抄録
子ザルは母ザルに対して授乳や保護などの投資を求める鳴き声を発する。先行研究から子ザルが授乳や保護をそれほど必要としない場面で過度に鳴いて,母ザルからより多くの投資を引き出している可能性が示唆されているが,研究によって結果が異なり結論が出ていない。
先行研究で母ザルの反応として記録されたのは授乳/運搬と子ザルを回収する行動である。もし,子ザルの鳴きが母ザルの注意を喚起するために発信されており,投資を行なうかどうかは母ザルが判断しているならば,先行研究の結果のみから子ザルが母ザルを操作するような「manipulative」な信号を発しているという結論は導けない。
本研究では,ニホンザルの子ザルの鳴きに対する母ザルの反応性を,母ザルが子ザルを見る行動を含めて分析し,子ザルが「manipulative」な信号を発しているのかを検討する。
勝山ニホンザル集団において,2005,2006年に生まれた0歳齢の子ザルとその母ザル16組を対象に,子ザルの7-8週齢から17-18週齢までを観察し,1セッション20分間の連続観察を,2週ごとに2時間,各母子ペアにつき12時間行った。
記録項目は子ザルの鳴き声(Geckers,Whistles/Screams),母子それぞれの行動,母ザルの反応(子ザルを見る行動,授乳/運搬,回収行動)であった。
本研究の結果からは,子ザルが「manipulative」な信号を発していることを支持するデータは得られず,子ザルの鳴きが単に母ザルの注意を喚起するために発信されている可能性が示唆された。
また,母ザルは子ザルを回収するかどうかを,子ザルがどのような状態であるかよりも自分が何を行なっているかに照らして判断していることを示唆する結果が得られた。つまり,子ザルは正直に鳴き声を発しており,子ザルに投資を行なうかどうかを決定する主導権は母ザルが持っているようであった。