2025 年 37 巻 1 号 p. 37-43
地衣類は菌類と藻類が共存した共生体で、岩や石、コンクリート、木の表面など至る所に存在する。地衣類は硬い石や岩に接着し長い年月をかけて自生しているため、これまで形態解析はルーペやマクロレンズにより行われてきた。電子顕微鏡(電顕)による微細構造解析は表面のみに限られ、超薄切片作製が困難なことから内部微細構造解析はほとんど行われていない。我々は、地衣類が着生した石を丸ごと固定・樹脂包埋した樹脂ブロックを、ダイヤモンドバンドソーを用いて切断し、機械研磨後、その面を走査電顕 (SEM)で観察する“断面研磨SEM法”により、地衣類の超微形態の可視化に成功した。具体的には、地衣類が生えた2-3 cmの石や枝をアルデヒド固定液で前固定、オスミウムで後固定後、アルコール脱水し、プラスチックビーカーにエポキシ樹脂包埋した。ダイヤモンドバンドソーで5 mm厚の連続切片を作製し、研磨紙で機械研磨後、電子染色およびコーティングし、電界放出型SEM (FE-SEM)の反射電子検出器で撮像した。地衣類の一種ツブダイダイゴケが着生した石を観察した結果、鉱物質上の子器や子嚢の断面微細構造、さらにその中の共生藻と共生菌の微細構造を得ることに成功した。また、木の枝に自生したウメノキゴケの超微形態を捉えることに成功した。本技法は、これまで電顕で観察が困難であった鉱物質で着生した地衣類や苔類などの内部構造解析に有用な技術となる。
Lichens, symbiotic organisms consisting of fungi and algae, are commonly found on various hard surfaces. Due to the challenges of preparing ultrathin sections of lichens embedded in minerals, electron microscopy (EM) has been mainly limited to surface analysis. To overcome this limitation, we present a "cross-sectional polishing SEM method". This technique involves embedding lichens in resin, cutting cross-sections with a band saw, mechanically polishing them, and observing the surface by scanning electron microscopy (SEM). By applying this method to a lichen-covered rock, we successfully obtained detailed cross-sectional images revealing the internal structure of the symbiotic algae and fungi, as well as the mineral substrate. This innovative approach provides a valuable tool for studying the internal anatomy of lichens, especially those growing on minerals.
Key words: cross-sectional polishing, lichen, resin embedding, scanning electron microscopy, SEM
地衣類は、菌類と藻類が共生し、岩や石の表面や樹木の幹など、他の生物が生きにくい場所でも生育できるため、生態系の中で重要な役割を果たしている (大村 2016, 柏谷ら 2020)。形態解析はルーペやマクロレンズ、光学顕微鏡により解析が行われてきた。電子顕微鏡 (電顕)による微細構造解析は表面のみに限られ、超薄切片作製が困難なことから内部微細構造解析はほとんど行われていない。
