日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
認知機能と口腔の健康:歯周病と口腔機能の関連性に係る最新の知見と今後の展望
石原 裕一松下 健二
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2026 年 68 巻 1 号 p. 16-24

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要旨

超高齢社会において健康寿命延伸の阻害要因である認知症の予防は喫緊の課題である。近年,認知症の新たな修正可能リスク因子として「口腔の健康」が注目される。本稿では,認知機能と口腔の健康の関連を「歯周病」と「口腔機能」の二側面から最新知見を概説し,臨床応用と今後の展望を考察した。歯周病と認知症の関連は,多数の疫学研究に加え,歯周病原細菌の脳内侵入や全身性炎症を介した経路など,生物学的メカニズムの解明が進んでいる。一方,口腔機能では,従来の咀嚼機能に加え,認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)と関連するオーラルディアドコキネシス(ODK)など,より巧緻な機能の重要性が示唆される。我々の研究で,特にODK/ka/の低下がMCIの独立したリスク因子であることを見出した。これらの知見は歯科専門職に新たな役割を提示する。日常臨床での口腔状態の変化は「認知機能低下の早期サインを捉える窓」となりうる。また,患者の認知特性に配したセルフケア指導法の開発や,オーラルフレイルへの予防的介入のエビデンス創出も今後の重要な課題となっている。口腔管理を,認知症予防だけでなく,全身の健康とquality of life(QOL)を維持向上させる包括的アプローチの一環と捉えることが,超高齢社会における歯科専門職の責務である。

1. はじめに

世界に先駆けて「超高齢社会」に突入した我が国において1),単に寿命を延ばすだけでなく,自立した日常生活を送れる期間,すなわち「健康寿命」を延伸することは,国民全体のquality of life(QOL)を維持向上させる上で喫緊の国民的課題となっている。平均寿命と健康寿命との間には依然として約9年から12年ほどの乖離が存在しており2),この期間の延伸を阻害する要因を特定し,効果的な対策を講じることが急務である。なかでも,自立した生活と尊厳を損なう最大の要因として深刻な脅威となるのが認知症である。実際に,厚生労働省の国民生活基礎調査によれば,認知症は要介護状態に至る原因の第一位を占めており(図13),そのインパクトの大きさは計り知れない。従来,2025年には日本の高齢者の約5人に1人が認知症に罹患すると推計されていたが4),より新しい全国調査に基づく推計では,同年の有病率は12.9%(約8人に1人)と報告されている5)。いずれにせよ,その予防とケアは医療経済的にも社会的にも極めて重要な意味を持つ。

しかし,近年の研究は,認知症が必ずしも不可避な老化現象ではない可能性を示唆している。権威あるThe Lancet Commissionは2024年の最新レポートにおいて,生涯にわたるリスク管理によって認知症の約45%が予防または遅延しうるという科学的推計を示した6)。その鍵となるのが14の修正可能な危険因子である。同委員会はこれらの因子をライフコースの観点から「早期(45歳未満)」「中年期(45-65歳)」「高齢期(65歳超)」に分類し,それぞれの重要性を示している。表1に,各因子の具体的なリスク比と人口寄与割合をまとめた。

そして,これら既存のリスク因子と密接に関連し,かつ独立した因子として,近年「口腔の健康状態」もまた,認知症の修正可能なリスク因子候補としてその重要性を指摘するエビデンスが,複数のメタアナリシスによって蓄積されつつある7,8)。しかしながら,興味深いことに,今回の2024年版レポート6)では「口腔の健康」は独立したリスク因子として採用されなかった。この点について,レポートの著者らは,口腔の健康と認知症の関連は認めるものの,その関連が教育歴や他の健康状態といった交絡因子によって説明される可能性があり,因果関係が依然として不明確であることを理由として挙げている9)。この議論は,本稿のテーマでもある「逆の因果関係(reverse causality)」の問題と直結する。例えば,Asherらの縦断研究に限定したメタアナリシスでは,観察された関連の一部は認知機能の低下が口腔衛生状態の悪化を招いた結果である可能性を排除できず,エビデンスの質は全体として低いと結論付けている10)。また,Dibelloらの報告でも,研究間の定義や評価方法の異質性(heterogeneity)が大きいことから,関連性は認められるものの,その解釈には慎重さが求められると述べられている8)

