2025 年 67 巻 3 号 p. 111-121
歯科治療は痛みや緊張,振動を伴うことが多く,それらは患者に精神・身体的負担をもたらし,ストレス反応を引き起こす。本研究の目的は,スケーリング・ルートプレーニング(SRP)やEr:YAGレーザーによる歯肉縁下スケーリングが生体ストレス反応に及ぼす影響を明らかにすることである。
歯周炎を有する32名の患者を無作為に2群(スケーラー群,レーザー群)に割り付けた。5 mm以上の歯周ポケットが存在する3歯に対し,局所麻酔後,手用スケーラーによるSRPもしくはEr:YAGレーザーによる歯肉縁下スケーリングを行った。バイタルサインは治療直前,局所麻酔直後,および治療直後に測定した。採血は治療前と治療直後に,歯周精密検査は治療前と治療12週後に実施した。
局所麻酔直後に両群の体温や血圧,脈拍数は有意に上昇し(p<0.05),酸素飽和度は有意に低下した(p<0.01)。治療直後もそれらは同程度であった。2群とも多くの歯周パラメーターが治療12週後に改善したが,臨床的アタッチメントレベルの最大値はレーザー群においてのみ有意に減少した。いずれの項目においても,群間比較に差はなかった。
局所麻酔はバイタルサインを著明に変動させることが示された。また,局所麻酔下におけるSRPやEr:YAGレーザーを用いた歯肉縁下スケーリングはストレス反応に影響を及ぼさず,2群間に差はないことが示唆された。
Dental treatments frequently involve pain, tension, and vibration, which can impose mental and physical burdens on the patients, thereby triggering stress responses. The purpose of this study was to compare the effects of scaling and root planing (SRP) and subgingival scaling with a Er:YAG laser on the biological stress responses.
Thirty-two patients with periodontitis were randomly assigned to two groups (the scaler group and the laser group). For three teeth with periodontal pockets of 5 mm or more, SRP using a hand scaler or subgingival scaling with an Er:YAG laser was performed under local anesthesia. Vital signs were measured immediately before treatment, immediately after induction of local anesthesia, and immediately after treatment. Blood samples were collected before treatment and immediately after treatment, and periodontal examinations were conducted before treatment and 12 weeks after treatment.
Immediately after local anesthesia, significant increases of the body temperature, blood pressure, and pulse rate were observed in both groups (p<0.05), along with a significant decrease of the oxygen saturation (p<0.01). Similar values were obtained immediately after treatment. Improvement of the periodontal parameters was observed in both groups at 12 weeks after treatment. The maximum clinical attachment level was significantly reduced only in the laser group. No significant differences were observed between the two groups in any other parameters.
