抄録
悪性腫瘍の診断に染色体の欠失や特定の遺伝子異常所見を用いる際は正確に腫瘍細胞のみを解析することが重要である. つまり悪性度の指標を正確に求めるのであれば, 解析したい部位に存在する腫瘍細胞を正しく採取して, その遺伝子異常を解析することが求められるからである. この目的を可能にするような組織マイクロダイセクション法の技術が実用化されつつある. レーザー光を利用した組織マイクロダイセクション法を中心に特定の細胞群を採取する方法論とこれを利用した分子病理学について解説した.
具体例として組織マイクロダイセクション法を利用した遺伝子診断の例を4つあげた. (1) 再発肺癌の遺伝子診断を細胞診材料を用いて行った. 胸水細胞診材料中の異型細胞におけるp53遺伝子やras遺伝子の点突然変異をPCR-SSCP法で解析することによって再発をより早期に発見できることを示した. (2) 臓器に複数の癌病巣が存在するとき, その起源が多中心性発生か転移性かを明確に鑑別することは, その臓器癌の発癌過程を理解し, 組織発生を解明するために重要である. 前立腺癌を例にとって組織マイクロダイセクション法を利用した解析を示した. (3) 卵巣内膜性嚢胞と内膜癌や明細胞癌との関係をPTEN遺伝子領域の染色体欠失と点突然変異を解析することによって検討した. その結果PTEN遺伝子の不活化が卵巣内膜癌や明細胞癌の発癌のごく初期に起こっていることを示し, 卵巣内膜症性嚢胞からこれらの癌へ進展する連続的な多段階発癌機構が存在することを示した. (4) 消化管リンパ腫の遺伝子診断 (ミクロの遺伝子診断の限界) を示した. リンパ濾胞の芽中心をマイクロダイセクション法にて解析すると個々の芽中心について平均2.4から2.5個の再構成パンドが認められることを示した. この結果は胃生検や大腸の生検でMALT typeのリンパ腫を診断する際には注意が必要であることを示している.