2024 年 155 巻 p. 80-104
本稿では,近年注目が集まっている安全保障例外条項について,GATT/WTO体制を歴史的に振り返り,その位置づけや役割を検討した。GATT期は冷戦時代と重なり,ソ連や中国はGATTに加入しておらず,ソ連や中国に対する貿易制限措置はそもそもGATT法の枠外であった。そのため,地政学的対立を背景とする輸出規制などを安全保障例外条項で正当化する必要性は低かった。また,GATT紛争処理手続はコンセンサス方式を採用していたため,安全保障例外条項の解釈適用がパネルで争われる可能性も低く,同条項がGATT体制において果たさなければならない機能は比較的小さかった。WTOが成立したグローバリゼーション期においては,中国とロシアもWTOに加入し,対中・露の貿易関係もWTO法の枠内に入ったが,冷戦終結後はココム規制のような輸出規制措置はとられなくなったため,安全保障例外条項による正当化の必要性はなかった。ところがポスト・グローバリゼーション期には,自由主義経済・民主主義諸国と国家統制経済・権威主義諸国との対立がWTO体制内部で顕在化し,地政学的対立を背景とした貿易制限措置と安全保障例外条項との関係に焦点が当たることとなった。また,WTO紛争処理手続においてはネガティブ・コンセンサス方式が採用されているため,安全保障例外条項の援用がパネルによって司法審査されているが,米国は,安全保障例外条項は完全に自己判断的性質を有するとの立場をとっており,自国の安全保障政策の自由度を確保しようとしている。