こうした背景を踏まえ,本稿では,認知症の新たな修正可能なリスク因子候補として注目される「口腔の健康」に焦点を当てる。具体的には,炎症性疾患の代表である「歯周病」と,摂食嚥下や構音を司る「口腔機能」という二つの側面から,それぞれが認知機能に及ぼす影響に関する最新の知見を体系的に概説し,臨床現場における予防的介入の可能性と今後の展望について考察したい。

図1

要介護となった主な原因の構成割合

文献3)36ページ 第13表の構成割合を改変

表1

の修正可能な14の危険因子とリスク比・人口寄与割合(ライフコース別)

The Lancet Commission 2024 の報告を基に作成 詳細は文献6)参照。

2. 歯周病と認知症の関連:疫学研究からメカニズム研究へ

「はじめに」で述べたように,歯周病と認知症の関連を示唆する疫学研究は数多く存在する。本章では,まずその関連性を示した代表的な臨床疫学研究を概観し,そこから浮かび上がった「なぜ歯周病が脳に影響を及ぼすのか?」という問いに答えるべく進められてきた,生物学的メカニズムに関する基礎研究の知見を解説する。

1) 関連性を示唆する臨床疫学研究の潮流

歯周病と認知機能低下の関連は,2000年代から複数の横断研究や縦断研究(コホート研究)によって報告されてきた7,8)。初期の研究では,主に歯の喪失本数や歯周病の重症度が認知機能レベルや将来の認知症発症リスクと関連することが示されてきた8)。さらに,病態の進行に焦点を当てた研究もあり,例えばアルツハイマー病(AD)と診断された患者において,歯周病が存在するとその後の認知機能低下が著しく加速することが報告されている11)。例えば,米国の高齢者を対象としたNun Studyでは,残存歯数が少ない群は,多い群に比べて認知症の発症リスクが高いことが報告されている12)。また,わが国における久山町研究でも,残存歯数が少ない群で,ADや血管性認知症の発症リスクが有意に高まることが示された13)。これらの疫学研究は,口腔の健康状態が単なる局所の問題ではなく,脳の健康とも密接に関わっている可能性を強く示唆し,その背景にある生物学的なメカニズムを解明しようとする基礎研究の大きな原動力となった。

2) 基礎研究から示唆される生物学的メカニズム

疫学研究で示された関連の背景には,主に2つの生物学的経路が想定されている。

(1) 歯周病原細菌による「直接的な経路」

第一は,歯周病原細菌やその菌体成分が血行性に脳内へ侵入し,直接的に神経病理変化を誘発する経路である。特に,歯周病のキーストーンパソジェン(keystone pathogen)と目されるPorphyromonas gingivalisP. gingivalis)の関与が注目されている14)P. gingivalisやその菌体外膜成分であるリポポリサッカライド(LPS),さらには菌が産生する特有のタンパク質分解酵素であるジンジパイン(gingipain)が,炎症を起こした歯肉の血管から血流に侵入する。そして血液脳関門(Blood-Brain Barrier:BBB)を通過,あるいはその透過性を亢進させて脳内に到達する可能性が示されている15)。実際に,ヒトの細胞で構築したin vitro BBBモデルにおいて,P. gingivalis由来のLPSや菌体外膜小胞(OMV)が関門の透過性を高め,LPS自体が関門を通過することが直接的に確認されている16)。実際に,ADモデルマウスなどにP. gingivalisやLPSを慢性的に全身投与する動物実験では,脳内のミクログリアやアストロサイトの活性化といった神経炎症の惹起,ADの病理学的特徴であるアミロイドβ(Aβ)の産生・沈着,リン酸化タウタンパク質の蓄積,それに伴う学習・記憶能力の低下といった,AD様の病態が繰り返し報告されている17)。さらに我々の研究では,より臨床に近い状況を模倣し,ADモデルマウスにP. gingivalisを口腔内感染させることで歯周炎を誘発するモデルを構築した。その結果,歯周炎を発症したマウスでは,対照群と比較して脳内のAβ沈着が増加し,炎症性サイトカイン(IL-1β,TNF-α)が上昇,それに伴い認知機能が有意に悪化することを確認した18)。このとき,血中および脳内でP. gingivalis由来のLPSレベルの上昇が認められており,歯周病巣からの細菌成分が脳に到達し,脳の炎症とAD病態の悪化に関与する可能性が強く示唆された。特に,AD患者の死後脳からP. gingivalis由来のジンジパインが検出されたという報告は大きな注目を集めた19)。同研究では,マウスへの口腔内感染で脳内への菌の侵入とAβ産生の増加が起こること,そしてジンジパイン阻害剤の投与が脳内菌量を減少させ神経細胞を保護することも示された。この発見は,ジンジパインを特異的に阻害すればADの進行を抑制できるという「ジンジパイン仮説」の強力な根拠となり,治療薬開発を活発化させた。しかし,この仮説に基づき開発された阻害剤(Atuzaginstat)の第2/3相臨床試験では,主要評価項目を達成できず,肝毒性の懸念から開発が中止された20)。この結果は,P. gingivalis単独犯説の限界,あるいはより複雑な病態への関与を示唆している。

