PLANT MORPHOLOGY
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学会賞受賞者ミニレビュー
陸上植物の組織形成を制御するbHLH型転写因子の機能進化
守屋 健太嶋田 知生
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2024 年 36 巻 1 号 p. 69-76

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Abstract

塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス(bHLH)型転写因子は真核生物に広く保存された転写因子であり,動植物の発生や代謝等の生命現象において中心的な役割を果たす.bHLH型転写因子は陸上植物で多様化しており,bHLH型転写因子による遺伝子発現調節が陸上植物の複雑な組織形成や環境適応に貢献している.モデル植物を用いた分子遺伝学的な研究および進化発生学的な研究から,陸上植物の組織形成を制御するbHLH型転写因子の機能と進化が明らかになりつつある.陸上植物の表皮に存在するガス交換のための組織である気孔の形成は,サブファミリーIaに属するbHLH型転写因子(SPEECHLESS,MUTE,FAMA等)およびサブファミリーIIIbに属するbHLH型転写因子(ICE1/SCREAM等)のヘテロ二量体(Ia-IIIb bHLH転写因子モジュール)によって制御されており,このメカニズムは陸上植物に保存されている.筆者らは,気孔を失ったタイ類ゼニゴケがIa bHLHおよびIIIb bHLHを失っておらず,これらのヘテロ二量体が蒴柄(さくへい)とよばれるコケ植物特有の二倍体組織の形成を制御することを発見した.本稿では,Ia-IIIb bHLH転写因子モジュールを例に挙げながら,陸上植物の組織形成におけるbHLH型転写因子の機能分化や転用,そしてホモ二量体・ヘテロ二量体による遺伝子発現制御の進化について議論する.

Translated Abstract

Basic helix-loop-helix (bHLH) transcription factors are widely conserved across eukaryotes and play a central role in development, metabolism, and other life processes in plants and animals. In land plants, bHLH transcription factors are diversified and may contribute to complex tissue formation and environmental adaptation by regulating downstream gene expression network. Molecular genetic and evolutionary developmental studies using model plants reveal the function and evolution of bHLH transcription factors that regulate tissue formation in land plants. The formation of stomata, gas-exchange structures in plant epidermis, is regulated by heterodimers of bHLH transcription factors belonging to subfamily Ia (e.g., SPEECHLESS, MUTE, FAMA) and subfamily IIIb (e.g., ICE1/SCREAM), and this regulatory mechanism is conserved in land plants. We found that Ia and IIIb bHLHs are still retained in the stomata-less bryophyte Marchantia polymorpha, and that these heterodimers regulate the formation of a unique diploid tissue known as the seta. In this article, we discuss the functional differentiation and co-option of bHLH transcription factors in plant tissue formation and the evolution of gene expression regulation by bHLH homodimers and heterodimers, using the Ia-IIIb bHLH transcription factor module as an example.

1.はじめに

塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス型転写因子(bHLH型転写因子)は真核生物に広く保存された代表的な二量体化転写因子ファミリーの一種である.bHLHドメインは,2本のα-ヘリックスとそれらを繋ぐループ構造からなるヘリックス・ループ・ヘリックス (HLH) モチーフと,DNAへの結合に必要な塩基性領域で構成されている.bHLH型転写因子はHLHモチーフで他のbHLH型転写因子と二量体を形成し,塩基性領域でE-box (CANNTG) とよばれるコンセンサス配列を認識して二本鎖DNAに結合するとRNAポリメラーゼや基本転写因子群をリクルートし,標的遺伝子の遺伝子発現を調節する (Bertrand et al. 2002, Ramsay and Glover 2005, Dennis et al. 2019) .bHLH型転写因子は,酵母や緑藻Chlamydomonas reinhardtiiなどの単細胞生物では環境応答や代謝制御など主にホメオスタシスに関わる遺伝子の発現制御を担う一方で,動植物を問わず多細胞生物では組織発生における細胞運命の決定や細胞分裂にも重要な役割を果たしている (Chen and Lopes 2007, Jia et al. 2022) .

