2026 年 68 巻 2 号 p. 95-105
本報では,歯周基本治療後,SPT(Supportive Periodontal Therapy)により歯周組織は安定していたが,齲蝕や歯冠破折などの口腔内変化,易疲労感などの全身状態の変化を背景に鉄欠乏性貧血の関与を疑い,医科受診を促したことで口腔内および全身状態ともに奏効した一症例について報告する。
患者は28歳女性で歯周病が心配なのでみてほしいという主訴で来院した。慢性歯周炎と診断され,歯周基本治療を行い,SPTへ移行後12年が経過したころから齲蝕の多発や歯冠破折を繰り返した。医療面接により氷食行為およびのど飴の過剰摂取を認め,眼瞼結膜の蒼白や易疲労感,過多月経の既往などから鉄欠乏性貧血を疑い,医科受診を促した。内科にて鉄欠乏性貧血と診断され,経口鉄剤投与により,血液検査結果の改善とともに氷食行為が消失した。その結果,齲蝕や歯冠破折は認めず,口腔内状態も安定した。その後,新型コロナウイルス蔓延により,内科受診が中断し,鉄欠乏性貧血の再発を認めたが,再治療により血液検査結果も改善し,現在も歯周組織は安定して維持している。
本症例は,SPT中の口腔内および全身状態の変化から,鉄欠乏性貧血を疑った症例であり,女性のライフステージを踏まえた歯科治療における継続的観察と医療面接の重要性に加え,医科歯科連携の重要性が示唆された。
This report describes a case in which the periodontal tissues remained stable following initial periodontal therapy and subsequent supportive periodontal therapy (SPT), but the intraoral and systemic changes eventually led to iron deficiency anemia.
The patient was a 28-year-old woman who presented with the chief complaint of concern about periodontal disease. She was diagnosed as having chronic periodontitis, received initial periodontal therapy, and was transitioned to SPT. Approximately 12 years after the start of SPT, she developed multiple new carious lesions and experienced repeated crown fractures. A detailed medical interview revealed pagophagia and excessive consumption of throat lozenges. Pallor of the palpebral conjunctiva, easy fatigability, and a history of menorrhagia raised the suspicion of iron deficiency anemia. The patient was advised to seek medical evaluation and was subsequently diagnosed by an internist as having iron deficiency anemia. Oral iron supplementation led to improvement in the hematologic indices and resolution of pagophagia. Following treatment, no further caries or crown fractures were observed, and the oral condition of the patient stabilized.
During the COVID-19 pandemic, the patient's medical follow-up was interrupted, and the iron deficiency anemia recurred. After resumption of treatment, her hematologic parameters improved again, and her periodontal condition has remained stable since.
