身体運動文化研究
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Print ISSN : 1340-4393
原著論文
Research into the educational power of budo in Eastern Europe:
A focus on a former soldier from the Yugoslavia Conflict (Secondary publication)
Toshinobu SAKAITetsushi ABEKyoko NINOMIYATakashi HORIKAWA
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2023 年 28 巻 1 号 p. 11-28

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抄録

 現在の武道学においては、人間形成を目的とする武道教育において、心と身体をホリスティックに捉える心身関係論が前提として存在し、方法としては身体性の重視を特徴としつつ、身体を通して心を変えるという「身体→心」のベクトルをもつものであり、教育目標である精神的影響として深化し高められる心には二つの精神性(芸道的・求道的精神性/倫理・道徳的精神性)があることが明示されている。日本国内においては、以上のロジックにもとづく武道の教育力は自明のこととして存在すると考えてよい。

 本研究は、ここで確認した武道教育のロジックが海外においても有効に機能しているか、つまり“日本武道の教育力が海外で通用するか?”ということについて、海外における具体的かつ極端な事例をもって検証することを目的とする。

 1989年の体制転換や1991年に勃発したユーゴスラビア紛争からさほど時間の経過していない東欧には、まさに生死の境を経験した人間が今なお若くして健在であり、しかも長きにわたり武道を心の糧として実践している例がある。本研究においては、ユーゴスラビア紛争時における元兵士Aの事例を研究対象として取り上げる。

 本研究においては、ハンガリーのラジオ放送番組のために行われたインタビューの記録、本人が本研究のために自発的に記述した回顧録、Zoomインタビューの記録、メールインタビューの記録を分析対象とした。

 研究方法としては、先ず上記のテキストを従来の文献学的手法に、質的データ分析方法を援用しつつ分析し、対象者の思想構造を明らかにした。

 結果として、ユーゴスラビア紛争時の元兵士であるAについて、劣悪な家庭環境が少なからず影響して始めた武道が紛争への参戦の契機となり、スナイパーとして闘った戦時中の狙撃による殺人や、生死の境を経験したことに加え、戦後の一般社会からの疎外感等から、睡眠障害や悪夢ひいては自殺未遂にいたる精神障害を引き起こし、これを武道により克服した過程が明らかとなった。

 本論において、正常な状態ではなく戦争体験による精神障害という至ってマイナスの状況下で、精神的な癒しを強く必要とした極端な事例においても、日本において先学が提示した学説に近い形で、武道実践により人間性を回復していたことが確認された。

 本論の問題設定に対する答えとしては、東欧における本事例においては、武道学における武道教育のロジックは海外においても有効に機能している、つまり“日本武道の教育力は海外で通用する”ことが明らかとなった。

 更に、キリスト教文化圏において武道による人間形成が可能であること、デカルト以来の心身二元論の世界においても日本の武道思想が機能していたこと、修行が進むにつれ「芸道的・求道的精神性」に次いで「倫理・道徳的精神性」が顕現化すること、修行が進むにつれ「芸道的・求道的精神性」の内容が深まり進化することが明らかとなった。

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