These results indicate that local anesthesia markedly alters the vital signs. In addition, no stress responses were observed to either SRP or subgingival scaling with a Er:YAG laser under anesthesia, indicating the absence of any differences between the two groups.
歯周炎は病原性細菌のバイオフィルムにより引き起こされる炎症性疾患である1)。この疾患は,バイオフィルムと宿主免疫応答との間の複雑な相互作用により,細菌叢のディスバイオシスと宿主炎症反応の調節不全が生じることで発症する1,2)。
歯周治療の主な目的は,病原性の強い細菌叢から宿主に適合した細菌叢への移行を促進し,臨床的・微生物学的に安定させることであり,その結果として炎症が消失する3)。スケーリング・ルートプレーニング(SRP)は,炎症の原因となる歯肉縁下のバイオフィルム,細菌性産物,歯石などの病原物質を除去するために,歯周治療で高頻度に行われる重要な処置である。一方,SRPは様々な非外科的治療の中で最も侵襲的な治療法である。我々はこれまでに,1/4口腔にSRPを行うと一過性の菌血症が発生することや4),フルマウスSRPの1日後に中等度の全身性急性期反応が起きることを報告してきた5)。
生体にストレスが加わると,大脳皮質や大脳辺縁系を経由し,視床下部―交感神経―副腎髄質系(SAM系)と視床下部―下垂体―副腎皮質系(HPA系)が防御反応として活性化される。その際に2つの応答系から放出される生化学物質(バイオマーカー)は,血圧や心拍数などバイタルサインを変動させる。これに免疫系の調節機能も加わり,生体の恒常性が維持されている6)。これらの反応系は種々の情報伝達物質を介して相互に連関する機構を有し,それぞれの反応系が補完,競合,あるいは増強因子となり反応を示している7)。
歯科治療は,治療時のストレスや恐怖感など,患者に強い精神的影響を及ぼしやすい。また,治療部位が気道と近接しており,口腔内には多数の脳神経が分布し血管も豊富であるという解剖学的特徴を有している。それゆえ,治療時の痛みや緊張・不安,器械の振動・作動音,口腔内への大量の注水といった精神的・身体的侵襲がストレッサーとして生体恒常性を変調させ8),不整脈9,10)や血管迷走神経反射11),過換気症候群12)を誘発することがある。
これまでに,抜歯10,13),支台歯形成14),根管治療14,15),超音波スケーラーを用いたスケーリング14,16,17),印象採得16,17)など,様々な歯科治療によるストレス反応の影響が報告されている。しかしながら,SRPによるストレス応答の実態は未だ明らかにされていない。さらに,それらの多くは限られたストレスマーカーの変化を示したものであり,SAM系,HPA系,免疫系の3つの応答系における影響を同時に調べた研究は,ほとんどない。
この分野における先行研究の大半は,ストレスと歯周病の関係18),心理的ストレスが歯科治療に及ぼす影響19),および歯科治療によるストレス評価10,13-17)であった。一方で,それらに対する予防策を検討した報告は少ない。心理療法20)や音楽療法21),アロマテラピー22),緑色ゴーグル着用による精神鎮静効果23)などの報告があるが,いずれも対症療法である。それゆえ,ストレスを軽減する方法ではなく,ストレス自体が低い治療法の確立が偶発症や合併症を予防する観点からも重要である。
エルビウム・ヤグ(Er:YAG)レーザーは発振波長が2.94 μmの表面吸収型レーザーである。水分子へのエネルギー吸収率がきわめて高いため,根面への熱傷害なしに,歯石の蒸散や根面のデブライドメントを行える24,25)。また,歯石直下の根面の無毒化や殺菌も期待できる26)。我々はこれまでに,Er:YAGレーザーによる歯肉縁下スケーリングは菌血症を引き起こさず,手用スケーラーを用いたSRPと臨床・微生物学的に同等の効果が得られることを報告している27)。
