抄録
タンザニアのマハレでは、1965年以来、隣接するK集団とM集団が継続調査されてきた。K集団は80年代に消滅したが、90年代後半には、そのかつての遊動域に他集団のチンパンジーが確認されるようになってきた。チンパンジーの集団間関係と行動の多様性研究は、チンパンジーとヒトの進化研究に重要であることから、発表者らは、2005年にこのチンパンジーの調査と人付けを本格的に開始した。対象のチンパンジー集団は、かつてのK集団と個体レベルで存続の連続性が確認できないことから、新たにY集団と名づけた。本発表では、これまでに調査者が直接観察したチンパンジーの人に対する反応を報告し、人付けの方法と進み具合を評価することを目的とする。調査期間は05年9月~06年2月と、06年9月~12月である。方法としては、観察路を作り、糞や食痕などの間接証拠を収集し、声が聞こえたときは追跡し、直接観察を試みた。観察路は、チンパンジーの遊動に応じて、06年度にも作り足した。調査日数は合計137日、そのうち、声を聞くか直接観察したのが102日、直接観察は31日、51回であった。51回の観察のうち、43回は声を追跡した結果だった。観察者がチンパンジーを直接観察し、かつチンパンジーが人の存在に気づいたときの反応は、その8割以上が「即座に離れる」だった。そのときの各個体の行動は、「ゆっくり静かに離れる」と「走って逃げる」が約半々だった。警戒音など大きな声を発したのは、4回あった。05年度と06年度を比べると、チンパンジーが人に気づいた場合の「即座に離れる」割合は大きく変わらないが、その内訳は、「ゆっくり静かに離れる」個体が増え、「走って逃げる」個体が減っていた。個体識別した上での個体別の評価と状況の違いなどを考慮する必要があるが、観察者に対する耐性が増しつつあることを示唆しているのかも知れない。声を追跡できないときの対策、嫌がられにくい状況の判断が今後の課題である。