2024 年 36 巻 1 号 p. 39-44
動物における初期胚の体軸形成は,体の基本構造を形作る重要な発生過程である.その形成過程では,細胞間の相互作用により細胞の再配列が協調的に行われ,胚が体軸方向に伸長するなど細胞集団が再編成される.節足動物では,体軸の分節化に至る初期胚の形成過程が,種によって細胞レベルや分子レベルで多様であり,ショウジョウバエやオオヒメグモなど昆虫やクモのモデル生物を用いた発生研究により,その具体例が示されている.しかし,節足動物における初期胚の体軸形成過程の多様化の進化過程については,進化の実際の時間と回数による制約や生物種間の多様化の仕組みを予測する計算基盤の限定もあり ,理解が進んでいない.そこで私たちは,胚の形態形成過程を再現し,そこでの細胞性質を次世代の胚の形態形成へ引き継ぎ進化する胚状の多細胞体の数理モデルを開発することにした.数理モデルでは,細胞が持つ力学的性質として細胞骨格やアクチンに由来する細胞収縮やカドヘリンなど接着分子に由来する細胞間接着を実装し,細胞間接着の強さが各細胞の平面内極性の方向に依存して時空間変化することで,胚が体軸方向に伸長する過程を模倣できる形態形成モデルを構築した.この研究は,クモ胚をベースに初期胚の体軸形成過程の仕組みを数理モデルから予測して,クモを含む節足動物の体軸形成の多様化の進化過程を探る理論研究である.