This case underscores the importance of continuous monitoring and comprehensive history-taking during SPT, particularly in the context of women's life stages, which may influence systemic health. Furthermore, the case highlights the importance of close collaboration between dental and medical professionals as systemic conditions may contribute to oral manifestations. Early recognition of systemic disease through dental examinations and timely medical referral can play a critical role in maintaining both oral and overall health.
歯科治療では,さまざまな全身疾患を有する患者に対応する機会が多い。なかでも歯周病は,糖尿病・心血管疾患などの全身疾患や低体重児出産・早産と密接に関連している。そのため歯科医療従事者は,医療面接で患者の主訴を的確に把握するとともに,現病歴や既往歴を十分に確認し,全身疾患の有無や服用中の薬剤に関する情報を把握することが重要である。さらに,全身疾患を有する患者にみられる多様な病態や,それらが歯科治療におよぼす影響について理解を深めておく必要がある。
一方,医療面接によって患者自身が自覚している疾患を把握することは可能であるが,患者が認識していない全身的な異常を歯科治療の場で発見することは容易ではない。そのため,歯科治療においては口腔内所見に加え,全身状態や生活習慣の変化にも注意を払う必要がある。
特に女性は,思春期,妊娠・出産期,更年期といったライフステージにともない内分泌環境が大きく変動する。こうした女性ホルモンの変動は,全身の生理機能のみならず,歯周組織の炎症反応や臨床症状に影響を与えることが明らかにされている1,2)。エストロゲン(卵胞ホルモン)やプロゲステロン(黄体ホルモン)などの女性ホルモンは,思春期や妊娠中に分泌量が増加するため,歯周病原細菌であるPrevotella intermediaなどの増殖が促進されることで,歯肉の炎症が助長されることが知られている3)。つまり,女性は生涯を通じて男性と比較し,口腔内の変化をきたしやすい環境を内在させていることになる4)。
近年,貧血と口腔内環境の関連性が注目されている5)。なかでも鉄欠乏性貧血は,月経のある女性の約半数が罹患しているとの報告があり6),全身状態の変化に加え,異食症などによる行動変化に伴う齲蝕や歯の破折など,口腔内環境に影響を及ぼす可能性も指摘されている7-10)。しかし患者自身がその行動変化を自覚していなければ診断に至らないことも少なくない。このような背景から,女性患者への歯科治療は,口腔内所見の変化から全身状態を推察し,必要に応じて医科との連携を図ることが重要である。
今回SPT(Supportive Periodontal Therapy)へ移行後,齲蝕や歯の破折などの口腔内変化や眼瞼下結膜の貧血様所見および易疲労感などの全身的変化から鉄欠乏性貧血を疑い,医科歯科連携により口腔内,全身状態ともに改善を認めた女性患者の初診から20年にわたる経過を報告する。
なお,本症例の論文掲載については患者の同意を得ている。
初診日:2005年2月
年齢・性別:28歳・女性
職業:主婦
主訴:歯周病が心配なので見てほしい。
【現病歴】数年前から歯磨きをするとたまに血が出るが,忙しいためそのままにしていた。
【既往歴】•歯科的既往歴:痛みが出ると歯科治療に通っていたが,主訴に対する処置が中心であり,歯周治療を受けた経験は記憶にない。
•全身的既往歴:小学校低学年まで喘息で加療していた。
【医療面接から得た情報】セルフケアは,1日2回,歯ブラシのみで行っている。歯間清掃習慣はない。固い食品と甘い食べ物を好む。今後仕事を始めようと考えている。
【現 症】•口腔内所見
全顎的に軽度の辺縁歯肉の発赤および腫脹を認めた。臼歯部で補綴装置が多く,前歯部で叢生を認めた(図1)。
•エックス線画像所見
全顎的に軽度の水平性骨吸収および46の根尖部にエックス線透過像を認めた。修復物の適合状態は不良であった(図2)。
•歯周組織検査所見
O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)は58.0%,プロービング時の出血(BOP)陽性率は32.7%,PISA(periodontal inflamed surface area)は441.1 mm2であった。歯間部および臼歯部でプラーク付着を認め,36・37の舌側近心で5 mmのプロービングデプスを認めた。歯の動揺はすべて生理的動揺の範囲内であった(図3)。