近年、SEMの技術革新があり、樹脂に包埋した生物試料を収束イオンビーム (FIB)で削りながら撮像するFIB-SEM法により連続撮像できるようになった (太田 2012)。また、ミクロトームで切削後、基板上に回収した切片をSEMの反射電子検出器により撮像することで、透過電顕 (TEM)のような像を得る“切片SEM法”が開発され、広域撮像が可能となった (豊岡ら2020a, 豊岡ら 2020b)。さらに、アレイトモグラフィーと呼ばれる連続切片のSEMによる自動撮像化 (鈴木ら 2022, 豊岡 2024)、樹脂ブロック面にマークをつけるダイヤモンドノッチナイフ(Goto et al. 2024)、準超薄切片連続切片を回収する治具 (若崎ら 2023)などにより、動植物組織・微生物の3次元再構築が容易になった。しかし、常法の電顕用切片を作製するウルトラミクロトームとダイヤモンドナイフを用いた従来法により切削できる試料サイズは、最大でも直径8 mmと物理的に切片サイズが限られる。また、FIB-SEM法も解析範囲は数百µmと非常に狭い領域に限られている (太田 2012)。動物臓器や小動物全体、植物器官などサイズが数 cm〜数十cmとなる大きな生物試料を広域電顕撮像するためには、新しい試料調製技術・撮像技術が必要である。
地衣類など野外の生物は砂や石などの鉱物を含み切片作製するナイフの刃こぼれの原因になり、超薄切片作製するには試料が大きいため、内部構造観察は避けられてきた。筆者らは、金属や電池、電子基板など硬い材料系試料の微細構造解析によく用いられる切断機“バンドソー”と、樹脂ブロックを研磨紙と研磨剤で磨く“自動精密研磨機”を用いる前処理技術“断面研磨SEM法”を生物試料の解析に応用することを着想した (図1)。この断面研磨SEM法は、材料観察では昔から使われている方法だが、生物試料に応用した例はこれまでにない。そこで、地衣類が付着した石など大きな試料を包埋した樹脂ブロックを作製し、ウルトラミクロトームではなくダイヤモンドバンドソーを用いて切断後、自動精密研磨機により切断面を研磨し、その面を電子染色後に電界放出型走査電顕 (FE-SEM)の反射電子検出器で観察することで、TEMのような像を得ることができるか試験した。その結果、鉱物に着生した地衣類でもTEM解析と同様の固定と包埋を行い、バンドソーで切断・研磨することで、TEM観察したような内部構造を撮像できることがわかった。本稿では、その試料調製法の詳細と撮像できた地衣類の微細構造を報告する。
地衣類は、岩や石、コンクリートやブロック塀、木の表面など至る所に存在する菌類と藻類が共存した共生体である (柏谷 1998)。地衣類の分類は、形態・生息環境・化学成分などの要素を総合的に判断する必要がある (大村 2008)。菌類や藻類など微生物の同定には、遺伝子解析に加え、電顕による超微形態解析が一般的に行われている。しかし、地衣類は人工培養が難しく、石や岩などの鉱物上に自生するため、内部微細構造の電顕観察はガラスナイフやダイヤモンドナイフによる切片作製が困難であった。筆者らは、断面研磨SEM法を石や枝に付着した地衣類の微細構造解析に応用することを試みた。
試料採取: ツブダイダイゴケが着生した石 (図1A、B)は、長野県上田市の農道脇で、2023年2月に採取した。ウメノキゴケが着生した枝は、長野県軽井沢町の林道脇で2023年8月に採取した。
固定・樹脂包埋: 地衣類が着生した石を平タガネとハンマーで2-3 cmの大きさに砕いた (図1C)。木の枝に着生したウメノキゴケは2-3 cmの長さに切断した(図4A)。前固定液 (4%ホルムアルデヒド、2 % グルタルアルデヒド、カコジル酸バッファー)を入れた50 ml コニカルチューブ内で、十分脱気したのち、4 ℃で一晩以上固定した(図1D)。カコジル酸バッファーで洗浄後、0.5 % 四酸化オスミウムで4時間、後固定した。エタノールシリーズ(25、50、75、90、100 %)で各々1時間以上脱水し (図1E)、酸化プロピレンと置換後、50 mlプラスチックビーカー内でエポン812 (TAAB社)に置換 (図1F)、65 ℃で樹脂包埋した (図1G、H)。
