2026 年 38 巻 1 号 p. 29-32
花粉の栄養細胞には、生殖細胞である雄原細胞や精細胞が、生体膜に包まれて内部に存在する。生殖細胞の保護や輸送にはたらくと考えられるこの膜にはこれまで正式な呼称はなかったが、2024 年に国際的な議論の末、peri-germ cell membraneという新名称が定められた。本稿では、この名称改定の経緯を説明するとともに、peri-germ cell membraneの訳語として「精包膜」の使用を提案する。
In pollen vegetative cells, the generative cell or sperm cells are enclosed by a biomembrane that is thought to play crucial roles in protecting and transporting these germ cells. Although this membrane had long lacked an established name, forty-five researchers worldwide discussed its nomenclature and, in 2024, agreed to designate it as the “peri-germ cell membrane.” In this report, we describe the background of this nomenclatural revision and propose the Japanese translation “ 精包膜” (Sei- hō-maku) for the term peri-germ cell membrane.
単相と複相を繰り返すライフサイクルをもつ植物において、単相期の半数体組織は配偶体とよばれる。被子植物の配偶体は特に小さく、雄性配偶体である花粉はわずか2 ~ 3 細胞からなる。花粉は栄養細胞と2 つの精細胞、またはそれらの前駆細胞である雄原細胞から構成される。精細胞や雄原細胞は、栄養細胞によって完全に包まれた「細胞内の細胞」という、他にあまり例をみない特殊な状況にある。そして、2 つ1 組の精細胞や雄原細胞は生体膜によって包まれており、その一端は尻尾のように伸びて栄養核と接着して、雄性生殖単位(Male Germ Unit: MGU) とよばれる構造をとる(図1)(McCue et al. 2011, Mogensen 1992)。

三細胞性花粉は栄養細胞の中に2 つ1 組の精細胞が存在する。精細胞の一端は尻尾のように伸びて栄養核と接着し、雄性生殖単位 (Male Germ Unit: MGU) を形成する。これまで、精細胞の外側を覆う膜の呼称が文献によって異なっていたが、著者らは世界の専門家と議論を重ね、「Peri-germ cell membrane」という統一名称を定めた。また、本稿ではその訳語として「精包膜」の使用を提案している。図はSugi et al. Nat. Plants (2024) のプレスリリースを引用・改変した。
花粉から花粉管が発芽して柱頭から雌しべの奥深くまで伸長する間、MGU は構造を維持しながら栄養核を先頭にし、花粉管の内部で先端側へと能動輸送される。花粉管が胚珠に到達して助細胞へと進入すると、花粉管の先端側が破れてMGU を含む内容物が放出される。その後、片方の精細胞は卵細胞と受精し、他方の精細胞が中央細胞と受精する。重複受精とよばれるこの仕組みは、被子植物のユニークな生殖様式を代表する現象といえる(東山ら 2026)。受粉から重複受精に至るまでの様々な生殖過程の研究のなかでも、精細胞や雄原細胞を包む生体膜についてはほとんど実態がわかっておらず、これまで研究者の間でも名称が定まっていなかった。
精細胞や雄原細胞を覆う膜について言及したわずかな報告をたどると、まずGiménez-Martín ら(1969) によって generative cell envelope という名称が使われた論文が見つかる。その後も1980 年代には、internal plasma membrane of the vegetative cell、inner plasma membrane of the pollen grain、inner vegetative cell plasma membrane など、様々な表現が使われてきた(Russell and Cass 1981, Dumas et al. 1984, Theunis et al. 1985, Dumas et al. 1985, McConchie et al. 1987)。その他、Taylorら(1991)は、花粉管においてこの膜を観察したことからpollen tube inner plasma membrane という名称を用いていた。