2024 年 66 巻 4 号 p. 178-189
乳がんの既往を持ち上顎左側犬歯に原因不明の重度の歯肉退縮を呈した46歳女性に対して,根面被覆術と歯根端切除術を実施し,顕著な審美性の改善を得ることができた一症例について報告する。患者は原因不明の重度歯肉退縮が,がんの転移への不安や審美障害などによる精神的負担となっており,生活の質(QoL)が低下していた。病理組織学的検査により悪性腫瘍が否定されたため,歯周基本治療および感染根管治療を行った。その後,歯内―歯周病変に対する歯根端切除術と重度歯肉退縮への結合組織移植術を同時に行った。術後6か月で再度の結合組織移植術を行った。術前に16 mmあった歯肉退縮量は,再評価時に1 mmまで改善した。歯周治療により口腔内の状況の改善を実感することができ,QoLが改善したことが患者主観評価から示唆された。
This case report describes the treatment of a 46-year-old female patient with a history of breast cancer who presented with severe gingival recession of unknown etiology affecting the maxillary canine. A combination of apicoectomy and a root coverage procedure was performed, which provided significantly improved aesthetics. The patient reported experiencing psychological distress prior to the treatment due to concerns about cancer metastasis and aesthetic impairment caused by the severe gingival recession, which had resulted in a reduced quality of life (QoL). Histopathological examination ruled out malignancy, allowing for cause-related periodontal therapy and root canal treatment. Subsequently, apicoectomy and a connective tissue grafting procedure were performed concurrently to address the endodontic-periodontal lesion and severe gingival recession. A second connective tissue grafting procedure was performed six months postoperatively. The gingival recession, which measured 16 mm preoperatively, had decreased to 1 mm at the time of reevaluation. The patient also reported improvement in her QoL, as assessed by a subjective assessment method, following the periodontal therapy.
日本人女性が罹患するがんのうち,部位別では乳がんが最多である。2021年の乳がん罹患者は推計約10万人であり1),女性の約9人に1人が罹患すると言われている。さらに,乳がんは若年層の罹患が多いことや生存率が高いことから,乳がん罹患歴のあるがんサバイバーは増加傾向にある。がんサバイバーでは再発および転移への不安2)が精神的な負担となっており,再発不安を抱える者の特徴として体の変化に敏感になること,傷を含めて身体をよく観察するなどの身体症状の確認行動や,アドバイス希求などが知られている3,4)。このような再発および転移への不安は,生活の質(Quality of Life;QoL)の低下,社会機能の低下とも関連することが示されており5),適切な対応が求められている。
歯肉退縮は,辺縁歯肉の位置がセメントエナメル境から根尖側方向へ移動し,根面が露出した状態と定義され,加齢や不適切なブラッシングなどによる機械的刺激,炎症,歯周炎による歯周組織の喪失,矯正治療などにより起こることが知られている6,7)。歯肉退縮に対する治療としては根面被覆術が行われており,1980年代までは遊離歯肉移植術や歯肉弁側方移動術などの有茎弁移動術などが用いられてきたが,近年では結合組織職術や歯肉弁歯冠側移動術,もしくはそれらを組み合わせて実施されることが多い8)。審美的な要求の高まりや新規材料や技術の開発により,様々なフラップデザインや術式が提案されている。