(2) 全身性炎症を介した「間接的な経路」

第二は,間接的な経路である。これは,炎症性歯周組織から持続的に産生される腫瘍壊死因子(TNF-α)やインターロイキン-1β(IL-1β)といった炎症性サイトカインが血中に放出され,全身性の軽度慢性炎症状態(systemic chronic low-grade inflammation)を引き起こすというものである21)。実際に,歯周炎を誘発したADモデルマウスでは,血中の炎症マーカーの上昇と共に脳内での神経炎症が増悪し,認知機能の低下が加速することが報告されており,これらのサイトカインが循環を介して脳に作用し,間接的に認知機能低下に寄与するというメカニズムが支持されている22)

3) 本章のまとめ

以上のように,臨床疫学研究で示された歯周病と認知症の関連性は,その後の基礎研究によって「直接的な経路」と「間接的な経路」という複数の生物学的メカニズムによって支持されつつある。これにより,歯周病が認知症の病態生理に能動的に関与しうるという仮説の確度は高まっている。

3. 認知症と口腔機能の関連

前章では,歯周病という炎症性疾患と認知症の関連を概説した。本章では,もう一つの重要な側面である「口腔機能」に焦点を当てる。口腔機能とは,単に食物を咀嚼する(噛む)機能だけでなく,食物をまとめて飲み込む「嚥下機能」,言葉を発する「構音機能」など,生命維持と社会生活に不可欠な多様な機能の総称である23)。これらの機能が加齢や疾患により低下した状態は「オーラルフレイル」と呼ばれ,近年,全身のフレイルや要介護状態に至る入口として警鐘が鳴らされている23)。Dibelloらのシステマティックレビューによれば,オーラルフレイルは「加齢に伴う口腔機能の段階的な喪失であり,認知機能や身体機能の低下を伴うもの」と定義されており,その構成要素として歯数減少,咀嚼機能低下,オーラルディアドコキネシス(ODK)の低下などがフレイルと強く関連することが示されている24)。この定義は,口腔機能の低下が単独の問題ではなく,認知機能と密接不可分な関係にあることを示唆している。このような背景から,本章ではまず伝統的に研究されてきた「咀嚼機能」と認知機能の関連を概観し,次いで近年軽度認知障害(MCI)との関連で注目される「舌・嚥下・構音機能」に関する最新の知見を整理する。