一方、この膜に局在するAtROP9 が報告されたときには、invaginated pollen tube plasma membrane という新たな名称が使用された(Li et al. 2013)。2020 年代になると、この膜自体や局在タンパク質に焦点を当てて解析した報告が増え、主に使われる名称もpollen endo-plasma membrane (Gilles et al. 2021, Chen et al. 2022, Jang et al. 2023) と inner vegetative plasma membrane (Motomura et al. 2021, Motomura et al. 2022, Kato et al. 2024, Sugi et al. 2024b, Oh and Park 2024) の2 つに絞られてきた。数ある生物学用語のなかでも、ここまで多くの名称が乱立した細胞構造は珍しいのではないだろうか。このような状況になった理由は定かではないが、花粉を構成する細胞自体が発生ステージによって雄原細胞から精細胞、花粉栄養細胞から花粉管栄養細胞というように呼称が変化することに一因があるだろう(図2)。それに、透過型電子顕微鏡観察が盛んに行われた1960 ~ 80 年代当時では、精細胞や雄原細胞を覆う膜は形態を撮影できたとしても注目を浴びる機会が少なく、コンセンサスの得られる名称が誕生しにくかったのかもしれない。

花粉有糸分裂I (PMI) 以降に雄原細胞を包む栄養細胞の細胞膜が精包膜(Peri-germ cell membrane) の元となっている。図はSugi et al. Nat. Plants (2024) のプレスリリースを引用・改変した。
過去の名称において一部の例外を除いて共通していたのは、この膜の形成過程に基づく「内部に存在する細胞膜」の意味が含まれる点である。イネやシロイヌナズナなど成熟花粉が2 つの精細胞を有する三細胞性花粉を例にとると、花粉は減数分裂後に生じる小胞子が2 回の体細胞分裂を経て形成される(図2)。まず、花粉有糸分裂I (Pollen Mitosis I: PMI)とよばれる非対称分裂によって、体積の大きな栄養細胞と小さな雄原細胞が作られる(雄原細胞の細胞系譜は生殖細胞系列とされ、生殖細胞とよばれる)。雄原細胞は栄養細胞の内部へと完全に取り込まれて「細胞内の細胞」となる。さらに、雄原細胞が花粉有糸分裂II (Pollen Mitosis II: PMII) とよばれる等分裂をする結果、栄養細胞と2 個の精細胞からなる三細胞性花粉が作られる。雄原細胞の取り込みの際、栄養細胞の細胞膜は雄原細胞に沿って陥入し、やがて雄原細胞を完全に包んだ後も、花粉成熟、花粉管の発芽・伸長中も精細胞を覆い続ける。これが、精細胞や雄原細胞を覆う膜が「内部に存在する細胞膜」の意を含む語でよばれた所以である。
ところが、近年になってGilles ら(2021) は、脂質に対 するバイオセンサーを用いて、精細胞を覆う膜がホスファチジルセリン(PS) やホスファチジルイノシトール 4,5- 二リン酸(PI(4,5)P2) などの酸性リン脂質を豊富に含むことを明らかにした。PS やPI(4,5)P2 などの酸性リン脂質は生体膜上でさまざまなタンパク質の局在や活性を制御することが知られている。さらに、典型的な細胞膜マーカータンパク質として知られるLTI6b、SYP132、 SYP121 の細胞内局在を栄養細胞で調べると、これらのマーカータンパク質は精細胞を覆う膜には局在しないことが明らかとなった(Sugi et al. 2024a)。つまり、精細胞や雄原細胞を覆う膜は、実は花粉成熟までに一般的な細胞膜とは異なる、特有の性質を獲得するものと考えられた。多様な名称が存在していたこと、そして、既存の名称に共通する「内部の細胞膜」という定義を用いるには膜自体がかなり特殊化していることを考慮すると、新たな統一名称を定める意義は明らかであった。本稿著者の丸山とフランス国立農業・食料環境研究所(INRAE、リヨン高等師範学校所属)のThomas Widiez 博士を中心に、45 名の研究者が半年に及ぶ議論を重ねた結果、 2024 年6 月24 日にperi-germ cell membrane を正式名とする合意が得られた。そしてすぐにこの統一名称は、同年7 月4 日~10 日に開催された第27 回国際植物生殖学会 (International Congress on Sexual Plant Reproduction: ICSPR) で披露された(Sugi et al. 2025)。Peri は「周りの、周囲の」という意味をもつ接頭辞、germ cell は精細胞や雄原細胞の両方を含む生殖細胞の意、membrane は膜を指す。細胞膜マーカータンパク質の局在データを根拠にした上記の議論も含まれる統一名称を提起した論文は、同年10 月15 日に公開された(Sugi et al. 2024a)。