本症例では乳がんの既往歴から歯肉がんを疑った歯肉退縮を伴う歯肉歯槽粘膜の形態異常に対して,歯周形成手術を行い審美性およびQoLの改善をえることができたため報告する。
・患者:46歳,女性(初診日:2019年4月)
・主訴:左上犬歯の歯肉退縮が気になる。
・現病歴:2017年9月より23歯肉に違和感を自覚。2018年10月頃より23の圧痛および歯肉退縮を自覚。近医より紹介された大学病院を受診し,エックス撮影およびComputed Tomography(CT)撮影を行ったが原因は特定されず,経過観察を行っていた。2019年3月から歯肉退縮の急激な進行および浸出液の滲出を自覚し,当院を受診した。
・歯科的既往歴:15,25は先天性欠損。歯周治療および歯列矯正治療の既往なし。
・喫煙歴:なし
・全身既往歴:2017年3月乳癌摘出手術
・服用薬剤:タモキシフェン(抗エストロゲン薬)
・家族歴・特記事項;なし
口腔内所見残存歯は17,16,14-11,21-24,26,27,31-37,41-47の26歯,歯周ポケット深さ(Pocket depth:PD)4 mm以上の部位は6点法にて0.6%,プロービング時の出血(Bleeding on Probing:BOP)は1.3%で動揺度は全て0であった。初診時,下顎前歯部舌側に歯肉縁上歯石の沈着を認めたが,O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)は17.3%で,口腔衛生状態は良好であった(図1b)。歯列弓は上下顎とも放物線状で,咬合状態について第一大臼歯におけるAngle分類は右側がII級,左側がI級,犬歯では左右ともにIII級であった。オーバージェット,オーバーバイトはともに0.5 mmであった(図1a)。主訴である23には13 mmの歯肉退縮および浸出液を伴う潰瘍形成を認め(図2a),最深部のPDは2 mmであった。打診痛および圧痛は認めず歯髄生活反応を示した。

a 初診時の口腔内写真(2019年4月)
b 初診時の歯周組織検査(2019年4月)
c 初診時のエックス線写真(2019年4月)

a 初診時の23(2019年4月)。歯肉退縮が進行しており,根尖周囲には滲出液を伴う潰瘍を形成していた。13 mmの歯肉退縮を認めた。
b CTによる23歯根部の水平断(2019年5月)。23の歯根(矢印)は頬側に位置しており,ハウジングから外れている。その他,異常所見は認められなかった。
c 23潰瘍部の病理組織画像(2019年5月)。腫瘍を疑う所見は認められず,炎症性潰瘍性病変と診断された。
d 口腔外科で処方されたステロイド剤の塗布により根尖部の潰瘍は緩解したが,歯肉退縮は16 mmとなった(2019年10月)。
e エックス線写真(2019年4月)。
f 2019年12月,23に急性炎症を認め根尖部へ至る5 mmの歯周ポケットを認めた。
g エックス線写真(2019年12月)。根尖周囲に透過像を認め,歯髄生活反応は消失していた。
全顎的な骨吸収は軽度であり,38の水平埋伏を認めた。主訴である23にはエックス線写真上で異常所見を認めなかった(図1c)。
診断23歯肉癌疑い,限局型慢性歯周炎 Stage I Grade A,歯肉退縮(Miller分類:class 2,Cairo分類:RT1)
治療計画1.23の確定診断および治療
2.歯周病検査
3.歯周基本治療
・口腔清掃指導
・38抜歯
・スケーリング・ルートプレーニング(SRP)
4.再評価
5.歯周外科治療
・23結合組織移植術
6.再評価
7.メインテナンス
23について悪性腫瘍を含む口腔粘膜疾患を疑ったため,当院口腔外科へ確定診断および治療を依頼した。2019年5月にCT撮影(図2b)および病理検査を実施した(図2c)。悪性腫瘍は否定され原因不明の炎症性潰瘍性病変と診断され,アズノール・トリアムシノロン・CMC軟膏が処方された。
2. 歯周基本治療口腔外科での23経過観察と並行して,歯周基本治療を実施した。口腔清掃指導として,スクラッビング法の指導を行った。潰瘍を形成していた23については,愛護的にブラッシングするよう指導を行った。また,4 mm以上のポケットを認める部位にはSRPを行った。アズノール・トリアムシノロン・CMC軟膏の塗布により2019年10月には23の潰瘍は緩解した。しかし歯肉退縮はさらに進行し,歯肉退縮量は16 mmとなった(図2d,e)。その後,2019年12月に23根尖部に急性膿瘍(図2f)を生じ,根尖部へ至る5 mmのPDおよびエックス線写真上で根尖周囲透過像を認めた(図2g)。また,打診痛は認めなかったものの,圧痛と歯髄生活反応の消失を認めたため,歯周―歯内病変(クラスII)と診断し,感染根管治療を行った(図3a)。急性症状が消失したのち,SRPを行った。