本研究の目的は,歯周炎罹患部位にSRPおよびEr:YAGレーザーを用いた歯肉縁下スケーリングを行った際のストレスマーカーの変化を調べ,比較検討することである。
本研究は,12週間の追跡調査を伴うパイロット臨床介入試験である。2022年4月から2023年3月までの期間に,神奈川歯科大学附属病院もしくは新潟大学医歯学総合病院を受診し,広汎型ステージII/III,グレードB歯周炎(中等度~重度の広汎型慢性歯周炎)28)と診断されている32名を対象とした。除外基準には以下が適用された:(1)残存歯が20本未満,(2)35歳未満,(3)過去6ヵ月以内に歯肉縁下スケーリングを受けている,(4)過去3ヵ月以内に抗菌薬または抗炎症薬を投与されている,(5)重篤な全身疾患(コントロールされていない糖尿病など)に罹患している,(6)喫煙者。本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,神奈川歯科大学研究倫理審査委員会(2021年3月30日,第752番)および新潟大学倫理審査委員会(2021年6月14日,2021-0017番)の承認を受け,臨床試験データベース(UMIN-CTR,No. UMIN000045863)に登録した後に実施した。すべての参加者から,自由意思に基づく研究参加への同意を書面にて受け取った。
2. 臨床プロトコル研究フローチャートを図1に示す。研究開始の4週以上前から,すべての参加者は数回の通院で標準的な口腔衛生指導,および全顎的な歯肉縁上スケーリングを受け,効果的なプラークコントロールを達成した(プラークコントロールレコード<20%)。その後,1名の著者(YN)が乱数表を用いて参加者を無作為に2群(スケーラー群とレーザー群,各16名)に分け,識別のため全参加者にコード番号を付けた。ベースラインのパラメーターとして末梢血採取と全顎の歯周病検査を実施し,5 mm以上のプロービングデプス(PD)を有する同側の3歯を対象歯として選定した。1週間後,対象部位に対し各処置を行った。要約すると,対象歯の歯肉頰移行部に表面麻酔剤(プロネスパスタアロマ,日本歯科薬品株式会社,山口)を1分間静置後,参加者へ麻酔を開始する旨を伝え,手用注射器(カートリッジ式注射器II型,デンツプライシロナ株式会社,東京)と31ゲージ(G)注射針(ニプロジェクト歯科用注射針,ニプロ株式会社,摂津)を用いて局所麻酔剤を歯肉頰移行部へ,奏功確認後に頰・舌側の歯間乳頭部へ緩徐に注入した。薬液は対象3歯に対し約1.5 mL使用し,一連の処置に計5分を要した。直前に測定した血圧値に応じて,局所麻酔剤は血管収縮薬配合麻酔剤(オーラⓇ注歯科用カートリッジ1.8 mL,株式会社ジーシー昭和薬品,東京)もしくは無配合麻酔剤(歯科用シタネスト―オクタプレシンⓇカートリッジ,デンツプライシロナ株式会社)のいずれかを使用した。スケーラー群においては手用スケーラー(Gracey curette original standard,Hu-Friedy,USA)を用いてSRPを実施した。レーザー群においてはEr:YAGレーザー装置(Erwin Adverl EVO,株式会社モリタ製作所,京都)とPS600TSチップ(株式会社モリタ製作所)を用いて,一定の照射条件(20 pps,50 mJ,注水下)にて歯肉縁下スケーリングを実施した。各処置は1歯あたり約5分,計15分間かけて行った。1回につき約5分間を要するバイタルサイン測定は計3回(治療直前,浸潤麻酔直後,治療直後)行われ,3回目の測定後すぐに末梢血を採取した。12週後に再評価の歯周精密検査を行った。なお,対象歯以外の治療は別日に実施した。
各測定および治療は,日本歯周病学会認定医・歯周病専門医の資格を有し,5年以上のEr:YAGレーザー使用歴がある2名の歯科医師(TH,TM)が,各群同人数を担当した。誤差抑制のため,研究開始前に数回,2種類の歯周病顎模型(P15FE-500HPRO-S2A1-GSF,P15FE-500HPRO-S2A1-GSD,株式会社ニッシン,京都)を使用して歯周病検査,局所麻酔,SRP,Er:YAGレーザー等の手技・操作法を確認した。歯周病検査のキャリブレーションにおいては,全顎のPDと臨床的アタッチメントレベル(CAL)を2回測定し,検査者内再現性を評価した5,29,30)。繰り返し測定間の一致率が±1 mm以内で少なくとも95%に達した後,検査者は再現性があると判断された。

研究フローチャート