初診時の口腔内写真(2005年2月)

初診時のエックス線画像所見(2005年2月)

初診時の歯周組織検査結果(2005年2月)
歯周組織検査にて数歯の歯周ポケットの形成や軽度の付着の喪失が認められることから,臨床診断は日本歯周病学会による歯周病分類システム(2006)に準じ,限局型で全顎的に軽度,局所的に中等度である慢性歯周炎と診断された11)。アメリカ歯周病学会,ヨーロッパ歯周病連盟により公表された歯周病の新分類(2018)では限局型慢性歯周炎Stage II Grade Aとした。
【治療計画】1.歯周基本治療
1)モチベーション
2)口腔衛生指導
3)口腔習癖指導
4)スケーリング・ルートプレーニング(SRP)
5)齲蝕治療
2.再評価
3.口腔機能回復治療
4.再評価
5.SPT
【治療経過】 1. 歯周基本治療 1) モチベーション歯周治療は未経験であることから,まず口腔の健康の重要性と歯周病の病因・病態についての知識を理解させるために,患者教育用冊子を用いて説明した。また位相差顕微鏡を使用し,プラークが細菌集塊であることを視覚的に示し,プラークが歯肉炎や歯周炎を引き起こす重要な因子であること,プラークを除去することで歯周組織の状態が改善できることを説明した。さらに歯周組織検査結果を示し,患者自身に歯周組織の現状を認識させることで,歯周治療の必要性を理解させた。歯周治療は患者と歯科医師・歯科衛生士の相互治療により成り立つ治療であることを伝え,継続的な治療への理解を促すとともに,信頼関係の構築を図った。
2) 口腔衛生指導患者はプラークコントロールの必要性を認識していたものの歯間部清掃は習慣化できておらず,エチケットのためのブラッシングを行っていたという。歯ブラシは1日2回使用していたが,歯頸部に沿ってプラークを認めたため,正しいブラッシング方法によるプラーク除去の重要性を説明した。さらに実際にプラークが残存している部位を鏡で確認させ,歯頸部のプラーク除去を目的にバス法を指導した。その際,歯ブラシの毛先が歯頸部に当たる感覚を頼りに磨けるようにするため,歯ブラシの毛先が当たっている感覚と当たっていない感覚を実際に体験させ,歯頸部への位置づけを指導した。歯間部清掃を行うため,柄付きのデンタルフロスの使用を提案し,鏡で確認しながら,フロスを隣接面に沿わせ,上下に動かすことを意識するよう指導し,歯間部清掃の習慣化を促した。臼歯部は,歯ブラシでの位置づけが困難であったため,タフトブラシも併用した。診療終了時に,術者が指導した内容を患者ができているか再確認するとともに,帰宅後も忘れずにセルフケアが行えるよう,指導内容のポイントを手書きで用紙に記載し,それを確認しながらブラッシングが行えるようにした。
3) 口腔習癖指導頬粘膜に圧痕を認め,クレンチングの関与が疑われたため確認を行ったところ,日中の歯列接触癖(Tooth Contacting Habit:TCH)を自覚していることがわかった。クレンチングの為害性について説明し,日中の姿勢や生活習慣を改善するよう指導し,悪習癖の是正を促した12)。咀嚼筋の過緊張緩和を目的に筋伸展訓練を指導し,咀嚼筋の伸展を促し,安静時には上下歯列を接触させず,口唇閉鎖時においても歯列間に約1~2 mmの安静空隙を保持するよう指導した。
4) SRPプラークコントロールの改善後に,歯肉縁上スケーリングを行い,歯肉の炎症の改善を確認した。4 mm以上のプロービングデプスは少ないものの,全顎的に根面の粗造感を触知したため,SRPを施行した。
5) 齲蝕治療36・46は不適合補綴装置であり,根尖部に透過像を認めたため感染根管治療を行った。12・27はコンポジットレジン充填を行った。
2. 再評価•口腔内所見
辺縁歯肉の炎症改善を認めた。26の歯肉退縮を認めた。
•歯周組織検査所見
SRP後の再評価では,PCRは8.3%,BOP陽性率8.3%,PISAは101.8 mm2となり,PCRおよびBOP陽性率の大幅な改善を認めた。4 mm以上のプロービングデプスは認めなかった。
3. 口腔機能回復治療36・46は全部鋳造冠,26はインレーを装着した。
4. 再評価(SPT移行時)•口腔内所見
辺縁歯肉の炎症改善を認める一方で,歯間鼓形空隙の拡大を認めた(図4)。
•エックス線画像所見
46は不適合修復物の適合状態の改善を認めた。水平性骨吸収は初診時と変化を認めなかった(図5)。
•歯周組織検査所見
口腔機能回復治療後の再評価時の所見では,PCRは4.5%,BOP陽性率10.1%,PISAは129.1 mm2であった。4 mm以上のプロービングデプスは認めず,歯周組織の改善を認め,炎症のコントロールがなされていると判断した(図6)。
口腔内所見,エックス線画像所見,歯周組織検査所見より,歯周組織が改善し,病状安定を認めたと判断し,SPTへ移行した。

SPT移行時の口腔内写真(2005年8月)

SPT移行時のエックス線画像所見(2005年8月)

SPT移行時の歯周組織検査結果(2005年8月)
SPT移行1年経過後,前歯部叢生部の審美的改善を理由に患者が矯正治療を希望したため,本院矯正歯科にて,矯正治療を開始した。
【矯正診断名】Angle II級歯槽性上顎前突
【矯正・治療方針】1.14・24の便宜抜歯
2.本格矯正(マルチブラケット装着)
3.リテーナー装着
4.下顎前歯部舌側にFixedリテーナー装着
【矯正・治療経過】矯正治療開始時は上顎前歯部で叢生および口唇突出感を認めた。ブラケット装着中は便宜抜歯部位の歯間空隙に合わせた補助的清掃用具の選択と口腔衛生指導を行った。1か月ごとの来院時にプロフェッショナルケアを行い,口腔内環境の維持に努めた。矯正治療終了時は,前歯部の叢生および口唇突出感が改善し,適正な前歯被蓋関係を獲得した(図7)。

