解析での研究では,喫煙とインプラント周囲炎の関係性を示唆する結果が得られたが12,21),多変量解析で調査した研究では関連する予測因子とはならなかった。それは,喫煙が歯周炎の病歴,喫煙年数,1日の喫煙本数およびタバコの種類などの様々な因子によって複雑化する可能性がある。現在のところ,喫煙とインプラント周囲炎の関連性は理解されていないが,これは「喫煙」の基準が,研究ごとに異なっていたことが原因と考えられる。また,喫煙状態を患者への問診のみに依存していたことも理由の1つである22)。
現在の考え方としては,喫煙は,インプラント周囲炎の「リスクインディケーター」である。つまり,喫煙はインプラント周囲炎と関連はあるが,リスク因子だという決定的な証拠はない。末梢血管障害や免疫機能障害が喫煙によって生じ,その結果,術後の治癒やインプラントの生着を遅延することが分かっているため,特に,骨増生を伴うインプラント治療前には,可及的速やかに禁煙支援を行う必要がある。
② 問題点と今後の課題
問診によるインプラント埋入前の喫煙状況(何歳頃から何年間喫煙していたなど)の報告は,患者自身の記憶があいまいになるなどの点から厳密な調査が行えるとは思えない。また,歯周病では相関性があるが,インプラント周囲炎では相関性がない理由として,観血的な処置を含むインプラント治療では,歯周基本治療のみを被験者として介入する研究と比較して,特に,研究倫理的に喫煙者を研究対象として参加できないことも挙げられる。
インプラント周囲炎と喫煙の相関性を調べるために,喫煙歴(加熱式タバコを含む)のある患者の血中や歯肉溝滲出液中のニコチン濃度および組織破壊に関与するサイトカイン濃度を測定し非喫煙者との間で違いを見つけることは,研究を行うにあたり重要であると考えられる。
3) 糖尿病
① 現在の見解
糖尿病と歯周病の関係について広く研究されているものの糖尿病とインプラント周囲炎に関する研究は少ない。2018年にDreyerらが行ったインプラント周囲炎のリスクファクターを解析した結果,インプラント周囲炎のオッズ比が喫煙1.7,患者の年齢1.0のところ糖尿病は2.5と高値を示しインプラント周囲炎との強い関連性を報告している12)。しかし本論文の問題点として,採用した多くの論文はコントロールされていない糖尿病とコントロールされている糖尿病を区別していない。また1型糖尿病と2型糖尿病の間でインプラント周囲炎を比較した報告もないことが挙げられる。2006年Ferreiraらの論文では真性糖尿病の診断基準として空腹時血糖126 mg/dl以上を適用しインプラント周囲炎のリスクファクターを多重ロジスティクス回帰解析の結果,インプラント周囲炎のオッズ比がプラークスコア不良の場合14.3,歯周疾患の既往は3.1,性別(女性)は2.7のところ糖尿病は1.9と比較的低値を示す関連性を報告した23)。2021年Shangらはメタアナリシスで,2型糖尿病患者におけるインプラントの失敗率とインプラント周囲炎のパラメーターを評価している。2型糖尿病と非糖尿病患者間でリスク比は1.39でありインプラントの失敗率に統計的に有意な差はなかったものの非糖尿病患者はBOP陽性率が低値を示した。またコントロールされている2型糖尿病(HbA1c,6%-8%)とコントロールされていない2型糖尿病(HbA1c,> 8%)における比較ではインプラントの失敗率に統計的に有意な差はなかった。2型糖尿病と非糖尿病患者の間でプロービングデプスに統計的に有意な差はなかった24)。現在の考え方としては,糖尿病の罹患はインプラント周囲炎の「リスクインディケーター」である。
② 問題点と今後の課題
最近の研究から十分に管理下におかれた糖尿病患者は,インプラント周囲炎のリスクが高くならない。コントロール不良の糖尿病患者はインプラント埋入直後にインプラント周囲炎を惹起しインプラント喪失率も高値を示した。一方,コントロールされている2型糖尿病患者は非糖尿病患者と同等の成功率である25)。糖尿病の基準が明確でない研究が多いため,HbA1cや空腹時血糖値の基準を用いたインプラント周囲炎の比較,また糖尿病と診断されてからの年数や1型糖尿病と2型糖尿病におけるインプラント周囲炎の比較が必要になると考えられる。