1) 咀嚼機能の低下と認知機能

口腔機能と認知症の関連を論じる上で,最も古くから研究されてきたのが咀嚼機能,特に歯の喪失との関連である。残存歯数の減少と認知機能低下との関連は多くの疫学研究で指摘されているが8),システマティックレビューでは研究間の異質性などから,その関連は未だ結論が出ていないとする報告もある25)。例えば,Tadaらのシステマティックレビューでは,咀嚼能力の低下が認知機能低下のリスク因子であることが示されている26)。また,わが国の久山町研究では,残存歯数が少ない高齢者ほど認知症の発症リスクが有意に高まることが報告された13)。この関連の背景にあるメカニズムとしては,(1)咀嚼運動による脳血流の増加や,歯根膜からの感覚入力が海馬などの記憶を司る領域を賦活するが,歯の喪失によりこの刺激が減少し,神経細胞の萎縮や機能低下を招くという仮説27),(2)咀嚼機能の低下が,摂取できる食品の偏りによる低栄養や,食事の楽しみの喪失による社会的孤立を招き,間接的に認知機能に影響を及ぼすという仮説28,29),などが提唱されている。これらの知見は,歯を維持し,適切な義歯などで咀嚼機能を確保することの重要性を強く示唆するものである。

2) 舌・嚥下・構音機能の低下とMCI

咀嚼機能に加えて,近年,より巧緻で複雑な神経制御を要する舌の運動機能,嚥下機能,構音機能と認知機能との関連が注目を集めている。特に,認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の段階でこれらの機能にどのような変化が生じるかを明らかにすることは,認知症の早期発見と予防介入の観点から極めて重要である。この点に関して,我々が最近報告した研究(Pearl study)は新たな示唆を与えるものである30)。本研究は,もの忘れ外来を受診した,自立度の高い高齢者を対象に,認知機能(正常,MCI,認知症)と各種口腔機能との関連を横断的に調査した。その結果,年齢やbody mass index(BMI)などの交絡因子を調整した後でも,他の口腔機能指標はMCIのリスクと有意な関連を示さなかった。一方で,舌や口唇の巧緻性・協調性を評価するODKのうち,特に舌根部の軟口蓋方向にむけての運動を反映する/ka/音の秒間発音回数の低下が,MCIのリスクと独立して強く関連していることを見出した(表230)

ODKは,/pa/(口唇),/ta/(舌尖),/ka/(舌根部)という異なる構音点の音節を高速反復させる検査であり,それぞれの運動を司る神経系の機能を簡便に評価できる。本研究の結果は,認知機能低下の極めて早期の段階であるMCIにおいて,単純な筋力(舌圧など)の低下よりも先に,舌根部のような,より複雑な運動を制御する神経系の機能障害が表出する可能性を示唆している30)。舌根部の運動は嚥下反射とも密接に関わり,舌咽神経や迷走神経,舌下神経といった複数の脳神経が調和して働くことで成り立っている31-33)。このため,ODK/ka/の低下は,認知機能と共通の基盤を持つ神経ネットワークの機能不全を捉える早期マーカーとなりうるのではないかと考えられる。

表2

軽度認知障害(MCI)のリスクと各種口腔機能指標との関連

*認知機能正常群を基準としたMCIのリスク。詳細は文献26)参照。

1)ODK:オーラルディアドコキネシス舌口唇運動機能評価

2)RSST:反復唾液嚥下テスト

3) 本章のまとめと今後の展望への示唆

本章で概説したように,認知機能と口腔機能の関連は,従来の「咀嚼機能」中心の議論から,舌の巧緻な運動や嚥下・構音といった,より「複雑な神経制御を要する機能」へと研究の焦点が広がりつつある。我々の研究30)をはじめとする近年の知見は,ODKのような非侵襲的で簡便な検査が,MCIのような認知機能低下の早期段階のリスクをスクリーニングする上で有用なツールとなる可能性を示している。しかし,これらの知見の解釈には慎重さが求められる。第一に,我々の研究を含む多くが横断研究であり,観察された関連が「認知機能低下が口腔機能低下を招いた」という逆の因果関係である可能性を否定できない。この因果の方向性を明らかにするためには,地域住民などを対象とした大規模な縦断追跡研究が不可欠である。第二に,もし口腔機能の低下が認知機能低下の「原因」であるならば,機能低下を改善させる介入が認知症予防に繋がるはずである。これまで口腔機能訓練に関する介入研究は,脳卒中後遺症などによる重度嚥下障害者を対象としたものが多く,理学療法士や作業療法士,言語聴覚士といったリハビリテーション領域が主導してきた。Jamilらのシステマティックレビューが示すように,そのアプローチは神経筋電気刺激(NMES)療法,嚥下筋の抵抗運動,努力嚥下訓練といった,すでに顕在化した嚥下障害に対する治療的リハビリテーションが中心であった34)。これに対し,オーラルフレイル予防の観点からは,対象と目的を大きく転換する必要がある。すなわち,より健康な一般高齢者やMCIの段階にある人々を対象に,歯科専門職が主導して,口腔機能のわずかな衰えを改善し,認知機能の維持・向上を目指す予防的介入を行うことである。特に本稿で注目したODKのような巧緻性を高める舌や口唇の運動訓練が,認知機能にどのような影響を与えるかを検証する質の高いランダム化比較試験(RCT)のエビデンス創出が急務である。これは,治療中心のリハビリテーションとは異なる,予防的アプローチという歯科が認知症予防において果たしうる新たな役割を確立する上で,極めて重要な挑戦と言えるだろう。