以下の臨床的歯周パラメーターが歯周病検査で記録された:プラーク指数(PLI),歯肉炎指数(GI),プロービング時の出血(BOP),PD,CAL。プロービングには歯周プローブ(CP11 Color-Coded ProbeⓇ,Hu-Friedy)を用い,0.2~0.25 Nの軽圧にて測定した。PLIとGIは1歯につき4部位(頰側,舌側,近心,遠心),PPD,CALおよびBOPは1歯につき6部位(近心頰側,頰側,遠心頰側,近心舌側,舌側,遠心舌側)を記録した。これらの歯周パラメーターから,歯周上皮表面積(periodontal epithelial surface area:PESA)と歯周炎症表面積(periodontal inflamed surface area:PISA)を過去に報告された方法を用いて計算した31)。PISAは出血したポケット上皮の表面積を平方ミリメートル(mm2)で示し,炎症を起こした歯周組織の量を定量化するものである。
4. 血液採取採取前に,皮膚汚染の可能性を最小限にするため,静脈上の皮膚をエチルアルコール,次いでクロルヘキシジンで清拭した。その後,21 Gの安全機構付き翼状針採血セットと採血管を使用し,前腕肘窩の静脈穿刺により末梢血を4 mL採取した。室温で1時間静置した後,2,000×gで20分間遠心分離した。分離した血清サンプルは-80°Cで保存し,生化学分析のため速やかに臨床検査ラボラトリー(フィルジェン株式会社,名古屋)へ送られた5,29,30)。
5. バイタルサイン測定処置前の測定は5分以上の安静状態を保った後に,以降の測定は各処置後すぐに,いずれも座位で血圧(収縮期/拡張期血圧),脈拍数,呼吸数,体温,経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定した。血圧と脈拍数は上腕式血圧計(HCR-7202,オムロンヘルスケア株式会社,京都)により2回測定し,平均値を代表値とした。1分間の呼吸数は,胸部や腹部の動きを観察しながら数取器を用いて実測した。腋窩体温はデジタル体温計(テルモ電子体温計C232,テルモ株式会社,東京),SpO2はパルスオキシメーター(PULSOX-Neo,コニカミノルタ株式会社,東京)により計測した。
6. 血清中バイオマーカー分析市販の各専用キットを用いて,エンドトキシン(Human Endotoxin ELISA Kit,MyBioSource Inc.,USA),アドレナリン(EPI(Epinephrine/Adrenaline)ELISA Kit,Elbscience Biotechnology,USA),およびコルチゾール(Cortisol ELISA,Demeditec Diagnostics GmbH,Germany)に対する酵素結合免疫吸着測定法(ELISA法)を行った。高感度C反応性タンパク(hs-CRP)(Quantikine ELISA human CRP/CRP immunoassay;R&D Systems Inc.,USA)レベルはメーカーのプロトコルに従って,サンドイッチELISA法により定量した5,30)。IFN-γ,IL-4,IL-5,IL-6,IL-12p70,TNF-αは市販のキット(ProcartaPlex multiplex immunoassay panels;Thermo Fisher Scientific Inc.,USA)を用いて,メーカーのプロトコルに従いマルチプレックス解析により測定された5,29,30)。
7. 統計解析統計解析にあたり,すべての連続変数データについてKolmogorov-Smirnov検定を行った。バイタルサインは正規分布を示したため,平均±標準偏差で表し,群内比較は対応のあるt検定,群間比較はMann-Whitney U検定により評価した。歯周パラメーターと血清中バイオマーカーの正規性は棄却されたため,中央値(第1四分位数―第3四分位数)で表され,群内比較にはWilcoxon符号付順位和検定を,群間比較にはMann-Whitney U検定を用いた。性別分布はχ2検定を用いて解析された。すべての分析は,IBM SPSS Statistics(Version 28,日本IBM,東京)を使用し,危険率5%を有意水準とした。検出力分析は,効果量= 0.80,α= 0.05,検定力80%に設定して行った。その結果,サンプルサイズは1群あたり12人の参加者が必要であることが示された32)。したがって,数名の脱落者の可能性も含め,各群16名の参加者を募集した。
