日本歯周病学会会誌
Online ISSN : 1880-408X
Print ISSN : 0385-0110
ISSN-L : 0385-0110
症例報告
矯正治療中に歯周病が再発した広汎型侵襲性歯周炎に対する包括的歯周治療
山田 潔佐藤 秀一
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 65 巻 4 号 p. 137-148

詳細
要旨

歯科矯正治療は,炎症のない歯周組織に対して行うべき治療である。しかし歯周病に罹患しているにもかかわらず,矯正治療が実施され治療後に著しい歯肉退縮や骨吸収が認められる症例が散見される。本症例は,他院で矯正治療中に歯周病の急性発作を繰り返した広汎型侵襲性歯周炎患者に対し矯正治療を中断し,歯周組織再生療法を含めた歯周治療を行った症例について報告する。本症例から広汎型侵襲性歯周炎に対する矯正治療は,炎症による歯周組織破壊を早期に停止させ炎症のない歯周組織に改善し行うことが重要なことが示唆された。

Abstract

Orthodontic treatment in patients with generalized aggressive periodontitis (GAP) is occasionally associated with rapid attachment loss, bone resorption, and gingival recession. This case described periodontal therapy included periodontal regenerative surgery for GAP patient which repeated acute symptoms due to inappropriate orthodontic therapy. Periodontal treatment, including regenerative periodontal surgery was successfully performed and the condition of the good periodontal tissue remained stable. Therefore, orthodontic treatment should be performed in GAP patients only after elimination of putative bacterial pathogens.

緒言

歯周病患者で矯正治療が必要なケースは,2つ考えられる。第1は患者に歯列不正がありプラークリテンションファクターとなる場合である。第2は正常な歯列が歯周病に罹患し歯周組織破壊が生じ,傾斜や挺出,歯間離開などの病的移動が生じる場合である。両者は歯周病の進行により咬合崩壊が起こる可能性がある。歯周病患者における不用意な矯正治療は,急速な歯周組織の破壊を生じることが報告1)されており,歯周病を改善してから治療を行うことが望ましいと考えられる。

侵襲性歯周炎は,限局型と広汎型がある。侵襲性歯周炎の特徴は,全身的には健康であるが急速な歯周組織破壊(骨吸収とアタッチメントロス),家族内集積がある。細菌性プラークの付着量は少なく,発症年齢は10~30歳代が多い。症例によってAggregatibacter actinomycetemcomitansA. actinomycetemcomitans)の存在比率が高く,二次的な特徴として生体防御機能,免疫応答の異常が認められることなどがある2)。また近年歯周病の新分類では侵襲性歯周炎が慢性歯周炎に含まれた3)が,治療の原則は変わらない。

本症例は,他院で矯正治療を着手した広汎型侵襲性歯周炎患者に対して矯正治療を中断し,歯周外科治療を含めた歯周治療を行うことにより歯周組織を改善し,矯正治療を再開し良好な結果を得た症例について報告する。

症例

患者:42歳,女性,主婦

初診日:2012年10月

主訴:右上奥歯の痛み

現病歴:患者は数年前からかかりつけ歯科医院で齲蝕治療および歯周治療のため加療中である。その後歯列不正もあり担当医の勧めで矯正治療を開始した。しかし矯正治療中に何度も歯肉が腫れ,歯周病が原因で歯が喪失してしまうこと懸念し歯周病専門医のいる当院にセカンドオピニオンを求め来院した。

口腔既往歴:かかりつけ歯科医院で数年前より齲蝕と歯周治療で通院していた。治療中は歯周病により何度も急性発作症状が生じ,その都度抗菌薬を処方されていた。その際に歯周病の原因の一つに歯列不正があることを担当医から指摘され,矯正治療を行うことで歯周病が改善されることを説明された。そこでかかりつけ歯科医院で矯正治療を開始することになった。矯正開始時には14,24,32の便宜抜歯が行われた。しかし矯正治療を開始しても歯肉の炎症は改善されず,不定期に歯肉の腫脹を繰り返した。

