2026 年 38 巻 1 号 p. 1-2
植物形態学は、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテによる植物器官の変態論にその思想的源流をもち、植物の形を変化と統一体としての関係性の中で理解しようとする学問として展開してきた。その発展は、常に顕微鏡技術の進歩とともにあった。とりわけ、蛍光顕微鏡や共焦点顕微鏡の導入は、生きた植物細胞における分子やオルガネラの動態を可視化し、形態を時間軸の中で捉えることを可能にした。近年では、超解像顕微鏡法やクライオ電子顕微鏡法によって、植物細胞の構造はこれまで以上に高い解像度で観察できるようになり、形態学は「何が見えるか」を超えて、「その形がどのような原理で成り立つのか」を問う段階へと進みつつある。
植物形態学の歴史は、見える世界の拡張の歴史である。そして、顕微鏡は植物のかたちを精密に記述するための道具であるだけでなく、その形成原理を問うための思考の装置とも言えるだろう。本特集では、こうした歴史的流れを踏まえながら、生命原理を“見る”ことの現代的意義を考える。
Plant morphology has its intellectual roots in the concept of organ metamorphosis articulated by Johann Wolfgang von Goethe, which seeks to understand plant form in terms of transformation and unity. Its development has been closely intertwined with advances in microscopy. In particular, the advent of fluorescence and confocal microscopy enabled the visualization of molecular and organelle dynamics in living plant cells, allowing morphology to be understood within a temporal framework. More recently, super-resolution microscopy and cryo-electron microscopy have made it possible to observe plant cell structures at unprecedented resolution. As a result, morphology is moving beyond the question of “what can be seen” toward addressing “how such forms are generated.” In this sense, the history of plant morphology can be regarded as the history of expanding the visible world. Microscopy is not merely a tool for the precise description of plant form, but also an intellectual framework for interrogating the principles underlying its formation. In this special issue, we revisit this historical trajectory and consider the contemporary significance of “seeing” the principles of life.
この特集は、2025年9月18日に開催された日本植物学会共催シンポジウム「生命原理を“見る”」を記念し、講演者の先生方による寄稿をまとめたものである。観察技術の進展は、生命現象の解像度を高めるだけでなく、問いそのものを変えてきた。そこで本シンポジウムは、最新の顕微鏡観察法を通じて、細胞、オルガネラ、さらにはタンパク質複合体に至るまで、その形成原理を問うことを目的として企画された。
日本植物学会第89回大会シンポジウム
共催:日本植物形態学会
「生命原理を“見る”」
オーガナイザー:吉田大和(東京大・院・理・生物科学)
はじめに
吉田大和(東京大・院・理・生物科学)
光を通じて葉緑体分裂リングの動きを捉える
吉田大和(東京大・院・理・生物科学)
cryo-FIB-SEMを用いた細胞内の分子機構の可視化
相澤雄太1、田中良和1,2、吉田大和3、横山武司1,2(1東北大・院生命科学,2東北大・未来型医療創成セ,3東京大・院・理・生物科学)
海洋性珪藻の炭素固定戦略
川本晃大(阪大・蛋白研)
チラコイド膜リモデリング分子のダイナミクス
坂本亘(岡山大・植物研)
おわりに
吉田大和(東京大・院・理・生物科学)
本シンポジウムにおいて、筆者は自作の蛍光顕微鏡システムを用いて解析した葉緑体分裂機構について紹介した。本稿の執筆には間に合わなかったが、同研究成果はすでにプレプリント(https://doi.org/10.64898/2026.03.04.709689)として公開しているため、興味があればご一読いただきたい。本稿では代わりに、筆者らが最近明らかにした単一ミトコンドリア真核生物におけるミトコンドリア移行シグナルの分子機構について解説する。
一方、他のシンポジストにはクライオ電子顕微鏡を用いた研究者に登壇いただいた。本特集では、その観察技術について、原理から方法論、さらに観察データの解析、そして実際の研究への応用例に至るまで幅広く紹介いただいている。クライオ電子顕微鏡の詳細については相澤らあるいはMuhireらの寄稿を参照されたいが、ここでは“非”クライオ電子顕微鏡ユーザーである筆者の立場から、その特徴について概説したい。
クライオ電子顕微鏡の特徴は、その名の通り、極低温環境下で電子顕微鏡観察を行う点にある。観察に用いる生物試料は、液体窒素よりも低温の液体エタンによって急速凍結され、試料作製から観察に至るまで液体窒素温度下で取り扱われる。このようにして作製された試料には、いくつかの重要な特徴がある。まず、化学固定に伴う構造的アーティファクトがほとんど生じない。そのため、“自然な”形態的滑らかさを保ったまま観察することが可能となり、細胞の本質的な構造理解に資する。
近年、クライオ電子顕微鏡の重要性を飛躍的に高めているのが画像解析技術である。例えば、精製タンパク質をグリッド上に分散させて撮影した単一分子像はコントラストが低く、そのままでは構造情報を得ることは困難である。しかし、データ取得から解析までのプロセスを自動化し、数百万規模の粒子像を収集して統計的・数理的に処理することにより、タンパク質分子を原子レベルの解像度で“見る”ことが可能となる。この手法は単粒子解析として知られ、タンパク質構造解析の方法論を従来のX線結晶構造解析から大きく変革した。
クライオ電子顕微鏡における観察では、電子顕微鏡本体に加え、高度な画像処理能力を備えた計算機(GPUを含む)や、研究者の数理的・物理的理解が不可欠となっている。一方で、変わらない要素も存在する。生物試料の性質は極めて多様であり、単一のプロトコールや一度の試行で観察が成功することは稀である。そのため、試料ごとに最適な条件を見極めるには、経験に基づく直感と試行錯誤が依然として重要である。
さらに近年では、クライオ電子顕微鏡による観察対象は、タンパク質分子レベルから再び細胞・オルガネラレベルへと拡張しつつあり、クライオ電子線トモグラフィーによる構造解析が注目されている。こうした技術の進展は、生命現象を「見る」ことを通じて、その背後にある原理を直接的に捉えようとする試みでもある。
本特集を通じて、次世代の電子顕微鏡技術に対する理解が深まり、一人でも多くの読者がこの分野に挑戦する契機となることを期待したい。そして本特集が、「生命原理を“見る”」という新たな研究視点の共有につながることを願う。
(なお、川本晃大先生の原稿は、ご都合により本特集への掲載を見送らせていただきました。)

左より、横山先⽣、相澤先⽣、坂本先⽣、吉⽥⼤和(オーガナイザー)、川本先⽣