アブラナ科のモデル植物であるシロイヌナズナArabidopsis thalianaを用いた研究により,植物の形態形成におけるbHLH型転写因子の役割が明らかになってきた.植物のbHLH型転写因子は,bHLHドメインのアミノ酸配列や他のドメイン構造に基づき28以上のサブファミリーに分類される (Heim et al. 2003, Pires and Dolan 2010) .種子植物には存在しないbHLH型転写因子を含めるとさらに多くのサブファミリーに分類されると推定される.植物の発生を制御するbHLH型転写因子には次のようなものが知られている:生殖系列細胞の細胞運命決定を制御するサブファミリーVIIIa(BONOBOなど),光形態形成を制御するサブファミリーVII(a+b)(PIFなど),根毛の形成を制御するサブファミリーVIIIc(1)(RHD6,RSL1など)とサブファミリーIXa(LRL1など),トライコームや根毛の形成を制御するサブファミリーIIIf(TT8,GL3など),プログラム細胞死を制御するサブファミリーIb(1) (ZOU/RGE1) ,維管束の発生を制御するサブファミリーVb(TMO5など)とサブファミリーXIII(LHWなど),タペート様組織の形成を制御するサブファミリーII(bHLH010,bHLH089,bHLH091など) (Payne et al. 2000, Menand et al. 2007, Yang et al. 2008, Zhu et al. 2015, Tam et al. 2015, Vera-Sirera et al. 2015, Proust et al. 2016, Pham et al. 2018, Yamaoka et al. 2018, Bonnot et al. 2019, Lu et al. 2020, Lopez-Obando et al. 2022) .車軸藻綱Charophyceae,クレブソルミディウム藻綱Klebsormidiophyceae,そして緑藻類Chlorophytaの代表的な種のゲノムには10個程度のbHLH遺伝子しか確認されていなかったため,これまでは陸上進出時にbHLH遺伝子の遺伝子重複と機能分化が起こったと考えられていた (Merchant et al. 2007, Feller et al. 2011, Hori et al. 2014, Nishiyama et al. 2018) .しかし,最近の研究では,陸上植物に最も近縁であると推定される接合藻類Zygnematophyceaeの一種であるPennium margaritaceumSpirogloea muscicolaのゲノムには陸上植物と同程度に多くのbHLH遺伝子が存在することが明らかとなった (Cheng et al. 2019, Jiao et al. 2020) .これらのbHLH遺伝子がいくつのサブファミリーに分類されるかは今後の研究によって明らかにされると期待されるが,陸上進出以前にbHLH型転写因子の多様化が進んでいた可能性が示唆される.本稿では,特に気孔形成を制御するサブファミリーIaおよびIIIbに属するbHLH型転写因子を中心に, bHLH型転写因子の機能と進化について議論する.