全身既往歴:特記事項なし

家族歴:特記事項なし

ブラキシズムあり 喫煙歴なし

1. 初診時現症

1)口腔内所見:歯肉は,浮腫性で全顎に発赤,腫脹を認めた。歯肉退縮は,全顎CEJから3~5 mm程度認め,歯間乳頭は大きく退縮していた。歯には矯正用ブラケットが装着され咬合は左右大臼歯が1か所のみの咬合接触を認めた(図1a)。

2)歯周組織検査結果:4 mm以上のProbing depth(PD)の割合は43.2%,Bleeding on Probing(BOP)は54.9%,O'Leary plaque control record(PCR)は38.0%,Periodontal inflamed surface area(PISA)の値は1236.6 mm2認められた。動揺度は16,15,13,11,25,31,41,42,47に1度,根分岐部病変は,16近心,26遠心,46頬側に1度,36に2度認められた(図1b)。

3)エックス線写真所見:全顎にCEJから6 mm以上の著明な水平的吸収を認め,11近遠心部,13遠心部,25遠心部,47近心部に垂直性骨欠損を認めた。17,26は根管充填されており根尖病変は認められない。36,46の根分岐部には,わずかにエックス線透過像を認めた(図1c)。

図1

初診時の臨床資料(2012年10月)

a 口腔内写真

b 歯周組織検査結果

c エックス線写真

2. 診断

歯周病が発症したと考えられる年齢,歯周組織の破壊状況から広汎型侵襲性歯周炎(ステージIII グレードC)と診断した。

3. 治療方針

1) 動機づけ

侵襲性歯周炎という歯周病の特徴を患者に理解してもらい,プラークコントロールの重要性や治療が長期的になることを説明し同意を得る。さらに歯周病の再発リスクを説明し治療後のリコールについても理解してもらう。

2) 歯周基本治療

歯周基本治療を行う上で,歯周病の進行が急速であることからも歯周基本治療において抗菌療法を併用しデブライドメントを行う。

3) 歯周外科治療

歯周基本治療で改善が認められない部位に対して,歯周外科治療を行う。その際歯周組織再生療法を併用する。

4) 矯正治療・口腔機能回復治療

歯周組織が改善後,再度矯正治療を行う。治療後に生じた審美問題は,修復もしくは補綴治療で回復させる。

5) サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)

SPTの重要性を説明し,定期的リコールを行う。

4. 治療計画

1)歯周病基本治療

動機づけ,口腔清掃指導,スケーリング・ルートプレーニング,暫間固定,修復治療,咬合調整,抜歯18,48

2)再評価

3)歯周外科治療

垂直性骨欠損部が認められる部位に歯周組織再生療法

4)再評価

5)口腔機能回復治療

矯正治療 便宜抜歯:34

修復治療:13,12,11,21,22,23

補綴治療:17

6)再評価

7)SPT

5. 治療経過

患者は2012年10月に来院し問診,口腔内検査,エックス線検査後,広汎型侵襲性歯周炎と診断し説明を行った。歯周治療開始にあたり,矯正治療を一時中止し歯周組織が改善し再開すること,治療期間が長期になることについて同意してもらった(図1a-c)。

歯周基本治療は,2012年11月より口腔清掃指導,スケーリング・ルートプレーニングを開始し,同年12月に再評価を行った。その際歯周組織の治癒反応が悪く初診時の状態から全く改善が認められなかった。そこで細菌検査を行った。細菌検査は数か所の深い歯周ポケットからサンプルを採取してDirect-Invader法(ビー・エム・エル社)にて行った。細菌検査の結果,A. actinomycetemcomitansPorphyromonas ginginvalisP. ginginvalis),Prevotella intermediaP. intermedia),Tannerella forsythiaT. forsythia)は菌数が5,000未満で対総菌数比率が0.00%であったがTreponema denticolaT. denticola)は菌数が8,500で対総菌数比率が1.27%であった(表1)。その後歯周基本治療中に13に急性発作が生じたため,デブライドメントと抗菌薬(セフゾン)の投薬を行った。13の急性発作後18日目にも27に急性発作が認めたため,27を含めた深いポケットの部位のデブライドメントを行った。その際抗菌薬はセフゾンからジスロマックに変更した。27急性発作処置後は,他部位での急性発作は認められなかった。