全ての参加者が研究プログラムを無事に終了した。試験期間中に全身または口腔の健康上問題を報告した者はいなかった。治療直前の血圧測定において正常高値血圧33)より高い値を示した23名(スケーラー群14名,レーザー群9名)に対しては血管収縮薬を含まない歯科用局所麻酔薬を,その他の9名(スケーラー群2名,レーザー群7名)には血管収縮薬を含有した局所麻酔薬を使用した。各群の対象歯種(前歯,小臼歯,大臼歯)分布数は,スケーラー群:14歯,16歯,18歯,レーザー群:24歯,15歯,9歯の計96歯であった。
表1は参加者情報と対象歯の歯周パラメーター変化を示す。2群の性別と年齢に統計学的有意差は認められなかった。ベースラインに比べて再評価時(治療12週後)のGI,BOP,PD,PD−最深部位(各対象歯の最深PD),PESAおよびPISAのスコアは両群とも有意に低下していた(p<0.05)。PLIとCALの最大値(各対象歯の最大CAL)は,レーザー群においてのみ有意に減少した(p<0.05)。群間比較においては,いずれの項目も有意な差はなかった。
表2に治療時(治療直前,局所麻酔直後,治療直後)のバイタルサイン変化を示す。局所麻酔直後に両群の体温,収縮期血圧,拡張期血圧および脈拍数が有意に上昇した一方,SpO2は有意に低下した(p<0.05)。呼吸数はレーザー群においてのみ有意に増加した(p<0.05)。治療直前に比べて治療直後の体温,収縮期血圧,拡張期血圧は両群とも有意に高かった(p<0.05)。対照的に,2群の脈拍数とSpO2は有意に低かった(p<0.05)。呼吸数はレーザー群においてのみ有意に低かった(p<0.05)。群間比較においては,いずれの項目も有意な差はなかった。
ベースラインと治療直後の血清中バイオマーカーの変化を表3に示す。レーザー群のIL-12p70のみ有意な上昇を認めた(p<0.05)。群間比較においては,いずれの項目も有意な差はなかった。32名の参加者に対し,アドレナリンは10名,IL-5は2名,TNF-αは1名からしか検出されず,他は測定限界以下(アドレナリン:≤ 18.75 pg/mL,IL-5:≤ 9.24 pg/mL,TNF-α:≤ 7.04 pg/mL)であった。

参加者情報および対象歯の臨床パラメーター変化

治療時のバイタルサイン変化

SRP/歯肉縁下スケーリングによる血清中バイオマーカーの変化
本研究の目的は,SRPやEr:YAGレーザーを用いた歯肉縁下スケーリングにおける一連の治療が生体ストレス反応に及ぼす影響を明らかにすることである。我々の結果は,局所麻酔によりバイタルサインは著明に変動するが,麻酔下のSRPやEr:YAGレーザーによる歯肉縁下スケーリングは,ストレス反応に影響しないことを示唆した。
参加者の内,高血圧症の現病歴を有していたのは11名であったが,治療直前の血圧測定では10名が高値血圧,13名がI度高血圧の値を示した33)。下地ら16),小田中らは,歯科治療開始前においても交感神経活動が亢進することを明らかにし,精神的ストレスが全身状態に与える影響が大きいことを示している34)。本研究においては,不安感や緊張による白衣高血圧に加え,参加者の多くが高齢であったことも関係した可能性がある。
局所麻酔直後に両群のバイタルサイン,とりわけ血圧が著しく上昇した。局所麻酔に対する不安や恐怖などの精神的ストレス,局所麻酔針の刺入・薬液注入時の痛みなどの身体的ストレス,および無痛が得られた後の知覚麻痺(痺れ感)などが交感神経活動を増加させ生体応答を起こしたと考えられる12)。一部の参加者においては,局所麻酔薬に添加されているアドレナリンのα1およびβ1作用も影響したと推測される12)。歯肉浸潤麻酔の交感神経活動への影響については,上昇35,36)と低下37)の相反した報告がある。Matsumuraらは,中高年者では局所麻酔時に交感神経活動の低下がみられることから,参加者の年齢によって反応が異なる可能性を示唆している37)。年代に加え,性別,罹患全身的基礎疾患,刺入回数,麻酔量なども関係しているかもしれない。
バイタルサインのほとんどは局所麻酔直後に2群とも有意な変化を示したが,意外にも呼吸数は異なっていた。呼吸運動は様々な神経の支配を受けており,吸息時に交感神経が,呼息時には副交感神経が優位に働く38)。また,呼吸筋は体性神経系の運動神経が支配している38)。そのため,呼吸数は他のバイタルサインよりも交感神経の支配率が低い。一方,本研究において血管収縮薬配合の歯科用局所麻酔薬を使用した9名の内,7名がレーザー群であった。有効成分のアドレナリンは不安や恐怖などの精神的緊張や身体的活動により,その血中濃度が迅速に変動し,交感神経活動を速やかに反映させることが知られている7)。それゆえ,レーザー群のみ呼吸数が増加したと推測される。