切断と研磨: ダイヤモンドバンドソー (BS-300CP メイワフォーシス、図1I)により、ダイヤモンドバンド (幅200 µm)を用いて、4 mm厚の切片を作製した (図1J、K)。その後、自動精密研磨機(MA-150 ムサシノ電子、図1L)を用いて、おもりを載せたコロを使って切片を押さえつけ (図1M)、P1000の紙ヤスリで20分研磨後、P4000の紙ヤスリで20分間研磨した。最後にダイヤモンドスラリー (1 µm) とポリシングクロスで仕上げ研磨した。ソニケーターを用いて蒸留水で3分洗浄した。
電子染色とSEM観察: 研磨した切片を乾燥させたのち、電子染色として0.4 % 酢酸ウラニル溶液で10分間染色後、蒸留水で洗浄し、鉛染色液 (Sigma)で2分間染色し、蒸留水で洗浄した。また、代替ウランとして、0.4 % 塩化サマリウム水溶液で10分間、または、マイヤーヘマトキシリン水溶液で20分間染色して鉛染色液で2分間染色した(Sasaki et al. 2022)。その後、乾燥させたブロックをアルミ試料台にカーボンテープまたはカーボンペーストを用いて接着させ (図1N)、オスミウムコーター (HPC-1SW 真空デバイス)で2〜3秒間コーティングした。FE-SEM (SU8220 日立ハイテク、図1O)のシンチレーター方式のイットリウム・アルミニウム・ガーネット(YAG)反射電子検出器 (YAGBSE、5 kV、high)またはLow angle back scattered electron反射検出器 (LA-BSE、2 kV)を用いて、観察及び撮像を行なった。また、同試料を卓上SEM (Miniscope TM4000plusII 日立ハイテク)の反射電子検出器 (BSE M、15 kV)を用いて撮像を行なった。
地衣類は長年に渡り変化の無い巨石やコンクリートなどに生えているため、サンプリングが難しい。そこで、地衣類が生えた小さな石を探し出した (図1A)。日本各地に広く分布し、オレンジ色を呈した微細な円盤型が集合したツブダイダイゴケを試料とした (図1B)。石を平タガネとハンマーで砕き、地衣類を構成する菌類と藻類の微細構造を保存するために、常法のホルムアルデヒドとグルタルアルデヒドを含む前固定液に石ごと漬け込み、脱気して冷蔵庫で一晩以上の固定を行った (図1D)。その後、四酸化オスミウムを含む後固定液で固定することで、膜系構造などの微細構造の保存を図った (図1E)。固定の後、生物試料の包埋同様に、アルコールシリーズで脱水後、エポキシ樹脂と置換し、50 mlプラスチックビーカー内で石ごと樹脂に包埋して65ºCに加熱することで、石を含む樹脂ブロックを作製した (図1F-H)。
樹脂ブロックは大きく硬い鉱物を含むことから、切断するには材料系試料の解析に用いられるダイヤモンドワイヤーソー、ダイヤモンドバンドソー、ダイヤモンドホイールソーを用いることを考えた。その中でも、これらの機器を揃えた企業に相談し、樹脂に包埋した骨や歯など硬組織の切断に実績があるダイヤモンドバンドソーでの切断法を選択した。この切断装置(メイワフォーシス BS-300CP、図1I)は、ダイヤモンド粒子を含む数百µm厚の帯状の金属バンドを二つのホイールで高速に回し、水で抵抗と熱を抑えながら切断することで、非常に硬い素材を切断する(図1I、J)。切断が困難な硬質材料を効率的に切断でき、切断面が非常にきれいで,バリやヒビ割れが少ない精密な切断が可能である。樹脂ブロックを治具で固定し,試料をカッティングバンドに対して、±15°の角度で円弧往復運動をしながら4 mm厚に切断した。この方法はコンタクトポイント法と呼ばれ、試料とバンドの接触が点となるため、接触部が最小限になり少ない荷重で切断できる(図1J-K)。この装置により樹脂ブロックを3〜5 mmの厚さに切断した。1 mm以下の薄い切片に切断することも可能であるが、この後の研磨操作が難しくなること、電子染色や蒸着の際に乾燥と湿潤の繰り返しにより切片が歪むことがあるため、3 mm以上厚い切片の方が本法には適した(図1K)。手動による研磨で目の粗い研磨紙またはダイヤモンドスラリーを用いることで後述するSEM観察で微生物の微細構造が観察できることがわかった。そこで、断面片を様々な粗さの紙ヤスリで研磨ができる自動精密研磨機を導入し、研磨条件を検討した。