4) プラークコントロールの不良
① 現在の見解
インプラント周囲粘膜炎において,プラークコントロールの不良がリスク因子として関与していることは,ヒトにおける実験的インプラント周囲粘膜炎モデルにおいて示されている26)。口腔清掃を停止するとインプラント周囲粘膜に炎症が生じ,口腔清掃を再開すると炎症が消退する。インプラント周囲炎におけるプラークコントロール不良の影響については,インプラント周囲粘膜炎のようにヒト実験モデルで実証することは不可能であるが,多くの臨床研究によって,プラークコントロールの不良がインプラント周囲炎に関与していることが示されており,オッズ比は3~14である23,27-29)。日本で行われた研究としては,Mamenoら30)が,縦断研究において,O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)が20%以上の患者は,20%未満の患者と比較してインプラント周囲炎を発症するリスクが2.61倍高かったと報告している。一方,プラークコントロールの不良とインプラント周囲炎の関連性はみられなかったとする研究もある31-34)。Dreyerら12)のシステマティックレビューにおけるメタ分析では,フォレストプロットにおいて,プラークコントロールの不良によりインプラント周囲炎発症のリスクが増加する傾向がみられたが,論文間の異質性が高かったため,結論付けることはできないとしている。現在の考え方としては,プラークコントロールの不良はインプラント周囲炎の「リスクインディケーター」である。
② 問題点と今後の課題
プラークコントロールの評価方法について;システマティックレビューのメタ分析で評価されている論文では,大別するとO'LearyのPCRを用いているものと,プラークインデックス(PlI)を用いているものがある。PCRは口腔内全体の清掃状態を,PlIは個々のインプラントの清掃状態を評価するものであり,それぞれの意味合いは異なる。また,PCRで評価している論文では,口腔清掃不良の基準を30%以上としているものもあれば,25%以上としている論文もある。メタ分析を行うのであれば,少なくともPCRとPlIは分けて評価するべきであると考えられる。
研究デザインについて;コホート研究が理想的ではあるが,口腔清掃が不良な患者を,口腔清掃指導しない状態で追跡調査することは倫理的に問題がある。これまでの多くの研究が横断研究なのは,そのような背景によるものと考えられ,今後も,口腔清掃不良に関しては,コホート研究を行うことは難しいであろう。
3. インプラント周囲炎の治療法について
1) 抗菌療法(Local Drug Delivery System(LDDS))
① 現在の見解
機械的デブライドメントがインプラント周囲粘膜炎の治療に有効であるものの,塩酸ミノサイクリン軟膏のポケット内注入は補助的処置として使用されている。薬物療法であるグルクロン酸クロルヘキシジンとテトラサイクリン系抗菌薬の登用は,インプラント周囲炎に対し有効である。化学的プラークコントロールとして0.1~0.2%のクロルヘキシジン(CHX)による含嗽,0.2%のクロルヘキシジンゲルによる局所応用が推奨されているが,日本ではグルクロン酸クロルヘキシジンの洗口剤について原液濃度0.05%までに規制されており,使用時にはさらに希釈される。過去のインプラント周囲炎にクロルヘキシジンを用いた報告では実験群の患者は,クロルヘキシジンゲルによるウォータージェット装置を1日2回家庭で使用し,対照群はウォータージェットを使用せずに推奨される口腔衛生指導を実施した。その結果,ベースライン時から3か月後,実験群は平均PDが0.75 mm減少したのに対し対照群の平均PDは0.27 mmであった。またBOP減少数を比較したところ実験群は平均2.26箇所,対照群は平均0.45箇所でありBOPの減少においても有意差を認めたことからクロルヘキシジンゲルとウォータージェットの併用は,インプラント周囲炎の非外科的治療に有用であることを報告している35)。