23に対する歯根端切除術および根面被覆術
a 根管充填後のエックス線写真(2020年1月)
b Laterally Stretched Flapを応用して受容床を形成(2020年6月)
c 根尖周囲の骨欠損内を掻爬したのち根尖から3 mmを切除し,逆根管充填を行った
d 口蓋より採取した結合組織
e 採取した結合組織を設置
f 隣接する角化歯肉を側方移動させ縫合
g 術後3か月。歯肉退縮量4 mm,歯周ポケット2 mmへ改善(2020年9月)
h エックス線写真(2020年9月)
2020年5月に再評価を行った。37遠心のPDは3 mm以下に改善し,患者も38の抜歯を希望しなかったことから,38の抜歯は行わなかった。23頬側には4 mmの歯周ポケットが残存しており,歯周―歯内病変と歯肉退縮に対する処置が必要であると判断した。そこで,歯周―歯内病変に対して歯根端切除術を,歯肉退縮に対して結合組織移植術を計画し,両者を同時に行う術式を計画した。乳腺外科担当医に対診をとり,歯周外科治療の実施に問題がないことを確認した上で,2020年6月に,Laterally Stretched Flap9)を応用した歯根端切除術および,結合組織移植術を実施した。まず23周囲に受容床を形成し(図3b),ハウジングから突出した頬側歯根面を可及的に切削後,歯根端切除・逆根管充填を行った(図3c,h)。口蓋から採取した結合組織(図3d)を受容床に設置し(図3e),隣接する角化歯肉を側方移動させて縫合を行った(図3f)。術後,創部の感染や壊死などを認めず経過は良好であったため,術後14日目に抜糸を行った。術後3か月で,歯肉退縮量は4 mmまで改善し,PDも2 mmへと改善した(図3g)。患者は歯肉退縮のさらなる改善を希望したため,再度根面被覆術を実施することを計画した。2020年12月に,23に2度目の結合組織移植術を行った。Envelope technique10)で受容床を形成した後,口蓋より採取した結合組織(図4b)を移植し,縫合糸をコンポジットレジンで頬側歯冠部に接着して懸垂縫合を行った(図4c)。術後,創部の感染や壊死などを認めず経過は良好であったため,術後14日目に抜糸を行った。術後3か月で,歯肉退縮量は1 mmまで改善し,PDも2 mmに維持されていた(図4d)。

患者の希望により再度23に対して根面被覆術を行った(2020年12月)
a 術前
b 口蓋より採取した結合組織
c エンベロープ状に受容床を形成し結合組織を設置したのち,角化歯肉に縫合した縫合糸を歯冠側に牽引しながら歯冠部にコンポジットレジンで接着
d 術後3か月。歯肉退縮量は1 mmまで改善(2021年3月)
2021年3月に再評価を行い,PDは全顎3 mm以下であり23の歯肉の性状,形態ともに安定していることを確認し,3か月毎のメインテナンスへ移行した。メインテナンス移行から2年3か月経過(2023年6月)し,23歯肉退縮の再発は認めず(図5a),良好なプラークコントロールも維持しており,歯周組織は安定している(図5a,b,c)。

SPT移行後2年1か月(2023年6月)
a 口腔内写真
b 歯周組織検査
c エックス線写真
本症例の患者背景として乳がんの既往があり,初診時は23の歯肉病変が悪性腫瘍ではないかと強い不安を感じていた。また,初診時の医療面接より23の歯肉退縮による審美障害が「人前で口をあけられない」など,社会生活,ひいてはQoLにも影響を与えていることが示唆されていた。そこで,本症例では歯周治療によるQoLの変化を評価するために,患者主観評価による口腔関連QoLのアセスメントを行った11)。Williamsらにより提唱されたOral Health-Related Quality of Life(OHRQL)モデル12)を用いて,歯周治療開始前とメインテナンス移行時の口腔関連QoLの変化を評価した。OHRQLモデルは,「痛み」,「口腔乾燥」,「食事・咀嚼」,「会話機能」,「社会機能」,「心理機能」,「健康認識」の7つの領域に関する質問項目で構成されており,各質問項目について0から4(もしくは0から2)の数値で回答する。各領域の合計得点を算出し,点数が低いほどQoLが高いと評価される。
OHRQLでの評価の結果,術前と比較して「社会機能」,「心理機能」に大きな改善が認められた(図6c)。「社会機能」(人前で笑うことができない,コミュニケーションに支障があるなどの社会生活におけるQoLを評価)について,術前は13点(16点満点中)だったが,術後は6点に改善した。また,「心理機能」(気分が落ち込む,リラックスできないなどの心理的なQoLを評価)について,術前は16点(16点満点中)だったが,術後は8点に改善した(図6c)。