自動精密研磨機 (図1L)にて、重しを載せたコロを用いて試料を押さえ付け、粗さの異なる耐水研磨紙、直径の異なるダイヤモンドスラリーなどを試した。ダイヤモンドバンドソーでの切断面は、微生物の存在が確認できるが微細構造は見えない断面状態であったため(図2A)、また、柔硬混合の石が金属に比べると柔らかい樹脂に埋まっているため、粗目の耐水性研磨紙(P1000)と細目の耐水性研磨紙(P4000)をそれぞれ10〜20分間、水を加えながら研磨することにした(図1M、図2、3)。さらに鏡面に近づけるために、1 µm径のダイヤモンドスラリーとポリシングクロスを組み合わせて10分間の仕上げ磨きを行い、水を入れたソニケーターで3分間の洗浄を行った(図2B)。

図1 ツブダイダイゴケを例にした地衣類の断面研磨SEM法の流れ。(A) 石に着生したツブダイダイゴケ。 (B) 実体顕微鏡による拡大写真。 (C) 平タガネとハンマーで2 cm程度に割った石。 (D) 50 mlポリプロピレン製コニカルチューブで前固定。 (E)後固定。 (F) エポン樹脂による置換。 (G) 50 mlプラスチックビーカー内のエポン樹脂に沈めた石。 (H) 熱重合後のエポン樹脂包埋した石。 (I) ダイヤモンドバンドソー。 (J) 切断中の樹脂ブロック。 (K) 3 mm厚に切断した樹脂ブロック包埋石。 (L) 自動精密研磨機。 (M) 重しを載せたコロで押さえつけ、研磨紙で研磨中の樹脂切片。 (N) 研磨・電子染色後、SEM試料台に載せた樹脂切片。 (O) 観察に用いたFE-SEM。
生物試料は炭素や窒素など軽元素から構成され、電子線が透過し易いまたは反射しにくい。そのためTEMでは切片を電子染色する必要があり、切片SEMではさらに導電コーティングを必要とする。断面研磨SEMでも切片SEM同様に0.4 % 酢酸ウラニル溶液で10分間染色後、鉛染色液 (Sigma)で2分間染色し、蒸留水で洗浄することで良好な像を得た (図2C)。酢酸ウラニル単独または鉛液単独ではSEM観察時にコントラストが不十分であった。断面研磨SEM法では大面積の切片を観察できるが、大量の酢酸ウラニルを消費する問題がある。そこで代替ウランとして知らせる塩化サマリウムと鉛を用いて染色を行った結果、酢酸ウラニルと遜色ないコントラストを得た(図2D)。また、Sasakiら(2022)により医学系組織染色で使われるマイヤーヘマトキシリンで酢酸ウラニルと同等のコントラストが得られることが報告されている。同断面研磨面をマイヤーヘマトキシリンと鉛の染色により酢酸ウラニルと同程度のコントラストが得られた(図2E)。これにより、国際規制物質で放射性のある酢酸ウラニルを使うことなく細胞内微細構造をTEMのように観察できることがわかった。
電子染色後の樹脂ブロック切片は導電性が無く、そのままSEMで観察すると帯電を起こすため、金属コーティングが必要である。電子染色後、十分に乾燥させ、アルミ試料台にカーボンテープまたはカーボンペーストにより固定し、切片SEM観察同様に、オスミウムコーターを用いてコーティングを行った。この処理により、帯電することなく観察が可能となった。

図2 断面像と電子染色の比較。断面研磨樹脂ブロックを電子染色し、オスミウムコーティング後、FE-SEMに搭載したYAG-BSE検出器を用いて撮像を行なった。(A) ダイヤモンドバンドソーで切断した断面像。(B) 研磨後の断面像。(C) 0.4 % 酢酸ウラニル (U) 10分+鉛染色液 (Pb) 2分。 (D) 0.4 % 塩化サマリウム (Sm) 10分 + Pb 2分。 (E) マイヤーヘマトキシリン (HE) 20分+Pb 2分。Bar = (A) 左 100 µm、右 5 µm、 (B) 左 100 µm、右 10 µm、 (C) 左 100 µm、右 20 µm、 (D) 左 100 µm、右 20 µm、 (E) 左 100 µm、右 30 µm。