2.気孔形成に発生に重要な役割を果たすbHLH型転写因子

陸上植物の表皮に存在するガス交換のための組織である気孔の発生は,サブファミリーIaに属するbHLH型転写因子(以下Ia bHLH)によって制御されている (Ohashi-Ito and Bergmann 2006, MacAlister et al. 2007, Pillitteri et al. 2007) (図1A).未分化な原表皮細胞 (protoderm) はメリステモイド母細胞(meristemoid mother cell,MMC)へと分化し,MMCはメリステモイド (meristemoid) とより大きな気孔系譜基本細胞 (stomatal lineage ground cell,SLGC) に非対称分裂する.SLGCがジグソーパズル形の敷石細胞(pavement cell)またはMMCになるのに対し,メリステモイドは孔辺母細胞 (guard mother cell) へと分化し,さらに一度の対称分裂を経て一対の孔辺細胞 (guard cell) からなる気孔が形成される.この一連の気孔系列細胞の細胞分裂および細胞分化はSPEECHLESS (SPCH) ,MUTE,およびFAMAという3つのIa bHLH転写因子によって制御される.SPCHはメリステモイドの形成,MUTEはメリステモイドの非対称分裂の停止と孔辺母細胞への分化,FAMAは孔辺母細胞から孔辺細胞への分化と孔辺母細胞の対称分裂を制御する.これらの転写因子はINDUCER OF CBF EXPRESSION 1 (ICE1) /SCREAM (SCRM) およびICE2/SCRM2というサブファミリーIIIbに属するbHLH型転写因子(以下IIIb bHLH)とヘテロ二量体を形成し(以下Ia-IIIb bHLH転写因子モジュール),気孔形成を制御する (Kanaoka et al. 2008) (図1A).その後の研究で,単子葉植物においてもIa bHLH転写因子とIIIb bHLH転写因子がヘテロ二量体を形成し,概ね同様のメカニズムで気孔形成を制御することがわかった (Liu et al. 2009, Raissig et al. 2016, Wang et al. 2019, Wu et al. 2019) .コケ植物セン類ヒメツリガネゴケPhyscomitrium patensを用いた研究により,Ia-IIIb bHLH転写因子モジュールが気孔の形成において中心的な役割を果たすことが報告された (Chater et al. 2016, Caine et al. 2020) (図1A).ヒメツリガネゴケにはIa bHLH転写因子をコードするSMF (SPCH, MUTE, and FAMA-like) 遺伝子が2つ保存されており,このうちPpSMF1を欠損した変異体で気孔が形成されなくなる.同様に,4つあるIIIb bHLH遺伝子のうち,PpSCRM1を欠損した変異体で気孔が形成されなくなる.Ia bHLH転写因子 (PpSMF1) とIIIb bHLH転写因子 (PpSCRM1) の相互作用はヒメツリガネゴケにおいても保存されているため,セン類の気孔形成メカニズムが被子植物の気孔形成メカニズムと類似していることが示された.この結果は,陸上植物の共通祖先でIa-IIIb bHLH転写因子モジュールによる気孔形成メカニズムが獲得されたことを示唆している.一方で,水中環境に適応したことで二次的に気孔を喪失した単子葉植物であるアマモZostera marinaのゲノムが解読され,SPCHMUTEFAMAを含む多くの気孔形成関連遺伝子が喪失していることが明らかとなった (Olsen et al. 2016) .この研究以降は,気孔をもたない陸上植物では多くの気孔形成関連因子が失われているという見方が主流となった.

図1 陸上植物における気孔発生と進化.(A) モデル植物シロイヌナズナおよびヒメツリガネゴケにおける気孔形成の分子基盤.シロイヌナズナの場合,気孔系列細胞の細胞分裂および細胞分化はサブファミリーIa bHLH転写因子およびIIIb bHLH転写因子からなるヘテロ二量体(Ia-IIIb bHLH転写因子モジュール)によって制御される.ヒメツリガネゴケの場合も同様にIa-IIIb bHLH転写因子モジュールが気孔形成を制御するが,どの過程で機能するかについては未解明な点もある (Caine et al. 2020) .(B) 陸上植物の系統と気孔の関係.気孔はコケ植物と維管束植物の共通祖先で獲得されたと考えられている.二次的に気孔を喪失した植物は各系統にあるものの,コケ植物タイ類は全て気孔を失っている.しかし,IaおよびIIIb bHLH遺伝子はタイ類にも保存されていることが明らかとなった.