Er:YAGレーザーはレーザー光の照射による歯石の蒸散および破壊によりデブライドメントを行うため,手用器具のような強圧でのストロークは必要とせず,根面へのコンタクトチップの軽圧での接触で歯石を除去可能である39)。そのため,研究開始前に我々は,スケーラー群においては局所麻酔後のSRP治療手技によりストレス値はさらに上昇するが,レーザー群では上昇しない可能性があると考えた。しかしながら,2群とも治療直後の体温や血圧,SpO2は局所麻酔直後とほぼ同じであり,脈拍数に至っては治療前より低下していた。呼吸数も処置前と同程度もしくは減少していた。過去に,局所麻酔下でスケーリング34)や歯周外科治療36)を行っても,処置中に血圧や心拍数は変化しなかったという報告がある。一方,児玉らは抜歯操作が生体にストレスとして作用し,ストレスマーカーを上昇させると報告している40)。異なる結果の要因として,生体侵襲の程度や範囲,麻酔の持続時間,治療時間,患者の循環予備力や神経系反射機能などが関係していると考えられる41)。本研究における参加者の年齢は主に60代後半であったが,重篤な全身疾患を有していなかった。また,実施した治療は非外科的治療法の中では侵襲性が高いが,対象は3歯のみであり,麻酔後の治療自体は麻酔効果が持続している15分間で行われた。それゆえ,SRP治療自体は大きなストレッサーとならず,加えて時間が経つにつれて精神的なストレスが軽減していた可能性がある。それらは,いずれの時点においても2群間で差がなかった結果にも影響しているかもしれない。
研究プロトコルを立てるにあたり,ストレスの起因となるリスクは予測した上で,SRP/縁下歯石除去の前に最小限の浸潤麻酔を実施した。患者の不安感,疼痛,出血による術野の視認性低下などを考慮すると,麻酔下で処置を実施する方が患者にとって有益ではないかと我々は考えた。ポケット内に麻酔剤を注入する方法も検討したが,浸潤麻酔よりも痛みが強いことが示されているため用いなかった42)。さらに,出血に伴う一過性菌血症の影響も配慮した4)。Er:YAGレーザーの使用で菌血症の発生を抑制できた我々の過去の研究においても,浸潤麻酔を行った上での結果であった27)。しかしながら,より外径の細い注射針や歯科麻酔用電動注射筒を使用していれば,痛みによるストレス刺激を可及的に軽減できた可能性がある。
血清中バイオマーカーにおいて,hs-CRPとコルチゾールは2群ともベースラインに比べて治療後に軽度の上昇傾向が認められた。hs-CRPは感染症や組織損傷に伴う急性炎症に反応して肝細胞から合成・分泌される急性期タンパクである43)。歯肉縁下操作に伴う局所組織損傷による菌血症と生体免疫反応が軽度の急性炎症反応を示し,CRPの軽度上昇に寄与したと考えられる5,44)。コルチゾールは副腎皮質から分泌される主要な糖質ステロイドであり,HPA系の代表的なストレスマーカーである6)。しかしながら,いずれも換算すると基準値内(コルチゾール:6.4~21.0 μg/dL,hs-CRP:≤ 0.2 mg/dL)の変化であった45)。一方,アドレナリンはSAM系のストレスマーカーであるが,参加者の2/3は検出限界以下であった。いずれの応答系にも著明な変化が認められなかった結果に対し,いくつかの要因が考えられる。1)HPA系の反応時間は緩徐であり,数分から数十分で現れ,数十分から数時間で最大となる7)。局所麻酔をしてから2回目の採血までの時間は各種検査時間を含めても25分以内であり,HPA系の評価をするには採血のタイミングが早かった可能性が高い。2)SAM系の反応は迅速であるが,アドレナリンなどカテコールアミンの半減期は10~100秒と持続時間は短い46)。局所麻酔により一時的に上昇しても,治療直後の採血時にはかなり低下していたと予想される。加えて,アドレナリンの血中濃度は元々極めて低いため検出が困難であったと考えられる。3)それゆえ,SAM系やHPA系の変化が免疫系に及ぼす影響は小さかったと思われる。CRPや血中サイトカイン濃度は処置刺激後,数時間から数日を経て上昇することが多いため43),術直後の採血では炎症反応が十分に反映されなかった可能性がある。