抄録
生息範囲が広い大型の哺乳類,特に食肉目との共存を叶えるためには,直接的出会いや軋轢など,人との相互作用の可能性をできるだけ低く抑えることが不可欠である.我々は,そうした人とツキノワグマの相互作用に関して重要な手がかりとなる生息地利用を探るため,中央アルプス北部地域を対象に, 24頭(メス 14頭,オス 10頭)から得られた GPSデータをもとに資源選択関数モデルを用いて,夏季と秋季の生息地選択の推定を行った.人との事故や軋轢の多い夏季に,ツキノワグマは山麓に広く分布するアカマツ林と林縁・林道・河川により近い場所を選択する確率が高いことが明らかになった.さらに林縁・林道・河川の近接地への選択が,その植生被覆によって著しい影響を受けること,また,それらの選択に著しい季節変化があることが判明した.林縁周辺とアカマツ林に対する選択は秋季にはほとんど見られなくなり,これらの環境が人との相互作用の可能性の高い生息地であると推察される.また調査対象地域に特有な河岸段丘沿いの河畔林は,アカマツ林によって山麓から連続的に延びる緑地帯としてクマを人里近くに引き寄せる機能を持っている.これらの環境は人にとっては農作物被害を被りやすい,遭遇の可能性が大きい危険地帯であり,一方,クマにとってはリスクとベネフィットを兼ね備えた “誘因性シンク= Attractive Sink”として個体数を激減させる可能性が高い場所と考えられる.このような場所の特定化は,人と野生動物の事故や軋轢の軽減と同時に,地域個体群の保全ひいては野生動物との共存に向けて,長期的視点に立った生息地管理の計画づくりに貢献するため,極めて重要であるといえる.