Renvertらは機械的デブライドメントの補助としてミノサイクリンを使用したLDDSの効果を報告した。ミノサイクリンのベースライン時単回使用またはベースライン時,1か月と3か月の3回反復適用と1.0%CHXゲルを比較した結果,12か月の時点で,ミノサイクリンを機械的デブライドメントの補助として併用すると,平均PDは0.3 mm,BOPの平均値は17%減少した36)。
最近報告されたインプラント周囲炎の治療における抗生物質の局所投与の有効性に関するシステマティックレビューとメタアナリシスの論文では局所抗菌薬によるインプラント周囲炎治療後,PDは1.40 mm減少した37)。局所抗菌薬を適用した場合,対照群よりも0.3 mmのPD減少が得られBOPは1.82のオッズ比であることから局所抗生物質投与は,対照群と比較した場合,インプラント周囲のポケットとBOPを減少すると報告している。これらの報告からインプラント周囲炎にミノサイクリンの局所投与は有効であると結論づけている。
② 問題点と今後の課題
日本歯周病学会の歯周病患者における口腔インプラント治療指針およびエビデンスでは,CHXの局所洗浄については本邦で使用可能な0.05%未満の濃度での有用性に関するエビデンスは不足している。また,経口抗菌薬の服用についても統一見解が得られていないとしている。インプラント周囲炎に対する抗菌療法後の細菌叢の変化,炎症性サイトカインの変化を調べた研究は少ないため今後のさらなる研究が待たれる。
2) インプラントプラスティ
① 現在の見解
インプラント周囲炎の治療は汚染されたインプラント表面へ外科的介入が必要である。インプラント表面の除染を目的とした機械的または化学的手段,あるいはそれらを組み合わせたプロトコルが提案されてきたものの完全なインプラント表面の除染は,達成できない38,39)。インプラントプラスティは,露出したインプラントのスレッドを滑らかにすることで細菌の付着の減少と軟組織が再付着すると考えられている。
Romeoらの報告ではインプラント周囲炎に対し実験群としてダイヤモンドバー,アーカンソーバーおよびシリコーンポリッシャーを用いたインプラントプラスティと対照群としてオープンフラップデブライドメントを比較した40)。その結果,処置後24か月において平均アタッチメントレベルは対照群で7.04 mm,実験群で5.89 mm,BOP陽性箇所は対照群で2.33,実験群で0.50でありインプラントプラスティの効果を示したことから,各群ともにPDおよびBOPが改善したものの対照群と比較して実験群は粘膜退縮量が高値を示した。処置後24か月において平均アタッチメントレベルは対照群で7.04 mm,実験群で5.89 mm,BOP陽性箇所は対照群で2.33,実験群で0.50でありインプラントプラスティの効果を示した。
2021年にLimaらによって報告されたメタアナリシスからインプラントプラスティ前のPDがインプラントプラスティ後よりも有意に高いことを示し,平均差は3.37 mmであった41)。またBOP,プロービング時の排膿の減少を認めインプラント周囲炎の有意な改善を示した。インプラントプラスティ後の6か月のフォローアップでのインプラントの成功率は97.5%であり,24か月のフォローアップでの成功率は94.7%であることからインプラント周囲炎の治療法としてインプラントプラスティを推奨している。また,インプラントプラスティによるインプラントの破壊抵抗を調べた報告42)ではスクリュー型チタンインプラントのスレッドの表面をバーで研磨したテスト群と未処理群を比較した結果,最大抵抗力はコントロールインプラントが896 Nでありテストインプラントは880 Nで統計的に有意な差はなかった。
② 問題点と今後の課題