3.気孔をもたないタイ類ゼニゴケは機能的なIa bHLH転写因子をもつ

筆者らは,気孔を失ったコケ植物であるタイ類に気孔形成に関わるIa bHLHが存在するかどうかに着目した(Moriya et al. 2023) .現生のタイ類はすべて気孔をもっていないため,タイ類の共通祖先で約4億1900万年前(デボン紀初期)には気孔が失われたと考えられている (Puttick et al. 2018, Bowman et al. 2022, Harris et al. 2022) .近年,タイ類ゼニゴケMarchantia polymorpha L. subsp. ruderalisがモデル生物として利用されており,陸上植物の進化発生の分子メカニズムを理解するための研究対象となっている (Bowman et al. 2017, 2022) .ゼニゴケを含むタイ類はIa bHLH遺伝子をもっていないと報告されていた (Ran et al. 2013, Bowman et al. 2017) .その後の研究で,ゼニゴケはSMFと姉妹群となるbHLH型転写因子をもつことが示されたが,bHLHドメインのアミノ酸配列が多様化しているため,気孔をもたないタイ類のIa bHLHが機能的かどうかについては議論の余地があった (Chater et al. 2017) .筆者らは,bHLHドメインおよびC末端に保存されたドメイン(ACT-likeドメイン)のアミノ酸配列を用いて改めて分子系統解析を行い,ゼニゴケには1つのIa bHLH遺伝子がコードされていることを示し,これをMpSETAと命名した(図2).さらに,筆者らはタイ類ゼニゴケ亜綱ミカヅキゼニゴケLunularia cruciataにもMpSETAオルソログが保存されていることを発見した.最近の研究で,ウロコゴケ綱Jungermanniopsidaを含む多くのタイ類がIa bHLHをもっていることが報告された (Chang et al. 2023) .以上の結果は気孔をもたないタイ類にもIa bHLH遺伝子が保存されていることを示唆する(図1B).筆者らはゼニゴケにおける唯一のIa bHLH転写因子であるMpSETAに着目して研究を進めた.

MpSETAを含むタイ類のIa bHLH転写因子のbHLHドメインはSMFのbHLHドメインと比較するとアミノ酸配列が多様化している(図2).筆者らは,ゼニゴケのMpSETAがシロイヌナズナにおいてSPCH,MUTEおよびFAMAの気孔形成における機能を代替可能かどうか検証した.MpSETASPCHMUTEFAMAのプロモーター制御下で発現するコンストラクトを,それぞれspch変異体,mute変異体,fama変異体に導入し,葉の表皮を観察した.その結果,MpSETAspch変異体の表現型を相補しないが,mute変異体およびfama変異体の表現型を一部相補することが明らかとなった.同様の結果が最近の研究でも示されている (Chang et al. 2023) .以上の結果は,タイ類は約4億年以上前に気孔を失っており,Ia bHLH転写因子のアミノ酸配列は多様化しているものの,依然として気孔形成を制御する機能を維持していることを示唆する.

図2 陸上植物のIa bHLH転写因子.(A) Ia bHLHの分子系統樹.At,Arabidopsis thaliana(被子植物);Os,Oryza sativa(被子植物);AmTr,Amborella trichpoda(基部被子植物);Sm,Selaginella moellendorffii(小葉植物);Pp,Physcomitrium patens(セン類);Aagr,Anthoceros agrestis(ツノゴケ類);Mp,Marchantia polymorpha(タイ類);Lc,Lunularia cruciata(タイ類).(B) bHLHドメインのアミノ酸配列の比較.Ia bHLHを枠で囲った.アスタリスクはDNAへの結合,矢尻は二量体形成に重要と予測されたアミノ酸を示す.図はMoriyaら (2023)より引用・改変した.

