霊長類研究 Supplement
第27回日本霊長類学会大会
セッションID: P-30
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ポスター発表
チンパンジーにおける「スピード線」の知覚
*友永 雅己
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抄録
 未来派の絵画やマンガの表現などでは、運動する対象のダイナミズムを表現するために多様な効果線が用いられる。「スピード線(motion line)」と呼ばれる表現もその中の一つであり、物体のある側に複数の線を平行に配することによって、その物体の運動方向や速度間を効果的に表現できる。このような表現は、きわめて文化的基盤に依存したものではあるが、そのような表現自体が生まれてきた背景には、何らかの生物学的基盤が存在するはずだ。神経科学的研究や認知発達研究はそのような基盤を明らかにするためのアプローチであるが、種間比較に基づく比較認知科学的アプローチも、このような表現の生物学的基盤、ひいては視覚表象の持つ動的特性の進化を理解するうえで極めて有効である。そこで本研究では、ディスプレイ上に提示された様々な方向に動く複数の物体の「全体」としての方向判断に及ぼす「スピード線」の効果を、チンパンジーを対象に検討した。3個体のチンパンジーが実験に参加した。まず訓練として、ディスプレイ上に提示される20個の刺激がすべて左ないし右に移動するという条件で運動方向弁別を訓練した。その後、20個のうちいくつかがランダムに位置を変えることによって全体の運動の「一貫性」を操作した。テストでは、提示された物体の左右いずれかに5本のスピード線を付加し、その効果を検証した。まず、刺激そのものに方向性が内包されていないリンゴの写真でテストしたところ、運動方向判断のバイアスはスピード線が付加された側とは逆の方向に生じた。これはわれわれ人間がスピード線による表現に対して持つ印象と合致する。さらに、刺激そのものに方向性が存在するチンパンジーの四足姿勢の写真を用いた場合には、刺激の向きとスピード線の向きの間の相互作用が認められた。つまり、チンパンジーの後ろ側にスピード線が付された場合は、明瞭な運動方向判断のバイアスが生じたのに対し、頭部の側に線が付された場合には、刺激の向きとスピード線の効果が相殺されるという結果となった。以上の結果は、チンパンジーにおいても、スピード線などの効果線の表現が運動知覚に影響を及ぼすことを示しており、このような表現には生物学的な基盤が存在することが強く示唆された。
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© 2011 日本霊長類学会
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