インプラントプラスティを推奨する報告があるものの2018年に日本歯周病学会が作成したガイドラインである歯周病患者における口腔インプラント治療指針およびエビデンスではクリニカル・クエスチョンではインプラント周囲炎に対する外科的処置を行う際に,付加的にインプラントプラスティを行わないことを弱く推奨しており,エビデンスの確実性は非常に低いとしている。事実,インプラント体周囲の骨吸収は同心円状に垂直性に進行することが多く,このため狭い垂直性骨欠損底部付近のインプラントスレッド間に器具を到達させることは困難であり,不確実であることからインプラントの撤去再埋入と比較する必要がある。
3) レーザー治療の効果
① 現在の見解
従来法の機械的デブライドメントと比較して,レーザーを併用した治療の有効性について考察する。
非外科療法では,Er:YAGレーザーと半導体レーザーを用いた方法が多く報告されていた。Er:YAGレーザーをインプラント周囲溝内に照射しデブライドメントを行った群と,エアーブレイションでデブライドメントを行った群とを比較すると,BOPが有意に減少したと言う報告43),エアーブレイションと同等の結果だったと言う報告44)がある一方,総菌数や臨床的指標の改善に有意差はなかったと言う報告45,46)もあった。
通常の機械的デブライドメントに半導体レーザーのポケット内照射を行った報告では,BOP率やポケット値が減少し有意に臨床的改善を認めたと言う報告47,48)がある一方,塩酸ミノサイクリン軟膏のポケット内注入と同程度の消炎効果49)や,通常の機械的デブライドメントと比較して有意な結果は得られなかったと言う報告50) もある。外科的介入にレーザー治療を併用した報告では,半導体レーザー,炭酸ガスレーザー,Er:YAGレーザーを用いた方法が多く報告されている。
非熱半導体レーザーを用い抗菌光線力学療法をGBRに併用した研究で有意に骨欠損が改善した51)。通常のGBRに炭酸ガスレーザー照射を併用した場合,併用しない場合に比べて骨の改善率が高かった52)。Er:YAGレーザーの照射はフィクスチャー表面の除染に有効であるとする研究53)もある一方,通常の機械的デブライドメントと比較し,有意な結果が得られなかったと報告する研究もあった54)。
② 問題点と今後の課題
現時点で,非外科処置,外科処置共にレーザーを併用した処置が有効であると示す研究がある一方,従来法と比較して差がないとする研究も多く,その有効性については未だ判断がつかない。レーザーを用いた治療は,レーザー媒体の種類,出力設定の違いなどにより得られる臨床効果が大きく異なるため,結果を左右する要因が多岐にわたることが評価を困難にしている要因と考えられる。Er:YAGレーザーを外科的処置に使用することは,日本歯周病学会のガイドラインにおいて推奨の強さ「弱い推奨」,エビデンスの確実性は「低」となっている。しかし,Er:YAGレーザーはインプラント体に直接照射できる唯一のレーザーであるため,チップの形状,照射条件などより臨床有用性の高い治療方法の研究がなされる事を今後期待したい。
4) エアーアブレーション(AA)効果
① 現在の見解
AAは,1980年代からは機械的な歯のクリーニングに使用されている。当初のAA技術は,まず炭酸水素ナトリウム(重炭酸ナトリウム;重曹)を用いた天然歯表面の歯肉縁上のクリーニングまたは研磨のために開発された。その後,グリシン粉末とノズルの開発に伴い歯肉縁下への適用が始まり,機械的スケーリングやルートプレーニングに比較してより効率的に歯周ポケットのバイオフィルムを除去できることが報告された。近年では,インプラント周囲粘膜炎やインプラント周囲炎に対するエアーアブレーションによるデブライドメント法に応用されるようになり,これまで多くのエアーアブレーション粉末(AP)の報告がなされている55-58)。臨床的には非外科的対応と外科的対応の両方において応用されている。文献的にはin vitroの研究報告が多く認められる59-63)。Moharramiらの報告したシステマティックレビュー64)では,チタン表面の変化(形態,形状,位置),洗浄効果,生体適合性に及ぼすAAの影響をin vitroでの評価について比較検討している。