PLANT MORPHOLOGY
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特集
特集「植物の発生・成長を支える極性形成の制御とその進化」はじめに
楢本 悟史北沢 美帆
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2024 年 36 巻 1 号 p. 1-3

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Abstract

多細胞生物の体は,様々な種類の細胞が三次元的に適切な配置をとることで形成される.生物における極性とは,特定の軸に沿った構造の配置,物質の偏りや成長の方向性など,ある方向に沿って何らかの差異を持つことであり,多細胞生物の体作りや維持・再構成において不可欠な要素である.本特集では,個体レベルの体軸から細胞レベルの分子局在まで様々なスケールで表れる極性について,多様な系統群から検討を行い,系統の垣根を超えた一般性や植物ならではの特徴を見出すことを目指した.これにより,極性形成の規則性・不規則性と進化の関係,固着生物特有の形質の進化など,植物をはじめとする多細胞生物の発生・進化について新たな視点をもたらすことができると期待している.

Translated Abstract

The complex structure of multicellular organisms is formed by arranging multiple types of cells in a specific threedimensional organization. In the development of multicellular bodies, polarity establishments are indispensable on various scales, ranging from molecular localization on the cellular scale to the body axis on the scale of individual organisms. In this special issue on polarity in developments, we compared the establishment and reconstruction of polarity in various clades, both plants and animals, aiming to discuss whether there are common properties beyond clades and/or features unique to plants. We expect that discussions in this issue will provide new aspects of the evolution of multicellular organisms, including the relation between regularity of polarity and the evolution of body plans.

この特集は,2023年9月8日に開催された日本植物学会におけるシンポジウム「植物の発生・成長を支える極性形成の制御とその進化」(共催:日本植物形態学会)を記念し,講演者の先生方からの寄稿をまとめたものである.このシンポジウムは,発生や環境応答について,動物と植物を並べて議論し,多細胞生物の多様な形態の進化の共通項や植物ならではの特徴を見出すことを目的として企画した.多細胞生物の体は,複数種類の細胞が三次元的に決まった配置をとることで構成される.多細胞生物の体作りにおいては,極性,すなわち特定の軸に沿った構造の配置,物質の偏りや成長の方向性など,ある方向に沿って何らかの差異を持つことが重要となる.極性が個体のスケールで現れたのが,体軸である.多くの動物は左右相称性を持ち,頭尾(AP, Anterior-Posterior),背腹(DV, Dorso-Ventral),左右(LR, Left-Right)の三つの体軸から議論される.一方,植物の場合は,主軸を一つ考え,それに沿った位置と角度,主軸からの距離で考える円筒座標系の方がとらえやすいことが多い.これはそれぞれの生物のボディプランによる違いであり,感覚器官が頭部に集中する移動性の高い生物と,土壌などの基質に固着して生きる生物の違いを反映している.

極性は様々なスケール(階層)で表れる.例えば,細胞内では特定の分子が細胞内で偏って局在を示すことがあり,これによって細胞スケールの極性が生じる.細胞や組織のスケールで,ある分子が濃度勾配をもって存在することによっても,極性が生じる.濃度勾配によって極性を与える物質はモルフォゲンと呼ばれ,発生や再生のプロセスにおいて,異なる種類の細胞を正確に配置するための位置情報源となる.様々なスケールでの極性は,互いに独立したものではなく,連関して作られていく.局所的な細胞極性による分裂方向の偏りや細胞形状の変化が組織全体の極性を生み出すこともあれば,大域的な位置情報に従って細胞の極性が決定することもある.ボトムアップとトップダウンに二分できるわけでもなく,両者の緊密な働きによるフィードバックループを作ることもある.

極性の決まる具体的なメカニズムは,分子の細胞内局在や組織レベルでの輸送方向,細胞の力学特性や分裂方向などさまざまである.植物において代表的な例としてはオーキシンの極性輸送が挙げられ,発生だけでなく重力や光などの環境応答に際しても重要な役割を果たす.細胞分裂方向の決定も,極性を確立する主要なプロセスの一つに数えられる.特に植物細胞は基本的に配置換えができないため,細胞分裂の方向性が形づくりを実質的に規定することになる.細胞内の極性は,分子の濃度など化学的な差異だけでなく,細胞膜や細胞壁の力学的な特性によっても生まれる.たとえば,ショウジョウバエの腸管では,上皮細胞の持つ平面細胞キラリティが力学的な作用により器官全体のねじれをもたらす.さらに,本シンポジウムでは,代謝など植物体の生理的状態が極性制御にかかわる可能性が示唆された.こうした細胞や組織スケールの極性が,体節や器官配置といった高次の階層での対称性を生み出し,それが再び細部の形態形成を引き起こす.このような階層を超えたフィードバックによって,三次元的な多細胞生物体が構成されるのである.