初診時のPCRは38.0%,主に臼歯部の隣接面にプラーク取り残しが認められ,プラークは,染め出し液にわずかに染色される程度認められた(図1b)。口腔清掃指導では,歯肉退縮が全顎に3~5 mm程度認められたため,ブラッシング時のストロークの大きさと力の入れ方について確認した。隣接部は歯間乳頭部の欠損により鼓形空隙が広かったので,歯間ブラシのサイズの確認及びブラシをしっかり歯面に適合させるように指導した。また患者から前歯部のブラックトライアングルから発音時に息が漏れること,歯の見た目が気になると訴えがあり清掃性に考慮しながら一時的にCR修復にて上顎前歯部の形態を修正し審美的な回復を図った。歯石の付着はPDの深さおよびBOPから予想されるほど多量の付着は認められなかった。スケーリング・ルートプレーニングは手用スケーラー(グレイシーキュレット)と超音波スケーラー(キャビトロン,デンツプライシロナ株式会社,東京)を用いた。装着されていた矯正用ブラケットは除去せず,また使用されていたワイヤーが太いサイズであったため,レベリング用のワイヤー(RESPOND,.0170,カボデンタルシステムズ株式会社,大阪)に交換し暫間固定と併用した。治療計画では,18,48を抜歯する予定であったが抜歯されている歯が数本あるため,患者の希望により保存した。

歯周基本治療後の再評価(図2b)では,PCRが38.0%から10.2%,BOPが54.9%から6.8%に改善しPDは6 mm以上が13%から0.6%,4~5 mmが30.2%から6.8%に改善した。動揺は,歯冠歯根比の関係や咬合関係からほとんど改善しなかった。分岐部病変は,16,26で改善し36,46は1度になった。13,25に歯の移動が認められた(図2a,b)。

13遠心の垂直性骨欠損は6 mmのPDが残存したため,歯周外科治療に移行した(図3a,b)。歯周外科治療は,エムドゲイン(EMD,ストローマン・ジャパン株式会社,東京)を使用し歯周組織再生療法を行った。その後外科治療後の再評価(図3c)では13の遠心PDは4 mmに改善した。他の4 mmのPDを認めた部位は,外科治療は行わなかった(図4a,b)。

歯周外科治療後の再評価から8か月後に歯周組織の炎症も消退していることから矯正治療を再開した。矯正治療は顔貌の分析,模型分析,セファロ分析(正面,側方)を行った。Facial typeはMesioと診断し,分析より上顎のスペースを考慮し34を抜歯した。上顎にはパラタルアーチを装着しアンカレッジロスを防ぐために口蓋部に歯科矯正用アンカースクリュー直径1.6 mm長さ8 mm(株式会社プロシード,東京)を2本使用した。治療は,レベリングからリトラクションアーチワイヤーで側方歯群の後方移動,ユーティリティアーチワイヤーで下顎前歯部部の圧下を行い,その後上下前歯部と臼歯部の統合としてセクショナルアーチワイヤーをコンティニュアスアーチワイヤーに変更し,歯列の調和を行いアイディアルアーチワイヤーで仕上げを行った。治療は約4年を必要とした(図5)。

その後口腔機能回復治療として17の補綴処置(セラミッククラウン)を行い,上顎の前歯部の審美改善にダイレクトボンディング修復を行った。そして,上下顎にリテーナーを作成した。口腔機能回復治療後,2019年再評価を行い,SPTに移行した(図6a-c)。