結果として,炭酸水素ナトリウムのような硬い粉末は,グリシンよりも表面にダメージを与える傾向があった。デブライドメント効果については,グリシンと炭酸水素ナトリウムの間に有意差はなかったが,リン酸三カルシウム(TCP),ハドロキシアパタイト(HA),エリスリトールの混合物はグリシンより優れていた。洗浄性については,AAは他のすべてのデブライドメント法と同等かそれ以上の性能を有していた。AAによる除染効果は,エリスリトールや骨誘導性粉末(HAP,TCP)を併用するとより効果的であった。SEMの観察結果では,硬質粉末による軽度のクレーター状の形成の欠陥はあるものの,その他のAPは形態変化を引き起こさなかった。AAは,表面に深刻なダメージを与えることなく,効率的に汚染を除去することができる.表面粗さ(Ra値)の結果からも,AAは粗面化せず,平滑化,あるいはそのままの状態を維持することが示された。インプラント周囲炎で生じたインプラント表面のコンタミネーションやバクテリアのエンドトキシンの影響が生体適合性を低下させる大きな要因となり治癒や再生を阻害することになる。AAによってデブライドメントされた表面の方が,汚染された表面よりも周囲組織の治癒に有効であった。このことから,外科的対応時のインプラント表面のデブライドメントは再生療法時の応用に期待が持てると考えられる38,65-67)。
APに求められる特性は,非外科もしくは外科的対応に応用される際に,APの成分がインプラント周囲溝や表面に残存しないこと,残存したとしても治癒や再オッセオインテグレーションの阻害因子にならないことである。しかしながら,現状ではAAは周囲粘膜縁上もしくはインプラント周囲溝エリア,また外科的な対応ではある程度の効果は認められるが,非外科的対応では限界がありアブレーションシステムで使用されるノズルの先端形状や大きさにより,効果的にインプラント周囲溝内での応用が困難である。
② 問題点と今後の課題
非外科もしくは外科的対応に応用される際に,インプラント周囲溝に残留したAPの成分や粒径による生体適合性との関連についての検討が望まれる。また,非外科的対応ではアブレーションシステムの口腔内でのオペレーションの改善,すなわち周囲骨欠損状態に応じたインプラント周囲溝内での操作性をin vitro,in vivo の両面から検討することが必要である。さらに,皮下気腫対策としてAAのエアープレッシャーやAP粒径とインプラント表面構造に対する影響も検討課題である。
なおAAはインプラント体に対する応用についてはエビデンスが不足しており,前述のような検討が求められることから,AAは歯科医師の責任において十分安全性を確保したうえでの処置が必要である。
おわりに
2017年に公表された歯周病の新分類に含まれるインプラント周囲疾患の分類については,現時点での最新のエビデンスに裏付けされた結論であることから,日本歯周病学会だけでなく日本口腔インプラント学会においても今後この基準に従い分類を実施する予定にしている。今後さらに,歯周炎の分類と同様にステージやグレード分類され,それに合わせた対処法が明確化されることが望まれる。また,リスク因子の解析は,さらに条件を絞り解析することでより具体的なリスクとなりうる因子を見出すことができるであろう。また,治療法についても有意性が未だ明らかとなってはいないが,今後欧州の一部で既に臨床応用されている電解洗浄による除染と共にインプラント体表面の親水性を取り戻せる様な治療機器68,69)であれば更なる治療成績が残せることが示唆されつつあり,今後もさまざまな治療法が開発され,インプラント治療後の併発症を安全かつ確実に治療できることを望む。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態は以下の通りです。
共同著者の児玉利朗はオリンパステルモバイオマテリアル株式会社,デンツプライシロナ株式会社より講演料を受けた。
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