ツブダイダイゴケは日本各地に見られる橙色で顆粒状の地衣類である(図1A-B)。アルミ試料台に載せたツブダイダイゴケの断面研磨樹脂ブロックをFE-SEMにセットし(図1N)、石表面部分を観察した結果、2次電子検出機では凹凸のみが検出されたが、反射電子検出器を用いて観察することで、地衣類を構成する藻類と菌類の微細構造が観察できた(図2、3)。鉱物質と思われる構造物の上に、ツブダイダイゴケの子器が観察され、さらにその中に藻類が集合した藻類層、網目様構造に見える髄層が観察された(図3B)。藻類層の部分を拡大すると、液胞らしき構造が見える藻類、その周辺にはデンプン顆粒を含む菌類が取り囲むように存在することが観察できた(図 3C)。いくつかの子器には子嚢胞子と思われる構造体が形成され外に排出されるような像も観察することができた(図3D-F)。ツブダイダイゴケ共生体の石の深部に、表面の藻類、菌類とは形態の異なる微生物の存在を見出した(図 3G)。これらの微生物はオスミウムと反応し易く、丸い脂質顆粒のような物質を蓄えて存在していた(図3H)。表層の微生物と同じものか不明であるが、異なる形態の微生物の存在が明らかになった。
SEMの反射電子検出器で撮像すると、重元素が多く電子線が多く反射する部分が白く、軽元素の多いところが黒く見える。これはTEM像とは階調が反転するネガティブ像であるため、TEM像に慣れた者が見ると不自然に感じる。TEM像のような撮像ソフトウェアまたは画像処理ソフトウェアを用いて画像の階調反転し、ポジティブ像として表示する必要がある。 LA-BSE検出器とYAG-BSE検出器で撮影した像を比較したが、地衣類の観察においてはYAG-BSEの方が明暗の差があり、観察し易かった(図 2-4)。

図3 ツブダイダイゴケの超微形態像。(A) 鉱物上の子器。 (B)子器。 (C) 藻類層の拡大像。 (D) 子嚢胞子を形成した子器、(E) その拡大像。 (F) 子嚢胞子。 (G) 子器下の深部に生存する微生物、(H) その拡大像。Bar = (A、B) 100 µm、(C) 5 µm、(D) 100 µm、(E) 50 µm、(F) 30 µm、(G) 100 µm、(H) 20 µm。
ウメノキゴケは空気が綺麗な山中や森林に生息し、老いた樹木の表面に生息する灰緑色で葉状の地位類である (図4A)。長さ3〜4 cmで直径0.5~1 cmのウメノキゴケが付着した枝をツブダイダイゴケ同様に前固定 (図4B)し、後固定後、脱水・エポン樹脂包埋した。切断・研磨後に、電子染色およびコーティングをしてSEMで観察した (図4C-H)。比較的導入し易い卓上SEMの反射電子検出器でも藻類や菌類を含む髄層、表層組織など微細構造が観察できた(図4C、D)。 さらに拡大することで微細構造まで識別できないが藻類や菌類の存在を確認できた (図4E)。さらにFE-SEMを用いれば、低倍率から高倍率まで撮像でき、藻類と菌類以外にも、藻類を取り囲むように存在する繊維状構造などを観察することができた(図4F-G)。

図4 ウメノキゴケの超微形態像。(A) 枝に着生したウメノキゴケ。 (B) 前固定液内で固定中のウメノキゴケ。 (C、D) 卓上SEMで撮像したウメノキゴケ裂片の断面研磨樹脂ブロックの低倍像(C)、裂片先端の高倍率像(D)。 (F-H) FE-SEM像。 (F) 裂片の低倍率像。(G) 裂片表層に存在する微生物の拡大像。 (H) 藻類の周りに存在する繊維状構造と菌類。 Bar = (C) 1 mm、(D) 100 µm、(E) 10 µm、(F) 50 µm (G) 40 µm、(H) 10 µm
地衣類は、菌類と藻類が共生した複合的な生物体であり、その多様性と適応能力は、長らく生物学者の注目を集めてきた。しかしながら、地衣類は石や岩などの硬い鉱物上に生育するという特殊な生息環境のため、電顕を用いた詳細な解析が困難であった。本研究では、この問題を解決するため、材料科学分野で用いられる硬い試料の解析技術である断面研磨SEM法を地衣類に適用した。断面研磨SEM法は、地衣類を物理的に切断し、その断面をSEMで観察する手法である。この手法により、地衣類の内部構造をナノレベルで観察することが可能となり、従来の光学顕微鏡では捉えられなかった微細な構造を明らかにすることができた。