矯正治療経過
SPTに移行し12年が経過した40歳頃,齲蝕の多発や歯冠破折を繰り返すようになった。医療面接を行った結果,嗜好品の変化を認め,糖分を含むのど飴を毎日1袋,さらに1回で2粒を噛み砕いて食べること,氷を噛みたい衝動に駆られ,頻繁に氷を購入し噛み砕いて食べていることが分かった。患者に,齲蝕や歯冠破折,象牙質知覚過敏症状(図8)を繰り返し認める原因として,食生活の変化が関係している可能性を指摘した。齲蝕と歯冠破折の予防のために,のど飴の摂取と氷食行為の中止が可能であるかを確認した。患者からは,のど飴の摂取の中止は可能であるが,どうしても氷を噛みたくなるとの訴えがあったため,鉄欠乏性貧血による異食症(氷食症)を疑い,健康診断の受診状況を確認した。健康診断は受診していたが,血液検査結果において,鉄欠乏性貧血が疑われていたにもかかわらず,医科に受診をしていないことがわかった。さらに過多月経,月経困難症,子宮内膜症であることも分かった。身体的状態の確認を行ったところ,眼瞼下結膜の蒼白様所見を認めた(図9)。以上のことから,鉄欠乏性貧血の可能性が高いと考え,医科受診を促した。

鉄欠乏性貧血発覚時の口腔内状態

鉄欠乏性貧血発覚時の眼瞼下結膜の貧血様所見
本院内科にて血液検査を行った結果,鉄欠乏性貧血と診断され,経口鉄剤(フェルムカプセル100 mg),ビタミン剤(ベンフォチアミン25 mg(B1),B6,B12配合カプセル)が処方された。加療の結果,血液検査結果は改善し,それと同時に患者の氷食行為が消失し,易疲労感が改善した。
【患者の新型コロナウイルス感染症対策のための医科受診抑制】医科歯科連携のもと治療を進めていたところ,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延を機に,患者は医科への受診を控えるようになった。歯科への定期受診は継続しており,2022年に患者から易疲労感や氷食行為が出ているとの訴えがあったため,本院内科へ加療依頼を行なった。血液検査の結果,フェリチンが測定不能であり,血色素の数値も大幅に悪化していた。検査結果より,鉄欠乏性貧血の再治療が必要と診断され,経口鉄剤の服用を再開した。現在は服用を失念することがあるが,血液検査結果は概ね安定している(図10,図11)。

血液検査結果

ヘモグロビンとフェリチン定量の推移表
血液検査結果が安定している期間は氷食行為が起きないため,歯冠破折は生じていない。婦人科受診を促し,月経過多なども改善したが,経口鉄剤の服用を失念すると血液検査結果の数値が悪化するとともに,易疲労感および氷食行為が再発し,患者自身が鉄欠乏状態を自覚するようになった。
現在は経口鉄剤およびビタミン剤の服用を継続し,口腔内および全身状態はともに安定している。
•口腔内所見
辺縁歯肉の炎症は認めず,口腔内状態は安定している。一方で,下顎舌側に骨隆起と臼歯部の歯肉退縮を認める(図12)。
•エックス線画像所見
全顎的に認められる軽度の水平性骨吸収は,初診時から明らかな変化を認めない(図13)。
•歯周組織検査所見
PCRは5.8%,BOP陽性率は4.5%,PISAは50.7 mm2であった。4 mm以上のプロービングデプスは認められず,歯の動揺はすべて生理的動揺の範囲内であった。プラークコントロールと歯周組織の炎症状態はいずれも良好な状態を維持できている(図14)。

SPT時の口腔内写真(2024年4月)

SPT時のエックス線画像所見(2024年4月)