統一名称のperi-germ cell membrane は膜の性質を余さず表現している反面、専門家の間でも長くて覚えにくいという意見が出ていた。しかし、杉ら(2024a) が論文で明示する通り、peri-germ cell membrane の名称は可能な限り省略せずに使用することが推奨されており、やむを得ず短縮する場合は略語にPGCM を用いる方針が示されている。日本語でのコミュニケーションの際に peri-germ cell membrane を使用すると、名称の覚えにくさは、英語でのコミュニケーションよりも顕著であった。そこで今回の名称統一に関わった本稿の著者10 人で、peri-germ cell membrane の日本語名称について議論した。これまで出版された我が国の花粉学の主な書籍や事典には、精細胞や雄原細胞を覆う膜に相当する名称や模式図が見あたらない(日本花粉学会 1994, 岩波 1964, 岩波 1980, 日本花粉学会 2008)。一方、BhojwaniとBhatnagar による胚発生学の翻本(1995) には、Knoxら(1986) の総説で使用されたスケッチとともにinternal plasma membrane に対応する内部原形質膜という名 称が登場する。また、近年では類似の名称で内部形質膜が用いられてきた(杉と丸山 2022, 丸山 2023, 元村 2024)。これら日本語名称はいずれも「内部に存在する細胞膜」というかつての定義に基づいたものである。既存の名称をそのまま使用することは望ましくないため、著者らはperi-germ cell membrane の意を可能な限り反映し、簡潔かつ他の生物学用語と重複がない語として、 「精包膜(せいほうまく)」が最適な名称であるとの結論に至った(図1)。
おわりに国際的な名称統一を機に精包膜の存在は研究者間で注目を浴び、peri-germ cell membrane という新名称は公開からわずか1 年で既に17 報の論文で使用されている。名称の浸透で精包膜の分子生物学的研究の準備が整ったことからも、植物科学への貢献は小さくないだろう。精細胞と栄養細胞の境界に位置するインターフェースとして、精包膜は多様な現象に深く関わると推測される。例えば、栄養細胞で発現する一部のRNA は精細胞へと移行することが示されている(Jiang et al. 2015, Martínez et al. 2016)。核酸がどのような経路で精包膜と精細胞膜という2 枚の膜を透過するか、そのメカニズム解明が待たれる。また、花粉管伸長時、精細胞対と栄養核は独立した先端への能動輸送の駆動力をもつことが示されている(Zhou and Meier 2014, Motomura et al. 2021)。最近になって、精包膜と栄養核膜の両方に局在するキネシンであるHUG1 とHUG2 が精細胞の駆動力に必須の役割を果たすことが示され、精包膜が能動輸送の駆動力を生み出す足場として機能するメカニズムの理解が進みつつある(Yan et al. 2025, Chang et al. 2025)。そして、重複受精直前にも、花粉管内容物の放出時に速やかに崩壊することから、精包膜は精細胞膜を露出させることで円滑な配偶子融合を制御すると考えられている(Gilles et al. 2021, Sugi et al. 2023, 2025)。精包膜が選択的かつ迅速に精細胞から除かれる分子メカニズムは不明であるが、花粉管放出を青色光照射で誘導する技術が確立したことによって、これから解明が進むだろう(Sugi et al. 2024b)。多岐にわたる精包膜の機能を議論する上で、精包膜独自の性質の獲得の研究、すなわち、花粉有糸分裂I以降に始まる精包膜の発生と成熟についての研究も今後重要になる。陸上で被子植物が繁栄するに至った理由の1 つとされる重複受精の誕生の謎について、精包膜の理解を通じて新たな視点からの知見が得られることを期待したい。
Peri-germ cell membraneの名称決定(Sugi et al. 2024a)において、様々な意見交換と論文原稿の改訂を重ねた共著者全員に本稿の著者一同から深く御礼申し上げたい。特にこの事業はThomas Widiez 博士の尽力無しには実現しなかった。この場を借りて感謝申し上げる。また、精包膜の名称決定の過程で著者らの議論の場を提供いただいた、学術変革領域研究(A) 挑戦的両性花原理(科研費番号:JP22H05172) の若手の会、日本における花粉学の文献調査に協力いただいた横浜市立大学 学術情報センターの職員各位に厚く御礼を申し上げる。