a 上顎前歯部口腔内写真(2023年6月)
b 顔貌写真(2023年6月)
c 患者主観評価の変化。口腔関連QoLに対する患者の主観的な評価をOral Health-Related Quality of Life(OHRQL)モデルを用いて,初診時とSPT移行時に評価した。特に社会的機能(13→6)と心理的機能(16→8)に大きな改善が見られた。
口腔領域の悪性腫瘍のうち他臓器からの転移は約1%程度13)であるが,転移が認められた場合予後は不良である。本症例では,乳がん既往のある患者の23歯肉に認めた原因不明の潰瘍であったため,初診時には悪性腫瘍の可能性も考慮して診査を行った。医療面接の過程で,患者は自身の口腔内の状況が強い心理的負担になっていることが明らかとなった。心理的負担の原因は主に,1)歯肉退縮が急激に進行しているにも拘らず原因が不明であり,悪性腫瘍なのではないかという不安,2)歯肉退縮による審美障害による社会生活上の支障,歯肉退縮の進行による歯の喪失不安によるものと考えられた。そのため,まずは23潰瘍部の確定診断を行い,原因が解明されたのちには歯肉退縮に対する治療を行い,審美性を改善させることを目的とした治療計画を立案した。
口腔外科での生体組織診断を含む診察により悪性腫瘍の可能性は否定されたが,23部歯肉の潰瘍形成および歯肉退縮の原因は明らかにならなかった。CT所見より,23の歯根の位置が歯槽骨のハウジングから頬側に偏位しており,裂開型骨欠損がもともと存在していたところに,原因不明の炎症が起きたことで骨の裏打ちのない軟組織が喪失し,急激な歯肉退縮に至ったのではないかと推察される。さらに,初診時には23に歯内病変を疑う所見を認めなかったが,急性炎症の進行により根尖まで付着が喪失したことで,歯周―歯内病変を生じたと考えられる。したがって,23の歯周―歯内病変はクラスII(歯周病変由来型)であると診断し,感染根管治療を行った。
再評価後,根尖に至る歯周ポケットの残存を認めたため歯周―歯内病変に対する外科的な介入が必要と判断し,歯根端切除術を実施した。その際,まずは歯根端切除術を単独で実施し,創傷が治癒した後に歯肉退縮に対して根面被覆術を行うことも検討したが,歯肉退縮が根尖付近まで及んでおり,根面被覆術の受容床を形成する際に根尖まで十分にアクセス可能と判断し,歯根端切除術と根面被覆術を同時に実施することとした。さらに,歯根端切除術単独で実施するよりも根面被覆術を同時に実施する方が,根尖周囲骨欠損部周囲を確実に閉創することができ,創部の安定性が高まり術後の治癒に有利なのではないかと考えた。結果的に,歯根端切除術と根面被覆術を同時に行うことで,外科処置の回数を減らすことができ,患者の負担を減らすことができた。
本症例では,23の歯肉退縮について歯肉歯槽粘膜境を超える退縮ではあるものの近遠心歯間部のアタッチメントロスを認めなかったため,Miller分類のclass 2と診断した。Miller分類class 2の1歯単独の歯肉退縮に対しては,結合組織移植術をベースとした術式が推奨されており14,15),本症例においても結合組織移植術を計画した。結合組織移植術に用いるフラップデザインについては,様々なデザインが提唱されており,Langer & Langer technique16),Zucchelli technique17),tunnel technique18,19),Modified coronally advanced tunnel(MCAT)technique20),vestibular incision subperiosteal tunnel access(VISTA)21)など,様々な手法が提案され,根面被覆術の成功率は向上している8)。これら術式は一般的にフラップを歯冠側に移動させ縫合する術式であるが,本症例の歯肉退縮部は,近遠心的には狭く,歯冠―根尖側方向に大きく広がる形状であったため,辺縁歯肉を近遠心的に移動させる術式を採用することとした。辺縁歯肉を側方に移動する方法として,隣接角化歯肉に縦切開を入れ有茎弁を形成し移動させる古典的な側方移動術も検討したが,縦切開を用いない術式の方が術後の治癒や臨床成績に有利であるという報告があるため22),縦切開を用いない術式をとることとした。