4.ゼニゴケのIa bHLH転写因子およびIIIb bHLH転写因子は胞子体の蒴柄形成を制御する

タイ類の気孔形成関連因子が気室孔(タイ類ゼニゴケ綱Marchantiopsidaが独立に獲得した配偶体におけるガス交換のための組織)形成に関与する可能性が指摘されていたものの,Ia bHLH転写因子の機能は不明なままであった (Ran et al. 2013, Chater et al. 2017) .筆者らは,公開されているゼニゴケの組織別のトランスクリプトームデータ(胞子発芽体,雌雄の葉状体,雌雄の生殖器托,造精器,造卵器,受精後13日目の若い胞子体,成熟した胞子体のRNA-seqデータ)を用いて,MpSETAが発現する組織を調べた.MpSETAは配偶体世代ではほとんど発現せず,二倍体世代の胞子体で優先的に発現することが示唆されたことから,胞子体に着目をした.ここで,ゼニゴケの胞子体組織について簡単に説明する(図3A,B).ゼニゴケを含むタイ類の胞子体は大きく分けて3つの組織および器官からなる (Durand 1908, Shimamura 2016) .足(あしfoot)は,配偶体と胞子体の接続部にある組織で,配偶体・胞子体間の栄養輸送を担っていると考えられている.蒴柄(さくへいseta)は,胞子の成熟後に細胞伸長する組織で,胞子嚢(ほうしのうsporangium)を配偶体由来の保護器官(カリプトラや偽花被とよばれる)の外に押し出すことで乾燥による胞子嚢の裂開を促し,胞子散布を助ける役割をもつ.タイ類の蒴柄は細胞伸長後すぐに乾燥し,枯死する. 減数分裂前後の未成熟な胞子体の発生過程は調べられている (Durand 1908) .筆者らは,接合子から成熟した胞子体になるまでの発生ステージを再定義した (Moriya et al. 2023) .proMpSETA:GUS株を用いた解析から,胞子体世代ではMpSETAが減数分裂前の未成熟な蒴柄で特異的に発現することが明らかとなった.したがって筆者らは,MpSETAが蒴柄形成に関与する転写因子である可能性を考えた.

図3 ゼニゴケのIa bHLH転写因子であるMpSETAは蒴柄形成を制御する.(A,B) ゼニゴケの胞子体は足(あし),蒴柄(さくへい)および胞子嚢(ほうしのう)からなる.Bar = 200 µm (B).(C) 野生型とMpsetaノックアウト株の成熟した胞子体の組織切片.矢印は足から胞子嚢までの長さを示す.Bars = 100 µm.図はMoriyaら (2023)より引用・改変した.

MpSETA遺伝子座のbHLHドメインをコードする領域を,遺伝子ターゲティング法を用いて破壊したMpsetaノックアウト株を作出し,胞子体を観察したところ,Mpsetaノックアウト株で正常な蒴柄が欠損することが明らかとなった(図3C).野生型とMpsetaノックアウト株の胞子体をステージごとに比較することで,MpSETAが蒴柄細胞の前駆細胞と思われる未分化な細胞から蒴柄細胞に至るまでの細胞分裂と細胞分化に関わることが示唆された(図4).筆者らは,MpSETAが気孔とは形態学的に異なる蒴柄系列細胞の運命決定を制御していると結論づけた. なお、現在のところ筆者らはMpsetaノックアウト株の配偶体組織の形成には異常は確認できていない.

次に,ゼニゴケのIIIb bHLH転写因子が蒴柄形成に関与するかどうかについて検証した.分子系統解析の結果,ゼニゴケには二つのIIIb bHLH転写因子が存在することを発見し,これらをMpICE1およびMpICE2と命名した.前出のゼニゴケ組織別トランスクリプトームの結果から,MpICE1は配偶体・胞子体組織で同程度の発現量を示す一方で,MpICE2は受精後13日目の未成熟な胞子体で発現量が上昇することが明らかとなった.MpSETAとMpICE2の発現量が上昇するのがどちらも未成熟な胞子体であることから特にMpICE2に着目した.酵母ツーハイブリッド法およびBiFC法によって,MpSETAとMpICE2が相互作用することが明らかとなり,ゼニゴケにおいてもIa bHLH転写因子とIIIb bHLH転写因子のヘテロ二量体形成が保存されていることが示された (Moriya et al. 2023, Chang et al. 2023) .MpICE2遺伝子座をCRISPR/Cas9で編集したMpice2変異体の胞子体では,Mpsetaノックアウト株同様,蒴柄が欠損していた.Mpice2単独変異で蒴柄が欠損することから,少なくとも蒴柄形成においてMpICE1とMpICE2は冗長的に機能しないと思われる.以上の結果から,気孔形成を制御するIa-IIIb bHLH転写因子モジュールはゼニゴケにおいて蒴柄形成を制御することが示された(図4).