SPT時の歯周組織検査結果(2024年4月)
本症例は,SPT期間中に齲蝕が多発し,歯冠破折が起きたことで,鉄欠乏性貧血の特徴的な症状の一つとされる異食症7,8)に気づいた。また,医療面接で過多月経であること,健康診断で再検査を促されていたにもかかわらず,内科受診を怠っていたことを聴取できたことから,鉄欠乏性貧血を疑うことができた症例である。医科受診を促し,鉄欠乏性貧血の治療が開始できたことが歯周組織と全身状態安定の大きな要因となったと思われる。
鉄欠乏性貧血は,成人女性の15~30%を占めると言われており,月経がある女性の約半数が鉄欠乏状態であると報告されている6)。鉄の出納のバランスが負に傾くことで発症し,その大部分は婦人科領域からの慢性出血である6)。その症状は動悸,息切れ,顔面蒼白,疲労感などの全身症状のほか,組織鉄欠乏による爪の変形,舌乳頭萎縮,咽頭違和感,嚥下困難,異食症などがある。異食症の中でも氷食行為は最も頻度が高いとされ11),歯の破折や摩耗,齲蝕などを誘発する可能性が指摘されている9,10)。しかし異食症は,患者の自己申告がなければ診断に至らないことが多く9),歯科治療において見逃されやすい。つまり口腔内の異変時に,患者への食事内容や咀嚼状況を含めた聞き取りを行うことは重要である。貧血症状は口腔領域にも認めるため,口腔の観察に加え,顔色や爪の変形など全身状態も含めた診察によって鉄欠乏性貧血を疑うことが可能と思われる。
鉄欠乏性貧血では,血中の鉄濃度が正常な状態に戻ると異食症状が消えるとの報告13)があるが,本症例も血色素の安定とともに氷食行為は消失し,齲蝕や歯冠破折は起きていない。閉経前女性に鉄欠乏性貧血が高頻度に認められる理由は,月経による定期的な鉄欠乏が関与し,鉄の摂取量と排泄量とのバランスが崩れていることが大きいことが考えられている。そのため,われわれ歯科医療従事者は,女性患者の月経状態や婦人科系疾患などについても医療面接を慎重に行う必要がある。一方で,月経周期や経血量など女性特有の内容に関する医療面接は聴取しにくい側面がある。その場合,血液検査結果を含む健康診断データや体調確認を行うことで医療面接が行いやすくなると思われる。また医科を受診している患者に対しては,疾患の有無に留まらず,血液検査などのデータと口腔内所見の変化を評価する視点が重要である。歯科医療従事者は患者の全身状態に注意を払い,医科受診をしていない患者には必要に応じて受診を促すとともに,口腔内環境の改善を図るために全身疾患における知識の習得や健康管理のための食事・栄養指導を行うことも必要と考える。
日本人における貧血の有病率は15.1%(推定貧血患者数:15,908,744人)であり,そのうち55.3%が未診断,85.3%が未治療であることが明らかとなっている14)。本症例は患者自身に貧血の自覚があり,健康診断結果から鉄欠乏性貧血の可能性を示唆されていたにもかかわらず未受診,未治療であった。その理由として貧血状態を軽視していたことや受診を面倒と捉えていたことが要因として考えられる。近年,若年女性でも高頻度に鉄欠乏性貧血が認められていることが明らかになっており15),出産を経た壮年期の女性は,より鉄欠乏性貧血に注視すべきと考える。壮年期の女性は心と身体に変化が生じやすく,それに伴い口腔内にも変化が現れやすい。閉経前で鉄欠乏性貧血が疑われる患者は,医療面接を行い,必要に応じて医科と連携し,診療の依頼を行い,多職種連携における包括治療を検討すべきである。
女性は月経や妊娠・出産,閉経といった内分泌学的および全身的変化を経験する。これらの変化は健康状態に影響を及ぼし,月経に関連する鉄欠乏性貧血のみならず,閉経前後には更年期障害が生じる可能性もある。生涯を通じて,ホルモンバランスの変動が大きい女性の歯周病治療は,プラークや炎症のコントロール,習癖指導,さらに口腔乾燥への対応など多岐に渡るため,口腔の健康の課題に対処すべく医科歯科連携16,17)を行い,情報を共有することで切れ目のない全身の健康管理が可能となる。そのため,ライフステージ毎の異なるリスクに合わせた対策を行うことが歯科衛生士を含む歯科医療従事者として重要な役割であると考える。
SPT期間中,患者の口腔内状態や生活習慣は常に変化しており,来院時に前回とまったく同じ状態であることは稀である。われわれ歯科医療従事者は歯や歯周組織だけを診るのではなく,患者の全身状態を把握し,口腔と全身を関連づけて評価することで,異変を早期に発見することが可能となる。
本症例は,歯科治療における継続的な観察と医療面接の重要性に加え,患者の口腔内や習癖に変化を認めた場合には,より一層全身状態にも注視する必要があることが示唆された。さらに,患者のライフステージに応じた生涯を通じた切れ目ない口腔健康管理が必要であることが示された。
本稿を終えるにあたり,丁寧なご指導,ご助言をいただきました先生方,歯科衛生士の皆様に心より感謝いたします。なお本症例は第67回秋季日本歯周病学会学術大会(2024年10月5日)においてポスター発表した内容に,一部追加,改変して掲載いたしました。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。