2024 年 36 巻 1 号 p. 69-76
塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス(bHLH)型転写因子は真核生物に広く保存された転写因子であり,動植物の発生や代謝等の生命現象において中心的な役割を果たす.bHLH型転写因子は陸上植物で多様化しており,bHLH型転写因子による遺伝子発現調節が陸上植物の複雑な組織形成や環境適応に貢献している.モデル植物を用いた分子遺伝学的な研究および進化発生学的な研究から,陸上植物の組織形成を制御するbHLH型転写因子の機能と進化が明らかになりつつある.陸上植物の表皮に存在するガス交換のための組織である気孔の形成は,サブファミリーIaに属するbHLH型転写因子(SPEECHLESS,MUTE,FAMA等)およびサブファミリーIIIbに属するbHLH型転写因子(ICE1/SCREAM等)のヘテロ二量体(Ia-IIIb bHLH転写因子モジュール)によって制御されており,このメカニズムは陸上植物に保存されている.筆者らは,気孔を失ったタイ類ゼニゴケがIa bHLHおよびIIIb bHLHを失っておらず,これらのヘテロ二量体が蒴柄(さくへい)とよばれるコケ植物特有の二倍体組織の形成を制御することを発見した.本稿では,Ia-IIIb bHLH転写因子モジュールを例に挙げながら,陸上植物の組織形成におけるbHLH型転写因子の機能分化や転用,そしてホモ二量体・ヘテロ二量体による遺伝子発現制御の進化について議論する.