図4 ゼニゴケにおける蒴柄細胞形成の模式図.タイ類ゼニゴケの蒴柄形成はMpSETAとMpICE2からなるIa-IIIb bHLH転写因子モジュールによって制御されていることが明らかとなった.図はMoriyaら (2023)より引用・改変した.

5.陸上植物のbHLH型転写因子の進化と転用

蒴柄はセン類の胞子体およびタイ類の胞子体がもつ組織であるため,セン類とタイ類からなる単系統のグループはSetaphytaとよばれることがある (Puttick et al. 2018, Sousa et al. 2020) (図5).セン類の蒴柄とタイ類の蒴柄が相同器官であるかどうかについては議論の余地があるが,気孔の起源が陸上植物の共通祖先であるのに対し,蒴柄の起源はSetaphytaの共通祖先であると推定される.したがって,気孔形成に使われていたIa-IIIb bHLH転写因子モジュールがコケ植物において転用され,蒴柄形成に利用されるようになったと考えられる.一方で,MpSETAは気孔形成を制御しうるため,気孔と蒴柄は形態学的に異なる組織であるが,下流の遺伝子発現制御ネットワークが一部共通する可能性が示唆される.Ia-IIIb bHLH転写因子の転用は,アブラナ目Brassicalesでも確認されている(図5).アブラナ目植物は,植食者に対する防御のための異形細胞 (Idioblast) であるミロシン細胞を形成する (Shirakawa et al. 2016) .シロイヌナズナでミロシン細胞の形成にはFAMA-ICE1ヘテロ二量体が必要であることが明らかとなっていることから,Ia-IIIb bHLH転写因子モジュールの転用が陸上植物で複数回独立に起きていることが示唆される (Li and Sack 2014, Shirakawa et al. 2014) .一般的に,エピジェネティックな状態(ヘテロクロマチンまたはユークロマチン)は転写因子のDNAへの結合に影響を与えるとされている.気孔,蒴柄およびミロシン細胞はいずれも特徴の異なる細胞であるため,Ia-IIIb bHLH転写因子モジュールが制御する下流遺伝子のクロマチン状態が異なると考えられる.今後,Ia-IIIb bHLH転写因子モジュールが下流の標的遺伝子の遺伝子発現をどのように変えているのかについて,cisおよびtrans因子,クロマチン状態などさまざまな面から調べることで,bHLH型転写因子による遺伝子発現調節メカニズムの進化についての理解が進むと期待される.最近,ゼニゴケにおいてIa-IIIb bHLH転写因子モジュールが葉状体の気室形成を制御する可能性を示唆する結果が報告された (Chang et al. 2023) .しかし,栽培環境等の違いによる影響は考えられるものの,筆者らはMpsetaノックアウト株で気室形成に報告されているような異常は観察できていない.また,MpSETAはMpICE2と造精器において共発現するが,MpSETAの造精器または精子形成への関与について筆者らは確認できなかった (Moriya et al. 2023) . MpSETAが配偶体組織において機能するかどうかは,今後注意深く検証する必要があると考えている.

図5 Ia-IIIb bHLH転写因子モジュールの進化と転用.陸上植物の共通祖先で気孔およびIa-IIIb bHLH転写因子モジュールが獲得され,タイ類の共通祖先で気孔が失われた.蒴柄はセン類とタイ類の共有派生形質であると考えられており,セン類およびタイ類の共通祖先で蒴柄の獲得およびIa-IIIb bHLH転写因子モジュールの転用が起こった可能性がある.Ia-IIIb bHLH転写因子モジュールは被子植物アブラナ目植物に特有のミロシン細胞の形成にも関与しており,陸上植物の進化の過程で独立に複数回転用されたと考えられる.図はMoriyaら (2023)より引用・改変した.