本シンポジウムでは,以下のように,「極性」をキーワードとして様々な研究を紹介していただいた.

日本植物学会第87回大会 シンポジウム

共催:日本植物形態学会

「植物の発生・成長を支える極性形成の制御とその進化」

オーガナイザー:楢本 悟史(北海道大学),北沢 美帆(大阪大学)

はじめに

〇楢本 悟史

上皮細胞のキラリティが駆動する組織変形

〇松野 健治

オーキシンと PIN は如何にして植物の体の形を決めるように進化してきたのか?

〇楢本 悟史,末満 寛太,藤田 知道

ヒメツリガネゴケの体制とアルギニン代謝の流れる方向性

〇川出 健介

環境シグナルを細胞極性へ変換する分子機構の解明に向けて

〇西村 岳志,四方 明格,森田(寺尾) 美代(基生研)

単子葉植物の発生から考える多細胞生物の極性獲得機構

〇木下 温子,岡本 龍史(都立大・院理)

節足動物の体軸形成の多様化の進化過程を探る理論研究

〇藤原 基洋,秋山-小田 康子,小田 広樹

刺胞動物の器官配置に現れる対称性の多型

〇Safiye Sarper,Tamami Nakanishi,Miho Kitazawa,Shigeru Kuratani,Koichi Fujimoto

シンポジウムで紹介された研究は,対象生物だけを眺めても,シロイヌナズナ,イネ,ゼニゴケ,ヒメツリガネゴケ,ショウジョウバエ,オオヒメグモ,タテジマイソギンチャク,タマウミヒドラと多様であり,一見雑多とすら見える.しかし,このように多様な生物を極性という一つのキーワードでつなぐことで,一定のパターンを見出すことができるように思われる.

たとえば,動物と植物のそれぞれに,規則的な発生過程を示す生物と明確な規則がみられず何らかの確率性に基づき形態形成を行う生物が存在する.シロイヌナズナとショウジョウバエはそれぞれ,被子植物の真正双子葉植物と節足動物の昆虫類という,植物と動物の中でもっとも多くの種を含む系統のモデル生物である.また,体サイズが小さい,世代交代が早いといった,モデル生物として好まれる性質を共有している.それぞれを単独でみているとなかなか気づかないことだが,シロイヌナズナやショウジョウバエの発生はきわめて規則性が高い.例えば植物の胚発生の細胞分裂に注目すると,シロイヌナズナでは高い再現性と規則性がみられるが,イネ(単子葉)などの多くの植物は不規則な細胞分裂を示す.節足動物の体軸についても,ショウジョウバエの主軸(AP軸)は母性因子により卵細胞の中であらかじめ決まっているが,同じ節足動物であっても,クモ(鋏脚類)のAP軸は原腸陥入後クムルスと呼ばれる細胞塊の移動により作られる.このクムルスの移動方向は,卵細胞内の極性ではなく,確率的に決定すると言われている.つまり,発生過程には,規則的・決定論的な傾向の強いケースと,不規則性・確率性を示すケースの両者があるといえる.さらに,動物・植物の主要系統より早い段階で分岐したコケや刺胞動物には,体軸の決まり方や,体軸そのものの在り方,すなわち体の対称性にも多様性がみられる.このようにみていくと,“主要でない”系統群における体軸やボディプランの多様性,節足動物や種子植物にみられるボディプラン確立後の急速な種分化,昆虫類や被子植物など主要系統における“モデル生物”的性質を持った生物の登場,といった構造が,進化の基本パターンとして存在するのではないかと思えてくる.

さらに,系統を超えて,“固着性”が共通する特徴をもたらす可能性も示唆される.その一つは環境応答であり,植物は重力や光などの環境変化に応じて体軸の再構成を行う.また,確率的な多型も,移動性の低い生物が変化する環境に対応する戦略の一つかもしれない.その例として,イソギンチャクや花にみられる多型が挙げられる.クモの胚発生ではAP軸が確率的に決まるが,その確率性はその後の形態形成に引き継がれて多様性を生むわけではない.一方,イソギンチャクの場合はコロニーの中に複数のタイプの対称性が表れる.環境に応じて形を変えるだけでなく,あらかじめ複数のタイプを個体群の中に作ることは,多様な環境に対する固着性生物の生き残り戦略の一つなのかもしれない.

以上のように,本特集は,動物・植物といった系統の垣根を越えて,極性というキーワードのもとでの比較検討を目指した.多細胞生物の体作りや構造の維持・再構成についての包括的な議論への一歩となれば幸いである(なお、松野 健治先生の原稿は都合により今回不掲載となりました).

写真:演者の先生方とオーガナイザー.

前列左より,藤原 基洋先生,松野 健治先生,楢本 悟史(オーガナイザー),西村 岳志先生,木下 温子先生.後列左より,Safiye Sarper 先生,川出 健介先生,北沢 美帆(オーガナイザー)

 
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