2023 年 152 巻 p. 57-86
本稿では,わが国のイノベーション促進税制がスタートアップ企業によるイノベーション創出に資する設計になっているかを点検する。イノベーション促進のために税制上の対応をすることが正当化できる場合として,①イノベーションの正の外部性に起因する過少供給,②情報の非対称性に起因するスタートアップ企業の資金調達への制約,への対応,さらに,③累進税率構造・法人二重課税・実現主義に基づくキャピタルゲイン課税といった既存税制の基本構造がもたらす非効率性の改善,を取り上げる。次に,イノベーション促進税制の設計のあり方に関する留意点を,アメリカの理論研究や税制・実務の発展を参考に析出する。
わが国のイノベーション促進税制の課題としては,①欠損や税制優遇措置に税還付が認められておらず,繰越も限定的であり,租税属性の移転に対する立法・司法上の制約も相まって,スタートアップ企業が十分に恩恵を受けられていない点,②幾度にもわたる改正の結果,制度が複雑化しており,資金的・時間的資源に制約のあるスタートアップ企業には利用しづらいものとなっている点,③起業家の参入・退出戦略に関し,労働所得を株式キャピタルゲインに転換することを可能にすることで起業の成功税としての性格を緩和し参入を促進しているとみることができ,また,退出段階でのロックイン効果を緩和していると理解できるが,同時に,個人所得税における累進課税の要請との緊張関係を孕んでいる点,を指摘する。