最新SPT時の口腔内所見は,全顎歯肉に発赤腫脹は認められず歯周組織は安定していた。PCRは17.3%でやや高いが,4 mm以上のPDの割合が4.5%,BOPは8.3%であった上下顎ともに残存歯に5 mm以上の歯肉退縮を認め15,16,25,26,35,36,45,46はとくに顕著である。同部位は歯間乳頭部の欠損により鼓形空隙が大きくなった。上顎前歯部は,修復治療により審美的回復を行った。エックス線写真所見では,13遠心部,47近心部の垂直性骨欠損の不透過性が亢進し,歯槽骨の明瞭化が認められた。11は,垂直性骨欠損が消失し骨が平坦化した(図7a-c)。

表1

歯周病原細菌検査結果

図2

歯周基本治療後の臨床資料(2013年2月)

a 口腔内写真

b 歯周組織検査結果

図3

歯周外科治療の口腔内写真とその経過(2012年3月)

a 口腔内写真:13(歯周組織再生療法:エムドゲイン®

b エックス線写真(術前)

c エックス線写真(術後)

図4

歯周外科治療後の臨床資料(2013年6月)

a 口腔内写真

b エックス線写真

図5

矯正治療後の口腔内写真(2018年6月)

図6

SPT移行時の臨床資料(2019年7月)

a 口腔内写真

b 歯周病組織検査結果

c エックス線写真

図7

SPT時2年目の臨床資料(2021年3月)

a 口腔内写真

b 歯周組織検査結果

c エックス線写真

考察

本症例は,侵襲性歯周炎の患者に対して歯周病の治療が十分行われない状態で矯正治療が開始され治療中の複数歯に急性発作を繰り返した患者に対して,矯正治療を中断し歯周治療を行い良好な結果を得た症例について報告した。侵襲性歯周炎は,発症年齢(10歳~30歳代),歯周組織破壊の速さ,家族性,免疫応答の異常などの因子で総合的に診断される2)。本症例の患者年齢は42歳であり発症年齢の範囲から外れているが,10年以上前より歯周治療の通院歴がある。また初診時の口腔内所見から全顎に5 mm以上のアタッチメントロスを認め,歯槽骨吸収度も大きく歯周病の組織破壊の程度から歯周病の発症は30歳代であることが推察された。また歯周病の重篤度から予想されるような多量のプラークや歯石の付着が認められず,スケーリング・ルートプレーニング時の治癒反応の悪さなどから総合的に広汎型侵襲性歯周炎と診断した。年齢による治療介入の違いによる報告は若年性歯周炎と後若年性歯周炎の患者に対する5年間の非外科治療効果の比較では,年齢による治癒反応に差は認められなかったとしている4)。他に侵襲性歯周炎の診断には,A. actinomycetemcomitansの存在比率の高さがあるが,本症例でも歯周基本治療時のスケーリング・ルートプレーニングの治癒反応の悪さから細菌検査を行った。しかし歯周病の進行悪化するとされるような閾値(A. actinomycetemcomitansが0.01~0.1%,P. ginginvalisが0.1~1.0%5))を超えたA. actinomycetemcomitansP. ginginvalisは検出されなかった。T. denticolaも対総菌数比率が1.27%で閾値(2.5~5%5))以下であった。この理由として前かかりつけ医で加療中に急性症状が繰り返し,その都度,抗菌薬が投薬されたため,発症時の細菌叢が変化したと考えられた。また,慢性歯周炎や急速進行性歯周炎ではA. actinomycetemcomitansP. ginginvalisの検出頻度に違いがなかったことも報告されている6)。したがって,発症年齢も含め,検出細菌だけで慢性歯周炎と侵襲性歯周炎の診断をするのは難しいと考えられる。しかし,細菌検査は抗菌薬の選択に利用できるメリットもあり,このような症例では有効な検査と考える。