これまでの方法で樹脂ブロック面や切片を作製するには、ダイヤモンドナイフで切削する必要があった。そのため、刃こぼれの原因となる鉱物を含む地衣類は観察できなかった。近年ではFIB-SEMを用いることで鉱物を含む試料を観察はできるが、その観察範囲は数ミリ程度以下に限られる。我々はバンドソーで切断、研磨機で研磨後、電子染色し、反射電子検出器を用いて撮像することで、地衣類の共生体、藻類と菌類等の可視化に成功した。子器や子嚢の切断面、さらにその中の共生藻と共生菌の微細構造を鮮明に得ることができた。これまでは地衣類をカミソリで削ぎ,光顕を用いて観察されていたため、石やコンクリートなどの表層にいる生物や深部に潜む微生物の撮像報告例はない。断面研磨法は材料系の試料が中心に行われてきたが、SEMの技術革新や試料調製法の向上により、地衣類のような鉱物とともに生活を営む微生物を可視化できることがわかった。
断面研磨SEM法により地衣類であるツブダイダイゴケの超微形態を明らかにした。髄層、藻類層など光顕で報告がある構造が確認され(図3B)、直径1〜4 µmの緑藻と考えられる藻類とデンプン顆粒またはポリヒドロキシアルカン酸顆粒のような白い顆粒を含む0.5〜1 µmの子のう菌類の一種と考えられる菌類を含み、子器を形成していた(図3C)。また、子器のいくつかは、子嚢胞子と思われる構造を可視化できた(図3D-F)。さらに、鉱物の割れ目に沿った内層部に脂質を溜めた形態の異なる微生物の存在が確認された(図4G-H)。ウメノキゴケの超微形態解析では、藻類や菌類だけでなく芽胞のような菌塊や菌類が作り出す糸状の集合体が観察された。樹木の枝や樹皮は、樹脂包埋切片作製が困難のため、内部微細構造の解析はほとんど行われておらず、その表面に存在する地衣類などの生物の解析は行われてこなかった。これまで光顕像や絵として報告されていた実構造を捉えたことで、今後の地衣類の研究に貢献できると期待される。
この方法の問題点は、多量の固定液と置換液、樹脂を必要とする点である。観察する試料を小さく割断してから固定する、固定・包埋する容器を工夫することで解決できる可能性がある。また、機械研磨だけでは研磨が不十分な場合がある。今後、分解能を上げるために、機械研磨後、イオンミリング装置を用いてアルゴンビームで平面ミリングすることでダイヤモンド切片像に近づける可能性がある。試験段階であるが、研磨紙で機械研磨したのちイオンミリング装置で平面ミリングを数分しただけで、細かい研磨傷が消え、分解能が向上する結果を得ている。
地衣類の超微形態だけでなく、地衣類に含まれる菌類と藻類を同定する必要がある。今回、ツブダイダイゴケが付着した石の深いところに超微形態が異なる微生物を見出した(図3G-H)。固定前の試料の一部を採取しておき、DNAを抽出後、16SrRNA、18srRNA遺伝子をPCRで増幅し、シークエンス解析を行う。これにより、超微形態で観察された構造と藻類と菌類の種類が同定できると期待される。
本技術は超薄切片を作製するウルトラミクロトームを必要とせず、SEMも卓上SEMや汎用SEMで観察することができ、高度な技術や高価な機器を必要としない。まだ、技術検討中であるが、DIYなどで使われるホイールソーやダイヤモンド糸鋸でも切断面を作製できる可能性があり、市販の研磨紙や紙ヤスリなどで磨くことで観察できる可能性がある。本技術を普及させるために、より安全、簡便、安価な実験系を確立することが重要である。
本研究で得られた成果は、地衣類の分類学だけでなく、生態学、進化生物学など、様々な分野に波及効果をもたらすことが期待される。例えば、地衣類の多様性や適応進化のメカニズムを解明する上で重要な情報が得られる可能性がある。また、地衣類の環境応答に関する知見は、環境変動に対する生態系の影響を評価する上で役立つであろう。断面研磨SEM法という革新的な手法を用いることで、地衣類研究の新たな地平を切り開くことが期待される。
樹脂ブロックを用いてデモ解析を行って頂いたムサシノ電子(株)、メイワフォーシス(株)、(株)日立ハイテクに感謝する。本研究は文部科学省科学研究費 学術変革領域研究(A) (17K07477、20K06730)、学術変革領域研究[学術研究支援基盤形成] (22H04926)、データ創出活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122714694)、JST 革新的GX技術創出事業GteX (JPMJGX23B0) の支援により行われた。