4. 臨床への応用と今後の展望

本稿では,認知症の新たな修正可能なリスク因子候補として「口腔の健康」に焦点を当て,「歯周病による全身性炎症」と「口腔機能の低下」という2つの側面から最新の知見を概説した。これらの研究は,口腔が脳の健康と密接に関連することを示唆する一方で,臨床応用や公衆衛生施策に繋げるには,いくつかの重要な課題と向き合う必要がある。本章では,これらの課題を整理し,今後の歯科専門職が果たすべき役割について展望したい。

1) 共通の課題:因果関係の解明

本稿でレビューした2つの関連性(歯周病と認知症,口腔機能と認知症)に共通する最大の課題は,観察された関連における「因果の方向性」の解明である。臨床現場でしばしば経験されるように,「認知機能の低下が,口腔清掃などのセルフケア能力を損ない,結果として歯周病を悪化させる」という「逆の因果関係(reverse causality)」の可能性は,依然として大きな論点である10)。この因果の方向性を明らかにするためには,質の高い長期的な前向きコホート研究が不可欠である。

2) 歯科専門職が果たすべき新たな役割

一方で,因果の方向性が確定するのを待つまでもなく,歯科専門職は認知症予防とケアにおいて重要な役割を担うことができる。むしろ,逆の因果関係の可能性は,我々に新たな役割と視点を与えてくれる。

(1) 認知機能低下の早期サインを捉える「窓」

歯科医院は「患者の口腔状態の変化を,定期的かつ客観的に評価できる場所」であり,これは認知機能低下の初期サインを捉える「窓」となる可能性を秘めている。例えば,定期検診でプラークコントロールの急激な悪化が認められた場合,それは単なるブラッシングの怠慢ではなく,認知機能や意欲の低下といった背景が隠れているサインかもしれない。同様に,我々の研究が示したODK/ka/の低下は,MCIのリスクを示唆するより早期の機能的マーカーとなりうる30)。こうした口腔内の変化を早期に検知し,必要に応じてかかりつけ医への受診を勧めたり,地域包括支援センターと情報共有したりすることは,医科歯科連携による早期介入の重要な起点となり得る。