広範囲に進行した歯周炎の治療には,2007年にクロルヘキシジンと抗菌薬を併用し24時間以内に全顎のSRPを行うフルマウスディスインフェクション(FMD)の報告があるが,術後の副作用として体温上昇が挙げられる7)。また本学会のガイドラインにも示されているように重度広汎型慢性歯周炎および広汎型侵襲性歯周炎などの進行した歯周炎に対して,深い歯周ポケットの減少や歯周病原細菌の抑制を期待し,歯周基本治療で,スケーリング・ルートプレーニングに併用した抗菌療法が提唱されている7)。その背景には,広汎型侵襲性歯周炎患者は宿主抵抗性が低く,P. ginginvalis菌やA. actinomycetemcomitans菌の多くは歯周組織内に侵入し,宿主防御機構を回避し宿主に定着すると考えられている8)。また,病状の進行による治癒反応性が個人レベルの要因に影響を受けやすくなるとも考えられている。抗菌療法ではアモキシシリンとメトロニダゾールの投薬が有効という報告9,10)があるが国内ではこの組み合わせで投薬することは認められていない。本症例においては,歯周基本治療時に急性発作が2回あり,1度目はセフゾン(セフェム系)を処方した。さらに,約2週後に他部位で急性発作が生じたためジスロマック(マクロライド系)に変更した。これは,前かかりつけ医治療時から抗菌薬を急性発作の度に処方していたことからβラクタム系抗菌薬に耐性菌が出現していた可能性が推測された。したがって,2回目の急性発作時は,発作部位だけでなく他の深いPD部のデブライドメントも併用し,抗菌薬の使用頻度が最小限になるように配慮した。また,抗菌薬の選択はガイドラインを参考にした7,11)。本症例の歯周基本治療時の細菌検査結果ではA. actinomycetemcomitans,P. ginginvalis,T. forsythia,P. intermediaT. denticolaの5菌種すべて閾値以下であったが,T. denticolaは8,500認められた。侵襲性歯周炎のような宿主抵抗性の低い患者ほど,細菌叢を生体に調和させることが必要と考える。本症例では,2回目の投薬以降,急性発作はなくなりBOPも劇的に減少した。

歯周基本治療後の再評価では,4 mm以上のPDの割合は43.2%から7.4%に減少し,BOPも54.9%から6.8%と初診時より大きく改善した。抗菌薬を併用したデブライドメントによってこのように炎症傾向が大きく変化することも侵襲性歯周炎の特徴と筆者らは考える。

しかし13には5 mm以上の改善しない深い歯周ポケットが残存したため歯周外科に移行した。骨欠損形態からEMDを使用した再生療法を選択した12,13)

歯周組織再生療法を成功させるために血餅の安定,スペースの確保および創傷の保護があげれられている14)。本症例では,血餅の安定のために動揺歯の管理が重要と考え,本症例では装着されているワイヤーを固定源として動揺をコントロールした。

歯周外科治療後の再評価では,再生療法を行った13部は最大11 mmのPDが4 mmまで改善を認め,エックス線所見では垂直性骨欠損部に骨様組織と思われる不透過像も確認することができた。垂直性骨欠損にEMDを使用した術後5年の経過でも通常のフラップ手術より臨床効果が高いことが報告されている13)

矯正治療の再開は,歯周外科治療後3~6か月歯周組織の炎症が安定していれば再開可能と報告されている8)ため,本症例では約8か月経過後,再開した。また,歯周病患者の矯正治療時でとくに考慮すべき点は,プラークをできるだけ除去し歯肉の炎症を減少させることである。そのため口腔清掃指導や矯正装置の選択および,治療中の歯周組織の管理が重要である15)。本症例での矯正開始時のPCRは2.9%であり,口腔清掃に関して非常に良好な状態を維持していた。