Laterally stretched flap techniqueは2019年にCarranzaにより提唱された術式9)であり,歯肉退縮部周囲に部分層弁でエンベロープ状の受容床を形成し,結合組織を設置した後にフラップを近遠心的に寄せる形で縫合する術式である。この術式の適応は歯冠―歯根方向に大きく近遠心的に狭い形状の歯肉退縮とされており,縦切開を用いないことから術後の血流や創傷の安定性に有利であるとされている。本症例ではこの術式を用い,最大16 mmであった歯肉退縮量が1 mmまで改善し,93.8%の根面被覆を達成することができた(図7a,c)。Chambroneらによるレビューでは,Miller分類 class IもしくはIIの歯肉退縮に対して結合組織移植術を行った49本のランダム化比較試験の平均根面被覆率は86.97±9.68%8)と報告されており,本症例では良好な治癒成績を得ることができたと考えている。また,歯根が頬側に偏位しており術後の再発リスクは高いことが予想されたため,十分な厚みの結合組織を移植した。その結果,頬側に十分な厚みの角化歯肉を確保することができたため(図7b,d),歯肉退縮の再発リスクを軽減することができたと考えている。今後も注意深く臨床経過を追っていく予定である。
当該患者はがんサバイバーであり,22-87%のがんサバイバーが中~強度の再発や転移の不安を経験していると報告されている23)。強い再発不安はQoLに悪影響をもたらし,抑うつなどとも関連することが知られている。再発不安を抱える者の特徴として,身体の変化を詳細に調べたり,傷口をよく観察するなどのセルフチェック行動が知られているが,本症例においても23部の歯肉退縮に対して,近医および大学病院を受診するだけではなく,自身で該当部の写真を頻繁に撮影して記録する,23とは無関係と思われる別部位の身体症状と関連付けて解釈するなど,強い不安感が示唆される行動をとっていた。そのため,患者の再発不安を軽減するために口腔外科へ速やかな鑑別診断を依頼した。口腔外科にて悪性腫瘍が否定された後も,審美障害への懸念や「このまま歯が抜けてしまうのではないか」といった不安感の訴えが強く,会話などの社会生活に支障をきたしQoLが低下している様子が伺えた。
そこでOHRQLモデルを用いて口腔関連QoLを評価してみると,社会機能と心理機能で高得点,すなわちQoLが低下していることが分かった。病状について,歯肉退縮の原因は不明であるが直接抜歯の原因とはならないことなどを十分に説明した後,審美性の回復を強く望まれたため根面被覆術を計画した。術後,歯肉ラインの左右差は改善し審美性が大きく向上したため(図6a),治療の結果に対して非常に満足されていた。術後のOHRQLによる評価からも,社会機能と心理機能に関わるQoLに大幅な改善が見られた。社会的機能については,術前は23部の審美障害により,人前で笑ったり会話することに支障がでていたが,術後は気にすることなく笑ったり会話できるようになった(図6b)ことで,QoLが改善したと考えられる。また,心理的機能については,原因不明のまま急激に進行していく歯肉退縮に対して,がんの転移や,歯の喪失につながるのではないかという強い不安を感じていたが,悪性腫瘍が否定されたことや,根面被覆により視覚的に歯の喪失への不安感が払拭されたことが,心理的機能に関するQoLの向上に寄与したと考える。
がんサバイバーの心理的な負担に対する有効な介入方法は確立しておらず23),そのサポートは社会的な課題となっている。がん治療の進歩により相対的にがんサバイバーは増加しており,我々歯科医療従事者もがんサバイバーの診療にあたることはまれではない。本症例から,そのような患者背景を理解し,我々にできることを模索することの重要性,また場合によっては歯科医療的なアプローチによりそれら心理的負担の改善に貢献できる可能性があることが示唆された。また,従来の歯周組織検査やエックス線写真検査などだけではなく,QoLの評価など患者主観による評価なども加え,多角的に治療経過を評価することは有効であると考えられる。

術前の歯肉退縮量は16 mmであったが,術後は1 mm(根面被覆率93.8%)まで改善し,頬側には十分な厚みの角化歯肉を獲得することができた。
a 術前の頬側面観(2019年10月)
b 術前の咬合面観(2019年10月)
c 術前の頬側面観(2023年6月)
d 術前の咬合面観(2023年6月)
原因不明の歯肉退縮に対して,歯根端切除術と結合組織移植術を併用し,歯周組織の安定および審美性の改善を得ることができた。その結果,患者のQoL向上に寄与することができた。
本症例の治療にあたりご指導をいただきました東京科学大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野の先生方に深謝致します。
本論文の要旨は,第66回秋季日本歯周病学会学術大会(2023年10月14日,演題名「乳癌既往歴から歯肉癌が疑われた根尖付近まで至る重度歯肉退縮に対して根面被覆術と歯根端切除術を行った一症例」)において発表した。
三上理沙子:当該症例の主治医,論文執筆に関与
岩田隆紀:当該症例の主治医指導医,論文執筆に関与
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。