また,本研究では治療対象が3歯に限定されており,局所的かつ低侵襲な処置であったことから,全身性の生体反応が軽度であったことも関係したかもしれない。興味深いことに,レーザー群における処置直後のIL-12p70はベースラインに比べて有意に高かった。IL-12p70は,自然免疫および獲得免疫の橋渡しとなる主要な炎症性サイトカインであり,主に樹状細胞やマクロファージから産生される。T細胞やNK細胞の応答を制御したり,ナイーブT細胞に働くことによりIFN-γの産生を亢進させ,Th1細胞へと分化させる役割を担っている47)。本研究においてIL-12p70がわずかに上昇した原因は不明だが,レーザーによる生体刺激効果など様々な影響が考えられ,今後詳細な検討が必要である。
ストレスマーカーは血液に含まれるものが多く,その一部は尿,唾液,涙や汗など非侵襲的に採取できる生体試料でも分析可能である。しかしながら,尿検査では即時的なストレス反応を検出し難く,代謝物質を含めて測る必要が生じる6)。唾液採取は随時性や簡便性に優れるが,血漿中の成分が唾液中に移行する場合,濃度が数十分の一程度に減少するため,稀少量のマーカーでは検出が困難となる6,48)。また,歯肉縁下歯石の除去時に血液やレーザーの注水が唾液に混入する可能性が高い。これらの特徴を踏まえ,本研究において我々は血液を試料とした。ベースラインの採血は処置とは別日に行うことで,穿刺によるストレス刺激の影響を避けた。
本研究において,各群対象歯の臨床パラメーターは,SRP/縁下スケーリング後に同等の臨床的改善(GI,PD,BOP,PESA,PISA)を示した。とりわけ,CALの最大値はレーザー群においてのみ有意に減少した。これらは過去のいくつかの報告と同様の結果であった27,49)。Er:YAGレーザーによる非外科的な歯周ポケット治療については,これまでに多くの報告があるが,術式や照射条件,対象症例の違いなどにより,その評価はまだ一定していない50)。本研究の結果においても,Er:YAGレーザーの殺菌作用に加え,用いたレーザーチップの先端が手用スケーラーの刃部に比べて極めて小さいため効率的にポケット深部にアクセスできたこと,器具の直接的な接触が不要であるため歯周組織や周囲毛細血管への機械的損傷を最小限に抑制できたこと,およびレーザー群において単根歯の比率が高かった,などの要因が考えられる51)。
本研究にはいくつかの限界がある。まず,局所麻酔時の疼痛が主なストレス原因となり,その後のデブライドメントの影響がマスクされた可能性がある。第二に,サンプルサイズ計算に基づき参加者数を設定したが,患者症例数が比較的少なかった。加えて,治療直前の血圧値の関係から,レーザー群にアドレナリン含有麻酔薬の使用者が多くなり,バイアスになった可能性が高い。第三に,対象歯数と観察期間も全身的な影響を評価するには不十分であった。第四に,参加者は無作為に割り付けられたが,歯種の比率が一致していなかった。歯根面の解剖学的形態が複雑であるほどデブライドメントの難易度は高くなる。最後に,測定時間帯を限定していなかった。コルチゾールやアドレナリンには日内変動があり,検査値に影響した可能性がある。
局所麻酔はストレッサーとしてバイタルサインを著明に変動させる。麻酔下におけるSRPやEr:YAGレーザーによる歯肉縁下スケーリングはストレス反応に影響を及ぼさず,2群間に差はないことが示唆された。
今後は,非麻酔下処置のストレス反応を,数日にわたり,非侵襲的に採取した検体を用いて高感度で分析することが求められる。その際,年齢層・歯種・侵襲度などの多角的解析や,ビジュアルアナログスケールのような痛みの評価も取り入れることで,より包括的な評価が行えるかもしれない。
本研究の遂行にご協力を頂きました深沢隆紀先生,神奈川歯科大学附属病院臨床検査部および新潟大学医歯学総合病院看護部の関係者各位に深く御礼申し上げます。また,貴重なご助言をいただいた日本歯科大学新潟生命歯学部生理学講座の佐藤義英教授に感謝の意を表します。本研究の一部はJSPS科研費(17K11984,19K19021,24K13225),日本歯周病学会企画調査研究助成(2018年度),および神奈川歯科大学大講座基幹研究若手プロジェクト(2018~2020年度)の支援を受けて行われました。本研究のために株式会社モリタ製作所よりEr:YAGレーザーの貸与を受けましたが,研究デザイン,データ収集・解析,および論文作成においては一切関与していません。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。