抄録
二足で立つ動物と歩く動物-その差は何か:テナガザルのブラキエーション時における腰部脊柱起立筋の筋活動固有背筋形態における機能適応を検討するために、原猿亜目3種(Otolemur garnettii, Nycticebus coucang, Lemur catta)、真猿亜目広鼻猿下目3種(Saimiri sciureus, Cebus albifrons, Ateles geoffroyii)、真猿亜目狭鼻下目オナガザル上科3種(Macaca fuscata, Erythrocebus patas, Papio hamadryas)、真猿亜目狭鼻下目ヒト上科2種,(Hylobates lar, Pan troglodytes)について、筋の起始・停止関係を中心に比較してきた。その結果、樹上性霊長類と地上性霊長類の脊柱起立筋群の間に機能と関連させて解釈できる形態学的差異を認めることができた(Kumakura et al., 1996)。すなわち、腰部脊柱起立筋は地上型ロコモーションを行う種で強大な構築を取るのに対し、樹上型ロコモーションを行う種では比較的弱体であった。但し、テナガザルはすぐれて樹上型の行動生態を示すにも関わらず、腰部脊柱起立筋は頑丈な筋構築を示していた。テナガザルの筋構築の特異性を機能的側面から検討するために、実験室に設定した模擬的環境下における動作筋電図の記録を試みた。その結果、テナガザルのブラキエーションにおいては、左右の腰部脊柱起立筋が交替性の活動を示し、その活動は骨盤の左右動と関連付けることができた。また、二足立位姿勢では左右の腰部脊柱起立筋が同期した持続的な活動を示すが、二足歩行を負荷した場合にはヒトで知られているのと類似した相的な活動を示すことも明らかにされた。以上のことから、テナガザルに関しては、ブラキエーションが脊柱起立筋の左右交替性の活動で遂行されていることが指摘できる。この領域の発達が顕著ではないチンパンジーなどのブラキエーションがどのような機構で維持されているかについては今後の議論が必要であろう。