骨縁下ポケットが存在する歯に対して圧下を行った場合,上皮や結合組織に炎症がある場合はさらに歯周組織の破壊が進行する16)。仮に炎症がない場合はアタッチメントレベルには影響がないものの,矯正治療後には骨縁下欠損が消失していたが一層上皮組織が治療前の位置まで存在していたという報告がある17)。Melsenの組織学的研究ではフラップ手術後に圧下を行った場合,組織が健康であれば新生セメント質と新付着が獲得できたと報告されている18,19)。矯正治療を行う前には基本的には感染組織の除去は必須であることがわかる。一方矯正力による牽引側の組織においては骨縁上部や歯根膜に新生コラーゲン繊維が生産される20)。11の近遠心部の垂直性骨欠損の改善については,炎症の除去により歯周組織が健康になり,矯正治療で歯頚部の調和のための挺出力による歯根膜細胞の活性化により新生セメント質の形成が促される。また,前歯の後方移動により骨と歯根の距離が短縮されたことにより垂直性骨欠損が改善されたと考察する。

本症例では,すべての歯に水平性骨吸収を認め骨植状態も悪いことから,アンカーとなる歯の補強のため口蓋部に歯科矯正用アンカースクリューを使用した。治療では,ワイヤーサイズの選択やワイヤーの調整も歯の移動を観察しながら治療を行った。また,全顎に歯肉退縮量が多く認められたため,上下顎の歯列調和の他に歯頚線を揃えることにも配慮した。しかし上顎前歯部の歯間乳頭部の欠損は矯正治療では改善することは困難であった。その改善方法には近遠心隣接面を削合して歯冠形態修正を行う方法がある17)。本症例でも歯冠形態修正を行ったが,患者と術者が満足する審美改善を達成することはできなかった。そこで,補綴治療で改善することも考えたが,動揺歯の改善と生活歯の保存に配慮し,修復処置で対応した。

矯正治療は,約4年間をかけ長期間行った。矯正治療後の再評価でも,歯周病の再発は認められず安定した歯周組織を維持していた。Boydらの矯正治療開始前に歯周外科を行った報告では,歯周組織が健康であれば平均0.3 mm以上のアタッチメントロスを生じることはなかったとしている21)。本症例においても,歯周外科後から大きなアタッチメントロスを生じた部位は認められなかった。以上のことからも歯周病に罹患した患者の矯正治療は,歯周組織が健康な状態で行うことが重要であると示唆された。

矯正治療後の上顎前歯部の審美回復,発音時の息漏れ,食渣の停滞の改善は生活歯の保存的観点からダイレクトボンディング法による修復処置で対応した。その結果,口腔清掃状況にも問題なく患者にも満足の得られる状態に回復することができた。また,矯正治療で審美回復できなった上顎前歯部は,ダイレクトボンディング法による修復治療により生活歯の保存のみならず発音障害および口腔衛生状況が改善し患者も満足した。

口腔機能回復治療後は,咬合の調和と後戻りを考慮して矯正用の可撤式のリテーナー装置を上下顎に装着した。その時の再評価では,4 mmのPDが残存しているがPCR17.3%,BOP8.3%で安定した歯周組織を維持していた。しかし,動揺が25,31,41,42に1度認められ,今後も咬合状態も含めて経過を観察していく必要があると考える。また,上下顎臼歯部は歯肉退縮が5 mm以上認められた。歯周病の病態の安定に対して,細菌叢が変化したことから根面齲蝕のリスクが高くなることも推察され,リコール時のフッ化物の応用が必須と考えている。

SPTにおいては4 mmの歯周ポケットも残存しており歯周病の再発に注意が必要である。Lindheらの5年の経過報告からも動的治療から12か月で再発していることが報告22)されているが,現在3か月間隔のリコールでSPTを行っており,急性発作もなく安定した歯周組織を維持している。今後も炎症状態,動揺度の変化,根面齲蝕などに留意してSPTを行っていく予定である。

結論として侵襲性歯周炎に罹患した患者に対する矯正治療は,歯肉退縮と歯槽骨の吸収が生じる大きなリスクを伴う処置である。したがって,矯正治療を行う前に,健康な歯周組織に回復した状態で治療することが重要なことが示唆された。

本報告の要旨は,第65回春季日本歯周病学会学術大会(2022年6月4日,東京)において発表した。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
© 2023 特定非営利活動法人 日本歯周病学会
feedback
Top