(2) 認知特性に配慮したセルフケア指導への応用

特に,認知機能が低下した高齢者に対しては,従来の画一的な口腔衛生指導(TBI)のあり方を見直す必要性が指摘されている35)。我々が実施したPearl studyの解析では,中等度から重度の歯周病を持つ患者は,健常者に比べ「視空間機能」「注意」,そして「命令追従」といった特定の認知機能が有意に低下していることが明らかになった36)。歯周治療の成功は患者のセルフケア遂行能力に大きく依存する。このことは,従来の指導法が認知機能の低下した高齢者には有効に機能しづらい可能性を示している。例えば,顎模型と歯ブラシを用いて視覚的に説明するだけの指導では,「視空間機能」が低下した患者は,自身の口腔内でのブラシの動きを正確にイメージし,再現することが困難かもしれない。この課題に対し,以下のような新たなアプローチが考えられる。①触覚フィードバックの活用:視覚情報に頼るだけでなく,患者の手を取り,術者の手の上からブラシを動かす「ハンズオン」形式で指導することで,口腔内でのブラシの接触圧や動かし方を触覚的に学習させる方法である。これにより,視空間認知への依存を減らし,より直感的な理解を促せる可能性がある。②家族・介護者との連携強化:「注意」や「命令追従」の機能低下を考慮すると,患者本人への指導だけでは不十分な場合が多い。指導の要点をまとめたメモを渡すだけでなく,同伴する家族や介護者に対し,患者の認知特性に合わせた具体的な声かけの方法や確認のポイントを共有することが,セルフケアの継続性を高める上で極めて有効となるだろう。③テクノロジー活用の展望:さらに未来的な展望として,VR(Virtual Reality)技術の応用も期待される。Yangらのメタアナリシスでは,MCI高齢者に対するVR介入が,特に記憶,注意,実行機能といった認知領域の改善に有効であることが示されている37)。この知見を応用し,モーションセンサーを内蔵した専用歯ブラシとVRゴーグルを組み合わせることで,ゴーグル内に映し出された自身の顎模型上で,実際のブラシの動きをリアルタイムに確認できるようなトレーニングシステムが開発されれば,「視空間機能」と「口腔セルフケア技能」の両方を同時に改善する画期的なツールとなりうる。

(3) 予防的介入のエビデンス創出

歯科専門職は,認知症予防に貢献しうる介入研究の主導的な担い手となるべきである。本稿で特に強調したいのが,オーラルフレイルに対する予防的介入研究の推進である。これまで口腔機能訓練は,重度嚥下障害者を対象としたリハビリテーション領域が主導してきた。今こそ歯科専門職が主体となり,より健康な一般高齢者やMCIの段階にある人々を対象に,「ODKの改善などを目的とした舌や口唇の訓練体操が,認知機能の維持・改善に寄与するのか」を検証する質の高いRCTのエビデンスを創出することが急務である。

3) 包括的アプローチへの統合

結論として,歯周病や口腔機能低下を認知症の単独の原因と見なすのではなく,Lancet Commissionが示す14のリスク因子と密接に関連する重要な健康課題6)として,生涯にわたる健康管理の一部として包括的に捉えるべきである。歯科専門職による口腔管理は,歯周治療による口腔内炎症のコントロールや,口腔機能訓練による脳への刺激と栄養状態の改善を通じて,認知症予防という単一の目的だけでなく,全身の慢性炎症を抑制し,食事の楽しみと社会参加を維持し,ひいては高齢者のQOLを向上させるという,より広範な健康増進に貢献するものである。

5. おわりに

本稿では,認知症の修正可能なリスク因子としての「口腔の健康」について,「歯周病」と「口腔機能」の二つの側面から最新の知見を概説し,臨床応用と今後の展望を考察した。歯周病と認知症の関連は,疫学研究の蓄積に加え,歯周病原細菌の脳内への直接侵入や全身性炎症を介した間接的な経路など,生物学的メカニズムの解明が進みつつある。一方で,口腔機能については,従来の咀嚼機能中心の議論から,MCIの段階で低下しうるODKのような,より巧緻な運動機能へと研究の焦点が移行している。これらの知見は,歯科専門職が認知症予防において果たしうる新たな役割を示唆する。すなわち,日常臨床における口腔状態の変化は「認知機能低下の早期サインを捉える窓」となりうる。さらに,認知機能が低下した患者の特性(視空間機能や注意の低下など)に配慮したセルフケア指導法の開発や,オーラルフレイルに対する予防的介入研究のエビデンス創出は,我々歯科界が取り組むべき喫緊の課題である。認知症は,単一の原因で発症するのではなく,生涯にわたる複数のリスク因子が複雑に絡み合って発症する症候群である6)。口腔の健康管理を,認知症予防という単一の目的のためだけでなく,全身の健康とQOLを維持向上させる包括的なアプローチの一環として捉え,医科歯科連携のもとで実践していくことが,超高齢社会における歯科専門職の重要な責務であろう。本稿が,その一助となることを期待する。

謝辞

本稿の執筆にあたり,Google社の言語モデルGeminiを,文章の校正および構成に関する提案を得るために補助的に利用した。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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