同一のbHLH型転写因子が異なる細胞種において異なる役割を果たすことがある. ICE1はSPCH,MUTE,FAMA以外にもZHOUPI (ZOU) /RETARDED GROWTH OF EMBRYO 1 (RGE1) と呼ばれるサブファミリーIb(1)に属するbHLH型転写因子とヘテロ二量体を形成し,胚乳細胞のプログラム細胞死を制御する (Yang et al. 2008, Denay et al. 2014) .ICE1が広範な組織で発現する一方で,SPCH,MUTE,FAMA,ZOUは特異的な発現を示す.MpSETAとMpICE2の場合も,MpSETAが特異的な発現を示す一方で,MpICE2は広範な組織に発現する (Moriya et al. 2023) .したがって, IIIb bHLH転写因子は結合パートナーを変えることでそれぞれ異なる標的遺伝子の遺伝子発現を調節するものと考えられる.最近,同様の事例が報告されている (Zhang et al. 2021, 山岡 2023, Saito et al. 2023) .ゼニゴケとシロイヌナズナを用いた研究で,植物の配偶子形成過程で,サブファミリーVIIIa bHLH転写因子であるBONOBO (BNB) と,サブファミリーIXa bHLH転写因子であるLotus japonicus ROOTHAIRLESS1-LIKE 1 (LRL1) /DEFECTIVE REGION OF POLLEN 1 (DROP1)のヘテロ二量体が機能することが明らかとなった (Saito et al. 2023) .LRL1/DROP1は被子植物では根毛形成,ゼニゴケでは仮根の形成を制御することが知られている (Karas et al. 2009, Tam et al. 2015, Breuninger et al. 2016) .また,シロイヌナズナでLRL1はサブファミリーX bHLH転写因子であるPERICYCLE FACTOR TYPE-A 1/2 (PFA1/2) とも相互作用することが示唆されている (Zhang et al. 2021) .この場合,LRLが様々な組織で発現し,足場として機能することで,時空間的な発現パターンの異なる結合パートナーを変えて下流の遺伝子発現を調節するというメカニズムが進化的に保存されていると考えられる.一方で,被子植物の維管束細胞の細胞分裂を制御するサブファミリーVb bHLH転写因子であるTARGET OF MONOPTEROS 5 (TMO5) と,サブファミリーXIII bHLH転写因子であるLONESOME HIGHWAY (LHW) の場合は対照的である.被子植物において,TMO5-LHWヘテロ二量体が維管束細胞の細胞分裂を制御し,それぞれのホモ二量体はほとんど機能していないのに対し,ゼニゴケにおいてMpTMO5とMpLHWは相互作用しうるものの,同じ細胞で発現していても独立に機能することが報告されている (Lu et al. 2020) .クレブソルミディウム類Klebsormidium nitensのTMO5とLHWは相互作用しないことが示唆されるため,TMO5-LHWモジュールは陸上植物で獲得されたが,TMO5-LHWヘテロ二量体による遺伝子発現調節は維管束植物で獲得されたと考えられる.このように,植物のbHLH型転写因子のヘテロ二量体としての機能が必ずしも進化的に保存されているわけではないということには注意が必要である.

Acknowledgments

本稿は,令和5年度平瀬賞の受賞に伴い,受賞対象となった論文 (Moriya et al. 2023) を中心として研究の背景や今後の展望についてまとめられたものである.平瀬賞選考委員の皆様に深く感謝申し上げる.本研究は,白川一博士(奈良先端大),河内孝之博士(京都大),Justin Goodrich博士 (Univ. of Edinburgh) ,西浜竜一博士(東京理科大),松田頼子氏(京都大),Gwyneth Ingram博士 (ENS de Lyon) ,Jeanne Loue-Manifel博士 (ENS de Lyon) ,Yen-Ting Lu博士 (Univ. of Edinburgh) ,田村謙太郎博士(静岡県立大),西村いくこ博士(甲南大),松下智直博士(京都大),岡義人博士(京都大)との共同研究の成果である.また,山岡尚平博士(京都大),吉竹良洋博士(京都大)をはじめとするゼニゴケ研究者の皆様には研究を行う上で様々なアドバイスをいただいた.御礼申し上げる.

References
 
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