抄録
雌しべに複数の花粉が受粉すると,複数の花粉管が一斉に伸長するが,胚のうには1本の花粉管だけが到達して受精する.数億の精子を動員する動物の受精とは異なり,植物では1本の花粉管,いわばたった1人の相手に受精を託すと考えられてきた.我々は,シロイヌナズナの生殖不全突然変異体を調べている時に,不思議なことに期待値よりも多くの種子が作られることに注目した.観察の結果,これまでは稀であると考えられていた胚珠に2本の花粉管が到達する現象が,高頻度(約40%)で起こっていることを見出した.さらに1本目の花粉管が受精に失敗した場合に胚のうが2本目の花粉管,いわば2人目の相手を呼び寄せ,受精を回復することを突き止めた.多くの植物で助細胞が2つあり花粉管を誘引する.花粉管が到達すると助細胞の1つが崩壊するが,これまで植物に助細胞が2つある理由は見出されていなかった.今回1本目の花粉管が受精に失敗した時に,2つ目の助細胞がバックアップ機能を果たし,受精を回復することも明らかにした.植物の雌しべが持つ,このような基本メカニズムがこれまで発見されなかったことは驚きである.古くは100年ほど前からオオカナダモで,またオオムギやエンドウなど多くの植物で1つの胚のうに花粉管が2本到達する例が確認されている.つまり,稀なこととして注目されなかった現象が植物生殖の重要な仕組みを意味していたのである.